41.ワープ航法
「ワープ航法を導入したいのだけど、ダンジョンの拡張に抵触しないか、マシキ殿に聞いてもらえないかい?」
翌朝、食事の後に出かける準備をしていたら、姉に呼び止められた。何でかな、携帯電話のストレージに身の回りの物を収納できるようになって、準備に必要以上に時間がかかるようになった気がする。
「ごめん、今忙しいから直接聞いてみてくれる?」
「毎朝思うのだが、弟たちは何故そこまでお昼ご飯を豪華にするんだい?」
腰元に浮かんでいた携帯電話を引き寄せて、ノールックで姉に手渡す。すぐに調理の続きに戻った。
考えてみれば、毎朝2時間。ミモザと並んで、材料が続く限り料理を作り続けているんだよな。できた物を容器に移して、ストレージに収納する。
2人で、制限時間を2時間って決めたのは、気づいたら周りがオレンジ色に染まった日だっけ。
今も、気づいたら姉がいなくなっていた。
「姉さん何だって?」
『機人側から亜空間航行技術の提案があったようで、その導入の検討ですね。推進機構は方舟後部『棺』にありますので、それらをダンジョンから一時的に隔離することで改造を可能としました』
「機人さんって、方舟で活動できるようになったの?」
『どうやら、防護服の技術を転用した様ですね。内部で放射線を発生させて、機人へのエネルギーを供給。放射能漏れもなく、方舟内での活動が可能になったようです』
「なるほどなぁ、理にかなってる」
そういえば、朝食の後に幸彦さんが、機人さんを車椅子に乗せて家を飛び出していった気もする。その時にオルフェナも連れて行ったから、今日の僕らはタクシーを呼ばないと駄目だってことか。
調理器具を片付けてから、昨日洗濯した衣類を取り込んでストレージに収納。ミモザと連れだって外に出た。いやほんとストレージ便利すぎて、家の収納なんてスッカラカンだぞ。
天気予定を見たら、今日は二時頃に雨を降らせる予定だって出ていた。曖昧だった天気予報が懐かしい。
「今日はさ、気分転換に都心の植生を確認してみよっか」
「それ、いいわね。公園とかでゆっくりお散歩するってことね。それなら都心の公園データをイブキのパソコンに転送しておくわ」
「ありがとう。僕はお茶を水筒に入れてくるよ」
そしてまた、水筒をストレージに収納。
鞄や財布がいらない世界って、絶対に僕らを駄目にするよね。ほんと、身に染みて感じる。
タクシーで新新宿駅に向かうと、やっぱりすごい人混みだった。
都心部は元の東京がしっかりと再現されていて、高層ビルが建ち並ぶ現代都市だ。ただそこに、人間以外の多種多様な種族が歩いていて、何だか現実感がないんだよな。
エルフがいる、ドワーフもいる。頭に巻き角を2本生やした悪魔がいて、ケンタウロスが道を駆けている。もちろん普通に自動車も走っているから、違和感半端ないかも。
ビルの間をハルピュイアや天使が飛び交い、狼顔と猫顔の獣人がベンチで談笑しているし、ほんと非現実なんだよな。獣人だって、完全に獣の特徴を持っている人もいれば、前から歩いてくる人みたいに、人の容姿に耳だけが頭頂獣耳とか、尻尾が生えているだけとかほんとおとぎ話の世界なんだよな。
あと、うちの姉みたいにあからさまに機械の人もいる。半透明な液体っぽい人は、スライム系の何かかな、ほんとわけ分からない。
「見える範囲に人間がいないって、何だか不思議だな……」
「モモカさんが言っていたわよ。純粋な人間はもう全体の二割を切ったらしいわ。昇華門も交通のアクセスがいいし、一日中あの門に昇華目当てにたくさんの人が来ているって」
「森の中にあるより、よっぽどアクセスが楽だよね」
「ほんとに、認識が違うのね。でもモモカさんと一緒に、新東京タワーの下に昇華門を作った時にはイブキ……いなかったわね、どこにいたのかしら……?」
たぶんここが、どうしても整合できなかった部分なんじゃないかな。僕の認識が変わっていなかったから、一時的に僕の存在が無い世界に事象が確定した。
たぶんだけれど、元々の世界線だと3人で作ったはず。だからこそのミモザの違和感。
「きっと僕は、風邪でもひいて寝込んでいたんじゃないかな」
「そう言われると、そうだった気がするわ」
エリクシルあるから、風邪ひかないんだよな。あえて言わないけれど。
混雑する駅を離れて公園に向かう。
横断歩道を渡り、御苑公園に足を踏み入れたタイミングで、辺りがスッと暗くなった。
突然警報が鳴り響く。
周囲が赤く明滅して、視界の悪さに思わず歩む足を止めた。
「どうしたのかしら」
「また外敵の襲撃かな……?」
周りでくつろいでいた人たちも、立ち止まる人、しゃがみ込む人、一様に不安げな顔をしている。空を飛んでいたサキュバスっぽい人が、ゆっくりと地面に降りてきていた。
見上げたドームには、宇宙烏賊の死骸が付いたままで、赤く照らされる度に何だか動いているように錯覚する。撤去は検討しているけれど、撤去方法がないって姉が言っていたっけ。
それ以外には、変わった様子はないんだけれど……?
「マシキ、何か把握している?」
『亜空間機構が完成、設置された様子です。管轄を外していますので詳細は不明ですが、エリクシル機関の30パーセントほどが、通常より高出力で稼働しています。やや異常事態かと。方舟後部、棺をダンジョン管轄に組み直すことをお勧めします』
「じゃあ、再組み込みを進めて」
『了解しました。ダンジョンに組み込みます』
「もう完成したのかしら、いくら何でも早すぎるわ」
「姉さんが関わっているし、機人さんや機械系種族の人たちがいれば、不思議じゃないと思うよ。汎用能力しかなかった人間が、存在昇華でそれぞれの特性に特化したんだから、まあ当然の結果かも知れない」
もっとも、僕にできることはもう無いんだけれど。これが何かの物語だったら、主人公とか常に最前線で事態に巻き込まれていたんだろうな。
『こちら、方舟執行部です。ワープ航法が確立しました、これよりワープ航行を行います。想定外の衝撃がある可能性があるため、船員各位は安全に対する備えをお願いします』
ミモザと顔を見合わせる。
「たぶん衝撃、ないよね」
「そうね、ダンジョンだもの」
2人でベンチに腰掛けて、何かが変わるのか気になってドームを見上げた。
星が線になって流れていく。あれだけしっかりと張り付いていた宇宙烏賊が、ゆっくりと剥がれていった。剥がれる端からホロホロと繊維が解けて、流れ、薄くなって消えていった。
静かに。本当に静かに、線になった星がが増えていきやがて視界が真っ白に染まった。
すっと、光が消える。
今度は線が点に戻っていき、再び宇宙空間がドームの向こうに広がった。
疑似太陽の赤い点滅が収まって、光が戻ってきた。
『ワープ航行が成功しました。ご協力、ありがとうございました』
何だかあっけなくて、またミモザと顔を見合わせた。たぶん亜空間を通過して、また宇宙空間に戻ったんだと思う。
普通なら、亜空間通るぞ。からの、衝撃で船がガタガタ揺れて、周りを悲鳴や怒号が行き交う。流れの後で、揺れが収まって安堵の息を漏らす。なんだろうなって、思った。
「そんな感動的な演出、ダンジョン化した宇宙船には無理だと思うわよ」
「僕、何も言っていないよね!?」
さて、お散歩の続きだ。




