72.パンじゃなくて、ケーキを食べていたらしい
「観光は、楽しんでいただけましたか?」
「そうだね。とてもいい街だったよ」
ミルフィから、評議会の面々を紹介された後、立食形式のパーティが始まった。そびえ立つウサギ耳の林が、シャンデリアに引っかかりそうで何だかモヤモヤする。
一応、正式な場と言うことで、借り物とはいえ僕も浄衣姿だ。ミモザとブロンデも、巫女装束の上から金糸の入った千早を羽織っている。いや、二人とも似合うな。
「ど、どうかしら?」
「可愛いよ、すっごく似合っている。深い紫と白、それに赤のコントラストが映えていて、綺麗だよ」
「ふふっ、ありがとう。イブキもかっこいいわよ」
ミモザの隣でドヤ顔していたブロンデを雑に褒めながら、あらためて会場を見回す。
最初の挨拶の時には、会場いっぱいにいたウサギ耳さん達が、今は20人程度にまで減っている。大半が簡易的な巫女服で、僕と同じ浄衣のウサギ耳さんは1人。ウォーレンって自己紹介してくれた、評議会会長だったと思う。
あとはミルフィに、評議会副会長のソレイユ、カサンドラ。残りの簡易巫女服のウサギ耳さん達は給仕の人たちだ。
「どうですか? ルナリアの食事はお口に合いましたか?」
「ええ、ウォーレンさん。このお肉なんて、柔らかくて美味しい。どこで飼育しているんです?」
鮮やかな赤身のお肉に、軽く火が通っているだけに見える。だけれど、色に反して口の中に広がる深い脂身の甘さは、すごく深みがあるんだよな。何のお肉だろう?
「飼育は、していませんよ。肉に関しては全部、ダンジョン産です」
「ダンジョン、ですか?」
「ええ。午後に世界樹の迷宮に潜った探索隊の人たちが、夕方持ち帰ったユグドタウルスの肉ですね。ナナナシア星では、ミノタウルスの名前の方が有名でしょうか」
これはあれか、同じ物が地域名が付いて違うように見えるあれか。
「すごいわね、その探索隊の人たちは単独でユグドタウルスを討伐できるのかしら?」
「さすがに、ユグドタウルスだと3人チームですね。ユグドオークであれば、ほぼ全員が単独討伐できます」
「でもそれくらいでしたら、うちのイブキ様もできますよ」
「……ちょっとブロンデ? いきなり、どうした?」
背筋をいつもより反るように伸ばしたブロンデが、何故か上から睨むようにウォーレンに言う。それに対してウォーレンは、大げさに頭を低く下げた。
「これは、ルナリア様。失礼いたしました。こちらとしては、お供のイブキ様のお力を疑う意図はございません」
「ですから、私はその『ルナリア』という人ではないと、言っていますよね?」
「待って、ルナリアは人名……確か、地下って言っていた……」
ちょっと前のことだよな。
何でかな、ブロンデの言葉で思い出した。
「そうよイブキ。アンジェリーナさんの最後の言葉、確か『ルナリアは、この世界樹の地下に』だったわよね」
「うん。多分だけど、地下ってダンジョンのことじゃないかな」
「……少し、詳しくお話しいただけますか?」
何故か、迫真のウォーレンに詰め寄られて、一歩下がる。いやどうした、なんか僕たち重要そうなこと言ったのか?
