63.冷凍睡眠装置
目が覚めると、隣でミモザが静かに寝息を立てていた。
そっと髪に触れる。紫色の綺麗な髪が、柔らかい。
「目が覚めるたびに、安心する。ミモザが、ちゃんといてくれた」
「んっ……」
「……ありがとう」
ミモザが身じろぎして、伸びてきた腕が僕の体に回される。
そっと抱き返す。
実際、一度失っている。だからこそ、怖い。
未知に迷い、無知に足踏みする。でもこの意味が分からない世界で、何とか失わずに済んでいるのは、喪失を知っているからか。これが、賢者モード……?
「あ、イブキ。おはよ」
「ああ。おはようミモザ、新しい朝だな」
「ふふっ。体操しなきゃね」
見上げた天井が知らない天井だろうと、そこにミモザがいるなら。
僕はまた、歩いて行ける。
「お楽しみのところ、誠に申し訳ありませんが、イブキ様、ミモザ様。朝食の用意ができましたよ」
「うへえっ!?」
「ななな。楽しんでなんて、いたわよ!?」
少し離れたところで、マシキが器用にもホログラムをニヨニヨさせている。
そんな日常。僕の日常。
そんな当たり前の幸せを、方舟のみんなにも感じて欲しいな。柄にもなく、心からそう思った。
「全部の魔核を確認できました。住民台帳と併せて、個人の特定が可能です」
ブロンデとマシキが、夜を徹して確認してくれたらしい。食後のコーヒーと一緒に手渡されたタブレット端末には、番号に名前が振られていた。
魔核に視線を向ければ、うん。そうきたか。番号を魔核に、マジックで直接書くなんて荒技に、フフってなった。
『筐体は、そちらで準備をお願いしますね』
「何でもいいの?」
『座れれば何でもいいです。理想は、寝られる椅子でしょうか』
だったら、包まれるような形状の大きな椅子。僕のイメージだと、マッサージチェアーが一番近いかもしれない。
「ミモザ」
「任せてっ」
ミモザと手を繋いで、いざ生成。
床が盛り上がっていき、形が整っていく。半月型の本体が色づいていて、やがてちょっと高いタイプのマッサージチェアーに変わった。土台の裏には扉が付いていて、そこに魔核を収納する。
側面の左右に魔核の番号と、台帳にある個人名。それに住所、連絡先を刻印して完成だ。
名付けて、魔椅子。いやそのまんまか。
ちなみに今作ったこの魔椅子は、台帳の途中で見かけた父の分。魔核が、すぐ近くにあった。
「イブキ様。魔椅子ですが、製作でき次第、機人に運ばせますか?」
「お願いしてもいいかな? 取りあえず今、方舟にいる全員分。一気に作っちゃうよ。まだ、リストから肝心の姉さんが拾えていないけれど」
「その件で1つ質問があります。誠に言い憎いのですが……」
「……なんか、言いにくいのニュアンスが違った気がするけど」
「気のせいです。それで桃華様ですが、いつ。超機動要塞艦マシキから、こちらに冷凍睡眠装置を運ばれたのですか?」
「…………いつ、って……あっ」
そうだよ、姉が目覚めたのは要塞艦の中じゃん。
ミモザと顔を見合わせて、同時に天を仰いだ。本気で気づかなかったし、忘れていた。
一瞬、動きそうになって、グッと堪えた。
父と母。先にこっちか。
「取りあえず…………方舟の中を、処理しちゃおう」
「ちなみにマシキに聞きたいわ。覚醒が遅くなると、何か不都合とか、不具合とかあるのかしら?」
『いいえ、特にないですね。どのみち、最初のフル充魔だけだと魔圧が不安定になります。もう一度寝て、パルス充魔で調整することで、機体は正常に戻ります』
「ありがとう。なら先に街のみんなね」
ここからは、本当に単純作業だ。
僕とミモザでリストを見ながら魔椅子を生成。ブロンデが呼び出した機人が、照合と運搬をする。マシキのホログラムが、懐かしい日の丸の旗を振っている。待って、ホログラムが物理的な旗を振っているぞ?
これ、もうホログラムじゃなくね!?
作業が進むにつれて、倉庫内が熱気で暑くなる。
ダンジョン操作で倉庫に穴を開けて、空気の循環をさせた。涼しい風が吹き抜けていった。
魔椅子を半日作って、お昼休憩。午後も続けて、気づけば夕方になっていた。
辺りが暗くなっても、終わりが見えなかった。見た感じだいたい三分の二が終わったかな。
残りは、明日に持ち越しだ。
「第1冬眠室……ここは、変わっていないな」
「あの長い階段を無くせただけ、いいと思いなさいよ。機人達は、あの階段を上って運び出ししていたって言うじゃない」
「え、ブロンデ。それ本当?」
午前中かかって、方舟の魔椅子を配備して、姉は一旦自宅に移送。僕たちが自宅に戻った時には、父と母はまだ魔椅子で寝ていたから、簡単な書き置きだけしてきた。
たぶん、あの人たちなら、色々と理解してくれると思う。
本当は、姉を連れたまま動こうかと思っていたんだけれど、ふと足が止まったんだ。どうせ冷凍睡眠装置を回収してくるんだ。起こすのは、自宅に設置してからでいいかなって。
「はい。桃華様にも、あの長い階段を消すイメージはなかったようでしたので。実際には数段登って一斉に飛び降りれば、入り口まで転送されていましたから。問題はありませんでした」
「言ってくれればよかったのに。あの階段、明らかにイレギュラーだったし、今回みたいにダンマス権限で何とでもなったんだよ?」
「いえ、その程度の些事。イブキ様を煩わせるほどのことではなく――」
じっと、ブロンデの目を見つめると、ふいっと視線を反らされた。
最初の頃に比べて、感情が豊かになっている気がする。
僕に対して必要以上に恩義を感じてくれているし、忠義だって過剰な気もする。でももっと、その今の感情のまま、自然な状態のブロンデになって欲しいな。
「イブキ、冷凍睡眠装置だけど。その虹色宝箱に入ったりしない?」
「…………その、発想はなかった」
どうやってもみんな、今までの習慣に囚われるんだな。えらそうに階段のことを言ったけれど、自分だって大概じゃないか。
あっさりと、虹色宝箱に収納されたのを見て、思わずミモザと顔を見合わせて笑っちゃった。せっかく魔法を使えるんだもの、もっと自由で言い気がする。
ついでに、その虹色宝箱の無駄に高性能な力を使って、要塞艦の移民艦部分に残っていた、残りの冷凍睡眠装置を全て回収した。
ブロンデ。ほんと、ごめん。
これにて、回収作業は一段落。あとは方舟で作業できるかな。
甲板に出た。
澄み渡る青空、暖かな日差しに、やっぱり安心する。ダンジョンの中って、作られた空間だけあって、どうしても馴染めないんだよな。
横にいるミモザを見ると、気持ちがいいのか大きくのびをしている。
『マスター、ちょっと緊急で報告が――』
マシキの言葉に振り返った時――背筋に、強烈な悪寒が走った。
視界の端に何かがよぎる。
「イブキ様、逃げて――」
ブロンデの声が、一気に遠退く。
強烈な風に体が浮き上がって、僕らは甲板から吹き飛ばされた。
危機。
体の奥底から、魔力が湧き上がってくる。体が一気に熱くなる。
「二度と! 誰も!! 失わないってッッ――」
そして僕は、風になった。




