86.姉妹逆転
ふと振り返る。
呆れ顔のミモザと、ワクワク顔のブロンデが見る先で、ナナナシアが光り輝いていた。
「えっと、ヤバい感じ?」
「胸に手を当てて、よく考えてみたらいいと思うわよ」
「そこで、ミモザ様の胸に手を当てるイブキ様、素敵です」
七色に光り輝くナナナシアが、ゆっくりとその大きくなっていく。いや、大きすぎるんじゃない?
両手を広げて、髪も大きく広がるナナナシアは、何だか神々しい。
「あんなに大量の魔力を、それもイブキの意味不明な混沌魔力を注ぎ込めば、まあ普通はこうなるわね」
「推定身長は、3メートル。恐ろしいナイスバディですよ、私じゃ勝てません」
「ブロンデ金属だから、そもそも無理だよね?」
渦巻く光の奔流がナナナシアを、ゆっくりと空中に持ち上げる。そうしてしばらく光に包まれていたナナナシアが、解けるように消えた光にあわせて地面に足を付けた。
……うわ、全くの別人じゃん。
『まさか、全盛期の力を取り戻せるなんて、思わなかったです……』
より黒に近い紫。光の色温度順だったから紫の外だと、紫外線?
まあ、簡潔に言えば、和装の黒髪美人がそこにいた。さっきの幼女と同一人物のはずなのに、何でだろう、立ち姿に全く違和感がない。
「ナナナシアさんはさ、それが本来の姿なの?」
『正確には星のコアの分体、いわゆる意識体です。でも、コアの中にある空間ではこの姿ですから、見方を変えれば本来の姿でしょうか』
なんて、妖艶に微笑みながらミモザの前まで進むと、そっと抱き寄せた。まさかの行動に、ミモザの理解が追いつかなかったのかな、何も言わずに胸に埋まっている。
そっと離したナナナシアの瞳から、ひとすじの雫が流れた。
『ミモザには、苦労をかけたみたいですね。あなたが古代文明崩壊後に、最初に出会ったのが、イブキさんでよかった』
「イブキのこと、知っているのね」
『はい。実は、たくさんご迷惑をかけちゃったんですよ?」
「……そう。昔のことは記憶に無いの。それはもう、いいわ」
何だか、ミモザの言葉が素っ気ない。どうしたんだろう?
ナナナシアからゆっくり離れて、そっと僕の腕に抱きついてきた。横顔を見ると、何だかじっとナナナシアを睨んでいる感じだ。
『そう……なのですね。そしてあなたは、数千年に渡って、人間に搾取され続けたダンジョンコア。イブキさんの奇跡で、世界に解き放たれた翼よ』
「今が幸せよ、それでいいわ」
それより僕、いま姿は篤輝なんだけど。
まあ、ナナナシアには分かるのか。そんな存在っぽいもんな。
ミモザを腕から外して、正面に。両肩に手を置いた。これで、ミモザの顔がよく見える。
「ねえミモザ――」
「あのねイブキ! 知っていると思うけれど、昔のこと。もう記憶に何も無いのよ。でもね、イブキが、すごく苦労した理由が、あの人だって分かるの。だから、あの姿を見るとどうしても胸が締め付けられるのよ!」
ナナナシアの瞼を伏せている顔が、視界の隅に映った。ああ、なんでみんなこんなに不器用なんだろう。
僕は、ミモザをそっと抱きしめる。
「だとしてもだよ。僕は、その時の出会いに感謝したいな」
「どうしてよ、きっとあなたは。そのせいで命を落としたのよ!?」
「だから、今。ミモザに出会えた。確かに悲しかったかも知れないよ、確かに辛かったのかも知れないよ。でも、その時に僕たちが出会えいていなかったら、今のミモザのその泣き顔を慰めることができないじゃないか」
「……でも、だって……わたしの、せいで……」
「大事なのは、ミモザが泣いている。そして僕は、ずっと未来まで笑顔でいて欲しいんだ」
驚いたミモザの顔と、視界の隅に見えたナナナシアの顔が全く同じで、何だかほっこりする。
