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僕だけがハーフなエルフの件について  作者: 澤梛セビン
ルナリア編

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67.巨岩荒野の先

 荒涼とした大地が広がっていた。緑が何もない、高層ビルのような巨大な岩山が立ち並ぶ自然むき出しの景色に、違和感を感じる。

 糸の膜が解けないように、魔法を重ねがけした。


「空が、ない?」

「イブキ様、はっきりと訂正します。正確には、ここはほぼ宇宙空間ですよ。大気がかなり希薄ですから」

「ちょっとブロンデ、それどういうことなのよ」

「有名な言葉がありますよ。ガーガーリンリンが言った、地球は青かった……」


 糸の一部を射出して、地面に縫い付ける。視線を下に向けると、切り立った深い崖が遥か下で暗く見えなくなっていた。

 落ちても、たぶん僕らなら大丈夫だとは思うけれど、だからといって落ちたくはないんだよな。


 それより、そうか。ここは月か。


「え、どうしよう。繭を解除できないぞ……」


 空気がない。もしかしたら磁気もない?

 だとしたら宇宙線は? 光が当たる場所の温度と、あの暗闇の中の温度は?

 重力だって、どうだろう。力加減を誤ると、宇宙に飛び出しちゃうのか!?


「イブキっ! 落ち着いて、まだ何も問題は起きていないから。私たちがいるから」

「そうですよ、イブキ様。いつ、誰があの、青い惑星が地球だって言いましたか?」

「……うん?」


 言われて視線を巡らせる。

 いや待って、月っぽい衛星、ここの他にまだまだ2つあるぞ?


 全部で、3つある。ナニコレ?


「繭の隙間を縫って針を通して、大気の組成を分析しました。大気は希薄ですが、逆に濃厚な魔力で覆われています」

「え、ブロンデって魔力とか測定できるの?」

「できるように、なりました。愛ですね」

「愛かぁ……」


 腹は決まった。

 でも防護ロボコンは無くなって、防護服も無い。

 もしもの可能性を考えて、僕とミモザを守るように防護膜のパッシブ魔法にお願いしておく。何となくだけど、返事があったような気がした。


「私は、いりませんよ?」

「ブロンデいらないのは知ってる」

「酷い、私はもう不要なんですね……」

「ミモザ、いくよ――」


 ミモザと視線を交わして、頷きあう。

 大きく息を吐いた。


 魔法を解放。


 繭が光の粒になって、ハラハラと解けていく。剥がれた糸が消えていくに従って、視界が鮮やかになっていくようで、遠くがはっきりと見えてきた。

 息を吸い込んで、無意識に止めていた。しまった、呼吸――


「大丈夫よ、イブキ。ちゃんと、呼吸までできてる」

「……ほんとう……だ。でもごめん、迂闊だった」


 反省はここまで。


 問題は、どうやって戻るか、かな。


 目の前に来て大きく腕を広げるミモザを、横抱きに抱き上げた。

 そして僕らは、空の旅人になる。





「久しぶりの宇宙線です。見てください、お肌が艶々ですよ」

「いや、何か変わった?」

「いつもの綺麗なメタルボディよ。変わってないと思うわ」

「みみみ、ミモザ様。そ、そんなに褒められると……恥ずかしいです……」


 腕に抱えたミモザの声が、耳元で聞こえる。

 横で、一緒に空を飛んでいるブロンデが、くねくねと恥ずかしがっているんだけど、恥ずかしいなら、突っ込み甲斐がある余計なこと言うなって、思う。


「あの機体、途中で方向を変えていなければいいけれど」

「びっくりしたわよね。最初、四足歩行の獣型だったロボットが、人型に変形して空を飛んでいくんだもの」


 視界に映るのは、相変わらず変わらない、岩山の山。違うな、山のように立ち並んだ岩山。どっちも一緒か。

 ちょうど山の間を飛んでいた時に、場違いな地響きを響かせて、砂埃を上げながら遥か下方を白いロボットが走り去って行ったんだ。四つ足のそのロボットは、岩山を垂直に駆け上がって空に躍り出ると、空中で人型に変形してまっすぐ飛び去っていった。


「すぐ真横を通った時には、さすがにヒヤリとしましたよ。思わず呼吸が止まりました」

「まてブロンデ、そもそも呼吸していないよな?」


 まさかこの荒れ地に、文明の痕跡があるなんて想定すらしていなくて、二人と一機で顔を見合わせて同時に首を傾げたよ。だってここ、推定、月だよ?

