77.魔力焼滅症
「イブキ……ではないんだな。初めまして、そして。助けてくれて、ありがとう」
意識が戻ったレイジは、自然と色が戻っていた。
真っ白だった身体は、ちょっとだけ色白の肌色に。着ていた長い服も、ちょっとだけ薄いけれど紺色に。そうかこれ、つなぎだ。
「魔力が、無くなっていたみたいね。ダンジョン経由の補充で、なんとかなってよかったわ」
「ミモザも……そうか。俺はレイジだ。助かった」
「ごめんなさいね。記憶が、無くなったのよ。たぶんあなたのことは、知っているはずよ」
目を見開くレイジに、ミモザがしっかりと頷く。
しかし、何て言うか普通の青年だ。
顔つきは典型的な日本人顔。今は瞳も髪も灰色だけれど、この感じだと黒髪黒目なんだろう。僕の視線に気がついて、柔和な笑みを浮かべた。
「名前を、聞いてもいいのかな」
「柏崎イブキ篤輝。おそらくレイジさんの知っている『イブキ』君は、僕の中に生きていると思う」
「……そう、か。なら君は、イブキ君は俺の息子でもあるのか。よく、生きていてくれた――」
零れ落ちた涙に、深い愛情を感じた。
自然と僕も、目から出る汗が止まらなくて。いや、汗だからな、勘違いするなよ。
「はは、その強情さ。そのままだな」
自然に抱きしめられたんだけれど、何だかすごく、安心した。
魔力焼滅症。
レイジの申告によれば、今回の爆発はそれが再発した結果だったらしい。
「もっとも、あの魔力暴走の中で、生きていた方が奇跡なんだがな」
「何のためにここに来たのかしら?」
「アンジェリーナの未来視にな、明確な星の危機なんてものが視えたらしくて。それで手分けしてアンジェリーナは北の魔術塔に。俺はここに駆けつけたんだが、中に入った時には手遅れだった……」
あれ……?
普通にここまで来たってことなのか?
『あの……外の環境って、変わっていなかったのですか?』
「……君は、もしかしてルナリア?」
『はい。月の祭壇でお会いしたことがありましたが、こうして外でお会いするのは初めてです』
「すごいな……何をどうすれば、ダンジョンコアが受肉できるんだ……」
それは、まあ……。
ミモザがそっと腕を絡めてきた。いや、言う場面じゃないし。
ふと、レイジと視線が合って、その表情が柔らかくなる。何となく見透かされたような気がした。なんだろう、この人、やたらと察しがいいぞ?
「外だけれどな、俺が来た時はまだ『南極は普通の環境だった』としか、言えないかな。まあ、こんなつなぎだけだと、恐ろしく寒かったとだけ」
『え……その格好で来られたのですか?』
「昔やらかしたが、学習していなかった。それだけの話さ」
世界の環境は、その時点だとまだ変わっていなかった。
ジェット機で隣の大陸――恐らく、僕が知っているオーストラリアのことだと思うんだけど、そこから南極直通の地下鉄道網でここまで来て、南の魔術塔に入ったらしい。
「魂儀と呼ばれる、いわゆる地軸制御の魔道具なんだが。そいつが魔力過多で制御不能になるらしくてな、その魔力を吸わせるために、俺が行くことになった。魂儀の制作者は、しばらく前から行方不明だって聞いているし、なりふり構っていられなかったんだが――」
別に、俺がやる必要は無かったんだがな。
――そんな独白が、微かに聞こえた気がした。
「そして塔ん中で、魔力嵐に呑まれて俺は死んだ。でだ、魔力焼滅症の副作用で蘇ったんだよ」
そして何かを思い出したのか、上を見上げる。
魔力焼滅症が何か分からないけれど、あの真っ白になっていた状態がそうなのかも知れない。
ふらっと、倒れかかったレイジを、とっさに背後からブロンデが支える。機人が運んできた椅子に、そのまま誘導した。
「ありがとう。君は――」
「イブキ様一の配下の、ブロンデです。お見知りおきを」
「機械の人たちの首領かな。担架に乗せて貰った辺りから、意識はあったんだが……あの時は、ありがとう。いい、家族だな」