「ウォーレンさんは、アンジェリーナって人、知ってる?」
「いえ。存じ上げませんが」
「だったら、世界樹の外側にいた人から聞いた、噂程度で聞いて欲しいんだけれど」
「そもそもですが、現在は世界樹の外に出られるルートはありませんよ?」
「……えっと」
話が、続かないんだけれど。
「じれったいわね。うちのブロンデは、ルナリアじゃない。そのルナリアって人は、地下にいるって言うだけの話なのよ。それ以外に、知っていること何てないわよ」
「ルナリア様は、地下に……ふむ。だとすると、あそこか……」
考え込んでいたウォーレンが、突然顔を上げて僕の方を見つめてきた。
「ありがとうございます。長年の懸念事項が、解決するかも知れません。長旅にお疲れでしょう、貴賓室をご用意してあります。ゆっくりとお休みいただきたく思います――」
たぶん定型文なんだろう。
ちょっと早口で、まくし立てるように告げたウォーレンは、裏に控えていたソレイユとカサンドラ。それにミルフィに目配せをすると、そそくさと会場を去って行った。
いつの間にか、給仕をしていた他のウサギ耳の人たちもいなくなっていた。
「いや、どうすればいいんだよ、これ?」
「ちょっと、言い過ぎたかしら……」
「大丈夫ですよ。この建物の中ならば、私が把握済みです。イブキ様、ミモザ様こちらです――」
釈然としない感覚を抱えたまま、僕らはその貴賓室とやらに向かった。
翌朝。目が覚めると、ブロンデが扉の前で立っていた。それも、扉の向こう側を睨むように、軽く腰を落としている。
隣で一緒に寝ていたミモザが、身じろぎした。
「なあ、ブロンデ。やけに静かな気がするんだけど」
「もちろんです。昨夜から、誰も建物にいませんから。私は、念のため外を見張っていましたが、特に変わりはなく。徒労でした」
「それは、ありがとう?」
「そこで疑問形なのは、イブキ様らしいですね」
ゆっくり横で情態を起こしたミモザが、しきりに周りを確認している。
「ねえイブキ、なにか変な感じがするわ」
「確かに、ブロンデが言うことが確かなら、昨日の夜から誰もいない。のか?」
「分からない。むしろ、分からないことが多すぎるわ。ねえイブキ、外に出てみない?」
「ブロンデ?」
「私も、体に違和感がありますが。まあ想定内でしょう、問題ありません」
そう、自信満々に言っているブロンデの体が、微かにブレている。ちょっと待て、これって本当に大丈夫な奴か?
猛烈な勢いで魔力が吸われ始めた。
「ちょっと、イブキ! 何してるの!?」
「手が、離れない――」
「エラー。存在確定因子が、不安定になっています。魔力の遮断を試行……失敗、ガッガガッ、エラー。エラー。レッドライン、突破――」
涙目のミモザが、その場で崩れ落ちて見上げてくる。
体が燃えるように熱い。
灼熱した両腕が、パッシブ魔法で冷却されて、突き刺すような痛みに変わる。大声を上げそうになるも、息を止めてじっと堪えた。これ以上、ミモザを悲しませてたまるか!
「い、イブキ。なにか、できることは――」
「グッ、グググッ」
声が出ない。
視線だけ。
僕の目を見たミモザが、大きく息を吸ってから、僕の後ろに回って体に抱きついてきた。
体の痛みが、スッと遠退く。
それに伴って、ブロンデの体がさらに激しくブレる。吹き飛んでいきそうになブロンデを、とっさに魔力手も併用して掴み込んだ。
そして、ブロンデが分裂、一気に弾けた。
僕の方に飛んできたブロンデを、しっかりと抱きしめた。一塊になって壁際に吹き飛んで、慌てて魔力手を壁の間に挟んで、ミモザも守る。
少しだけ。ほんとうに少しだけ壁がへこんで僕らは、床に座り込んだ。
懐かしい金属質の冷たい体が、僕の腕の中にあった。
「イブキっ、イブキっ――」
ブロンデがいるから、横に回り込んできたミモザが、しっかりと抱きついてきた。
「ブロンデ、重くなったな」
「レディに失礼ですよ。ただまた、因果の変異を確認できましたが――」
綺麗なブロンドヘアーが、傾げた首と一緒に横に流れる。
ああ、ブロンデだ。
「イブキ見て、、扉の向こう――」
ミモザの声が震えている。
破壊された扉の向こう。通路の遥か先で、何かが動いた。