やさしく、ミモザの頭を撫でた。
「だから、一緒に。そもそも、ナナナシアさんを助けに来たんじゃないか。喧嘩してどうするのさ」
「そう……ね、ごめんなさい。あと、ありがとう……」
『……』
そっと、ナナナシアが頭を下げる。
過去は変えられないけれど、未来ってさ。可能性なんて、無限なんだよね。
だから、みんなで一緒に進もうよ。その方が、きっと楽しい。
「イブキ様、そろそろ上層に向かいませんか?」
「よしきた。こんな時のために、以前作った自動車を虹色宝箱に収納しておいたのさ」
真っ赤なボディの八輪駆動。前の四輪で舵を取って、エリクシルエネルギーのモーター駆動。そして乗車定員は、なんと4人。実用性皆無な件について。
『ごめんなさい。私が浅はかでした……』
「イブキがね。いいって言ってくれた。だからいいの。一緒に、行きましょう?」
『ええ。ほんとに――』
私も、そんな出会いがあったら――
「おーい、ミモザ。ナナナシアさん、早く来ないと置いていくぞ!」
「今、行くわ。さあ一緒に、行きましょう」
『はい。よろしくお願いします』
そして、爆速で駆け出す。
世界樹に開いていたトンネルに入って、通路を走ったのは一瞬だけ。一気に横の壁に張り付いたその謎車は、猛烈な速度で世界樹を駆け上がっていく。
通路とは。
螺旋階段でも結果が同じだったなあ、なんて的外れな感想が脳裏をよぎるけど、運転しているの僕なんだよな。反省は、しない。
笑い転げるミモザと、上機嫌で窓から顔を出すブロンデとは対照的に、ナナナシアは壁に張り付いた直後に意識を手放してた。
「あ、単管パイプ樹人さん、回収しておきますね」
時折あるトラップ――窓とも言う――から、謎速度で単管パイプ樹人を回収するブロンデ。調子に乗って、さらに速度を上げる僕。
笑いすぎて過呼吸気味になっているミモザはさておき、あっという間に終点に衝突した。
もちろん、僕の忖度魔法が守ってくれました。
事故、駄目、ゼッタイ。
まさか、豆腐建築が吹き飛んでいるなんて、思わなかった。
事前に業務用のコーヒーメーカーを回収していたブロンデ、ナイスすぎる。
『ここは。懐かしいですね、長らく廃都だったのにこんなに蘇っている……』
目を細めて地下都市を眺めるナナナシアに、隣で腕を組んだミモザが何だか誇らしげだ。
「刮目するといいわ、これが全てイブキの御業よ」
『ふふふ。ほんと、羨ましいです』
そうして、異変に気づく。なにか、黒い物が建物の陰にちらほら見えているんだけど。
「……ブロンデ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「ええ、何なりとイブキ様」
「機人部隊のさ、隠密と捕獲に特化した機体達、ちょっと派遣して貰えない?」
「あの黒いのを狩猟するわけですね。腕が鳴ります」
「待って、生きたままでお願い」
僕の合図とともに、ブロンデの額にある機人の衛星から、扉が出現。それが開くと同時に、複数の黒い影が高速で射出された。
あちこちで悲鳴が上がって、そして静かになった。
『あわわわわ』
「ちょっと、ナナナシア。落ち着いて」
突然の騒動に、パニックに陥るナナナシアを尻目に、縄で縛られた黒い生き物が僕らの前に現れた。
『も、もしかして。プチデーモン族の皆さん!?』
『ナナナシア様だ、生きていらした!』
『『『ナナナシア様――』』』
フラフラと歩みを進めたナナナシアが、そのプチデーモンの前に膝を突いた。
『あなたたちも、生きていてくれたのですね……』
そうしてその、感動のシーンが。縄に縛られた30センチの小悪魔の群れとか。
僕らは顔を見合わせて、首を傾げた。
そもそもこいつら、どこから出てきたんだ?




