ウェールズ=エメラルダ(王太子)
「クリステルとの婚約は、半年後に行う。イリヤ、準備をしておけ。」
王太子付きの護衛であるイリヤ=アーベンは、
ニヤリと笑って反論した。
「ウェールズ殿下、クリステル様はまだお返事されていないのでは。」
僕は、イリヤを睨みつけた。
「父上に頼んで王命をだしていただくよう手配してある。」
「それは、それは、クリステル様は用意周到な殿下に囲まれてしまいますね。殿下が小さい頃から警護させていただいていますが、昔はクリステル様と仲が良かったじゃないですか。なにか悪さでもしたんですか?」
思い起こすと、
ナターシャとの婚約解消がきっかけだったと思う。
その頃から、ナターシャの笑顔が見れていない。
5歳の時に婚約したナターシャとは、典型的な政略結婚だった。
幼い頃から王太子教育を受けていたため、
婚約したときも言われるがまま受け入れていた。
そして婚約したのをきっかけに、
月に一度アディール家に訪問するようになった。
最初にクリスと出会ったのも、婚約者のナターシャに会うためにアディール家を訪れたときだった。
りんごの木の上で泣いている金色の髪の女の子を見つけた時は、びっくりした。一緒にいたイリヤに聞くと、あの女の子はナターシャの妹だということがわかった。
「木の上で泣いてどうしたんだい?」
僕が尋ねると、
大きな瞳から新たな雫をこぼしてりんごを指さした。
「あのあかいみがほしいの。だけどこわくて…」
あと一段枝の上を登れたら採れそうな距離だったが、
女の子の手も足も震えていた。
「僕らがりんごをとってあげるから君は、下におりなよ。ほら、受け止めてあげるから。」
イリヤに女の子を支えてあげるように頼もうとした瞬間に、
僕に向かって女の子が木の上から落ちてきた。
受け止められなかった僕は、二人で地面に尻餅をついた。
女の子は、イリヤに注意されて大泣きしていたのに、
僕がイリヤが採ってくれたりんごを渡すと、
僕らに向かってにこりと笑ってくれた。
僕が8歳、クリスが4歳の時だった。
それ以来、僕がナターシャに会いに家を訪ねると
クリスが後ろをついて歩くようになった。
まるで僕がなんでも助けてくれる人のように、
たくさん質問したり、お願いするようになった。
「殿下は、昔からクリステル様の言うことをあんなに聞いていたのに、報われませんね。」
「あんな、笑顔でお願いされてみろ、断れないぞ。」
「断ったら、違う誰かにお願いされちゃうかもしれませんしね。それに、殿下がクリステル様の専属話し相手でよかったですよ。そのおかけで、アディール家にたくさん警備をおくことができました。クリステル様のお願いは、見たことも聞いたこともないものなので、その情報を目当てに金目当ての商人や他国に誘拐される類ですからね。現に1度だけ誘拐されましたけどね。」
イリヤは苦笑いしながら、慰めの目をウェールズに向けた。
「クリスは、僕のことをどう思っているだろうか。」
答えのない問いは宙をさまよう。
「そんな弱気にならなくても、強い殿下でいらっしゃってください。だいたい、殿下の誘いを断るなら過去のお願いを叶えてあげた見返りを求めるべきだと…」
「クリスに見返りなんてしたくない。お礼を気持ちで返せなんておかしいだろう。クリスだからこそ、僕は叶えてあげたかったんだ。」
そういう、僕は甘いのだろうか…




