53.呑まれた艦
「JP03。機人データベースに、該当船舶を確認。間違いありません、これは日本国籍の移民艦ですね」
進んだ先は、確かに行き止まりになっていた。
周りのコンクリート壁とは明らかに違う、グレーの金属壁。それが通路を完全に塞いでいた。
「嘘でしょう? ここって、結構地面の下のはずよ。こんなに深く、刺さっているってことなの?」
「現在見えている船底壁面から推測して、船尾から地上までは50メートル程。恐らく土石に埋まっているでしょう」
近くに寄って見てみると、細かい砂に混じって、深い擦り傷が斜めに走っていることが分かった。削れた塗装の下に見える金属が、僕のライトの魔法に照らされて鈍く光を反射している。
地面に刺さって、ここまで形が無事だったことの方が恐ろしいんだけど。上空で受けたドラゴンブレスで、棺から散らばった移民艦の一隻だよな。
でもなんでこれが建造物?
金髪機人の走査で、移民艦って分からなかったのかな。少し引っかかる。
「でも見えているのって船底だよな、これは中に入れるものなのか?」
「それならトンネルの反対側が、艦の甲板なのよね。でもイブキ、問題はそこじゃない気がするわ、どうして周りの地面がこんなに綺麗なのよ?」
「周り? なんのこ……と…………?」
心臓の鼓動が、痛いほどに跳ね上がった。
いやいや、待てマテ。何だこれ。
これ絶対におかしいぞ――地面を突き抜けて、トンネルも貫通した――それなのに、足下に瓦礫が一切ない。
「何なら、壁と船底の境が隙間なく繋がっているのが、今回の最大の問題点だ」
「感極まると、脳内会議が漏れるわね。慣れると面白いけれど」
「……恥ずかしいから、言わないで」
大きく深呼吸をして、息を整える。落ち着こうか。いや心臓のドキドキはさらに大きく聞こえるようになったんだけれど。
「ねえ、金髪機人。防護ロボコンは脱いでも大丈夫な環境?」
「崩壊の危険はありません。酸素濃度も正常値の範囲ですから、生身での活動は可能です。推奨はしませんが」
「わかっている、でも直接触らないと。こんな時、姉さんがいればもっと色々と楽だったんだろうな」
「それなら、いますよ」
「……? いや、いないじゃん。僕とミモザ、それに金髪機人だけだよ、ここ?」
「ええ。その、壁の向こうに。JP03には、柏崎家の皆様が収容されています」
衝撃が背中を駆け上がる。
探していた家族が……この、壁の向こうにいる?
「それは、確かなのかしら?」
「はい。方舟の、棺に移民艦を積載したのは私たち機人です。間違いありません」
生暖かい風が相変わらず流れていて、余計に異質感を増殖している気がする。
……風?
いやここ、閉塞空間じゃなかったか?
「どこかに、入り口がある!」
「イブキ……?」
排出処理をする。相変わらず、背面ハッチが開くのが遅いな。少しイライラする。
ロボットから下りて、防護服を脱ぐ頃には、先にミモザが防護服を脱いで待っていた。いやなんでだよ!?
「急いでいる時ほど、落ち着いて深呼吸よ。見てれば無駄な動きばっかりしているわ。モモカさん達に命の危険があるわけじゃないのよ、こういう時こそ『ご安全に』よ」
「…………」
もうほんと、何て言うのかな。一人じゃなくってよかった。
地面に座りじっと目を瞑る。瞑想なんてしたことないけれど、真似だってやれば絶対に違うはず。
そして気づいた。
僕の魔法が、発動している。
壁の少し奥まで、魔力的な走査が浸透している。コンクリートの壁は、厚さ約1メートル。ここまで把握できることに、びっくりした。何か、魔力の残滓を感じる。
逆に船底には、全く魔力の走査が通らない。理由は分からないけれど、何となく既視感を感じる。
そして、風の正体。
床の隅の船底との境目に、ギリギリ人が通れる隙間があって、反対側に行ける様になっている。こんな奇跡……鳥肌が立った。反射的に両手をさする。
でもあそこは、安全に通過できる。僕の魔法が、そう断言している。
「ミモザ……」
「ええ。何か見つけたのね、行きましょう」
「イブキ様。もちろん私も逝きますよ」
「よし、そんなこと言う金髪機人は、置いていこう」
「すみません、もう言いません。私も一緒に活かせてください」
「……ぷっ」
いつもの掛け合い。
シリアスなんて、似合わないってか。
でも、落ち着くな。
荷物がないことが、本当にありがたいと思った。
例えばリュックサック。長距離遠征ともなると、普通なら寝具、食料、水など、生きていくために必要な物資で大きな物が必要になる。携帯電話のストレージがあることで、背中がすっきりしているからこそ、この隙間を通ることができた。
「あの……手を引いていただけると、助かるのですが」
隙間の半ばほどで、金髪機人が身動きが取れなくなっていた。
「そのお約束、やる?」
「ねえ、今さらだと思うのだけれど、金髪機人って収納できたりしないかしら?」
「…………あっ」
もうね、常識に囚われているって、こういうことなんだなって実感した。
携帯電話のストレージは、所有権方式の収納だ。魂で管理していたから、本来生き物は収納できないんだ。でも金髪機人は、機械で魂無し、理屈上も僕の所有物。
「ごめん金髪機人、僕の配慮が足りなかったばかりに」
「いいえ。逆にご迷惑をおかけ――」
穴の奥に手を伸ばして、指先が触れたタイミングで金髪機人が消えた。
「して、申し訳……おや、収納されるってこんな感じなんですね」
「時間が止まってるとか、そんな感じ?」
「そうですね。新鮮な感じで、癖になりそうです」
ミモザの隣に金髪機人を再び取り出してから、問題の移民艦に向き直った。
さて。
甲板側が見えたんだけど……凄いな、これ。
地面に衝突して潜った衝撃で、ブリッジを含む上部構造が完全に吹き飛んでいる。その上で船体が無事って、この矛盾は何だろう。
甲板に空いている穴は暗く、そっと覗くと下に向かって階段が流れていた。壁や床が光っているのか明るい通路の先、遙か彼方に扉が見えた。
もう驚かないぞ。
「これは、ダンジョンね」
「へー、ダンジョンなんだ…………嘘だよな?」
「本当よ。甲板の床面から先の、ほらここ。少し揺らいでいるの見えるわよね?」
「うん。やけに見覚えがある気がする」
「イブキが作っていた揺らぎの、一番グレードが低い物がこれ、って言えば理解できるかしら」
「うわぁ……」
ここまで地下にあって船体が無事なのは、途中でダンジョンに呑まれて一体化したからじゃないかって、それがミモザの最終的な見解だった。
つまりさっき、僕の魔法――魔力走査が効かなかったのって、ダンジョンだったからってことか。何だか妙に納得できた。
姉さん、それに父と母は、ダンジョンに呑まれている。
「単純に眠ってるみんなを起こすだけで、済まない感じかぁ」
「でも考え方を変えれば、ダンジョンだから生きている確率が上がったのよ」
「私も、日陰ながらサポートしますよ、イブキ様」
「日陰じゃ駄目じゃね?」
どんなときも、決して希望を失わない。
そんなチームだなって、いつもの掛け合いで思った。
さて。行くか。




