64.星の異常
きりもみ状態で、落ちていくミモザが見えた。
悲痛な視線が、交差する。
「ちくしょおおぉぉ――」
体の魔力を全開で回す。
一瞬、視界がぶれる。世界の色が濃く、鮮やかになった。
血が沸き、体が灼熱したように錯覚するも、それどころじゃない。
ブロンデが、ものすごい早さで落ちていく。
絶対に、間に合わせてみせる!!
「まずブロンデ!」
強烈な風が、僕の背中を押す。一瞬、風で前に流れた前髪が、いつの間にか黒から真っ白に変わっている。
そして、弾けるように射出!
「盾なんて、箱でいいんだっ!」
もう、感情のまま叫んでいた。
ブロンデの側まで一直線に飛んで、ブロンデを片手で抱えた。同時に、二人を守る盾を展開させる。カップ状の盾が僕らを包み込み、衝撃を散らす。
次はミモザっ!
視線を一瞬さまよわせる――いた、まだ上だ。
再び風を、盾にぶつけて急加速。ブロンデから手を離して、両手をミモザに伸ばした。
「ミモザっ!」
「い、イブキっ――」
しっかりと、両手で受け止めた。勢い余って、二人で盾に転がった。
「ブロンデ!?」
「大丈夫です。五体満足です」
「ミモザはっ!?」
「ううっ、イブギぃ……」
濡れた服と、震える声が胸元から聞こえて、大きく息を吐いた。
そして――
「え、マシキ?」
遠ざかる視界に映ったのは、人型ロボットに変化した要塞艦マシキの、左腕が吹き飛んだ瞬間。
気が抜けてか、流されるままに盾がその現場から離れていく。
「イブキ、その髪……それに、容姿が――」
顔を上げたミモザが呟くも、悪寒が走ってとっさに盾を閉じた。視界がいっきに暗くなる。
直後に来た、強烈な衝撃に僕らは、一瞬にして意識を奪われた。
「……ここは……?」
気づけば、展開した盾が解除されていた。
森の香りが鼻をくすぐる。
「イブキ、ごめん……」
「何でミモザが謝るのさ」
「だって、魔法が使えていたら、何とかできていたと――」
「それは違うよ。絶対に違う」
腕の中にいたミモザを、そっと抱きしめる。
「ミモザが魔法を使えなかったから、僕がミモザを助けられた。ブロンデだってそう。とっさに何もしなかったから、僕が両方とも救うことができたんだ」
「ありがとうございます。緊急事態のプロセスは、どうも苦手なようです。こちらこそ、助かりました」
背後からブロンデに抱きしめられて、ちょっとドキッとした。
背中から感じる硬い感覚と、機械特有の冷たい質感の向こう側で、微かに震えている。僕はブロンデの心も、助けることができたのか。
でも……ここは?
「どこなんだ?」
深い森の中。盾が押し潰した地面だけ円形に抉れて、地面が露出していた。
「空は……飛べそうにないな」
防護服を着て、防護ロボコンを装着する。
そうして空を見上げれば、たくさんの翼竜が空を飛び交っていた。心なしか、森が騒がしい。
「ねえ、イブキ。容姿が地球で出会った時の姿に戻っているわ、気づいてる?」
「どういうこと?」
とっさに、魔法で鏡を出す。直後に目の前に顕れた鏡が落下。ゴトンと言う間抜けな音を立てて、地面に落ちたらしい。
「イブキ様。さすがに鏡を地面に落とすのは、やり過ぎだと思います」
ブロンデが拾ってくれた鏡は、無残にも粉々にひび割れていた。でも、色は分かる。防護ロボコンのヘルメット。その先の防護服の中に見えるのは、あの日変わった僕。
中が暗いからか、真っ白い髪が鏡に綺麗に映っている。
奥に微かに揺れる瞳の色も、青みがかった白。恐らく顔は、洋風の甘いイケメンフェイスだと思う。今となっては逆に懐かしい顔だ。
――そうか、また何かが変わったのか。
体の中に意識を向けると、そうか違和感なかったけれど。
魔力が――漏れている。
僕の暴走する魔力に対する、ストッパーだった魔石結晶は、今は要塞艦マシキの中。つまり、この流れは止まらない。
でもそれは、星に還元されて活性化するはず――。
「活性化……したから……?」
ゾッとした。
悪寒に体が震える。
僕のせいか?
この何だか異常事態っぽいのは、また僕の為したことなのか?
「イブキっ! ちょっと、大丈夫なの!? 強制排出するわよ!!」
目の前で防護ロボコンから飛び出したミモザが、僕の背後に回った。
僕の防護ロボコンが開き、防護服ごと外に引きずり出された。なすがままの僕は、防護服からも引っ張り出されて、そのまま抱きしめられた。
ミモザの体温が、温かさが、視界を滲ませる。
ブロンデもそっと頭を抱えてくれる。その冷たさが焦る思考を鎮めてくれる。
「イブキのせいじゃない。何だか分からないけれど、そんなに自分を追い詰めないで!」
「そうですイブキ様。あなたは決して独りではありません」
ぼくは、そうか。
大切な。本当に大切に思っていた、ミモザとブロンデを守れたのか。
そして、そんな僕もミモザとブロンデに支えられている。
憚る必要なんて何もなくて。
――大声で泣いた。
「……ありがとう。不安だった」
「そのためにいるわ。行くんでしょう? イブキの魔石結晶は、マシキに返して貰えばいいのよ」
「地の果てまでも、付いていきますよ。地の果てが崖だったら、一緒に落ちます」
「いやいや、落ちないで。それに崖じゃないし」
肩が軽くなった。
さて、気合いが入ったところで、現在地の確認からか。
甲板から飛ばされた時に、空中で視界によぎった影も気になる。
それに、人型化した要塞艦マシキが、壊されていた。こんな状況。なにか、前にもなかったか?
「富士山に待機させていた機人と、通信ができました。現在地を特定、地球でいうところの、日光東照宮付近のようです」
「そんなに? いや、飛ばされすぎだろう」
「急ぎましょう。何だか体が落ち着かないわ」
「ミモザがそれ言うの、珍しいな」
防護ロボコンを装着し直して、一斉に駆け出す。
隣を走るミモザも防護ロボコン。ただ、その機体のまま、当たり前のように付いてくるブロンデは、やっぱり機械なんだなって、改めて思う。
時折、魔獣とすれ違う。
でも襲われない。
どちらかというと、何かから一目散に逃げているような、そんな駆け方で横を過ぎ去っていく。明らかな異常。
上を見上げれば、枝葉の隙間から見えるドラゴンの数が、増えているような気がする。
フィルター越しに吸い込む外気が、肺に纏わり付くような違和感を感じた。
夕焼けが、森を赤く染めていく。
「あと、どれくらいかしら?」
「1時間程度でしょうか。確実に、夜になります」
「もう、生き物の気配がしないな……」
そして、森を抜けた。
夜が、一気に深くなる。
ミモザが足を止めた。つられて、僕とブロンデも足を止める。
「な、なによこれ……?」
「崖じゃなくて、壁だ――」
見上げる。視界が全て、複雑に絡んだ枝で埋め尽くされていく。
巨大な樹が、まるで壁ほどの大樹が、海から立ち上がっていた。




