85.芽吹く緑
音が消えた。
単管パイプが、僕の魔力にゆっくりと侵食されていく。
温度が上昇していくに従って、灼熱に染まっていた周囲が寒色に変わり霜が降りる。
伝播してきた光が、霜に反射して虹色に輝いた。
「温度が絶対零度を超えましたよ。超異常が異常まで戻りました」
「よーし、まだまだこれからだよ」
「あ、見て。新芽が芽吹いたわ」
金属色だった単管パイプが、木目に様変わりしていき、枝が伸びて葉が開く。
周囲の温度は、さらに上昇していく。
それに伴って、防護膜の魔法が自然に解けて消えていった。
吹き抜ける風が顔をくすぐり、さらさらと耳元を流れていく。
むき出しだった岩の地面一面に、丈の短い草が生えて一面に緑の絨毯になる。伸びた花軸に蕾が膨らんで、一斉に花が咲く。
単管パイプ樹にも枝先にいくつものつぼみが膨らんで、花が咲き、そして――黄金色の実が成った。
『……いったい、なにが。起きているの?』
声のした方に顔を向けると、ミモザによく似た少女が、小屋の扉を開けて立ち竦んでいた。
紫色のドレスが、風に揺れている。何となく、懐かしい姿。
「えっと、君は。ナナナシアさん?」
『……私? たぶん……ナナナシア?』
笑おうとしたんだと思う。引きつったような笑いが、何だか哀愁を誘う。
「助けに来たよ」
『……なにが、起きているのかしら』
「これ? 寒くて暑かったからさ、ちょっとやり過ぎただけかな」
『……』
直後に、僕の後ろにいたブロンデが跳ねた。
小屋の扉枠に両足を付けてナナナシアを引き寄せる。そして弾けるように小屋から離れた。
直後に地面が爆発した。
小屋から枝が、葉が噴き出すように広がる。それが猛烈な勢いで上に伸びていく。
「ミモザっ!」
「ええっ」
咄嗟にミモザを魔力の手で引き寄せて、小屋から離れる方向に跳躍した。
木が、大樹が育っていく。
単管パイプ樹を粉砕し、上に。遥か彼方に伸びていく。数十メートルに膨らんだ幹が、地面をめくり上げて、草を、花を吹き飛ばす。
黄金色のリンゴが、宙を舞う。
粉砕された単管パイプ樹が、さらに周りを破砕しながら辺りに降り注ぐ。
それはまさに幻想的で、同時に地獄の光景だった。
「忖度魔法さん、さすがにやり過ぎ……」
「イブキの魔法だもの。普通だと思うわよ」
そして、再び静寂が訪れた。
ブロンデがガーデンテーブルに紅茶セットを広げている。
その様子を、ナナナシアが呆然と眺めていた。
「お茶請けには、黄金リンゴのコンポートを作ってみました。煮ている間に徐々に虹色に輝き始めましたが、仕様だと思います」
「何だか綺麗ね。それに、とっても美味しそうだわ。ほら、ナナナシアさんもここに座って」
『えっと……は、はい……』
「みんな座ったよね。ここで重大なお知らせがあるんだ。困ったことに――」
上に、上がれなくなった。
そうして全員で、世界樹を見上げた。
途中途中で大きく横に伸びた枝で、単管パイプ樹が遥か彼方まで粉砕されている。
ついでに言えば、上で作業していたんだろう単管パイプ人間達が、魔法の影響で樹人化していて、なんと単管パイプ樹人にバージョンアップして、落下していた。今は、地上でワタワタしながら駆け回っている。
どうやら、単管パイプを作れなくなったらしい。なんか、ほんとごめん。
「もともと、戻る方法なんて考えていなかったけどな。少なくとも、単管パイプがあればそのうち上から階段は設置されたかなっては、思っていた」
「それにしたって、何時になるかなんて分からなかったわよ?」
「イブキ様の極大魔法が、全てを亡き者にしましたからね。お見事でした」
『……た、単管パイプは、どこに……いったの!?』
「気にしたら、駄目よ。うちのイブキがごめんね」
手渡されたカップを持ったまま、目を瞬かせているナナナシアの頭に、姉っぽいミモザがそっと手を置いた。
