58.超機動要塞マシキ
光の奔流が僕とダンジョンコアを優しく包み込む。
眩しいはずなのに、周りの動きがはっきりと見える。
『過去ログからアップデート情報を取得、音声案内を開始します』
世界を隔てていた揺らぎが、柔らかく解けていく。ロビーを、光が滑るように書き換えていく。
姉が慌てて立ち上がって、勢い余ってまたソファーに倒れるのが見えた。
「唐突になんだっ、目が見えないのだが!?」
『上位ダンジョンコアの黒紫蝶を確認、接続を試行。許可を申請します』
「なっ、何かしら――これは、魔式? えっ、どういうことなの!? 許可は、ええ。いいわよ。またイブキね、もぉ……」
「異常な正常値を確認、歴史の改編を観測しました。機人サーバに記録を開始します」
波打つ高級カーペットが、波紋状に緑化していく。森の香りが鼻をついた。
壁際の床から双葉が芽吹き、瞬く間に木に成長した。紫の花が散り、そこに大きな四角い実がなった。どう見ても、液晶モニターだよな。真っ暗な画面は微かに光り、何かを黒く映している。
木はさらに増える。
同じように花が咲き、四角い実がなる。
周りを包んでいた光が、うっすらと解けていく。
「これは……森なの?」
『肯定します、マスター。さらに最適化を進めます――』
震動に振り返ると、床面から木目が美しいコックピットがせり上がってきて、虹色に変わったダンジョンコアがそこに綺麗に納まっていた。その奥には、背面まで包み込む形状の、バラのキャプテンチェアーが生えてきて、一面に真っ赤な花を咲かせた。
いや待って、ここに僕が座るの? 絶対に、映えない自信があるんだけど。
空間が歪んだのか、少しめまいがした後、部屋が円形に変わった。部屋の中央にはドーナツ状に土台がせり上がってきて、中央に噴水が水しぶきを上げ始めた。
コックピットを挟んで左右にできた蔦のガゼボは、たぶん副操縦席か。その中央にあるのは、またも木製の操作パネル。淡く輝いて、中空にホログラムを投影している。手前にある切り株の椅子が、何だかとてもシュールだ。
「イブキ、一体これは何が起きているのよ。もしかして、ダンジョンでも掌握したのかしら?」
「うん、した。過去に、管理ダンジョンだったみたいだからさ」
「…………冗談で聞いたのに、びっくりしたわ」
近づいてきたミモザに苦笑いを向けて気づく。あれ、姉と金髪機人は?
「モモカさんと金髪機人なら、あそこでもう準備万端よ」
言われて視線を回すと、コックピットに姉が、ガゼボに金髪機人が座っていた。いや姉よ、別にそこでもいいけれど、操縦可能なのか?
『キャプテンに、桃華を登録しますか?』
「…………可能なんだ、そうしてあげて」
『了解しました。2番目のキャプテンに、桃華を登録しました。他の一名と、一機も登録なさいますか?』
「もう、それで」
『では、登録いたします。これより最終段階に移行します』
黒いモニターから、何かが崩れるような音が響いた。ふと、モニターの一つに光が差した。何だか見覚えがある景色だ。
「トンネルを確認しました。先程、私たちが通過していた、幹線通路ですね。トンネルの崩壊を確認しました。帰還は不可能です」
「わたしは眠っていたから知らなかったが、ここは地下なのかい?」
『当機の埋没を確認。脱出のため、形状変化を開始します』
「変形するのかい!? いいねいいね、ロマンを分かっているじゃないか。えっと何だっけ名前――」
『当機は、魔式です』
「ようし、マシキ。派手に行くよ、最初のキャプテン命令だ――」
ノリノリの姉を見ていたら、何だかそれだけで満足してきた。僕のワクワクは、僕以上にはっちゃけている姉にバトンタッチだ。
僕に倣ってか、防護服を脱いだミモザの手を引いて、噴水横のベンチに座った。噴き上げる水が、爽やかな空気を運んでくる。これはいわゆる、マイナスイオンってやつだな。
ところでこの噴水、何なんだろう?
「さあ! 全力で、脱出するんだ。フルパワーで、ファイヤー!!」
『対空レーザー砲、発射準備に入ります。カウント、5、4、3――」
噴水の外縁を、虹色の筒が覆う。
突然の変化にびっくりして、息を呑んだ。
「ちょっと、イブキ!? 目の前の噴水、何なのよ!?」
「ははは、僕も知りたいよ。ただの演出だったら、いいなぁ…………」
「現実逃避しないでよ。イブキの魔力、ものすごい勢いで吸い取られているじゃないっ」
心配そうにミモザが僕の腕をつかんで来るんだけど、誤差なんだよなぁ。
そりゃあ、相変わらずのイブキ・クオリティ。こんなとんでも機構に魔力を奪われたって、消費は全魔力の1パーセント未満、目眩すらする余地がない。
安心させるように、抱き寄せて頭を優しく撫でる。
少し、座っている椅子が揺れていることの方が、心配なんだけど。
噴水の水面が勢いよく渦巻き、ゆっくりと光り始めた。やがて明滅が徐々に激しくなっていく。そして、何かを遮断するかのように一気に筒が真っ黒に染まった。
『――0。主砲、対消滅レーザー砲、発射します』
ズンッ、という腹の底に響く音とともに、目の前にあった黒い筒が、消滅した。
「いや、対空レーザーって言わなかったっけ!? 対消滅レーザーって何さ、物騒なんだけど!?」
思わず叫ぶ僕。
真っ暗だったモニターが一瞬、真っ白に染まった。
モニターの一つが青い空を映し出していた。同時に、別の俯瞰カメラも明るさを確保したらしく、その威容が明らかになる。
元の姿は知らない。すでに変形した後らしいし。
深い紫に、金色のラインが入ったその人型の機体は、まさに巨大ロボット。僕のワクワクも猛烈に再浮上だ。
厳つい胴体に長い手足、何故か頭が船の艦橋なのは、なるほど移民艦の名残か。
両手に装備された巨大な剣と盾は、たぶんお約束。たぶん瞳なんだろう、艦橋の窓ガラスが金色に光り、背面のジェットパックが山吹色の炎を噴出する。
姉が子供じみている件について。
いつも飄々としていて知的な姉。それが僕の抱いていた、姉の印象だった。それが今は、すごく生き生きしている。
コックピットの虹色ダンジョンコアに乗り出すように手を置いて、右手を前にいっぱいに伸ばす。
『超機動要塞マシキ、発進します――』
「いっけええぇぇ!」
部屋の明かりが、スッと薄暗くなる。
木になったモニターに、否応なしに視線が吸い込まれていく。
『カウント、面倒なので――そのまま一気に、ゼロ』
そして、ちゃんとそれに乗るマシキ。
俯瞰カメラが急速に離れていく。いやなんで、本体より先にカメラが行くんだよ!?
複数のカメラが上空高くにあって、大穴を含めた世界を映し出していた。
穴に引きずられるように崩れ落ちる地面。ものすごい数の鳥たちが、逃げ惑い空を埋め尽くしていた。
体に大穴を開けた漆黒のドラゴンが、遠くの森に落ちていく。
遙か空に浮かんでいる月に、穴を穿っていた。
もうカオスの極み。
グッとしゃがみ込んで力を溜めた超機動要塞マシキが、弾かれるように穴から飛び出した。
その、あまりのライブ映像に、笑うしかなかった。
かくしてナナナシアの大地に、その巨大な非常識が解き放たれた。




