65.マシキの行方
方舟の入り口は、無事残っていた。
触れると、なぜか腰元からノイズが聞こえる。ジジッ、とかザザッみたいなやつ。
「反応は……しない?」
「あり得ないわ。ダンジョンなのよ?」
「中にいるはずの機人も、応答ありません。おかしいですね」
何回かアクセスボタンを押すも、そのたびに腰元の携帯電話からノイズが聞こえるだけ。たぐり寄せて画面を覗くも、特に変わった様子はない。どうなってるんだ?
しかし困ったな。入り口がここだけだから、現状だと方舟に入ることができない。
扉から離れた僕に代わって、今度はミモザがボタンを押しているけれど、何も反応がない。心底、困惑した顔を僕に向けてくる。
スッと、影が移動して月明かりが辺りを照らし出す。二機の防護ロボコンが、月明かりを反射して鈍く煌めいた。少し生暖かい風が吹いている気がする。
肌に纏わり付くような重い空気が、呼吸すらも重く浅くしていく。
「見てください、大樹が――」
ブロンデの声に海の方に視線を向けると、明らかに大樹が小さくなっていた。
「……違う。移動しているんだ、沖の方に。でもなぜ?」
「ドラゴンも同じ方向に移動していきます。目標は……大樹?」
月明かりが移動していくに従って、空港の全容が見えるようになっていく。
停泊ドッグに、要塞艦マシキがない。
いや、違うな。確かマシキは人型に変形して、腕が吹き飛んで――
「どこに……いった……?」
いや待て、思い出せ。
なぜ、携帯電話からノイズが聞こえていた?
なぜ、ミモザが触れた時は何も起きない?
「そういう、ことか?」
「イブキ、何かわかったのね!?」
エレベーターの扉に、手を触れる。
ノイズが走る携帯電話を耳元に。
『ジジッ……イブ……ガザッ……』
微かに、僕の名前が聞こえた気がした。
「どうかしら」
「少しだけ……僕の名前?」
「もしかして、マシキなの?」
「分からない。でも、可能性は高い」
だったら、できることなんて決まっている。
ここは、方舟はダンジョンだ。ダンジョンなら、魔力のごり押しで何とでもなる!
『……キか? 少し遠……ザザッ……そこに……』
魔力を込めると案の定、壁のようなものに弾かれる。
だったら尖らせるんだ。細く、針のように細い魔力がスッと、その壁を通った。そして奥で広げて引っかけて、ゆっくりと広げていく。
『ザッ……おや? 音がクリアになりましたね。そこにいるのは、イブキですか?』
マシキだ!
「ああ、僕だよ。何が起きている?」
『まだ少し遠いですね。でも、問題ありません。こちらは、舟ですね。恐らく、星の防衛機能が働いたのでしょう。予期しない異常が多発しています』
「艦か、停泊していた……違うな、人型に変形していた要塞艦が見当たらないけど」
『その艦であれば、海ですね。いまも戦っていますよ』
もしかして、あの大樹が要塞艦なのか?
