クリステル=アディール 63
散々、ウェルのキスに翻弄された私は、やっと家に返してもらえることになった。何度も熱い口づけを交わした唇は、ぽってりと腫れ、顔の火照りも赤いままで収まってはくれなかった。
唇を押さえて、先ほどのウェルの愛に喜びを感じた。
「クリス、馬車が到着したよ」
ウェルに馬車の前までエスコートされると、見慣れた人の姿を見つけた。
「ライアー先輩?」
先輩は、ウェルと私にお辞儀をした。
先輩が学園にいたときと違うのは、身につけている服だ。騎士の礼服がとても似合っており、学園にいたことろよりもずっと大人びて見えた。
「夜遅いから、護衛として王国騎士所属の次期団長を呼んでおいた。クリス、気をつけて帰るんだよ」
ウェルは私の髪にキスをして、別れの挨拶をする。
私は先輩と一緒に馬車に乗り込み、自宅への道を馬車は走り出す。
「ライアー先輩、久しぶりですね」
王宮が見えなくなったところで、向かいに座っている先輩に話しかけると、困った顔をしている。私は何か失礼なことをしただろうか。
「先輩?」
「申し訳ない。何回も言っているが、クリステル様のことを何も覚えていないんだ。俺たちは親しかったのか・・・?」
どうゆうことだろう?先輩が何を言っているのかわからない。
私達は、困惑したまま馬車を自宅へと走らせた。
★☆★
自宅に到着し、疲れた私は自分の部屋のソファーに座った。
なんだか、今日の私はおかしいわ。記憶があいまいなことが多すぎる。ライアー先輩の様子もおかしかったし、私はなにか大切なことを忘れている気がするが、頭の中で再び靄がかかってしまいなにも考えられなくなる。ふぅっとため息をつくと、ドアからノックの音が響いた。
「クリステル様、ナターシャ様がお話があるとのことです」
お姉様付のメイドだった。お姉様からお声かけいただくのは珍しかった。
「わかりました。すぐ参ります」
私はさっそく、応接間に向かった。
応接間には、お姉様がソファーに腰掛けていた。私は一礼して向かいに座ると、お姉様のブルーサファイアの瞳が私の瞳を捕らえた。
ソファーに座っているお姉さまを見て、私は違和感を感じた。
どこかで同じような光景を見たことがあるような気がした。
「ウェル様と婚約おめでとう。私も嬉しく思うわ」
お姉さまは、にっこりと笑ってくれたが、その笑顔に私は違和感を覚えた。
流れるように、私の口から言葉が溢れ出す。
「お姉さまはよいのですか?ウェル様のこと・・・」
「何を言っているのです?あなた達2人が婚約するのは、両家にとってもよいことなのですよ」
なんだろう・・・心の中でこれは違う!って叫んでる声がする。
「だって、お姉さまは妖精に・・・」
あれ・・・私は、なにを言っているんだろう?妖精?妖精が何をしたんだっけ・・・?
「この子は、なにをいっているんでしょう」
また頭の中に靄がかかり始めた・・・お姉さまの呆れた声が遠くで聞こえる。
だめ、ちゃんと考えたいのに・・・
(・・・ぼくを)
頭の靄の奥で誰かの声が聞こえた。
(・・・だして)
なんていってるの?
(・・・・ぼくを・・・おも・・いだして・・・)
この声は・・・パック?
名前を思い出した瞬間、眼の前にパックが現れた。
「思い出してくれたんだね!」
パックは羽をぱたぱたとして、私に妖精の粉を振りかける。
そうだ、私エリザベートにキスされて・・・罠にかけられたんだ。ここは夢の中?かしら。
いけない、現実に戻らないと!
「僕とお姉さんは、最初の契約で心を繋いであるから、僕を思い出してくれたからこちらの世界にくることができたんだ。さあ、この幻術を解くよ!お姉さん、僕にキスしてくれるかい?エリザベートの魔力を吸い出すよ」
パックにキスすると、体に流れていた氷のような感情が流されていく。すべての映像が川になって流れていく。流れていく水面には、エリザベートと王冠をかぶった男性と並ぶ姿があった。エリザベートの瞳をみると、恋するものの瞳だわ。エリザベートの姿も流れる川のようにどんどん流されていく・・・
急に視界が暗転し、目を開けるとライアー先輩の心配そうな顔が目の前にあった。
「クリス、大丈夫か?」
「はい・・・大丈夫です」
さっきの幻術のとは違って先輩は、私のことを覚えているようだ。私は、玉座にいるエリザベートに結界箱爆弾を投げつけた。水晶の欠片にガードされ、傷ひとつつけることができなかった。
「私になにをしたんですか!」
勢いよく怒鳴りつけると、エリザベートは、高笑いをした。
「妾は、未来の道筋を他者に見せることができる。あれは、小娘が進む未来のひとつ。それを見させたまでじゃ。現実ではどうなるのかのぉ」
光景を思い出すと、先輩がわたしのことを覚えていなかったのは・・・
(対価さえいただければ、なんでも答えるよ!)
パックの言葉を思い出して、首をぶんぶんとふる。いや、まだ確定していない未来だ。私は、違う未来を選びとることができるはず。
「エリザベート様の魔力が流れ込んだせいか、あなたとあのお方が並んでいる映像が見えました。エリザベート様は、あのお方を愛してしまったんですよね・・・だから、あのお方・・・エメラルダ10世を裏切った聖女が憎いのでしょう?」
言葉にした瞬間、エリザベートの顔がこわばった。




