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僕だけが、ハーフなエルフの件について  作者: 澤梛セビン
イブキがいない世界

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89/99

89.柏崎篤輝

 産まれた時は、ちょっとだけ大きかったって、言われたっけ。

 歳の離れた姉から、思い出のように聞かされていたのは。いつもどこか遠い場所を見ているような、そんな赤ん坊だったって。夜泣きはおろか、空腹でも泣かなかったとか。


 手がかからない幼児期を過ごして、平凡な小中高。

 友達は普通にいて、運動とかは苦手だったけれど、充実した毎日を過ごしていた。その頃からかな、姉との接点は少なくなっていった。9つ歳が離れていれば、そんなものかなって思っていたけど。


 そう、僕は普通だったんだ。


 ただ、昔から。見えていた。


「イブキ、何を考えているの?」

「いや昔をね。僕の昔話――」


 窓を流れる景色は、降りしきる火山灰に霞んでいて、その先も全てが灰色の世界だ。


 後席の、隣に座ったミモザが、じっと僕の瞳を見つめてくる。それに微笑みを返して、何だか不思議な座席順だなって。思う。


「で、あんたは。ブロンデだったか、本当に自立した機械なんだな」

「厳密に言えば機人ですよ、郷田様。それにしても本当に、運転手が私でよかったのですか?」

「ははは、問題ない。篤輝の知人なら、例えそれが人外だろうと信頼に足る」


 なんか、不思議な言葉。

 郷田さんの僕に対する評価って、一体どうなっているんだろう?


「でも聞きたいわ。郷田さん、なんでそんなにイブキのこと、信頼してるのかしら?」

「篤輝は――今はイブキって呼んでるのか? 悪いが、俺は篤輝って呼ぶが。小さい頃から知ってるんだがな。昔からな、連れてきたんだよ」

「連れて、来た。ですか?」

「ああ。河童とかな、友達になったって、家に連れてきた。それも、俺が柏崎んとこに遊びに行っていた時限定で」


 ……そんなこと、あったかも。


 雨が、降り始めた。

 灰色の水がフロントガラスを濁らせる。動かしたワイパーが全く意味をなさなくて、動かす端から灰で汚れていった。

 速度は落とさない。なるほど、ブロンデか。


 雨足はどんどん激しくなっていく。それに比例するように、除灰車の速度も上がっていく。


「向かう先は、どちらへ?」

「木曽にある自衛隊の木曾出張所に向かってくれないか。俺がナビを見ながら指示する。お願いできるか?」

「ええ。お任せください」


 流れるようにカーブを走り抜けていく。水混じりの火山灰を壁のごとく噴き上げて、急峻なカーブを車体を横に滑らせて攻める。まて、ブロンデは何と戦っているんだ!?