 そりゃあ、三つあるとか、魔力に包まれているとか。前の地球の現実じゃあ考えられないような、摩訶不思議な世界ではあるけれど。


「少なくとも、元の世界とは言わなくても、あの宇宙に見えている青い惑星に渡る一助になればいいわよ」


 ミモザの声を聞きながら、風がない世界を飛ぶ。

 重力も少ないから、少しだけ魔法で背中を押すだけで、簡単に飛ぶことができる。そう、僕は風になっているんだ。


「無意味な思考中に、申し訳ないのですが。本当にいいのですか? 私ならば、額にある機人の衛星から、宇宙船を発進させられますが」

「機人の衛星、使えるようになったの?」

「ええ。どうやらあの空間で、一時的に封印されていただけのようで、今はほら普通に展開でき――」


 額から扉を展開したブロンデが、真っ逆さまに下に落ちていった。あの扉は、重いのか。いつも軽そうに出していただけに、ちょっとだけびっくりする。すぐに扉を収納して、戻ってきたけれど。


「失礼しました。それで――」

「駄目だよ。それは使わない、使えない」


 目を見開いて止まったブロンデが、また落ちていく。

 今度はすぐに戻ってきた。


「ほんと器用ね。ノリツッコミが洗練されてきているけれど、ブロンデはどこを目指しているのかしら」

「イブキ様とミモザ様の、心の癒やしです(キリッ)」

「括弧も言うんかい」


 心底不思議そうな顔をするブロンデに、思わず笑みが漏れる。

 魂がないから心が無いって、心配していたブロンデが、すごく楽しそうにしている。この幸せは、崩せないから。


「僕ら、個人で飛んでいくだけなら、まだいい。でもここで、大きな船に乗って進んだら、僕らはただの侵略者になっちゃう。それだけは、できない」

「さすがにそれは……」

「なるわよ。なっていたから、ナナナシアで星に降下するたびに攻撃されていた。方舟だって、侵略者。当事者にとっては、そうだったのよ」

「……そう……です、か。すこし考えてみます……」


 ミモザと顔を見合わせる。

 きっと、機械にだって、AIにだって人格があって、そこに幸せが存在している。だからこそ、ただの道具にしちゃ駄目なんだよな。


「見えたわ、ドームよ」


 速度を落として、ゆっくりと岩棚の上に降り立った。


 宇宙を見上げれば、なるほどあの青い星に向いている面の中心に、巨大なドームは存在しているみたいだ。

 陳腐な表現だけれど、東京ドーム100個分の面積くらいはあると思う。


「ねえ、イブキ。さすがにこの星の規模で、東京ドーム100個分とか、違う意味で無理だと思うわよ?」

「え、だって大きいよ? 」

「小さな星なのよ? あの見えている端は、本当に端?」

「……だって地平線が……あれ? 実は奥まで見えていない?」

「正解よ」


 そんな会話をしながら、静かになったブロンデを引き連れて崖下まで降りた。そこでミモザも地面に下ろした。


 そっと、崖の隙間から、顔を覗かせる。


「道があるわ」


 崖を切り抜くように舗装された道路が、まっすぐドームまで続いているのが見えた。そして――


「待って、ウサギ?」


 気づかなかった正面の大穴で、巨大なウサギがじっと、僕たちを見つめていた。


 本質的な危機を感じて僕らは、その場で大きく息を呑んだ。


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