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僕だけがハーフなエルフの件について  作者: 澤梛セビン
ルナリア編

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73.ルナリア

 じっと、見つめる。

 念のため、魔力腕で二人と一機を包み込んで、簡易防護膜に見立てた。


「た、立ち上がったわ……」

「視力にサーモグラフィを一時追加。対象は人型――解析完了。異様に温度が低いですね、人型としてはやや異常レベルです」

「……あ、あれ? 動きがないわよ?」


 目をこらしたら、いつもの目の魔法。暗かった廊下が明るくなった。それとほぼ同時くらいに、白い影が横に動いて視界から消えた。

 てっきり、こっちに向かってくるだろうと、そう思って身構えていたから、じっと立ち尽くしたまま一刻。唾を飲む音で、我に返った。


「お、追わなくていいのかしら?」

「いや、行かないよ。僕としては、安全確保が最優先。あれが例え、ブロンデから分離しただろう何かだったとしても、そこは譲れない」

「よろしいのですか? 何か知っているかも知れませんよ?」

「いいんじゃないかな、僕らの目的には関係ないし。それにほら、早くこの屋敷を出ないと。もう『ルナリア』はいない」

「あ、ブロンデが戻ったから……?」


 立ち上がって、一人と一機の手を引く。


「ブロンデ、機人衛星の宇宙船。借りられる?」

「もちろんです。偵察用の小型で、手配しておきます」

「ミモザはこの、世界樹のダンジョンの動きは追える?」

「えっと、どういうことかしら?」

「可能性の話。もしかしたら、この星が丸々ダンジョンなんじゃないかな。昨日散策して思ったんだ。あまりにも生活しやすい環境だな、って」


 目を大きく見開くミモザの手を引いて、部屋を飛び出る。一応、ブロンデが付いてくるか振り返って、いつもの追従距離に思わず笑みが漏れる。

 屋敷を飛び出して、目指すは世界樹のあの広場。


 埋もれた屋敷の裏に佇む世界樹から、少しだけ軋むような音が聞こえた気がした。




「螺旋階段は……あるわね。よかったわ」

「さすがに、なくなっていたら詰みだったかも」


 無人の噴水広場。

 昨日とは打って変わって、噴き上げた水が落ちる音だけが聞こえていた。


 少し警戒して、辺りを観察してみる。


「昨日、あの時間からみんなで移動したのかしら?」

「持っていたものが、そのままその場に置かれた。そんな感じでしょうか」


 敷布がベンチに敷かれている。開かれたままの箱には、食べかけのお菓子。

 噴水の縁には、網籠が無造作に置かれていて、中に野菜が入っている。本当に、みんないきなりいなくなった、みたいな。


『つまり、民族大移動をしたような感じでしょうか』

「いや、お前が誰だよ!?」


 裏から聞こえてきた声に、慌てて振り返る。


『あ、はじめまして。受肉したルナリアです。お世話になっています』

「……えっと、マジで?」

『何に対してマジで、なのかは分かりませんが。そうです、私がルナリアです』

「確かに、イブキのお母さん。アンジェリーナとそっくりね」

「鏡で見た私も、こんな感じでした。感慨深いものがあります」

「このタイミングで再会する理由について……」


 立っていたのは、豪奢な巫女服を着た、黒髪黒目のエルフ。

 アンジェリーナとそっくりだけれど、雰囲気は別人。なるほど、この人がルナリアなのか。でも、何で?


『いえ、私もダンジョンコアなんですよ』

「また僕、声に出ていた?」

「イブキって、分かりやすいのよね。でも、ダンジョンコア……ね」

『よろしくお願いします、センパイ』

「……さすがに、この世界線はカオスすぎませんか?」

「僕、知らないよ?」


 もう、ぐだぐだ。さっきまでの緊張感は何だったのか。


 毒を食らわば皿まで。噴水広場のど真ん中に応接テーブルセットを取り出した。その横に、観葉植物を置いて、反対側にはホワイトボードを設置。

 一応、左右は乳白色の衝立を置いて、その手前に設置したサイドテーブルの上には、懐かしいラジカセ。カセットを投入して、流れるのは謎のクラシック音楽。


 よし、完璧だ。


「突っ込まないわよ」

「確かに、完璧ですね」


 全員着席して、さて話をしようか――のタイミングで、遠くの方から歓声が聞こえてきた。


 ミモザ、ブロンデと顔を見合わせていると、したり顔のルナリアが立ち上がって、おもむろに特設会議室から出て行った。なんだなんだ、無人じゃなかったのか?

 慌てて僕らも追いかける。


 そうして、噴水広場の縁で下を覗いているルナリアの横に並んだ。


「……あの、いや待って。あそこの神輿に乗っているのは、誰?」

『あれは『ぷちルナリア100分の1バージョン』ですね』

「いや何その、不穏ワード?」


 じっと神輿を見つめながら目に意識を持っていくと、僕の忖度魔法が発動した。視界が一気に神輿にズームインして、ふらついて倒れそうになる僕を、ミモザが支えてくれた。


「ミモザ、ありがとう」

「相変わらずイブキの魔法、適当すぎて笑えないわね」

「魔法って、こんなんじゃないよね?」

「私の知っている魔法使いは、短くてもちゃんと発動ワード唱えていたわ。まあ、イブキのは間違いなく異常な魔法ね」


 そんな会話をしつつ、見えたのは小さなルナリア。あれだけ遠くにいても僕に気がついたんだろう、仰ぎ見て笑顔で手を振ってくる。

 しかし小さいな。100分の1だから計算すると、体長2センチメートル。想定を超えるプチルナリア。


 びっくりして横のルナリアに視線を向けると、拡大された視点のままルナリアの頬の毛穴がくっきり。細い体毛が生えているのが見えて、目眩と同時に倒れそうになって再びミモザに支えて貰った。


『あれは、現在のルナリア星のダンジョンコア。私の本体ですね。こっちに併せて擬人化させていますが、意識は受肉の瞬間にしか同期できていませんから、一応別人で』

「すごく、メタ情報なんだけど、何か裏があるの?」

『ええ。詳しくはあの会議室でお話しします』

「あ、結局あそこ使うんだ……」


 下から聞こえる歓声はとても嬉しそうで、たくさんのウサギ耳が飛び跳ねている。


 たぶん僕から始まった一連の変化は、こうやってたくさんの人たちに波及しているんだろうな。その中で、何人の人が幸せになれているんだろう。


「イブキ、行くわよ」

「待って今行く」


 でも少なくとも僕の周りだけは、守りたいな。




『私を、ナナナシア星まで連れて行ってください』


 そして落とされる爆弾発言。

 何となく、予想はしていたけれど、何の説明もなくストレートに告げられるとは。


「半年後に、ナナナシア星から雫が落ちてくるって聞いているわ。その後なら、行けるんじゃないかしら」

「ルナリア星からも月の涙が、ナナナシア星に落ちるとも聞いています。もっとも、これが比喩なのか、実際に雫のように何かが落ちるのかまでは、分かりませんでしたが」


 僕は何も言わずに、じっと見つめる。


 ルナリアは軽く息を吐くと、しっかりと。僕の瞳を見つめ返してきた。


『行くだけならば、それで。でも、間に合わなくなる可能性が高いとだけ』

「アンジェリーナ。イブキのお母さんね?」

『……』


 ミモザの言葉に、ルナリアが大きく頷いた。


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