61.停止の理由
机が砕け散って、破片の上に父が横たわっていた。
母が斜めに壁に突き刺さっているのが見える。あまりの光景に、体から魔法が抜けていくのを感じる。唐突に抱えていた姉の体が重くなった。
「イブキ、義母さんが壁から抜けないわ」
「いま、そこで……それ、を……言わない……で――」
足と腰が悲鳴を上げる
一気に攣りそうになる腕に力を込めて、すり足でゆっくりとソファーまで進むと、最後の力を振り絞って姉を横たわらせた。メキメキと、ソファーが潰れていく。
「あっ……」
伸ばした手が空を切る。姉の重みで、ソファーがひしゃげて潰れた。
呑み込んだ息が、大きなため息に変わった。
「……イブキ」
「ごめん。色々と、僕の配慮が足りなかった」
「奥の居間に鉄板を敷き、敷き布団も広げました。移送は可能です」
「ありがとう、ブロンデ。もう一回、魔法使うから待ってて」
想定以上に冷たい姉と父、それから壁に刺さっていた母をゆっくりと抜き出すと、改めて布団に横たえた。窓に視線を向けると、隣の家が燃えていた。
「ミモザ、ここから方舟の天候、操作できそう?」
「ええ、イブキが触れてくれるなら、その程度は可能よ」
差し出された手を、そっと握った。
土砂降りの雨が、夜の闇をさらに深く染めていった。
「それで、現状の把握なんだけれど……ブロンデが解析とか、できた感じ?」
「私たち機人と、義姉たち機械人間とは、本質的にはどちらも『機械』です。ただ、動力源の違いがそのまま種としての違いと言えます」
「ブロンデたち機人は、電気的なエネルギーなんだっけ?」
「ええ。正確には電子振動エネルギーで、今は体内にあるエリクシルポッドから、エネルギーが供給されています。宇宙空間に出れば、宇宙線のみでも稼働できます」
視線を、横たわったまま微動だにしない家族3人に向けた。なにか、違うんだろうか。
見た目は機人も、機械人間も同じ。人間だった頃の名残からか、服を着ている点では違うけれど、僕にはどちらもロボットとか、アンドロイドに見える。
だったら、宇宙空間に連れて行けば、同じように動くのかな?
「いえ、それは不可能かと」
「…………もしかして、声に出ていた?」
「はっきりと。話を戻しますが、義姉、義父、義母ともに、動力としては一切の電気的なエネルギーが使われていません。むしろこれは、ミモザ様の領域かと」
「ああっ、そうか」
「そういうことね、魔力的なエネルギーってことだわ。言われてみれば、ダンジョンで種族変異しているのよね」
いつの間にか、ブロンデが完全に家族として溶け込んでいる件について。ちょっとだけこそばゆい。
そう言うことなら、魔力を補充してあげれば――そう思って伸ばした手が、ミモザにそっと遮られた。
「イブキ、気づかない? これは、そういうレベルの問題じゃないのよ」
「でも僕が――」
「確かにイブキが魔力を補充すれば、もしかしたら動くようになるかも知れないわ。でもそれは、ここだけのその場しのぎでしかないのよ」
「私も肯定します。イブキ様、指示を。今日だけで、1000人近くの移民を覚醒させています。それらが恐らく、同じように停止しています」
「くっ、そう言うことが。気づかなかった。よしブロンデ、覚醒数の倍の機人を投入可能?」
「お任せください――」
軽く頭を下げると、ブロンデはリビングから飛び出していった。
あとは、ミモザ。
「解決の糸口は、間違いなくマシキよ。ちなみに方舟との同化は、最終手段ね。私が――」
「それは、絶対にしない。何のためにミモザを取り戻したのか。ミモザが消滅する未来なんて、絶対に許容できないよ」
そっと、ミモザが抱きついてきた。
「ありがとう。でも、消滅まではしないと思うわ。あっても、マシキと同化して人格がちょっと変わるだけのはずよ」
「それでもだよ。それに、過去には同時に存在していた。あながち無理な話じゃないはず」
「……言われてみればそうね、魔式開発からの、マシキだったかしら……」
腰元の携帯電話からは、マシキの反応がない。慣れって怖いな。しばらくマシキ無しの生活をしていたから、いざマシキが戻ってきてもないものとして動いていた。
過去にマシキは2度。世界の改変に巻き込まれて、そのうち最初の一回は改変に耐えている。その時に開発陣としていたのは、ミモザと……姉?