 郷田さんが歯を食いしばって、シートベルトにしがみ付いている。

 横ではミモザが大笑いし、僕はそっと防護膜の魔法を除灰車にかけた。


 音が、少しだけ遠くなる。


 そしてブロンデは、さらに爆走を極めた。


 全ての火山灰を、的確に吹き飛ばしながら、やがて見えた木曽の出張所。門の手前に、ぴったりと止まった。

 いつの間にか雨は上がっていて、火山灰が洗い落とされた空は、夕焼けに赤く染まっていた。




「昨日はさんざんだったが……同時に、最高だったぞ」


 一夜明けて、僕らは郷田さんの案内の元、防護服3名に、相変わらず裸運用1機で山間の道を歩いていた。


「だがすまんな、ここは除灰車が通れないんだ」

「道幅の関係?」

「それもあるがな、許可されていない。限られた燃料資源と、不足している機材の関係でな、僻地は捨て置かれる方針なんだ」

「エリクシルはどうしたの?」

「何だその、えりくしる? どこかの小説の設定か何かか。あるいは幻の薬剤とか」


 いずれにせよ――


 そう言いながら、郷田さんが道ばたの岩に腰を下ろした。

 今日3回目の休憩。うずたかく積もった火山灰が、僕らの足を鈍らせる。特に郷田さんの疲労が顕著で、今も上を仰いで荒い呼吸をしている。


 ――着ている防護服に、補助動力が、ないんだ。


「半年だ。今の世界経済に終わりが見えている。特に、日本のエネルギー事情は最悪なんだ。一般の使用が無くなったとはいえ、持ってあと半年だって言われている」

「新しいエネルギーは……?」

「そんなものが見つかれば、俺が所属している出張所も、もっと充実するだろうよ」


 思い出すのは、寂れた木曾の出張所。

 電気の使用は最低限。食事は保存食で、濾過器で濾過した水は、少し生っぽい味がした。


 現実を叩き付けられた気がした。


「この集落跡まで来れば、もうじき現場だ。頑張ろう」


 そこには、あのパイルバンカーを担いでいた、豪快な郷田さんの姿はない。火山灰に足を取られながら、一歩一歩足を進める。そんな郷田さんに、胸を締め付けられる。


 魔法を――


 伸ばしかけた手が、横から遮られた。

 ミモザが、首を振っている。


 ぎゅっと拳を握る。

 喉元まで出掛かった叫びを呑み込んで、重い足を進める。


「イブキ様……空間の揺らぎが――」


 見えたのはテントが一基。

 数メートル上の空間の揺らぎに対して、離れた場所から数名の自衛隊員が警戒しているだけ。もちろんそこに足場なんて無く、当然だけど研究用の機材すらも無い。

 記憶にある現場だけに、乖離感が胸一杯に広がった。


 そしてこのタイミングで、空間の揺らぎがうごめく。


「ちょっと、イブキ!?」

「おいっ。どうした篤輝、待てよ。だから待てって――」


 豚足が見えた瞬間、僕は駆け出していた。


 周りが慌ただしくなる。銃口が向けられる先に、僕は飛び込んだ。


 時間が――ゆっくり流れ出す――




 マシンガンが火を噴く直前に、地面から壁をそそり立たせ、防ぐ。

 防護服のヘルメットを引きちぎって、投げた先にあった銃を弾き飛ばす。同時に人には防護膜を張って、倒れる程度の怪我におさえた。


 見上げると、豚足が八つに増えていた。今回は家族か!?

 気配を頼りに魔力手を伸ばして、ミモザとブロンデを掴んで、側に引き寄せた。それと同時に、落ちてくる豚足――オークに防護膜を張った直後、四方八方から銃弾が降り注いだ。


 歯を食いしばる。


 何が正解か。どうすればいいのか。

 思い出すのは、僕がまだ力を使いこなせていなかったあの日の記憶。


「イブキっ、あの日のオークね!?」

「それも今度は、家族単位だ!」


 でも何もできないわ――ミモザの声が聞こえた。身体に腕が回されて、しっかりと抱きしめられる。その手に、そっと手を重ねた。

 もう、ミモザを置いていかないって。今は僕が守る。


「殲滅しますか?」

「守りで」

「了解しました」


 2メートル程の透明な金属質の壁が、僕らの周りを円形に囲む。


 そして、オークの親子がゆっくりと落ちてきた。


「篤輝っ!! どうなってやがる、何がどうなってやがるんだ!!」


 ギリっと、奥歯を噛みしめた。

 向けた視線の先で、郷田さんが同僚数人に羽交い締めにされていた。


 銃弾が激しく降り注ぐ。

 放物線を描く手榴弾を反射で、魔力手を振るって弾き飛ばした。遥か上空で爆発音が聞こえる。


「ちくしょおおおっ、てめえら止まれ! 部隊長命令が聞こえねえのか!! 撃ち方止めだって言っているだろうがああぁぁっ!!」

「撃ち方止めぇっ!」


 復唱が聞こえて、静寂が訪れた。

 その静寂があまりにも痛くて、呼吸が浅くなる。


『あの……ありがとう……ございます』


 声が、聞こえた。


 今度は。助けることが、できた――


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