そう言って、機械の見た目のブロンデにも、きっちりと頭を下げる。
思わず僕はミモザと顔を見合わせた。何て言うか、人間の格が違う気がする。
この人が、イブキの父親なのか。
ただ、復活直後で無理をしていたんだと思う。
少し目がうつろになってきて、船をこぎ始めた。
無理をさせちゃったのかな。
しばらく、休んで貰うことにした。
「僕らが来る少し前に、突然環境が変わったみたいだな」
「こういう所はダンジョンらしいわね」
でも正直、生きていく星の環境としては、最悪なんじゃないかな。
そういう意味だと、まだ地球の方が健全だった。例え、海底巨大火山が噴火しても、そこに因果があって結果、世界の環境が変わる。
あの時だって、噴煙が地球全体を覆って、降灰が続いていたけれど、それは火山が噴火したからに違いは無かった。じわりじわりと、終末化していた。
「でしたら、いつものようにこの星のダンジョンコアを掌握されてはいかがですか?」
「いや待って、僕がいつそんなことした!?」
「あの地下にあった移民艦が変質したダンジョンに、元世界線のナナナシアコアも、実質イブキ様の支配下でしょう。あとは方舟に、ミモザ様でしょうか」
「そうね。支配されて、幸せよ」
「……」
何でさらっと、そんなこと言えるのかな。恥ずかしいじゃん。
「ま、まあいいか。とりあえずレイジさんが元気になったら、あの塔を見に行こうか」
「――いや、俺なら大丈夫だ。行こう」
車椅子に乗ったレイジが、機人に押されて部屋に入ってきた。
どう見ても、大丈夫じゃない。
『レイジさん。私と、ここで待ちませんか。どう見ても、完全じゃないです』
「駄目だ……と、言いたいところだが――」
天井を仰いで、大きくついたため息が、すごく悲しげに聞こえた。
じっと、見つめ続けるルナリアに、さすがのレイジも観念してか、両手を挙げた。
「わかった。降参だ、ルナリア」
『そうしてくれると、助かります。いくら蘇る命だったとしても、それを無碍にしていいはずはありません』
「すまん、ルナリア。それが俺の生き方だった。駄目だな、何も学べていない……」
苦笑いが、自嘲に見えた。
さっきまで、すごく大きく見えていた姿が、同じ悩みを持った普通の人に見えて僕は、他人に思えなくて。僕は……。
「それで、イブキ」
「何でしょう?」
「絶対に、戻ってこい。男の約束だ」
「……はい」
胸が、熱くなった。
何て言うかな、血は繋がっていないけれど、その想いは感じた。
伸ばされたレイジの拳に、握りしめた拳をそっと重ねた。
そうして、安全のためエアロックで別れた。
「イブキ、いいのね?」
「何が?」
エアロックの扉が切り替わるタイミングで、ミモザが僕の顔をじっと見つめてきた。
横を見ると、何だかブロンデまで心配そうな顔をしている。
「だって、目的の1つは達成しているわ。あとはアンジェリーナさんを見つけるだけじゃない」
「それにイブキ様が、世界をどうこうする理由はないはずですよ。少なくとも、星が駄目なのに、イブキ様は関係ないですよ」
嬉しかった。
ずっと、ミモザとブロンデは、僕を見てくれている。
「言ったはずだよ、『見に行く』って。何かしようとか、何かできるなんて思っていない。だって気になるじゃん、あれって古代の遺構だよね? もしかしたら僕らのいた世界線でもあって、違いが分かるかも知れない」
そうして、秘密で持ってきたカメラを取り出す。
「……えっと、観光?」
「うん。ただの観光だよ」
「ふふふっ、イブキ様らしいですね。ならば不肖ブロンデ、お供しましょう」
「いいわね。一緒に行くわ」
そうしてエアロックが開き始める。
爽やかな風が、肌を抜けていく。
僕の魔法が起動しなくて、そのかわりに温かい日差しが差し込んできた。
「……は?」
僕らは、目を疑う。
視界が一面、緑に覆われていた。




