57.虹色
正面入り口の扉が、僕たちに反応して左右に動いた。
……ダンジョン、なんだよな。
両手を伸ばして扉を開けようとしていたミモザが、首を傾げて止まった。
「わたしの仮説なんだがね。聞いてくれるかい?」
「この軍事基地のこと?」
「いや、ダンジョン自体さ。わたしが昔、愛読していたファンタジー小説だと、こういったダンジョンにはダンジョンコアがあり、そのコアの意思でダンジョンが構成されていたと記憶している」
「確かにそれが基本よ。わたしがダンジョンコアだから分かるけれど、大前提は変わらないわ」
ミモザが一歩下がると、当たり前のように扉が閉まった。
この……何て言うかな、無駄なリアル。
「ところがだよ。さっきは懐かしい東京の景色だったのに、弟が魔法を使った直後に視界が歪んでこの、軍事基地に変わった。つまり魔法か、もしくはあの長距離弾道ミサイルが影響を及ぼしたのだろう」
「後者じゃないかしら。魔法ならイブキがさんざん使っているわ。でも、言われてみれば魔法に合わせて、世界の挙動が変わった気もするわね」
スライドドアをくぐり中に入ると、床が高級カーペットになっていた。
内心、頭を抱える。
どう見てもここ、ホテルのロビーじゃん。
息が詰まる。振り返ると自動扉がゆっくりと閉まるところで、その後に閉まりきっても外の景色は変わっていなかった。
変わっていないことに、安堵して大きく息を吐く。進めるのか、これ?
一人と二機……いや、二人と一機か? どっちでもいいか。とにかく、僕以外はダンジョン考察に夢中になっていて、違和感に気づいていない。
それどころか、当たり前のようにソファーに腰掛けて続きを話し始めた。
「人種的には……弟は人間?」
「違うわ、ハーフエルフみたいよ」
「ミモザ君はダンジョンコアで、わたしは機械人間。金髪機人君は……?」
「私は魂無しの機人ですね。魂をお持ちの桃華様とは、明確に違うとだけ」
「全員違うと言うことか、ふむ……」
タキシード姿の顔無しがティーカートを押して、ソファーテーブルに茶器を置いていく。気づかない……のか?
紅茶が注がれたのか、優しい薫りが辺りに漂い出した。
顔無しは軽く一礼すると、奥に去って行った。なんだこれ、何だよこれ!?
「弟は、座らないのかい?」
「…………」
「どうしたのよ。顔が真っ青よ?」
つまり、僕だけが異常。
必死に、苦笑いだけ残して、覚束ない足取りでフロントに向かった。
二人と一機はまだ話を続けるようで、僕から意識が逸れた。まずいな、何をすれば正常に戻るのか見当が付かないぞ。一番は、ダンジョンから脱出することなんだけれど。
扉、逃げたままなんだよな。
「ちょっといいかな」
当たり前のように、顔無しがフロント業務をしていた。
顔がこっちに向く。口が生まれた。背筋に悪寒が走る。
「いらっしゃいませ、ご用をお伺いします」
「あ……えっと、ここはどこなんですか……?」
「ここは……そうですね。もとは、人形ダンジョンとして運用されていました。以前のダンジョンマスターが、人形博物館として使用していましたが、亡くなられまして」
……は?
なんで、通じるの?
「引き継がれないまま、数千年経ちました。地上の方々は、息災でしょうか?」
「――待って。なんで会話できているの?」
「あなたがこちら側だから、かも知れません。以前のマスターと同じ色をしています」
振り返ると、同じ景色なのに世界から色が抜け落ちていた。
ミモザが話をしている。姉が大げさに頷いて、それに対して機械機人が拍手をしていた。
「新たに船を同化させて、安定したのを見計らって、お見えになられたのでしょう。準備はできております。コアルームへご案内いたします」
「待って、ちょっと待って。そんなんでいいの?」
「何か、問題が?」
「だって僕、部外者だよ? コアルームって、このダンジョンの命そのものだよね。壊される心配とかしないの!?」
「色は、その人となりを現しています。唯一の人が、人外を率いている。それだけで、信頼するに値します」
人外。確かに。
では、こちらに――顔無し、改め『口だけ』に……口だけって、ヤバいやつじゃん。に、続いて奥の部屋に進む。
ふと振り返ると、二人と一機は僕が移動していることにすら気づいていないのか、変わらず談笑をしていた。ティーカートを押した顔無しが、当たり前のようにお茶のおかわりを注いでいる姿を最後に、僕は扉――空間の歪みをくぐり抜けた。
四方をレンガに囲まれた部屋の中央に、それはあった。
台座は深い緑色で、蔦が巻き付いたような意匠が施されていて、部屋の雰囲気を一段引き上げていた。その台座の上には、直径にして1メートルほどの、深紅の宝玉が淡く輝いていた。
防護服を着たままなのに、少し肌寒い。
「ダンジョンコアのランクとしては、一番下ですが」
「ランクがあるの?」
「虹と同じです。赤から始まり、最上位が紫になります。もっとも、紫のダンジョンコアは伝説に語られる程、希少らしいですが」
気がつかないのか? 紫、普通にロビーにいたんだけど。
口だけホテルマン(笑)に顔を向けると、大きく頷いてきた。意味が分からなくて、深紅のコアを指さすと、やっぱり頷いてきた。そう言うことなんだろう。
少しだけ迷って、防護服を脱いだ。
爽やかな春の香りがした。
台座の蔦が動き始めて、深紅の宝玉をまるで揺り籠のように、優しく包み込む。壁に蔦が這い、花が咲き、果実を実らせる。
……僕まだ、触れていないんだけど。
念のため防護服を収納して、意を決して深紅の宝玉に触れた。
パスが、繋がった。
深紅の宝玉から、喜びの感情が流れ込んでくる。腰の携帯電話が震えていることに気がついて、慌ててたぐり寄せた。
『初めまして、マシキです。マスターと同期したことにより、仕様を把握しました。これより再生を始めます――』
「……なんて?」
いつの間にか、口だけホテルマンの姿が消えていた。
揺れが始まって、すぐに止まった。再び、携帯電話が震える。
『魔力が枯渇しました――』
笑った。
さっきまで怖かったのに、今は凄くワクワクし始めたのに。さすがにそれはないだろう。
不気味なダンジョンだった。
恐怖を何回も感じたし、異常の起こり方に懐かしさも感じたいた。
でも、そこで失速するなよ。
最後まで、僕に夢を見させろよ。
おもむろに、虹色宝箱に手を突っ込んだ。
「もってけ。僕のワクワク」
取り出した魔力結晶は、虹色に光り輝いていた。
それをそっと、深紅の宝玉に沈める。
光が部屋を包み込んだ。