だったら、キーパーソンは姉か。
「なにか、分かったのね」
「ああ。姉さんを、マシキに。超機動要塞マシキまで運ぶ。まずはそこからかな」
居間には、相変わらず3人が寝ている。
開いたままの瞳は、ああ、やっぱり機械なんだなって思う。まぶたを下ろそうと手を添えたけれど、全く動かなかったし。
留守番は――
「機人の私に、お任せください」
「今戻りました、イブキ様。私の代わりに、この機人の子を置いていきます。もちろん、私も一緒に向かいますよ」
「ブロンデ、心強いよ」
魔力を練る、それを全身に回す。
姉を背負い、機人と頷きあってから、僕らは家から駆けだした。
新東京都は、異様な静寂が支配していた。
雨上がりのむせ返る湿気に、着ている服がじんわりと汗ばんでくる。家々に灯る明かりが、陽炎のように揺らいでいる。
「乗り物は、何もなかったんだよな?」
「ええ。人がある程度戻ったら配備する予定だったわ。だからまだ、何も手をつけられていないのよ」
静かなのは、ブロンデたち機人が収めてくれたから。
ふと見えた家のリビングには、夫婦の機械人間が並べて寝かされていた。
「ありがとうな、ブロンデ」
「できる機体が、できることをしたまでです。でも感謝されるのは、嬉しいものですね」
住宅街を抜けて、最短距離の都市部を駆け抜ける。
事故を起こした車が道の脇に寄せられていた。待って、車あるじゃん。
「えっ、あり得ないわよ!? この街はついこの間、イブキと一緒に作ったのよ?」
「先程ですが。機人を派遣した時に、市街地のディーラーや、中古車販売店にはありましたよ。車。無人の、自動販売方式でした」
「あ、ダンジョンが…………また、世界の忖度か。いや今は、好都合だ」
ブロンデを案内に、近くの中古車販売店に飛び込んだ。支払い端末に携帯電話をかざし、トラックの荷台に、姉を背負ったまま飛び乗った。荷台が、大きく沈む。
「ミモザっ!」
「ええ、任せてっ」
車内にミモザとブロンデが乗り込む。
セルが回る音が、大きく響く。
「行くわよっ、しっかり捕まっててねっ――」
急加速。
慌てて荷台の縁につかまり、あおりに足を伸ばして踏ん張った。いやナニコレ、暴走特急じゃんっっ!!
吹き上がるエンジンの音に、ガキンッと大きな音を響かせてデフがロックされた。
交差点でタイヤを高回転させて、車体を横向きに滑らせながら、流れるように駆け抜けていく。
事故車を避けて、倒壊したビルを迂回して、文字通り縦横無尽に市街地を駆けて、再び反対側の住宅地に入った。
ここからは、森の小径を抜けた先。あのとき、別の世界線で昇華門があった広場にあるのが、唯一。地上に出られるエレベーターホール。
「しっかり掴まってなさい、急急如律令よ。最後まで駆け抜けるわよ!!」
「うひゃああああぁぁ――」
事態は既に落ち着いていて、何なら一晩、休んでから行けばよかったな。って、後になってみんなで笑ったっけ。
でもこのときはテンションマックスで、とにかく気ばかり急いでいて。ミモザの駆るトラックは、一陣の風になっていた。
最後に横滑りして大木にぶつかって事故った時、荷台に乗っていた僕と姉が無事だったのは、本当に奇跡だったんだなって。本気で感じた。
教訓。
ミモザにハンドルを握らせてはいけない。




