66.神様のダンス
だだっ広い草原の周りは、円形に囲むように木が生えていた。
最初の木は、たぶん僕の背丈ぐらい。それが外に向かうに従って段階的に樹高が高くなっていき、そのまま遥か彼方まで続いていた。この時点で、異様さが際立つ。
「上のね、あの遥か彼方に見える黒い点から、入ってきたのよ」
「まっすぐ落ちてきている海水が、草原の真ん中に落ちていますが、一向に溜まる様子がないです」
紺碧の透き通った空。白い満月が浮かんでいるその中天から、水が飛沫を飛ばしながら降り注いでいた。微かに潮の香りがする。
その滝の向こう側で、黒いドラゴンと人型の要塞艦マシキが、タップダンスを踊っていた。二体が代わる代わる踊る。タップするたびに、地面が揺れる。
既に、ドラゴンと要塞艦のサイズ感すら狂っている。なぜ2体が、同じ大きさなんだ?
そして、その奥にあるのが、白亜の神殿。まとまりのない世界観に、頭を抱えた。
そうだ、携帯電話――。
「マシキは……ノイズの反応すらなしか。なんだこの違和感」
「何も、反応がないのかしら?」
「ないな。もしかしてあの、踊り狂っている要塞艦に触らないといけないのか?」
「無理ですね。今度はブレイクダンスを始めました」
つまり、動きが予測できない。
どうしよう。要塞艦マシキに入れないと、魔力結晶を回収できない。でもあの巨体の、変形した際の入り口なんて、頭部にあるブリッジの、それこそ非常口だけだったぞ?
考えろ。何か見落としていないか……?
「そもそも僕らは、何でここまで来たんだ?」
「イブキが、マシキを回収するって。そう捉えたから、一緒に来たのよ」
「私は、ダンジョンコアの回収を。私たちがこの星に降りる時に、黒竜はダンジョンの概念――今回であれば、要塞艦マシキをも破壊しました」
「破壊……した……? いや、無事だぞ? ちゃんと五体まん……ぞく?」
ここって、どこなんだ?
一般の物理現象を無視したこの空間自体が、もしかしてダンジョン?
息を整える。目を瞬かせるミモザとブロンデを、両手で抱き寄せた。
――なんだマシキ、やっぱりここにいるじゃないか。
「どうしたのイブキ!?」
「あれは、マシキじゃない」
「えっ、どういうことなの?」
ここじゃない、もっとずっと深く。遥かに深い場所に。
必ずきっと取り戻す。
「僕が最後に見た要塞艦は、人型だったけれど左腕が吹き飛んでいた。概念破壊をできるのが黒いドラゴンだとして、なぜ踊っている。なぜ破壊しない?」
「どうしたのよイブキ。いつもと違うわよ!?」
絶対に離れないように、絆を紡ぐ。
魔法が、輝く細い糸が、ゆっくりと僕らの周りを回り、紡いでいく。
「そもそもどうして、2体が、ダンジョンの中にいるんだ?」
「だって、戦っていたからよ……ね?」
「それを僕らは、直接見ていないんだ。予測だけで、ここに来た」
紡いだ透明の繭が、硬く。そしてしなやかに、相反する性質を重ねていく。
周りの音が、少しずつ遠退いていく。
「イブキ様、見てください。二体が融けるように混じり始めました」
「だろうな。あれはダンジョンが喜んでいるだけ、神様のダンスだ」
繭から糸を滝の向こう側、その地面にめり込ませて掴む。
「下に、落ちるぞ――」
引き寄せる力で繭を滝に押し込んだ。
僕らは――落ちていく――
それはきっと、誰かの夢なんだと思う。
「白いドラゴンから、黒いドラゴンが産まれたわ」
周りで見守っていたんだろう。大小様々な純白のドラゴンが、一斉に踊り始めた。歓喜のブレスが何本も空に打ち上がる。
母親ドラゴンは、その産まれた黒いドラゴンに顔を寄せ、愛しそうに舐めると、目を瞑って首を地面に横たえた。そしてゆっくりと、光の粒に変わり空中に解けていく。
それをじっと、黒いドラゴンは見つめていた。
母親だった光が、空に舞い上がる。
それを送り届けるかのように、全部のドラゴンが空に向けて一斉にブレスを吐いた。
「魔力は、星に還る。そう言うことなのか?」
「世代は変わっても、意思は引き継がれるってことかしら」
僕らは、光に包まれる。
周りが全て、焔に包まれていた。
空から堕ちてきた烏賊の群れが、地上の生き物を呑み込んでいく。
海に堕ちた蛸の群れが、水を呑み込んでいく。
そして、漂う海月の群れは、火を、熱を奪っていく。
星が軋む音が、悲鳴のように聞こえる。抗い続けるドラゴンも、高速で堕ちてきた巻き貝に地面の奥深くに縫い付けられていく。
これは、星の記憶。
視界が滲む。星が、泣いているのか?
