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一日目-8




合流時間まで残り三十分。

このままで行けば時間には普通に間に合うペース。

市内に戻った僕はなんとなく寄り道をしていた。

家からは離れているがそれなりに利用者の多い公園。

サイクリングコースなんかもあって結構人気もあるのだ。

池もあって、貸しボートなんかもあったりする。

よくあるデートスポットとしても人気はあるのかもしれない。

そんなムードの高まった夕暮れ時の公園だけれど、残念ながら僕は一人ぼっちだ。

どうせなら恋人とでも来てみたかったと少しだけぼやきたくなった。

サイクリングゾーンとなっている道を走る。

池を囲むかのようにその周囲には芝生が張り巡らされていた。


「えっ!?」


僕は自転車のブレーキをかけた。

いや、かけざるを得なかったんだ。

周囲を見渡す。

確かに今音が聴こえた。


「誰!?誰か居るの!?」


僕は叫ぶ。

これが気のせいならそれでもいい、けど確かに何かの物音が聴こえたんだ。

僕は自転車を降りて林になってる場所へと歩いた。

物音はその辺から聴こえたはず。


ざっ!


再び耳にした物音。

これは気のせいなんかじゃない。あの木の陰に何かが居る。


「誰か…そこに居るんだろう?」


返事はない。

ただ何かの気配は感じられた。間違いなくそこには何かが存在している。


「居るなら姿を見せて欲しい!…まさか動物だってのか」


呼びかけに応じないことを見るなら、人間じゃない可能性だってある。

僕は一転、注意しながら回り込むように木陰へと近づいた。


「あっ!」


僕が声を上げた瞬間それは一目散に逃走した。

長い髪の毛を背で揺らしながら走り去ろうとする。

あれは人だ!人間だ!僕らの他にも本当に居たんだ!

しかし喜んでいる場合じゃなかった。その女の人と思われる人間は何故か僕を見て逃げ出したのだ。


「ちょ…待って!!」


慌てて追い駆ける。

まさか逃げるだなんて思いも寄らなかった。


「何で逃げるの!?少しでいいから僕の話を…聞いてくれ!!」


呼びかけには応じない。

言葉を発しないまま彼女は逃げる。

振り向きすらせず、ただ一目散に僕を撒こうと走る!


「くっそー…絶対に逃がすもんか!」
























福祉施設も駄目、他の中学や高校も回ったがどこもヒットせず。

人が多く集まる場所は逆に駄目なのかと言う気すらしてくる。


「やはり一筋縄ではいかないな。けど信じなきゃ話は始まらない」


俺はめげずにあちこちを捜す。

施設内まで入ってはいないが、人が居るのなら入らずともすぐに気付くだろう。

こうやって音楽も鳴らしているのはそのためだ。

しかし俺は一つある事が思い浮かんだ。


「動ける人間はみんな居なくなっている。だったら動けない人だったら…」


向かった先はこの町の総合病院だった。

入院中の患者なんかはどうなっているのだろうと気になったのだ。

俺は病院の自動ドアを潜る。

独特の臭いがすぐに鼻に付いた。

ここだけは人が居ようが居まいが、長いこと滞在していたくはない雰囲気。

病院が好きな人間なんてそう多くはいないだろう。


「ここで見つからないとなると、さすがに今日はお手上げかもしれないな」


待ち受け室に立ち並んだソファーには当然誰の姿もない。

当然受付も患者も医者の姿も見られない。


「…こうなったら一つ一つ入院患者の病棟を調べていくしかないな」


ナースセンターを横切る。


「え?」


すぐに違和感に気付いて俺は足を止めた。

確かに今見えたのだ。

ナースセンターの受付を飛び越え中に入る。

その奥で一つだけ光っているものがあった。


「これは…ビンゴかもしれないな。ナースコールってやつだろうこれは」


ランプがズラリと並んだ情報版が壁に掛かっている。

その中の一つが点滅しているのだ。

ランプの下部分には病室の番号を記したプレートが添えつけられている。


「ランプの表示は一つ。二百三号室か」


自分で何かをすることが出来なければ、こうしてナースに知らせて頼る他ない。

昔部活の仲間が足を骨折して入院したことがあるが、ギプスを巻かれて足を天井から吊り下げられていた事を思い出す。

あのようにベッドから動けないのであれば、身動きなんて自分からは取れるはずがない。


「もしこのコールをしている人が大変な状態だったら…くそっ、走るしかないか」


医師すらも消えてしまった病院内。

もし本当に人が残っていて緊急事態だったのなら一大事でもある。

自分に何が出来るのかなんてのは分からないが、放っておくわけにはいかない!


