83.エレベーター直下の建物
エレベーターに併設された建物は、豆腐だった。
「待ってイブキ、さすがに豆腐建築は言い過ぎじゃないかしら」
「僕、そこまで言っていないよ?」
真っ白な立方体。窓はなく、あるのは入り口の横スライド式の自動扉のみ。その扉ですら、真っ白という徹底ぶり。
入り口がガラスじゃないんだよなぁ。もしかしたら、それだけセキュリティが対策された、重要な施設だったのかも知れない。
そうして扉の前に立つと、予想通り左右にスライドしていく。
「受付があって、応接セットもあるな。大型の業務用コーヒーマシンまであるとか」
「つまり作ったのって、地球出身の誰かってことかしら」
「表示されている言語は日本語ですが、これ自体は特別不思議なことではないですね。むしろ英語表記がないのが不自然です」
そういえば、ずっと日本語で会話している。
ルナリアだってそう。イブキもアンジェリーナも、何ならトレントとだって会話は日本語だった。
そして、コーヒーマシンのパネル。普通なら『HOT』とか『COLD』と書かれているはずの場所は『熱い』と『冷たい』だった。
「つまり、何で日本語?」
「恐らくですが、何者かによって統一された共通言語かと。逆に、魔法的な機構は英語のようです」
そうしてそのコーヒーマシンの本体扉を開いた先、プレートに刻印された文言は、確かに英語だった。
『This is a large commercial coffee machine.』
そのまんまかよ!?
何だか釈然としない物を感じつつ、扉を閉める。確かに、動いているよな。
「その一文で魔術が発動して、実際にこの機械が稼働しているのね」
そう言いながら、ミモザがコーヒーが注がれたカップを取りだして、応接テーブルに並べはじめた。
香ばしいコーヒーの香りが部屋に広がる。
ふと見上げて視界に入った直管の蛍光灯は、見なかったことにした。きっとどこかに書いてあるよね、『This is a fluorescent light.』って。
「イブキ様、成分解析しますか?」
「大丈夫だと思うけれど、一応お願い」
「了解しました」
そうしてカップを持ったブロンデが、そのままコーヒーを飲んだ。
いや、飲むのかよ!?
って言うか、機械のブロンデが飲み物を口に運ぶ姿、初めて見たんだけど。
「モカが基本の、ブレンド系のコーヒーですね。あっさりとした後味が特徴的で、酸味は抑えられています。ミルクを加えると、飲み味が柔らかくなると考察します」
「ミルクのボタンあったから、もう一杯入れるわ」
「ありがとうございます、ミモザ様。お願いします」
「……??」
いったい、何が起きているのだろう。
おかわりを普通に口に運ぶブロンデと一緒に、ミモザも普通にコーヒーを飲み始める。
首を傾げつつも、僕もカップを口に運んだ。
うん、コーヒーだ。
もっとも、僕にその違いなんて分からないんだけれど。
気を取り直して、部屋の中を見回してみる。
空の鉢には、観葉植物が植えられていたのかな。中を覗くと、土だけが入っていた。
他には、奥にある重厚な両開きの扉だけ。最低限度のものしか無い印象だ。
「奥よね」
「億ですね」
「なんか今、ちょっとニュアンス違ったよね?」
そして扉は、開かない。
押しても引いても、それに横スライドかなって思って、思いつく限りの方法を試してみたけれど開かない。
いや困ったな。ここで詰まるとか。
「そもそもです。これは本当に扉なのでしょうか?」
「ああっ、それだ!」
そうだ。そうだよ。
扉があるから、扉だって思うだけ。実際には扉じゃないなんて、こういう機密っぽい施設だと当たり前のギミックじゃないか。
「待ってイブキ、何が分かったのよ」
「扉はたぶん、ここじゃない」
「どういうことよ。壁でも開くって言うの?」
「いやむしろそれかも」
入り口から入って真正面にある、扉っぽい壁は開かない。
中央に応接セットがあって、その後ろにあったのが植木鉢だ。向かって右の壁際に受付があるんだけれど、何で壁際にあるんだ?
湾曲していて、その奥の壁には受付自体を回り込まないと、辿り着けない。
そこか。
受付を回り込んで、壁――の前に、受付の裏側を見て、足が止まった。
「普通にボタンがあるんだ……」
正面扉。
給湯室。
仮眠室。
うん、何となく知ってた。ここ、普通の設備っぽい建物だもの。何で僕は、勝手にギミックがあるって思い込んでいたんだろう。
実際に、ギミックはあったけれど、ごく一般的なギミックだった。
ブロンデが反対側の壁際を調べ始めたタイミングで、仮眠室のボタンを押す。
「イブキ様、部屋を見つけましたよ」
ブロンデの前にあった壁がスライドして、奥にある部屋が露わになる。
訝しんだミモザが受付を回り込んだタイミングで、給湯室のボタンを押す。
「……イブキ?」
「扉が開いたよ?」
給湯室の扉が開いたことで、ミモザも意味が分かったらしい。苦笑いをしながら側に来て、正面扉のボタンを押した。
奥の扉が開いた。
やばい、面白いぞ。
「面白くもなんともないわよ?」
「……ごめんなさい」
そうして僕らの探偵ごっこは終わりを迎えた。
正面扉を通過すると、階段の踊り場だった。折り返し階段が、下に向かって続いている。
「ねえ、この階段。最初に塔から地下都市に降りる時に、延々と下った階段と同じ気がするわ」
「設計者は一緒だと思われます。階段の幅、段差の高さまで、ほぼ同一規格で形成されています」
「え、ブロンデいつの間に解析したの?」
「歩けば分かりますよ? イブキ様には無理そうですが。ぷぷー」
「そうか機械だもんな。さすがブロンデ」
「……失敗しました。やり直しを要求します」
しかし、相変わらず長い。
気の長くなるほどの折り返し。真ん中の吹き抜けから覗いても、上にも下にも正方形の空間が、遥か遠く霞んでいる。
明かりは壁に灯っている薄暗い明かりのみ。途中から魔力視が起動して視界がクリアになった。ミモザとブロンデの分の魔力視も、忖度魔法さんにお願いしておく。
そのまま、どうでもいい会話をしながら階段を下っていくと、何となく肌に感じる温度が変わってきた気がした。
少し、寒くなってきたか?
「地中深くって、暑くなるんじゃなかったっけ?」
「そうですね。現在は地下五千メートル付近ですから、理論値としては150度は超えていてもおかしくありません」
「……もう、そんなに深くまで潜ったのね」
「待って、もう少し頑張れば星の中心?」
「イブキ様、桁が違います。中心部は6400キロ。遥か、先ですよ?」
そうして気の遠くなるような下り階段にあったのは、また想像を超える建築物だった。
いや、これは建築物と言っていい物なのか?
「建築現場の……足場?」
「単管パイプを継ぎ手で組み合わせて、足場板を渡し、簡易階段までありますから、そうです。ここが工事現場です」
「しかし何だこれ、足場の迷宮?」
その足場の一番上。
見渡す限り遥か彼方まで組まれた足場。それがさらに遥か下まで、複雑に組み合わされている。そして、その足場に霜が付いていた。
ふわっと、防護膜の魔法が起動した。