扉に手を触れたまま、海の方に顔を回す。駄目だ、かなり小さくなっている。
『ちなみにですね。私は舟の中にいます。ちょっとダンジョンコアが不安定ですが、イブキたちが来てくれるなら、安心ですね』
「ああ、待ってて。すぐに行くから」
『……え? ちょっと、どこに行――』
マシキが何か言いかけていたけれど、細かいことは合流してからで。
そして僕らは、再び防護ロボコンに飛び乗った。
夜の森が遥か下を流れていく。
僕らは、大樹――要塞艦マシキを追って、東へ飛んでいる。
「追いつけるのか?」
「全然近づいている気がしないわね、海に出るわよ」
やがて、視界が白んできた。
海面が煌めいて、大樹から伸びた長い引き波が、広く視界を埋め尽くしていた。夜が、一気に明けていく。
「後方でこの規模です。まずいですね、進行方向は……」
「大津波?」
なかなか追いつけないジレンマに、無駄に話題を探している。
何で追っているんだろう。
マシキって、ただのプログラムじゃん。
「モモカさんが作ったから、じゃないかしら? それに私も、過去に製作に協力していたわ。たとすれば、マシキのこと家族だって。そう感じてるからじゃない?」
「そうかな、そうかも。行かなきゃって、柄にもなく思ったし」
「それでいいと思います。イブキ様らしい、短絡思考は賞賛ものです」
「……胸が痛い」
ドラゴンが波間に沈んでいく。
泡立つ波音だけが、水平線に見える大樹まで続いている。どうしよう、届かない。
「確かに、焦るわよね。でも今だって航空機並みの速度出しているわ。じきに着くはずよ」
「私は、錆が心配です」
「いやブロンデ、ここはボケなくていい」
「錆が落ちました」
影が差す。
「ミモザっ! ブロンデも、急いで反転だ!!」
強烈な悪寒に、急制動をかけた。
僕の声に気づいたミモザとブロンデが、同じように止まり、全力で西へ。
影が濃くなる。
直後。
一層濃くなった影のあとに、数十キロに広がった大樹の傘が、海面に叩き付けられた。大波が、壁になって僕らに撃ち出された。ヤバい、ヤバいって!!
「イブキ様、上に――」
「ミモザっ!」
「任せるわっ」
魔力の手が射出されて、ミモザとブロンデを包み込んで、一気に引き寄せた。そして、弾かれるように上に飛んだ。
強烈な加速に、呼吸が詰まる。
自分を、守ることを忘れていた。飛びそうになる意識を、必死につなぎ止める。
雲を抜けて、静止。
「大樹が、沈んでいくわ!」
「巨大津波が円形に広がっています。次に来るのは、また災害級の引き波です」
「情報、多過ぎだろう!?」
よく見れば、大樹の傘。その天辺にぽっかりと穴が開いていた。
そういえば、勢いでここまで飛んできたけれど、中にどうやって入るか、全く考えていなかった。
でも、あれか。
あそこに――。
「引き波、来ました。大樹が海面下に埋もれるまで、10、9――」
考えている余裕なんて無さそうだ。
「あの、穴に突入する。しっかり捕まってて」
「既に捕まえられているわ」
「私も、掴みはオッケーです」
「ほんっと、真面目とかシリアスとか、僕らには似合わないな。行くぞ!!」
たぶん、二人と一機で、いい笑顔だと思う。
実際には、そんなの確認している余裕なんてなくて、今にも大樹の穴が引き波に呑み込まれるところだ。
体の中の魔力を練り上げる。
イメージするのは綺麗な星空。そこに落ちてくる一条の光。
僕は、流れ星になる――
視界がぶれた。
感覚が消えていく。防護膜の魔法は使っている。重力軽減も、たぶん無意識で魔法として起動している。
でも引き延ばされた時間が、重く、長く伸びていく。
そして光は、大樹に突き刺さった。
意識が、暗転した。
「……ここ……は……?」
「イブキ、よかった気がついた」
気がつくと、ミモザの顔が僕を見下ろしていた。
目尻に涙が浮かんでいるのを見て、胸がチクリと痛んだ。ちょっと。いや、だいぶ無茶したかも。
「無事、大樹ダンジョンの中に入れましたが……」
ブロンデの顔が視界に入ってくる。
あれ? そういえば僕、防護ロボコンも、防護服すらも着ていない。
「イブキの魔法に耐えられなくて、バラバラになったみたい。でもすごいわね、イブキの防御魔法のおかげで、傷一つとして付かなかったわ」
「どうしても、私たちを優先にして、自分をなおざりにしているのが、ちょっとだけ許せない私がいます」
「……ごめん」
そうして視界に入ってきたのは、異様な景色だった。
「これ、頭を抱えるやつだ……」
黒竜と人型の要塞艦マシキが、手を取って踊っていた。