再び光に包まれる。
滝を落ちる速度が一気に落ちた。
そして僕らを包む繭がゆっくりと浮き上がる。どうやら、一番下まで落ちたらしい。
「ここは、見覚えがある」
「円形の部屋ね。かなり広くなっているけれど、壁際にある木のことは知っているわ」
大半が水中に沈んでいる木には、相変わらず四角い実が成っていた。異常が起きているのか、表示がカラーバーになっていて、鮮やかな発色が、水に揺れて部屋を妖しく照らしている。
その水中に、見覚えがあるガゼボが見える。あれは、副操縦席だ。
そして噴水のあった場所には、昏い穴が開いていた。
「コックピットは?」
「あそこよ。だめっ、イブキ。落ちていくわ」
「エラー。機人の衛星にアクセスできません。どうして、ここで機人を展開したいのにっ」
「ブロンデ!?」
繭を解こうと意識するも、何故か魔法が届かない。
「マシキっ――」
目の前を虹色の玉が通り過ぎていった。
手を伸ばすも、繭に阻まれて届かなくて。二度ほど跳ねてから部屋の中心に向けて、水中を転がっていく。
そして僕らが見ている前で、虹色の玉が、ゆっくりと噴水だった穴に吸い込まれていった。
穴が、昏かった穴がゆっくりと虹色に満たされていく。
木に成った四角い実が、色を取り戻す。
緑溢れる森。青くどこまでも続く海。
紺碧の空には白い雲が浮かび、黒い雲からは恵みの雨が降りしきる。
真っ赤な溶岩を噴き上げた火山が、その嵩を少し高くした。
火が木々を燃やし、灰になり、そこに再び緑が芽吹く。
――でも僕らは、マシキを失った。
「間に合わなかった……」
「違うわ。イブキの作り上げた魔力結晶が星に届いたのよ」
水が部屋を満たし、僕らを包む繭が上へ浮き上がっていく。
部屋があっという間に下に沈んでいった。
ふと、下の方から気配がして――。
『ありがとう、マシキ。確かにイブキ様の意思を受け取りました』
女性っぽい声が聞こえて、思わずミモザとブロンデの顔を見た。
「聞こえたわ」
「私にも、聞こえました」
「星の……声?」
声は続く。
『これでナナナシア星は修復されます、そして蘇生されます。イブキ様に、よろしくお伝えください』
僕はここにいる。
言いたかった。
言えなかった。
繭ごと引っ張られるような感覚に、視線を上に向ければ、見たことがある『虹色の歪み』が僕らを待ち構えていた。
「……嘘だろう?」
「ハッピーエンドは、遠いわね」
「でも、イブキ様のおかげで。離れずに済みます」
「ははは、違いない」
「怪我の功名ね。イブキとブロンデがいれば、どこでも行くわ」
「私もです」
そうして僕らは、世界から消えた。




