60.機械人間
『しかし、篤輝はしばらく見ない間に立派になったな』
『あらあらまあまあ。篤輝ちゃんが結婚だなんて、お赤飯用意しなきゃじゃないの』
携帯電話の受話口から、父と母の声が聞こえている。
ミモザにも聞こえるように、ハンズフリーモードに切り替えた。
方舟に戻って、移民艦を抉れた元上層に着陸させた。
その上で安全を期して、冷凍睡眠装置を方舟の地下第一層、都市農業層に運び入れて、その上で覚醒作業を進めていたんだけれど……起きたはずの両親が居なくなっていた。
消えたのが朝。それが何故か、夕方になって自宅に到着したって携帯電話に連絡が入った。謎の10時間は、いったい何をしていたのかって話なんだけど。
『せっかくの旅行だからな、まっすぐ自宅に帰るだけなんてつまらんだろう』
「いや、旅行じゃないし。覚醒したらまっすぐ事務所に来てって、機人に伝達して貰ったはずだよね?」
『もう篤輝ちゃんったら。すぐに来たじゃない、まだ外泊してないもの』
「問題はそこじゃないんだけど!?」
急な家族漫才に、ミモザがちょっと困ったように笑っている。
でも、ちょっと話がかみ合っていない。
「……ねえイブキ。義父さんと義母さん、何の話をしているのかしら」
「わかんない……実は、今日初めて話したし。姉さんだってマシキの中にいるから……」
「結婚の話も、していないのよね?」
「うん。していない」
首を傾げるミモザに、僕も苦笑いを返した。
機人が事務所に入ってきて、会釈だけしてまた出て行った。銀髪の機人は、やっぱりなんか素っ気ない。
二人に詳しく聞いたところ、機人の操作で冷凍睡眠装置から覚醒したあと、まず遠くに見えた新東京タワーに向かったらしい。そこで軽く観光して、新東京湾にある海鮮料理店に寄ったけれど、無人だったから困ってフリーズ。それから、三神神社で参拝をして、おみくじは大吉。教会を覗いて、新東京庁舎がまたもや無人でフリーズ。
そんな観光の後、自宅に到着と。なんだこれ、全然正常じゃない。
「ちょっと、二人とも大丈夫?」
『あら。わたしたちなんテ――』
受話口から聞こえていた母の声に、ノイズが走る。
『――笑顔でお花振るだけよ?』
『そうだな。何なら、式場も下見してきたぞ。立派ナ――』
父の声にも、同じようなノイズが入った。
『――ホテルだった。いや会場は馬鹿でかかったか』
「…………えっと、帰ったら詳しい話聞くよ――」
胸騒ぎが残る。
本当に、家に帰っているのかな。そんな不安感に駆られながら、僕はミモザと一緒に移民の処理を続けた。
姉が機械人間になったように、移民艦JP03の冷凍睡眠装置に収納されていた人たちも、全員が機械人間に変わっているみたい。
冷凍睡眠装置が、機人達の手によって方舟に運び込まれる度に、予感が確信に変わっていく。
それは父と母も例外じゃなくて、二人ともにいつかの昇華門で覚醒した後の、全身金属質のロボット然とした姿に変わっていた。
僕としては違和感ないんだけれど、実際にその昇華門自体が歴史上『なかったこと』になっているから。これがどう影響出ているのかが、分からないんだよな。
恐らくこれが、移民艦が呑まれた機械ダンジョンの仕様なんだと思う。
「どうした篤輝……いや、今はイブキって呼んだ方がいいのか?」
「父さん、どっちでも大丈夫だよ。呼びやすい方にして」
「それなら私は、イブキちゃんにするわ。新しい私たちの門出ですもの」
「なら俺も、イブキって呼ぶか」
地下第1階層も、地上と同じように夜のとばりが下りる。
作業を終えた僕らを迎えてくれたのは、ミスリル肌の父とオリハルコン肌の母だ。なるほど、昇華門を経由しなくても、この未来は決まっていたのか。
「それで、そちらの金髪の機人さんは、二人目なのか? イブキも隅に置けないな」
「いや、何でそうなるの?」
「改めまして、イブキ様の一番の配下になります。金髪機人です。よろしくお願いします」
母が、僕とミモザのためだけに夕食を用意してくれていた。
それを有り難く頂きながらの、夕食の談義。セオリー通り、お茶を吹き出しそうになったけれど、それは何とか堪えた。
電話での違和感が脳裏をよぎる。
でも今のところ、父も母も異常はないんだよなぁ。いったい、何だったのだろう。
「あら、名前が金髪機人なのかしら? イブキちゃんは、それでよかったの?」
「改名は提案したよ。でも上手くいかなかったから、金髪機人のままなんだ」
「だったらね、ブロンデはどうかしら。その髪の毛、とっても綺麗じゃない」
「分かりました、金髪機人。今日からブロンデとお呼びください」
なんだかいつもの光景。
僕にとっては、もう失われたと思っていた時間。
人間じゃなくなった違和感なんて、方舟でさんざん思い知った後だから、いまさら。残りの日本国籍の艦が回収できれば、あとの回収は何とかなるはず。
食後のコーヒーが、美味しかった。
ちなみにミモザはクリーム多めなんだよな。
ふと、遠くからゴトン、と。何か重いものが倒れる音がした。
想定外の音に、誰もが音を忘れたように黙った。
「……何だろう。音は、玄関の方かな?」
「そんな気がするわ。ちょっと見てくるわね」
父と母も、よほど驚いたのか固まったままだ。ミモザがカップを置く音と、僕自身の心音だけが耳に響いていた。
ミモザがリビングを出て行く。そして――
「イブキっ! モモカさんが、早く来て!!」
切羽詰まった声に、弾けるようにリビングを飛び出した。
視線を向けた先、開け放たれた玄関を跨ぐように、姉が倒れているのが見えた。外から流れ込んでくる風が、異様に冷たく肌を刺す。
驚きに一瞬止まった僕の脇を、ブロンデが追い越していった。静かな夜の向こう側で、何かが衝突する音が聞こえる。
息を呑む。慌てて僕も、足を進めた。
「ブロンデ。どういう状況かわかる?」
「外気同様の冷たい体温から推測するに、機能の全停止。恐らくですが、エネルギー切れかと」
必死に姉を抱え上げようと苦労しているミモザの側に、僕も駆け寄る。
反対側から手を入れるも姉が、重い――まるで、一塊の金属のような、想定以上の重量にこのままじゃ到底、持ち上がらない。
「ミモザ、姉さんは僕が魔法で――」
ドゴン! バギン!!
今度は背後の、リビングの方から立て続けに大きな音が聞こえてきた。もしかして、父と母も!?
僕に視線だけ向けたミモザが、即座に駆けだした。姉の解析を続けていたブロンデも、慌てて立ち上がる。
「ブロンデも、ミモザの方をたのむっ」
「お任せください」
玄関の外から、断続的な破砕音が続いている。いったい何が、起きている?
取りあえず姉だ。
全身に魔力を流す。濁流のように流れる魔力が、体を焦がしていく。自分でも、慌てていることが分かる。落ち着かなきゃって思えば思うほど、体が熱く沸騰していく。
体から蒸気が立ち上るほど、魔法が漲ったのを感じて、姉を抱え上げた。
あれほど重かった姉が、枯れ枝のように持ち上がった。姉に触れている腕が、恐ろしく冷たい。
はやる気持ちを抑えながら僕は、リビングに飛び込んだ。




