79.星の受け皿
取りあえずブロンデに、ソファーとテーブルの一式を用意して貰った。
泣き疲れたミモザが寝やすいように横抱きのまま、僕はソファーに腰を下ろした。他のみんなも、思い思いに座った。
座ったんだけど。
でも待って、ブロンデの隣に、なんでアンジェリーナいるの?
「ねえ私、いきなりここにワープさせられたんだけど。それに何で? レイジ君もいるし、月にいるはずのルナリアちゃんまでいるわ。どうなってるの?」
「……待てアンジェ、北の魔術塔から、ここに……ワープ?」
「ええ。気がついたら」
そしてよく見たら、ブロンデの髪がブロンドに戻っている。さっきの違和感は、これだったのか。でも何で黒くなっていたんだろ?
もしかして、アンジェリーナ合流の兆しだった? いや、まさかなぁ。
そんなブロンデが、じっと僕を見つめてくる。
「イブキ様。いつもの定位置に、失礼しますね」
「定位置……?」
立ち上がったブロンデは、僕の後ろに立った。
そして、スッと耳に顔を寄せてきた。
「イブキ様、私たちの。機人の駆逐艦が宇宙の彼方に飛んでいきました」
「え、何で?」
「駆逐艦が少し大きかったので、大半が宇宙空間にあったじゃないですか」
「少しって言うか、月より大きかったよ?」
「それでですね、星にとって異物だったらしく。イブキ様のさっきのあれで、弾き飛ばされて、宇宙の星になりました」
キランッ、って脳内で音が聞こえた。
そうか、駆逐艦が無くなったか。まあ中に大量の機人いたし、謎技術満載だからそのうち戻ってくるよね。あとで、ブロンデに追跡して貰おう。
それよりまず、こっちの処理か。
「イブキ、改めて紹介するよ。妻のアンジェリーナだ」
「ちょっと待ってよ、レイジ君。イブキちゃんは、どこにもいないわよ?」
「魔力視、教えてくれたのアンジェだろう。よく見てみるといい、間違いなく俺たちの息子だぞ」
ソファーから立ち上がったアンジェリーナが、僕の方まで歩み寄ってきた。その視線は、僕じゃなくて抱きかかえているミモザに向けられる。
「もしかしてこの娘は……ミモザちゃん?」
「ええミモザです。今は泣き疲れて眠っていますが」
僕の声が聞こえたのかな。寝ているミモザが僕の胸に顔を寄せて、しっかりと抱きついてきた。静かな寝息が、聞こえてくる。
「推定イブキちゃん、私にはそんな、丁寧な言葉使わなくてもいいのよ。それよりミモザちゃんは、ちゃんと辿り着けたんだね。それに大きくなって――」
優しくミモザの頭に触れるアンジェリーナは、確かに母親だった。
ミモザと、僕をじっと見る時に一瞬だけ、黒い瞳が赤く光った。たぶんこれが、魔力視。
赤い光に乗って身体に浸透した魔力が、僕とミモザの指先から抜けていく。その抜けた魔力が、アンジェリーナの瞳に戻っていくのが見えた。
「……見えたのね?」
「うん。見えた」
「そっか、ならあなたはイブキちゃん。私の息子ね」
僕の頭に優しく触れたアンジェリーナが、レイジの側に歩いて行った。
不思議な感覚。
それになんか、身に覚えがあるような魔法。今もほら、レイジの側に座ったアンジェリーナが、手に持った蛇口から急須にお湯注いでいるし。
『あの……それで、世界軸の話は……?』
「ああそうか、忘れていた」
そうしてルナリアに説明されたのは、既にここは赤道直下だってことだった。
「つまり、単純にポールシフトが起きたのか。その起動起点がイブキかも知れないのか。そんなところも、俺の息子らしいな」
「レイジ君は、破壊ありきだったからね。通った場所が軒並み白化していたから、その後の振り戻しが恐ろしいことになっていたわよ」
「そう、なのか?」
「魔力が抜けたあとに、急速に集まった魔力で起きたのは、自然の大爆発だったわ。庭木が大樹になったって言えば、分かるかな?」
「あぁ……なるほど?」
「あ。それ、レイジ君の分かっていない時の反応だよ」
ほんとうに、仲がいいんだな。
車椅子のレイジをソファーの縁に寄せて、もたれ掛かるようにして話をしている。
「それよりびっくりしたわよ。魂樹が突然使えなくなったのよ。まあ、その直後くらいにここに強制ワープさせられたんだけど」
「え、魂樹。使えないのか?」
そうして二人が腰からたぐり寄せたのは、板状の携帯電話だった。
僕の腰元には今も、携帯電話が浮かんでいる。なんか見覚えがあると思ったら、ミモザ。あの『魂樹』のシステムを真似て、方舟に再現したんだな。
「あ、レイジ君。これ使えないの、もしかして地軸がズレたから?」
「そうかもな。元々南北の魔術塔が、巨大アンテナの役割も担っていたらしいから、無くなればそりゃ使えないか」
……誰だよ、そんな星規模の壮大な魔力網を築いたのは。
そして、ごめんなさい。それ壊したの、たぶん僕だ。
『まとめるとですね。南極の魔術塔が、赤道に移動しました。その結果、魔術塔が消失。代わりに塔は、月との雫交換塔である、星の塔に変わりました。ここまではいいですか?』
「ああ、理解はした。しかし、星の環境まで正常に戻ったのは、何でなんだ」
『……分かりません。それに関しては全く、理由が……』
……それも、たぶん僕。
南の魔術塔の中で、扉を直したのがそもそもの起点だった気がする。
こうやって羅列してみると、恐ろしいほどに環境が激変しているな。
何だか居たたまれない気持ちになってくる。いやそもそも、僕が何かしようって、思ってやっていないんだけど。
いい方向に変わったのが、せめてもの救いか。
背筋に急に、ぞわりと何かが走った。
一瞬、全員が黙る。なにが、起きたんだ?
『ああっ、嘘でしょ。何でこのタイミングなんですかっ――』
「おいルナリア、どうしたんだ!?」
突然駆け出したルナリアに、咄嗟に手を伸ばしたレイジが、車椅子から落ちた。慌てたアンジェリーナも、机の角に足を引っかけて転んだ。
いや、みんな何やってんだろう。
「ちょっと、ルナリア? 一旦、落ち着こうか」
『イブキさん。そうも言ってられないんです。雫の落下が始まりました』
エアーロックがもどかしいのか、一生懸命扉を叩いているんだけれど、それそのままだと開かないんだよな。
ミモザを抱きかかえたまま立ち上がる。左腕に抱えたミモザが落ちないように、腕ごと防護膜で支えた。
エアーロックの扉の横、壁の開閉スイッチに手を触れた。
ゆっくりと、扉が開いていく。
そうして内側のエアーロックが開いた先、外側のエアーロックも同時に開いていて、待ちきれなかったルナリアが駆けていった。
「外側、開けておきました」
「ナイスだブロンデ。僕らも続くぞ」
外に出て、異様に辺りが暗くなっていることに気がついた。
タラップを降りたところで立ち止まって、見上げた。
『ああっ、七の雫――』
ルナリアが叫びながら、トレントの根元にある扉に消えていく。
そして僕らは見た。
蕾のように樹全体が萎んだトレントの先に、空を覆い尽くすほどの巨大な、虹色の雫があった。
そしてゆっくりと、虹色の雫が。
空に落ちていく――




