45.緑の惑星と、ドラゴン
『ダンジョンの制御円滑化のため、外部映像を――投影します』
視界にノイズが走った。一瞬、めまいを感じて脚を踏み直す。違和感に首を傾げるも、周りを見回しても特に変わった感じはしない。
「イブキ、どうかしたの?」
「いや、たぶん大丈夫……かな?」
気のせいなのかな、ミモザも気づいていない感じだし、違和感を感じていたのは僕の挙動だったみたい。
空中に投影された投影された映像は、方舟の外の景色だった。全方位をくまなく映しているようで、大きな投影画像には14枚の異なる映像が流れていた。どうやら全方位が見える仕様みたいだ。
方舟はナナナシア星に向けて短距離転移したのか、既に大気圏に突入している様子だった。半分以上の画面に、星の映像がアップで表示されている。いや早くない? まだ僕たち、メインエンジンルームに着いたばっかなんだけど。
方舟の防衛強化のために、ダンジョンコアに触れて魔力をゆっくりと注いでいく。魔力の量が大事らしいから、船全体に行き渡るように押し出す感じで注ぐのがポイントなんだ。ただ正直、間に合う気がしない。
「少しまずいわね、一緒に補助するわ。急ぐ理由なんて全くなかったはずなのに、どうしてこんなに見切り発車したのかしら……」
「おかしいな、姉さんからも何の連絡も来ていない」
そんな僕らの疑問なんて関係なく、方舟はナナナシア星に降下していく。
大気圏に突入した直後に、外装が大気の摩擦で真っ赤に燃え上がった。すぐに、映像が調整されて視界がクリアになる。
そこで気づいた。大陸の配置がよく知っている配置だ。
「これって……地球?」
ナナナシア星だって言っていたはずなのに、見えている地形は地球のそれだ。奇しくもちょうど見えているのが日本がある北半球。もしかして、日本に向かって降下しているのか?
外装強化を願いながら魔力を流し込みつつ、じっくりと画面に映る星を観察する。
青い海は知っている青だ。でも、地上部分が知っている地球と違う。
砂漠が、一切ない。ちょうど日本に向かって降下しているから隣の大陸がよく見えるんだけど、アジア大陸の特にゴビ砂漠とか、タクラマカン砂漠とかあったはずの場所に砂漠が一切ないんだ。代わりにくて、陸地の全てが緑に覆われている。
山脈の形が記憶の地図と同じだから、地理的に間違っていないはず。
そして気づいた。ドラゴンが猛烈な早さで方舟に向かって飛んで来ている!
体躯が恐らく方舟と同じか――いやもっと大きな個体が、一気に近づいて数キロ先で翼を広げて急停止しした。何だこれ、想定の倍は大きいぞ!?
漆黒の、そのドラゴンは全身が紫色に揺らめくように燃えているのが分かる。分かるくらいに大きな炎だし、翼を広げた頭の先から尻尾の先まで、目算で縦数十キロあるバケモノだ。いや大きさ、バグってるだろうこれ。
そして、吐き出される漆黒のドラゴンブレス。
もうね、全力で魔力を流し込んだよ。
魔力の摩擦で灼熱化する腕を、治癒をイメージした魔法で無理矢理に治しながら、ただひたすら方舟の防御力を上げるように魔力を押し込む。当然、強烈な痛みに叫びそうになるけれど、目の前の極大ドラゴンから感じる恐怖が遙かに勝った。
隣でミモザが、悲鳴を上げている声が聞こえる。
本来はダンジョン壁なんて、概念的に不壊のはず。そのダンジョン壁が、強化してガチガチに強度を上げたはずのダンジョン壁にひびが入り、砕け散った。
船体の中程を貫き、方舟の後部『棺』を粉砕し吹き飛ばした。
棺に格納されていた各国の移民船が、爆発に乗って世界に散らばっていく。何隻かは、何匹か近づいてきていた小型のドラゴン――そうはいっても、30メートルとか40メートルとかの普通なら大型に分類されるドラゴンに、焼かれ焼滅していく。
まさに、地獄絵図だった。
「ミモザッッ! 方舟の同時修復って――」
「とっくにやっているわよ!! イブキはお願い、とにかく魔力を叩き込んでっ!」
動力を失った方舟前部が、真っ逆さまに日本に向けて落ちていく。
メインエンジンルームに籠もっている僕たちには、方舟が修復されてい姿なんて見えなくて、ある程度高度が下がったからか、ゆっくりと離れていく漆黒のドラゴンを見送るしかできなかった。
迫る東京湾。
形こそ同じ東京湾だけれど、そこに文明の形跡がない、全てが緑に覆われた平原の端に、方舟は減速できないまま突き刺さった。大地が、海が吹き飛んで、吹き飛んだだけで最後に何かの力が働いて、関東平野の端に斜めに埋まった。
「どう、なった?」
「ダンジョンは外部からの衝撃がないから分からないわ。でも、外部映像見る限り三分の一が青空で、残りの三分の一にはめくれ上がった大地が映っているわ。地面にめり込んで止まったみたい」
「さっきあの黒いドラゴンのブレスで、方舟が壊れたよね。ダンジョンって、壊せるの?」
「本質的には破壊不能オブジェクトよ。でももしダンジョンの、破壊不能という概念を無効化、もしくは破壊できるならば普通に破壊されるわね」
まあ、方舟はもう飛ぶことができないから、あの漆黒のドラゴンから攻撃を受けることはないか。そうして僕は無事地上に着いたことに安心しきっていたんだと思う。
「……あれ? 姉さんの電話が――」
使われていないって。
『この電話は、現在使われていません。番号をお確かめのうえ、もう一度お掛け直しください。この電話は――』
ミモザを見る。
大きく目を見開いて、絶句していた。たぶん僕も同じ表情をしていると思う。
「ミモザっ!」
「ええっ、上に戻るわよ!」
通路を抜けて、壁の認証機器に僕の携帯電話をかざして隔離扉を閉め、メインエンジンルームを再びロックする。
「マシキっ!」
『……』
返事がないことにゾッとした。
何かが、いつの間にか変わっている。胸騒ぎが激しくなって、ミモザとしっかりと手を握った。近くのエレベーターに触れるも、反応がない。
メインエンジンルームを中心に、ドーナツ状に設置された通路を駆けて、順にエレベーター呼び出しボタンを押すも、ほとんどが沈黙していた。そして8つ目でやっと反応したエレベーターに、二人して大きなため息をついた。
ミモザが、泣きそうに貌を歪めていた。思わずエレベーターが下りてくる間、ぎゅっとミモザを抱きしめた。何だ、何が起きている。
二人して下りてきたエレベーターに飛び込んで、地上へ。
不安で手足が震えた。
「あっ……」
そしてエレベターの扉が開いた。
まぶしい日差しに、思わず目をつむった。薄目を開けるも、久しぶりの太陽に視界がまぶしくて、目が慣れるまでじっとその場で立ち止まっていた。
「イ、イブキ……どうしよう……」
「待って、もうちょっと待ってて――」
気持ちばかり焦る。
やがて目が光に慣れてきて、ゆっくりと視界が定まってきた。
そして、声を失う。
丘の上。
街が、ドーム天井が全て消失していた。前後に半円に残った壁が、ドラゴンブレスの威力を如実に物語っていた。たまたまブレスの軌道から外れていたこのエレベーターだけが、唯一残った建造物で、他には瓦礫すらも残っていない。
方舟は、上半分が焼滅していた。
僕とミモザは、その場に崩れ落ちた。




