81.滅びた街
ふんわりと、落ちていく。
僕らを包んだ防護膜が、まるで雲のように揺蕩う。
「その……言いにくいんだけれど、イブキ。これが、鳥?」
「うん、どっちかというと羽根だね」
「私の重さも、羽のように軽くなりました」
色鮮やかな視界に見えるのは、ギリシア建築仕様の建物達。ただ暗闇に沈んでいるはずのその建物は、大半が崩れ落ちていた。特徴的な巨大な柱が、盤の目に整理された土地に立ち並ぶ様は、さながら石塔の林。
そんな景色を眺めながら、踊り場から飛び出した僕らは、上空二千メートルからゆっくりと落ちていく。
「静かね。本当にここに、その……ナナナシアって娘がいるの?」
「うん。未来視がね、いるって。でもなんでここにいるのかとか、ここがどこなのかとか、全くわかんない」
しかしこれ、どこの時代の文明なんだろう、建物が南極っぽくない。
いやでも、南極っぽい建物が何だって聞かれると、答えられないんだけど。
ただ、強烈な違和感に首を傾げる。
魔術塔自体は石塔。でも内部にあったのは、近代的なエレベーター設備だった。もっとも、動かなかったから分からないけれど、連絡用の階段には明かりが灯っていた。
その上で地下にあるのが、ギリシア建築とか。
「着地するわよ」
そしてこの、広大って言葉だけじゃ表せないほどの地下空間は、正直言って異常。
「エレベーター自体が、横倒しに倒壊していますね」
「つまり設備が生きていたら、ここに直通で下りてくることができたのね」
「またこの……周囲100メートルだけ、現代建築とか。あと付け感が半端ないな」
瓦礫が散乱している建物前の広場から離れて、大通りを歩く。
もう、どれくらいの長い間放置されているのか分からないけれど、歩くたびに足元に砂煙が舞い上がる。
当然そこに、僕ら以外の足跡は刻まれていなくて、振り返ると道ができていた。
「生命反応は、ありませんね。素材の劣化具合から、数十万年は経過している感じでしょうか」
「逆にそれだけ経過していて、この程度の劣化?」
「そう言われると、逆に驚きよね。でもそれなら何で、建物以外に自然が存在していないのかしら」
「ミモザ様、それ勘違いですよ。私たちが見えているだけです」
「……そう、だったわ」
一瞬だけ、魔法に魔力視を切ってもらうと、恐怖が一気に胸に浸みた。それくらいに、光がない闇。深淵の闇が、視界を埋め尽くした。
慌てて、魔力視を戻して貰う。
平気そうなブロンデに対して、泣きそうな顔のミモザが僕に抱きついてきた。身体が震えている。ごめん、言ってからにすべきだった。
「これは、想像以上にキツいわね……」
「本物の闇って、普段の生活だと存在していないからなぁ。だからこそ、この魔力視は有り難い」
「私は、無くても見えますね。ですが見えることで解像度が上がると、解析がはかどりますね。これは、有り難い誤算です」
石壁の建物を覗く。
部屋の中は、同じ石造りの家具のみ。本当に誰もいないってことか。
扉を開けたことで流れた空気が、床に溜まった埃を巻き上げて、そのまま窓枠から消えていった。
宝石箱が崩れたような、そんな感じで置かれていた宝石の塊をじっと見つめる。
典型的なギリシア神殿の、たぶん宝物庫だったんだと思う。その奥まった部屋の、棚の上にうずたかく積み重なっていた。
「金の指輪ね。とても精緻に装飾……これは、ダイヤモンドかしら?」
「普通ならそうなんだろうけれど、ここって魔法がある世界なんだよな。そういう場合って、宝石の扱いはどうなるの?」
「あ、そうよね……言われてみれば、宝石がただの宝石じゃない。もしかしたら、魔石の可能性もあるのかしら?」
ただ残念ながらここには透明な、推定ダイヤモンドしかない。
