クリステル=アディール 58
誰もいない薄暗い廊下に、私達の足音が響いている。微かな明かりは、両端に灯る蝋燭のみで、先に進むものを拒んでいるような静寂が私達を包む。
やがて、目的地の場所へ着くとクレイブが待ちかまえていた。
「クレイブ、アクア!よかった無事だったのね。これが、前に見たという妖精の巻物?」
2人とも、怪我もなく魔力値も問題なさそうに見える。
「ああ」
クレイブは、魔力で蝶をだして硝子の中に入っている巻物の中に溶け込んだ。
「何をしているの?」
「まぁ、見てろ。そろそろ出てくる」
巻物に入った蝶は、外に飛び出した。そしてひらひらと私の手元に舞い降りると、蝶から巻物へと姿を変えた。
「そこの巻物の中身を読み取って、似せたまでだ。やがて、偽物は消える。読むなら早く読め」
私は頷いて、巻物をめくった。
そこには、妖精の絵姿が描かれていた。燃えるように真っ赤な髪に、満月のように輝く瞳。透明な羽は、他の妖精と違って一枚しかついていない。目の前にいる妖精は必死で誰かに手を伸ばしており、その顔は恋い焦がれる女性のようだった。
「この妖精は、誰をみているのかしら。」
「初代のエメラルダ王じゃよ」
私が呟いた疑問に、正面で声が返ってきた。
先輩とクレイブは、私の前に出て警戒した。
正面の暗い通路から顔を出したのは、見知った顔だった。
「ふぉっふぉっふぉ。アディール家のお嬢さんがこんなところでどうしたんじゃ?」
「ダニエル先生・・・?」
マルセイユ学園の先生であるはずのダニエル先生が、なぜこんなところへいるんだろう。
微かに違和感があるのは、学園にいるときよりも、はるかに老人であり、話し方も老人のようだった。
先輩とクレイブに学園の先生であることを伝えると、先ほどよりも警戒を強めたようだった。
「この顔に驚いたか?」
「はい・・・その、学園にいるときよりもお顔と声が・・・」
「老人みたいかの?」
「・・・はい」
ダニエル先生は、私の返事ににこりと笑い、先生が持っていた木の棒を使って魔力を自分自身へと唱えた。光に包まれた先生は、学園のときと変わらない姿で現れ、またすぐに老人へと姿を変えてみせた。
「変化の術か・・・あんた、なにしにここにきた?」
「助けにきたんじゃよ。クリステル嬢が知りたいものについて、一番の近道を教えてやろうと思ってな」
明らかに怪しいとは思うが、向かう先はダニエル先生がいる方向だ。
「先生は、何をご存知なのですか?」
「生命の生まれる卵。授業の時に、興味津々だったじゃろ。でも・・・それよりも知りたいのは、契約の石碑かのぉ。どちらも答えてやってもいいが・・・まずは、秘密を教えても問題ないか試させてもらおう」
ダニエル先生は、木の棒をぐるぐると回し始めた。木を中心に魔力を呼び寄せているのを感じる。
「レイモンド!この爺、風魔法を操るから気をつけろ!」
つかさず、クレイブが蝶を辺りに展開させて大きな声で叫んだ。蝶をダニエル先生の前で囲もうと操った。
「その攻撃は、前にもみたぞい」
ダニエル先生は風魔法を操り、クレイブの蝶を粉々にし、ライアー先輩に向かって無数の風の刃を向けた。
先輩は剣に魔力を疾走らせて、向かい来るかまいたちを目の前で断ち切るも、頬にすっと一本の赤い線がつく。
「風魔法はすべて断ち切ったはず・・・」
切られた頬をぐいっと左手で拭き取ると、気がついたようにクレイブに叫んだ。
「この爺さん、水魔法も使いやがる」
「ふぉっふぉっふぉ、正解じゃ」
ダニエル先生は、木の棒をクレイブに向けて風魔法を唱え、もう片方の手では水魔法の展開させている。風の刃がクレイブに向かうも、クレイブは蝶を散らされたばかりで、生成が間に合っていない。
このままだと、クレイブに直撃してしまう!
