51.おやつは500円まで
「名前ですか? 既にいただいていますが」
旅の準備をしている時に、ふと思い立って金髪機人に問いかけた。
機人は基本的に髪の毛(?)が白銀なんだけど、いま一緒にいる機人だけ、金髪だったんだよね。その時はここまで一緒に行動するなんて、考えていなかったんだよなぁ。
「いやだって、金髪機人だよ。通称とかだったら分かるけれど、名前としてはちょっと可愛くない気がするんだけれど」
おやつに持って行くのだろう、バナナの房を顔の前に掲げて……いや、いつ見てもシュールだな。金髪機人は額の宝玉が収納を兼ねているんだけれど、収納には必ず額を寄せないと駄目で、重い物とかだと顔を物に近づけるなんて、変な絵面になっている。
逆に、取り出す時は額の宝玉に手を突っ込んで……駄目だ、放送事故案件だ。
「いやそれより、何で門を出さないんだ?」
「門、ですか? 機人達が出入りする門のことでしょうか」
「そう、それそれ。緊急時以外の収納はさ、門を出して中の機人に運搬お願いすればいいんじゃない?」
「その発想はなかったですね。そうしましょう」
さっそく体の前に扉を出して、機人に収納作業をさせ始めた金髪機人を見ながら、周りに山に積まれた物資を眺める。
目的地はだいぶ絞れたし、物資の準備も順調だ。移動の問題も解決できた。これだけあれば、現地で対応できるか。
あとはまぁ、実際に行ってみて判断するしかないな。
ミモザは――必死に何かを選んでいるように見える……って、人形か。この間、新東京都でプレゼントに買って上げたっけ。消えずに、残っていたんだな。
「いやそれ、全部持って行けばいいんじゃないかな。別に収納量が限られているわけじゃないんだし」
「……言われてみれば、そうね。でも別に持って行かなくてもいいんだけれど」
そう言いつつ、ちゃっかり収納するミモザ。ある意味思い出だからな、いいと思う。僕も、携帯ゲーム機を収納に突っ込んであるし。
「ところで私の名前ですが、キキは――」
「うぐっ……」
「きゃあっ――」
突然の重圧に僕と、隣に来ていたミモザがその場でうずくまった。息が詰まって呼吸が細くなる。止めどなく涙が溢れてくる。
いったい、何が……?
「おや、白いオオカミ……ですか? 珍しいですね」
いないはずの存在が、視界を横切り目の前で立ち止まった。見上げるほどの大きな白狼がじっと、金髪機人を見ている。
フェンリル、だよな。相変わらず、存在が重い。指の先から冷たくなっていくような感覚に、謂れのない恐怖を感じる。
あの時地球で遭遇した、僕の知っているフェンリル。だと思う。でも世界が変わっているのに何故ここにいる?
「イブキ……怖い……」
「楢崎教授、いないんだぞ。どうすればいい――」
フェンリルの視線が僕を捉えた。そしてフッと、体が軽くなる。
「恐らくですが、あなたの名前が『キキ』なんですね。私は機人のキキ……は、名乗れなくなりましたね。ではやはり、金髪機人です」
フェンリルが頷いた気がした。
だけじゃなくてゆっくりと縮まっていって、子犬くらいになった。またか。また、このパターンか。
それより『楢崎教授』に反応していなかったか?
「キキ、でいいのか?」
「わふ」
僕の問いに可愛らしく鳴く。さっきとの落差に、苦笑いが出た。
間違いない、このフェンリル――キキは、僕たちの言葉を理解している。いやしかしキキって何かのアニメに出ていなかったか?
「楢崎教授なら、移民艦に乗っていた記録があります。ですが、柏崎一家とは別の移民船ですね。優先度は、低いと思われます」
「場所は近いのか?」
「若干、遠いかと。防護服ロボットで、半日の距離でしょうか」
金髪機人の言葉に何かを理解したのか、キキの存在が薄くなっていき、そして消えた。行ったのかな、たぶん行ったんだろうな。
それより、なにその名前。
「さすがに、防護服ロボットは安直すぎないか?」
「では防護ロボコンで」
思わず、眉間を押さえる。そこじゃない。
「いや、さすがにそれはポンコツ過ぎるんじゃないか?」
「ポンコツですかね、それは私たち機人にとっての最大の褒め言葉ですね」
「いや何でさ」
ミモザと顔を見合わせる。
そして気づく。これは、わざとか。本当の意味で空気が軽くなったのを感じた。
「私たち機人は、機械です。ゼロかイチですよね?」
「まあ、知ってる。コンピューター囓ってるし」
「ですから、ポンコツに見えるのであれば…………」
「うん、うん? いや、タメ長いな」
「忘れました。嬉しかった、それでいいです」
「……いや、軽くね?」
でも、気遣いが温かい。
大きく息を吐いた。
「そっちの機人さんさ。おやつは、500円までな」
キキとの遭遇に扉が収納されていたらしい。バナナを大量に抱えて、門が開くのを待っている機人に、思わず声をかけていた。
まあ、首を横に振られたけれど。
物資をほぼ同じ量ずつ収納し、取りあえず準備は完了。念のためテントと、プレハブハウスも持って行くことにした。状況に応じて、使い分ければいいと思う。
「方舟側は特に異常なしね、離れていても特に問題はなかったわ。でも不安だから、早くモモカさんと合流してマシキを復活させたいわね」
「それな。魔式アプリ、また使いたい」
「念のため、各設備に機人を配備していきます。ちなみに、500円では何も買えませんでした。残念です」
「売ってないしね、知ってる」
そんな、掛け合いをしながら防護ロボコンを装着した。
いや言わないで、ミモザが気に入っちゃったんだ。何だよ防護ロボコン。慣れれば普通に見えるマジック。人生諦めが肝心。
方舟から外に出ると、辺りは夕焼けに赤く染まっていた。
穏やかな風が吹いていて、吸気口から少し冷たい風が入ってきた。有事以外は外気に触れられるように、防護服とロボットを改良して貰ったんだよね。
若干、防護服の優位性が薄れる気はするけれど、森の薫りは絶対に吸いたかった。ここは譲れない一線。
同時に、音も拾える。後々、重要になってくるはず。
そして、この時間に出発するのには、意味がある。
「まず森で、プレハブハウス出すのよね?」
「行けるところまで進んだら、そうだね。いい場所を探して設置しよう。それで夜の危険さとか、魔物や魔獣、あるいは動物の生態が掴めると思う」
「簡易、ダンジョンですね」
「ミモザがいてくれるからこそ、できる無茶なんだけどね」
ふっと、風が流れた気がした。
キキかな? たぶんまた、会えると思う。
「ともあれ、急ぐ旅じゃない。ゆっくり確実に、ご安全に」
「それ知っているわ。工事の現場で言っていたの聞いたことがあるわね、ふふっ。ご安全に」
「私は防護ロボコン着ていませんから、念入りに。ごごごご安全に」
「……突っ込まないからな」
そして、二人と一機はジェット推進で一路、西へ。
夜のとばりが、ゆっくりと下りていく。




