52.文明の残滓
硬い足音がこだまする。
防護ロボコンを装着したままなのは前回の轍。人間仕様の通路だからか、時折頭が天井を擦っているんだよな。ちょっと、いやかなり埃っぽい香り。
無詠唱ライトで電球を出現させる。それを防護ロボコンの、額の溝にねじ込んだ。金髪機人の呆れ顔が、明るくなってよく見える。
もう少しで大きく、開けると思うんだけど。
「壁、綺麗すぎるわね」
「確かトレントさん、文明が滅びたって言っていたよね。だとすると、この異様に綺麗な通路は、どういう理屈だろう。コンクリートに見えるんだけど」
方舟を出発してから、三日目。
足音が響く通路は、怖いくらいに静かだ。僕らの足音以外は、完全に時が止まっている。
好奇心に負けてここに潜る前、まだ横に富士山が見ていて、何なら日帰り遠足の日より時間かかっているんだけれど。でもそれ以上のインパクトがありすぎたって言うのかな。
寄り道しすぎって言う自覚はある。だけど、でもそれ以上に見つかっている前史文明の残滓に、胸が躍っている。これは、寄るべきだ(確信)
昨日なんかは、巨大建造物の土台があって、一日潰しているし。
「動物が入った痕跡すらないのは、どうしてでしょうか。普通の地下ならば、ねぐらとして最適だと考察できるのですが」
「匂いもよ。砂っぽい香りはするけれど、カビっぽさはないわ。不思議ね」
下り階段を慎重に下りて、天井の高い空間に出た。
等間隔に立つ柱に、複数並ぶ腰の高さまでのゲート。その奥は、さらに下に下りる階段が見えている。
おわかりいただけるだろうか。
「誰に向けて言っているのよ。その大きな独り言」
「そう、地下鉄だ。僕は乗ったことがないけれど、都会では当たり前の光景」
「そのまま続けるのね」
ミモザと顔を見合わせて、どちらともなく吹き出した。
この視界の衝撃はさ、自分でナレーター調に喋らないと緩衝しきれなかっただけなんだけれど。
昨日までの明らかに『文明が崩壊しました』的な遺構は、まあある程度は想定していた。でも地下鉄の入り口があって、それがに何の劣化もなく形を留めていたんだ。
金髪機人には特に刺さらなかったみたいだったけれど、僕とミモザは一も二もなく、取りあえず地下に足を進めたってわけだ。
「改札は……さすがに沈黙しているわね」
「機械診断してみますか?」
「いやいい。先に進もう」
改札を乗り越え、やっぱり防犯設備すらも沈黙していることを確認して、ホームに続く階段を下りる。静寂が、耳に痛い。だからいつも以上に軽口を言っている自覚がある。
「かなり広めのホームにベンチ、柱の感覚は広めだな。これから分かることは?」
「知らないわよ。灰に埋もれた東京都しか、見たことないのよ?」
確かに。ミモザは、そうだった。
そしてホームの先に見えるのは、新幹線の車輌。これはさすがに知っている。
当然動かないんだけれど、大事なことはそこじゃない。もしこれが、僕の知っている新幹線そのものだったとしたら、西は名古屋に、東は東京都心に繋がっててるはず――もっとも、東京側は方舟が潰しちゃったけれど。
「ここはダンジョン?」
「違うわね。ただ保存は未知の技術よ」
「だったら問題ないかな。この通路を西に進もうと思う。地下鉄だったら地域で閉じていたけれど、これは新幹線。幹線通路だからさ、確実に西に向かっている。それにこの先に、何かがある気がするんだ」
「いいんじゃない?」
「問題はないと思われます」
危険だと思って、ちょっと真剣な顔してみたんだけどな。あっさりと肯定されて、胸がすっと軽くなった。もう惚れ直しちゃうレベル。
そうして簡単な身辺チェック――主に空気の状態とか、防護ロボコンの機能が問題ないか――をしてから、大きく口を広げた幹線通路に足を進めた。
新幹線のトンネルは、けっこう大きく作られていて、防護ロボコンがホバリング移動してもつっかえずに済んでいる。ホバリング、何でできているんだろう? たぶん浮力って、背面のジェットだけじゃないよねこれ。
「このトンネル、どこまで続くのかしら。地上に出たりしない?」
「出ると思っていたんだけれど……」
新幹線、だったよな?
これは何か、重大なことを見落としているのか?
かれこれ2時間はトンネルを進んでいるんだけれど、一向に地上に出る気配がない。一旦止まると、並んで飛んでいたミモザと金髪機人も止まって、僕の方に集まってきた。
風がゆっくりと流れている。
「問題発生かしら?」
「僕、何か勘違いしていたかもしれない」
「もしかしてこの星のこと?」
「うん。多分だけど、僕じゃない僕がこの星こと知っていたかも知れないんだ。前のイブキとか」
空気が、変わった。
防護ロボコンの、ロボットの先。防護服の奥のミモザが、息を呑む音が聞こえた気がした。表情なんて見えないんだけど、悲しい顔が見える。
何を、間違えた?
「だとすればイブキ、ごめんね。全く力になることができないわ。もう昔のこと、全て記憶から消えているもの」
「あっ――」
あれから一緒に、ずっと過ごしていたから忘れていた。ミモザはもう、前の『イブキ』とのこと、記憶から消えていて、みんな憶えていないんだ。
「でもね、代わりにイブキにいっぱい、いっぱい貰っているわ。楽しいこと、悲しいこと。地球で出会ってから、たくさん幸せを貰っている。だから、お願い、そんな悲しい顔をしないで」
ミモザの防護ロボコン。その背面ハッチが開いた。僕も慌てて、排出処理をする。
背面ハッチが開く速度が、遅い。もっと、もっと早くならないか――。
気持ちだけが焦る。
僕が防護服を脱ぐ頃には、もうミモザは先に防護服を脱いでいて、じっと僕を見つめていた。笑顔のミモザの瞳から、雫がこぼれ落ちる。
胸が締め付けられる。たぶん今、僕も涙を流している。
致命的な失敗をしちゃった。自分の顔が歪むのがわかる。
そんな僕を見かねてか、ミモザが首を横に振った。一歩、両手で僕の頬を包み込み顔をゆっくりと寄せてきた。
「あなたがいてくれて、絶対に幸せよ。そこだけは譲れないわ」
「あり……がとう……」
優しい口づけ。
視界が涙の洪水で見えなくなった。ぎゅっとミモザを抱きしめる。
どれくらいそうしていたんだろうか、肩をつつかれてここに金髪機人も一緒にいることを思い出した。慌ててミモザと離れる。
「ど、どうした。こここ、ここで一旦キャンプを張ろう?」
「それはいいのですが、イブキ様。先に進みませんか? どうやらこの先が、行き止まりになっているみたいです」
……行き止まり?
一気に、浮かれていた気持ちが引き締まった。行き止まりって、どういうことだろう。
「念のため音波を飛ばして反射検査しました。建造物があると、分かったのはそれだけですが」
「じゃあまた、防護ロボコンを――」
「それは、収納してください。念のため防護服の着用だけは確実に、恐らく中に入ることになりそうです」
生暖かい風が、頬をかすめていく。
何かとの、遭遇の予感がした。