気がついた先輩も炎の魔法を展開するも、ダニエル先生の水魔法ではじかれてしまう。
「主様!」
「くっ・・間に合わないか」
後ろで見ていた私は、先輩の背中を押しのけてクレイブの元へかけより、急いで結界箱を展開させる。先生がにやりと笑い、私とクレイブに風刃が近づく。
風の刃に、とっさにそれぞれ結界箱を当てて相殺させたが、いくつかは当てることができず、私の肌を切りつけた。
「う・・」
私は右腕と左足に切り傷ができたが、大部分防ぐことができた。
クレイブは驚いた顔して、私の顔をまじまじとみた。
「あんた・・・俺のこと助けたのか?」
「当たりまえでしょ!それよりもまだ戦いは終わっていないわ」
クレイブに一喝し、私はふぅっと深く息を吐き、結界箱を先生の周りに散らした。
「先輩!」
声を合図に、結界箱を爆発させる。先輩は爆発と共に、先生の周りに炎を展開させた。
結界箱の爆発と共に先輩の炎の勢いが増して、先生の水魔法が押され始めた。
これでいける!
っと思った瞬間、私の足元に魔法陣が浮かび上がった。
「クリス!」
魔法陣から抜け出そうと思ったときには、魔法陣から大量の水が吹き出した。
水に飲まれて息が苦しい。喉を必死に抑えるも、魔法陣の水から逃れることができずにただ藻掻くだけとなってしまう。
「クリスを開放しろ!」
「言ったじゃろ。秘密を知る価値があるか試すと。」
どうすればいい?
このままだと息が苦しくて・・・また死ぬの?
まだ・・・私、なにもしていない
なにもしないで死ぬぐらいなら、ここでやらないとだめだよね
この魔方陣を壊す。
そう意識して、手のひらに結界箱を展開させた。苦しい中で、結界箱の中の強度を高くする。もうひとつ結界箱を展開して、爆発の威力を高めた。
「何する気だ!」
先輩の止めようとする声が聞こえた。
けど・・・やるしかない。
手にぎゅっと力を込めて、魔法陣の一点を結界箱を爆発させると同時に強度の高い結界箱を叩きつけた。
パンっと音がして、床に描かれた魔法陣の一部が消え、水も一瞬でなくなった。
私は、爆発した衝撃で全身が痛くて、膝をついた。
「合格じゃ」
先生の言葉と共に、先輩とクレイブが私にかけより、アクアの魔法で痛みを和らげてもらう。
「「無茶するなっ!」」
「ごめん。どうせ死ぬなら、何が何でもあらがわなきゃって」
二人から怒られた私はほっとして笑った。先輩に支えられて、地面にたって自分の格好を見ると、ウェル様から頂いたドレスはところどころ破れてビショビショになり、ぼろぼろの状態だった。中途半端に切れている箇所をびりっと破って細長くした。アクアにお願いして、巻き付けた患部をきれいな水で消毒して、破ったドレスを先輩やクレイブの傷にまきつけた。
「それじゃ、契約の石碑を見に行こうかのぉ」
先生は、硝子の中の巻物を手にして中を開いた。
「この中にいる妖精は、所在国王と契約したエリザベートじゃ。この巻物に妖精の粉をかけると扉が開くじゃろう」
私は頷いて、胸元に隠れていたパックを見た。
「やだよぉ〜エリザベートに会いたくない。石碑は、エリザベートが管理しているんだ。会ったらなにをされるかわからないよぉ。それでも・・・お姉さんはいくの?」
「パック、お願い」
ここで、終わってしまってはいけない。
パックはため息をついた。
「お姉さんは、もう決めてしまったんだよね・・・わかった!」
パックは巻物の上に飛んでいき、キラキラとした粉を振りまいた。その途端に、巻物は光りだして私達を包んだ。先輩とクレイブは私の側に寄り、先生は離れて私達を見守っている。
「先生、一緒に!」
先生は首を振り、代わりに私が知りたいことのヒントを答えてくれた。
「クリステル嬢、卵とは、この国の事じゃ。授業で教えたことは比喩にすぎない。詳しいことは、この中の妖精に聞くとよい。ダニエル=スティーブンと名を言えば教えてくれるだろう」
私は先生の言葉に頷き、巻物の中へ飛び込んだ。