見る限り色つきの宝石が一つも無いのは、何でなんだろう。
「イブキ様、もしかしたら金に見えて、日緋色金との可能性はありませんか? もしくは、オリハルコンとか」
「さすがにそこまで来ると……いや、待って。オリハルコン、実在していた気がする」
「そうですよ。イブキ様のお母上である、機械人間の芽依様は、身体がオリハルコンでしたよ」
「うわ、マジか……確かに……」
ここに来て、これらが超金属の可能性すら出てきた。
そうだよな。ここは地球じゃなくてナナナシア。僕らの地球での常識なんて、何も通用しないじゃないか。
「そもそもですよ、イブキ様。さんざん魔法なんて謎技術を使っているのに、今さらファンタジー金属を認識から除外するのは、さすがに無理がありますよ」
そんなわけで、解析班がブロンデの額の、機人の衛星からわらわらと出てきて、全ての宝飾品を回収していった。頼むぞ、ブロンデの愉快な機人達。
「機人解析班の解析結果次第では、ここが廃都化した原因とかもわかるのかな?」
「分かるかも知れないわね。ダンジョンじゃないと、全くイブキの力になれないのがもどかしいわ」
「何言ってるのさ。できる人ができることをやる。それでいいんじゃないかな? ぼくだって、できないこと。たくさんあるよ」
何なら、忖度魔法さん頼りで、僕が普通に魔法使うと――以下略。
それでもミモザは納得できないのか、金の座金に嵌まったダイヤモンドを、じっと見つめていた。
地理的にここが、地下都市の中心みたい。宝物庫を離れて、さらに探索を続ける。
今、僕らが調べているこの神殿が、廃都の中でも一番大きな神殿だ。
取りあえずナナナシアの痕跡――というか、たぶんあの未来視で見たのって、地下牢とかそんな感じの鉄格子だった。だとすると、たぶんここが一番怪しいんだ。
近代だったら、逆に警察組織とか、あるいは収容施設が別にある可能性がある。
でもここは、ギリシア建築仕様なんていう時代設定が謎の都市だ。だとすれば、中央にあるここがきっと、政治の中心地。城とか大神殿の地下に、地下牢があるケースが多いからね。
「ここでしょうか。床の巨石の隙間から、少し空気の流れが感じられます」
「待って、ここって。玉座とか祭壇とかそんな感じの場所じゃない?」
さっきの宝物庫から、正反対の位置。その最奥の部屋に、僕らは辿り着いた。
と言っても、壁や柱以外は全部風化して無くなっていたから、ただただ端からしらみつぶしに見てきただけなんだけど。
「もしかして、地下都市の本当の意味で中心かしら?」
「正解です、ミモザ様。全体的に平らに見えていましたが、ここが窪地の底であることは間違いありません。人間の目はごまかせても、機械の目は誤魔化せませんよ?」
「ブロンデは、いったい何と戦っているんだ!?」
一瞬だけ迷って、その巨石を虹色宝箱に収納した。
横から手を伸ばしかけていたブロンデの動きが、止まった。何だか、プルプル震えているような気がする。ちょっと珍しいな。
「螺旋階段?」
「ええ、螺旋階段ね」
「イブキ様、いまズルをしましたね?」
そうして現れたのは、さらに地下へと続く螺旋階段だった。
ただ今までとは違う。
その螺旋階段は、水没していた。
「水没だけなら、イブキの魔法で何とかなるわね」
「ブロンデ、念のためこの水。解析をお願いできる?」
「ですからズルを――了解しました。解析班を呼び出します」
結果は白。
混じりっけの無い、純水。
「この先が、色々な意味で怪しいわね」
「防護膜の魔法で、進もう。たぶんこの先に、何かあるはず。ナナナシアがいてくれればいいけれど……」
螺旋階段の水面に、一歩踏み出す。
肌を、風が通り過ぎた。