そうなんだよなぁ。対面に並んでいるんだけれど、ミモザが20代の見た目なのに対して、ナナナシアはちょうど小学生くらいの見た目。紫色の髪色とか目の色とか全く同じだから、本当の姉妹に見える。
僕の視線に気づいたミモザが、可愛らしく首を傾げる。
なにか……ないかな。
「イブキ様、お代わりのコーヒーはいかがですか?」
「ちょ、ブロンデその機械持ってきたの!?」
「もちろんです。あんな所に設置してあっても、誰も使いませんからね。これは私が、有効活用すべきでしょう」
よっぽど気に入ったのかな。あの、裏に英語の文字が記述された業務用のコーヒーマシンを、機人の衛星に収納してきていた。
そうして、コーヒーの香りが辺りに漂い始めた。
『それは……もしかして、篤紫さんの作ったコーヒーマシン?』
「知っているのかしら?」
『ええ。それが業務用コーヒーマシンだと、仕様確認の通知があったので、私がその情報を世界書庫に参照して、実際に動くようにしました』
「その作業をすることで何か、ナナナシアさんにメリットはあるのかしら?」
『魔術は星に魔力を還元する、一番効率がいい仕組みなんです。基礎契約として、作成の際に使われた魔力が、そのまま星に還ります。さらに、継続利用でも周囲の生き物から魔力を集めますから、たくさん作ってくれると星が元気になるんです』
「あああっ、それだっ!!」
『ひ、ひえぇっ!?』
ナナナシアがびっくりしてミモザに抱きつく姿を横目に、立ち上がりざまにカップのコーヒーを一気に流し込んだ。まあ、熱くてむせたけれど。
「ちょっ、イブキ大丈夫!?」
「もも、問題ないよ。ちょっと熱かっただけさ」
それより、魔術だ。
要は魔力を注ぎ込んで英語の文を記述すれば、ナナナシア星が呼応して奇跡を起こしてくれるってことなんだよな?
だったら、この世界樹を何とかすれば、上に行けるはず。
「嫌な予感がします。イブキ様を止めた方がいいのではないですか?」
「無駄よ。何かのスイッチが入っているわ」
『えっ? えっ……でも、記述に必要な魔術ペンは?』
近くに落ちていた、ちょうどいい感じの枝を手に持つ。
要は、その対象に魔力を込めて書き込めばいいんだよな。だったら、この世界樹が折れた枝は、格好の素材だ。滴る樹液に魔力を乗せて、大胆に書き込めばいいんだ。
「ナナナシアさん。魔力がたくさんあれば、この星も蘇る?」
『ええ。もちろんよ、そのための魔術だもの。でも、ペンがないと魔術を書けないと思うんですけど……』
「そこは、何とかなるよ」
さあ、いくよ。僕の魔法。
「記述はこう。『ナナナシアお願い。この世界樹を幅が広い螺旋通路にして、僕らを上の舞台までいけるようにして。』だよ。さあ、僕の魔力を受け取って」
僕の魔法に反応して、手元の枝が、黒紫色に染まった。
おもむろに枝先を世界樹にあてがい、流れるように記述していく。
Nananashia, please. Turn this World Tree into a wide spiral passageway so that we can reach the stage above.
文字が光になって、樹皮に浮かび上がる。ちょっと見やすいように大きめに書いた文字は、優しく辺りを照らし出す。世界樹を中心に優しい風が渦を巻き始めた。
僕が注いだ文字から、膨大な魔力が溢れだして、世界樹をさらに太く大きく成長させる。
そうして、最後のピリオドを、そっと押す。
『う、嘘でしょ!? そんな長文、一度も受け取ったことな――きゃああぁぁぁっ!!』
「……イブキ、やり過ぎよ」
「私、止めましたよ? でもこれは、素晴らしいですね」
メギメギメギと、恐ろしい音を立てて世界樹が変形を始める。
そして大きな穴が、世界樹の側面に開いた。




