42.新新宿と、星空の見え方
方舟の御苑公園は、まだ新宿御苑が健在だった頃に、その地形や植生の配置をそっくりそのまま移植している。そんな案内看板を見上げて、僕とミモザは感嘆の息を漏らした。
完全にお上りさんの僕らは、池の畔を歩いて日本庭園に感動して、遊歩道のある森に植生の妙を見つけたり、想定していた以上に楽しんでいた。自然って、いいなって改めて感じる。
「方舟の外縁にある森ってさ、ここに比べると雑なんだよね。取りあえず植えました、みたいな」
「これを見ちゃうと、確かにイブキが植生調整している理由がよく分かるわ。外縁の森なんて木々の隙間が均等で、種類もあり得ないほどバラバラ。でもだからこそ、ここがダンジョンでさらにイブキがダンマスでよかったわ」
「スコップとか重機とかいらないのは、確かにありがたいよね」
木の入れ替えは簡単にできるし、ミモザにお願いすれば種類もそうだけど、地形も自由自在だ。ついこの間まで川さえなかったのには、びっくりしたけど。
木陰の小道は、木の葉の隙間から差し込む日差しが、風に揺られて煌めいている。気温なんかも自動調整されているのか、ずっと初夏のあの過ごしやすい気温帯だ。木陰がいい感じに涼しい。
ふとお腹がぐーっと鳴った。携帯電話で確認すると、もうじき正午だ。
「ねえイブキ。お昼を食べたら、お買い物に行きたいわ」
「近くに百貨店あったかな。街路樹とかも気になるし、行ってみようか」
木陰にシートを敷いて、お弁当を目一杯広げた。
やっぱり便利だな、携帯電話のストレージ。大量の荷物を手軽に持ち運べるんだもの。そうだ、キャンプ用品を一式、買って入れておいたらどうだろう。方舟がナナナシア星に向かっているって言っていたから、もしかしたら使う機会があるかも知れない。
お腹いっぱい食べて、少しお昼寝をしたら、新新宿の街に出発だ。
御苑公園を抜けて、ふと上を見上げた。
亜空間航行は、成功したって言っていたけれど、実際に何がどうなったのかわからない。
かざした手で疑似太陽を視界から隠して、ドームの向こう側の宇宙空間をよく見てみる。見た感じだと、全く同じ宇宙空間が広がっているように見える。正直言って、変化とか分からないんだよな。
例えば地球にいた頃だと、基本的に地上から見える星の位置は固定されていた。季節によって多少の移動はあるにしても、一年通して同じ星の配置だった。だから『星座』っていう概念があったし、光っている星に対しても、個別の名前を付けていたんだよな。
でも宇宙空間に出て、地球とは違う場所から宇宙空間を見ると、星座なんて意味が無くなることが分かる。
地球の公転軌道から外れて、太陽の公転軌道からも抜けだし。地球が属している銀河の中心に向かって飛ぶ中で、星の配置がどんどん変化していく。
ちなみに、ダンジョン化した方舟がどれくらいの速度で移動しているのか知らない。
『亜空間転移後の現在の移動速度は、秒速で恐らく70キロ位です。ナナナシア星の重力補足圏に合わせて、相対的に減速していき、最終的に秒速8キロの第1宇宙速度を目指して進んでいるところですね。なお当船、方舟はダンジョンであるため加減速にかかわらず船内環境に影響はありません』
「いよいよ、マシキにまで考えを読まれるようになっちゃったかぁ……」
「今さらじゃない。ところで今、どんな状況なの?」
「もう少しで、ナナナシア星の公転軌道に乗るって話らしいよ」
「早いわね。もう天の川銀河系の反対まで来ちゃったってこと?」
「そうらしい」
いずれにしても、姉が色々と計算してやっているんだろうな。何てったって船長だし、機械仕掛の神様だからきっと何とかなるはず。
もう一度見上げると、何だか大きな星が見えた気がした。
視線を落としてミモザと視線を交わし、改めて新新宿の街を歩く。
大通りを渡って横道に入ると、何て言うかな世界が変わる。新新宿駅をおりて御苑公園に向かう時も気になってはいたんだけれど、街路樹がさ、とにかく大きくなっているんだ。
通常都市部の街路樹って、歩道の脇にあって樹高なんてせいぜいが3メートルか4メートル程度だと思うんだ。それが、意味が分からないくらいに巨大になっている。
新新宿大小様々なビルが建っているんだけれど、最も低いビルでも30メートルはあると思う。街路樹が、その低いビルを越えて成長している。つまり40メートル級の街路樹が、道沿いに生え並んでいるってわけだ。
直径で1メートルにもなる根元の、めくれ上がったタイルが、樹が成長した結果だってことを如実に現している。
「ねえイブキ、街路樹って何?」
「津田教授が都市部の木を管理しているって言っていたけれど、これはやり過ぎだよなぁ。完全に樹のトンネル状態じゃないか」
「見える範囲の街路樹が全部、ビルが埋もれるほどの巨樹なのに、光が地上に届くって、いったいどうなっているのかしら」
「緑に見えるけれど、もしかして光を透過する透き通った葉っぱとか?」
「あり得ないのに、あり得そうで怖いわ」
道沿いのお店のショーウィンドウの覗き、たまに中に入って冷やかす。鞄を売っているお店で何となく鞄を買った後は、目的地の百貨店に到着した。やっぱりたまに生えている街路樹がビル越えしている。ほんと何やってんだよ津田教授……。
百貨店は改装閉店大売り出しをしていた。
ただ何て言うのかな、売れ行きみたいな物は鈍い感じ。
「人型のお客様が少なくなりまして、様々な種族に対応するために、本当の意味で一掃セールをしているのですよ」
そんな販売店員さんは鬼種族系の多腕種のお姉さんだ。確かに、腕が3終6本もあると、着る服とか相当に限られてきそう。
幸い僕もミモザも、見た目は人間と同じような体躯だから、ほんとうに格安で衣類を買うことができた。お金を払って、譲渡処理をしてもらったてから携帯電話のストレージに収納した。
そうして、たまにテナントを冷やかしながら、屋上に出た。
昔懐かしい、動物の形の乗り物があって、小さなメリーゴーランドでは親子連れがミニ遊園地を楽しんでいた。なお、人間は一人もいない模様。
本当に、人外魔境になっちゃったなぁ。
上を見上げると、青い星か大きく見えていた。
どうやら衛星軌道に乗ったらしい。何となくだけれど雲間から、日本っぽい島が見えたような気がした。まさかな。
『現在ナナナシア星の公転軌道上にある、機人の衛星に接触を試みている様です。恐らくマスターが認識している島は、地球の日本の物とほぼ同じであると考えられます』
「……なんて?」
『多元宇宙の全く違う次元にある、平行世界の地球様惑星であると推測されます』
「モモカさんが接触していた、あのエルフはなんなのよ?」
「そういえば、方舟にいるんだっけ」
『恐らくですが、このナナナシア星にいる固有人種ではないかと推測されますが……』
細かいデータが共有されていないようで、またマシキにも分からないらしい。
いずれにしても、あの惑星が方舟の最初の目的地なんだろうな。




