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僕だけがハーフなエルフの件について  作者: 澤梛セビン
ルナリア編

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68/72

68.ウサギ

 緑色のウサギだ。つぶらで真っ赤な瞳が、僕らのことをじっと見つめていた。


「キュリ……ジジッ、ガガッ……キュ、キキュッ。ピガー」

「……なんて?」


 口をモキュモキュさせて、何かを話している?

 これはあれだ、昔のラジオ。アナログの、それこそチューニングが必要だった頃の、雑音混じりのあの懐かしい音が、巨大ウサギから聞こえてくる。


「敵意は感じられないわね。むしろ戸惑ってるのかしら」

「もっとも、もし戦闘になったら、全力で守るからな」

「ふふふ、ありがとう。頼りにしているわ」

「……お楽しみのところ申し訳ありませんが。翻訳しますか?」

「できるの?」

「お任せください」


 僕の後ろにいたブロンデが、僕の前に二歩ほど出た。そこでしゃがんで、見上げる。でた、女の武器、上目遣い。でもきっと、緑ウサギには効かないやつだぞ?


「同時翻訳しますね。あー、ガーザザッ、こちらチームイブキーズのブロンデ大佐です、緑のウサギさんお元気ですか?」

「まて、本気でそれ翻訳してる?」

「もちろんです。ちゃんと同時にノイズも入っていて、理解して貰っているはずです」

「いや、そっちじゃない」


 確かにあー、ガーザザッ、の後から、ブロンデの声がテレビの副音声みたいにブレて聞こえていた。さらに僕が喋っている時も、ブロンデの口から謎の雑音が流れている。

 本当に、同時翻訳しているのか。なんか感動する。


『……あ……うわ、また声をかけられちゃった。どうしよ……』


 ほら。全く違和感が無い。


 それを僕の横で見ていたミモザが、大きく息を吐いた。


「ちょっといいかしら?」

『……あああっ、あのあの……その……ふえええぇぇぇ』

「ごめんね、驚かせるつもりは無かったのよ。ちょっと話を聞かせて欲しいのだけれど」


 ミモザが、前でしゃがんでいたブロンデの横を抜けて、緑ウサギの正面に立つ。無意識に僕から流れた魔力が、ミモザの防護膜をうっすら光らせた。

 緑ウサギがプルプルと震えて、小さくうずくまっている。耳もぺたんと倒れている。潤んだ赤い瞳が、不安げに揺れている。


『ぴ、ぴえええぇぇ――』


 緑兎の瞳から黄金色の雫がこぼれ落ちた。

 カランと、硬い音を立てて地面に跳ねた雫は、コロコロと転がってミモザの足下まで来て止まった。


「綺麗ですね。でも何だか儚い」

「ブロンデ。医者を紹介したいけど、機械専門の医者を僕は知らない。たぶん姉さんなら何とかしてくれると思うんだけど」

「直りませんよ。仕様ですから」


 そんなバカな会話をしていたからだと思う。


『えっと、えっと。通っても、いいよ? 別にボク、ここを守っているとか、そう言うのじゃないから』

「門番ではないのかしら?」

『うん。ルナリアの魔力を安定させるために、僕たち月兎がドームの周りに配置されているの』


 黄金色の雫を四つ落としたところで、緑ウサギ――月兎が一回り大きくなった。ちょっと落ち着いたのか、耳が立ち上がって、洞窟の天井に届いた。

 周囲の魔力濃度がじんわりと濃くなっている。視線を落とすと、黄金色の雫からゆっくりと、温かい魔力が放出されていた。


 ミモザが顔だけ向けてきたから、思わず首を傾げた。

 視線を追うと、僕の腰元にある虹色宝箱。何だろう?


『い、行ってもいいんだよ?』

「少しお話が聞きたいの。なにか、食べたいものとかあるかしら?」

『……えっと、ボク? いいのかな……それなら、草を食べてみたいな。七星の七兎は、草を食べているって聞いたことがあるの。ボクも、一度食べてみたい』


 いや、話の流れよ。

 会話ができると、ここまで話せるのか。


 ただまあ、何となく察することができた。

 虹色宝箱から三人掛けのベンチを出して月兎の前に出す。テーブルも出して、水筒とコップを置いた。草は何かあったかな……ほうれん草があった。この間方舟の、農園帰りの父に渡された物か。今となっては、何だか懐かしい。


 僕がほうれん草の束をテーブルに置くと、ミモザとブロンデが先にベンチの左右に腰掛けた。真ん中は僕ですか、そうですか。


「どうぞ召し上がれ」

『いいの? ……その、あの……いただきます?』


 おずおずと洞窟を出てきた月兎が、戸惑いながらほうれん草を食む。

 顔が大きいなぁ――なんて思いながら、僕らもお茶を口に運んだ。




 フワッフワに包まれて、流れる景色を眺めていた。

 時折吹く風が砂塵を巻き上げていて、今までなかった自然の動きが見える。なるほど月兎の配置が意味ある物なんだなって、感じた。


「ほんとうに、いいのかしら。あそこで、管理していたのでしょう?」

『だ、大丈夫だよ。月の雫……を、置いてきたから。100年くらいは……離れてても、大丈夫な……はず?』

「そう。それなら良いけれど」


 月兎が跳ねるたびに、背中にいる僕らも宙に浮く。飛んでいかないように掴んだ毛の束は、すごく艶やかだ。

 近いかなって思って見ていたドームは、遠いんだよな。一跳ねで十数メートル進む月兎が30分飛び続けて、サイズ感がちょっと大きくなった程度。なるほど、視覚効果って怖い。


 そういえば風があるってことは、大気があるのかな?


「ありませんよ。大気成分はほぼ変わらず。ただ恐らく、愛が溢れているのでしょう」

「魔力か。濃度でここまで変わる?」

「愛ですよ?」


 されど魔力。

 創作の設定とかだと、濃度が濃くなると毒になるとか、視界が不明瞭になるとか色々と弊害があったよな。

 でもむしろここは、活性化している気がする。


「あ、見てイブキ。緑があるわ……え、緑?」

「ちょっ、月兎さん止まって」

『……え? 待って待って、何で緑……あるの?」


 ふんわりと着地した月兎が、岩の隙間に顔を埋めた。

 ミモザとブロンデも、すぐに飛び降りる。遅れて僕も、月兎の背中から降りた。


 地面に着いた片足から、光が迸る――


 緑の芽が、枯れたはずの大地から芽吹く。

 僕の足元から広がった緑の波紋が、同心円状に広がっていく。


 ゆっくりと両足を地面に着けた僕は、呆然とその奇跡を眺めた。


 体が熱を帯びている。魔力がじんわりと足元から流れている感覚に、ハッとなった。僕の魔力が、吸われている?

 徐々に体が熱くなっていく。


「見て、木が生えてきているわ」


 若木が爆発的に生長して、林に、森に変わっていく。無数に分かれた枝に、眩いほどの緑の葉が茂る。

 荒野が一瞬で緑に覆われた。


 バリーン――


『わわわっ、ドームが……割れちゃったよ。どど、どうしよう、どうしよう……あわわ』


 道の先で、粉々に割れたドームの破片が、宇宙空間に消えていく

 その破片を追うように急成長した大きな樹が、あっという間に横に膨らんで、僕らの上に広がっていた真っ暗な空を、枝葉で埋め尽くしていく。


「何が……起きているんだよ……?」

「世界が、変わったわ……」


 風が吹き抜ける

 防護膜すら抜けて、緑の薫りが鼻を通って、空に消えていった。


 神話の世界で見た世界樹が、枝葉を輝かせながら揺れていた。


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