62.奔走
『マスター、完全に私のことを忘れていましたね?』
「うん、ごめん。言い訳もできない」
方舟を出た直後に、案の定というかマシキが反応した。正確には、僕の携帯電話からマシキの声が聞こえたんだけれど。
「入り口は――」
『今いるエレベーターホールから当艦に向かって右側。ブリッジから、連絡用の階段が地上に下りています。そこから、入艦していただければと』
「ここは普通に通信が届くのね。どのくらいまで魔法通信が届くのかしら?」
『基本的に、この星の上であれば反対側でも届きます。ただし、方舟内部、および各地にあるダンジョンの中には、干渉不可能です』
夜の闇にあって、辺りは真昼そのものだった。
超機動要塞艦マシキの照明が周囲一帯を照らしていて、足元の草一本までも見える。それでいて、当の要塞艦マシキを見ても眩しくない。いい仕事をしてくれているな。
背中に背負った姉を、背負い直す。少し沈んだ足に、姉の重みを実感した。
少し先にあった、ステップが畳ほどもあるエスカレーターに乗って、マシキが停泊している空港まで下りていく。いや、ステップ大きいな。それに、いつの間にこんな空港なんて作ったんだ?
見渡しで直径1キロはあるだろう。円形の土台は遠目にコンクリート色で、その中央にある停泊ドッグに、要塞艦マシキが綺麗に収まっている。
『空港は、そちらの金髪機人さんが整備してくれました。さすがに当艦は、破壊以外の外部操作はできませんから』
「マシキ様。私は新しい名前を頂きました。ブロンデとお呼びください」
『改めまして、よろしくお願いします、ブロンデ。いい名前ですね、綺麗なその髪の色にぴったりです』
「ふふふ、ありがとうございます」
…………え、マシキ。見えてるの?
気になって携帯電話の画面を見ると、『外部カメラで確認しました』と書かれていた。なかなかに、気が利くな。
エスカレーターから下りてドッグの縁に乗ると、コンクリートに見えていたその土台は、真っ白な石だった。まるでセラミックのような、ちょっと透明感ある素材だ。
歩くと、カツカツと硬質な音が耳に響く。
そうして、長い階段を見上げた。
気合いを入れて、姉をもう一度背負い直して、階段に足を踏み出したところで、視界の端に箱が下りてきた。
『こちらへ。冷凍睡眠装置を艦体から下ろしていた、揚上ユニットになります。お使いください』
「……そうだよな、階段じゃ無理だよな」
安堵のため息が漏れた。
思わず二人と一機で、顔を見合わせて笑う。
揺れるユニットに乗り込んだ。
『説明をしようと、ずっと通信を飛ばしていましたが。方舟に消えてから今まで、音沙汰無しだったんですよ。酷いと思いませんか?』
甲板に下りてすぐに、マシキから艦橋に来るように言われて向かったんだけれど、そこで僕らは硬直した。
いやその、想定内というか。逆に想定外と言うべきか。
『聞いていますか? マスター、何呆けているんですか』
「えっと……はい。はい?」
30センチ四方の箱に、八本の足が生えた筐体が分体だっていうのは理解できる。ただその天辺から1メートルほどのホログラムが投影されていて、それに喋らせるのはどういう意図があってなのか。
「えっと、マシキ。なのよね?」
『そうですよ、サドマス。見て分からないのですか?』
「さすがに、分からないわよ……」
真っ青なホログラムは、耳が長いエルフの女性。トガを羽織った姿は、ちょっとだけ女神っぽく見える。足はつま先を下に伸ばし、完全に浮いているんだよな。
「そうなりますと私は、フォースマスターでしょうか?」
『正解です、フォスマス。要塞艦の外にいる時は、先程お聞きした、ブロンデの名称で呼ばせていただきますが』
「私が4番目ですと、2番目はどなたになるのでしょうか?」
『マスターのお姉さん、外での名前は桃華と認識していますが』
あっ、姉! 忘れていた。そういえば、背中に背負ったままだった。
『…………おや?』
少し体を回すと、マシキの視界に入ったらしい。
器用にも蜘蛛体(でいいよね?)をシャカシャカ動かして、僕の横まで回り込んできた。そしてホログラムの体を傾けて、姉の顔を覗き込んだ。異様に芸が細かい。
『これは、完全放魔状態ですね、何でこんな状態になるまで何もしなかったんです?』
「何もって、逆に何かできたのかしら?」
『冷凍睡眠装置が、充魔装置を兼ねていますから、稼働限界が来る前に中に入って充魔する必要があるのですが』
「道理で、街全体の機械人間がほぼ同時期に停止したのはそれでか」
『要塞艦外での、標準稼働時間は12時間ですよ、マスター。もっとも、それを知らせようとマスターの携帯電話に接続試行していたのですが……』
「いや、ごめんて」
ちょっと待てよ。何だか、嫌な予感がするぞ。
「ちなみに、姉さんをここに連れてきたんだけど、その充魔はできるの?」
『完全放魔で意識がない状態だと、不可能ですね。意識があれば、要塞艦内に待機していれば自然充魔はできますが、基本的に入っていた冷凍睡眠装置でのみ充魔できます』
「いやいや待て待て……ミモザ、装置は確か……」
「研究用の数基を残して、他は全部処分しちゃったわ。装置にあった魔核は全部保管庫に保存してあるけれど……」
どうすればいい。完全にやらかした。
顔から血の気が引く。ミモザの顔も、真っ青だ。
『フォスマスには、伝えてあったはずですが』
「聞いてはいましたが、無理です。つい先程まで、日が落ちるまで外で監督作業をしていました。中の機人にも、機転を利かせて伝達指示していません」
「そこは普通、知らせるよね?」
『そうなると、現地で再構築しないといけませんね。向かいましょう』
そういうことになった。
慌ただしく超機動要塞艦マシキを出て、姉を背負ったまま再び方舟に向かう。
空に昇る三つ子の月を見ながら、エスカレーターを駆け上がって、方舟に入るエレベーターに飛び乗った。
何だか今日は、ずっと走ってばかりな気がしてきた。
『遠隔カメラでない生映像は、迫力が違いますね。分体を作って正解でした』
「方舟に入るけれど、マシキいつまで動けるの?」
『この分体には小型コアを搭載していますから、特に制限はありませんね。方舟に入ったことで断絶した記憶も、後で本体コアと共有するだけですから』
エレベーターを降りると、そこは冷凍睡眠装置を置いて、覚醒作業を進めていた場所だ。
明日、覚醒させる予定の冷凍睡眠装置が5基ほど置かれていて、少し離れた場所に魔核を保管している倉庫がある。
「ダンジョンだと、仕様はほぼ一緒なのね。方舟の場合、本体は方舟じゃないから、環境確認だけで基本放置だわ」
『ミモザが、メインコアなのですね。方舟側には、管理用の意識は無いのですか?』
「ないわね。イブキがいれば、いらないし」
倉庫に入ると、一気に眠気が襲ってきた。いや無理もないか、姉を背負って魔力をぶん回したまま、長時間移動している。それにもう、日付が変わっている。
ミモザを見ると、椅子に座って船をこいでいるじゃないか。
姉をそっと地面に横たえた。さすがに、限界。
『確認作業は、こちらで進めていきます。お二方は、取りあえずお休みになってください』
「ごめん。そうさせて貰う」
倉庫の端にベッドを2つ出し、寝落ちしていたミモザをベッドに乗せていたら、そのまま意識が遠くなった。
「イブキ様、ミモザ様。おやすみなさい――」
視界の端で、ブロンデが手を振っていた。