「二百三号室、クソッどこの階だ?」


エレベーター前の案内板を食い入るように見て確かめる。

患者が入院しているのは3階からだ。

それを確認すると俺は階段へと走った。

エレベーターなんて使ってる余裕がない。


「誰かは知らんが居るのなら無事で居てくれよ!」


期待と不安が入り混じる。

人がそこに居るのか?そして無事なのか?

居なければ肩透かし、居ても大事になっているのなら一大事。

何事もなくそこに居てくれるのが一番なことだが、あのランプが朝から点灯していたのなら何時間放置されていると言うのだ。

俺は3階までの階段をノンストップで上り切り、すぐに病室の番号を確かめる。


「二百一、二百二…ここだ、二百三号室!」


部屋の前に立ち俺は一息深呼吸をして、ノックをした。


「…………」


微妙な間。誰も居ないのかと思った矢先、思いもよらない声が返ってきた。


「おそーい!今何時じゃと思っとるんだ。…まったく、干からびてしまうかと思ったわ。何をしてる?入って来ないのか?」


声から察するにかなりの年配だろう。

一瞬呆け気味になってしまったが、俺は躊躇わずにドアを開いた。

そこには老人が一人ベッドに寝ていた。

白髪混じりの頭、顎先だけ伸ばした髭。

どこが悪いのかは分からないが、見た感じ至って元気そうな様子だった。


「お邪魔します」


「まったく…うん?誰じゃお前」


「俺は…その…」


なんて言って切り出せばいいのだろうか?さすがにこんな展開が待ち受けているとは思いもよらず、返答に困ってしまう。


「お前さん、学生さんか?」


「そうなりますね。っと、俺のことはどうでもいいんですよ、あの…体のほうは大丈夫なんですか?ナースコールしていたみたいで」


「うん?ああ!一体どうなっとるんじゃ。朝から押しているというのに誰も来やせん!」


「何か問題があったんですか?」


「ふう…私はな、朝からな~んにも食っとりゃせんのだ。昼間も放置。朝から誰も姿を現さないとは…今日はどうなっとるんだ?」


なるほど、そういうことだったのか。

取り敢えずは心配したような出来事ではなかったらしい。

俺はほっと胸を撫で下ろした。


「学生さん、この病院内の様子どうなっとるか知らんか?担当医は勿論、看護婦さんすら現れやせん」


「え~っと…それは」


言い難い。さすがにこういった老齢の人に率直に話してすぐに理解してもらえるのか不安でたまらなかった。


「何じゃ?お前さん、様子が変じゃぞ」


「ふう…えっとですね、今この病院内には誰も居ません」


兎にも角にも話す他なかった。

隠していられるわけもないし、どんなリアクションをするかは分からないが、聞いてショック死するほどの人でもないだろうから大丈夫だろう。


「誰も?それはどういうことなんだ、どこに行きおった?」


「詳しく話すと長くなるんですが…っとその前に、体のほうは大丈夫なんですか?」


「ああ、ほーれこの通り。私はな、事故で下半身が不随になってしまったのだよ。腰から下は動かせはせんが、この通り体は元気だ」


老人はシーツを捲り、痩せ細りかけた足を曝け出した。

だがそれに絶望した様子もなく明るい。

いや、そんなことよりも、だ!


「……………」


「なんじゃその顔は!?何を呆けておる?」


「いや、だってそれ」


俺は真っ直ぐ指を突き立て指し示す。

老人は訳が分からず、面倒臭そうにそこに視線を向けた。

視線の先には膝が曲げられ、山なりに立っている足がある。


「おおおおおおおおおぉぉぉぉ!?」


狭い個室に老人の驚いた声が響き渡る。

それは病院中に伝わったんじゃなじゃろうか。そう思えるほどの大声量だった。

けど俺には何が起こったのか理解不能だ。


「動く…足が動くぞ!!どうなっとるんだ」


「俺に聞かれましても」


「これは…夢か!?」


当の本人が信じられないといった様子。

しかしさっきの口ぶりからすれば、嘘を吐いていたようにも思えない。

どちらにしろ俺は一人蚊帳の外だ。


「これは奇跡だ」


老人は何度も何度も膝を立ててはまた寝かせる。その繰り返し。

思った通りに動く体を、気の済むまで再確認しているようだ。

長い前置きを見て聞いていてからの奇跡だというなら感動もしただろう。

けれど半身不随と言った矢先のこの状況、正直俺には言葉すら挟むことが出来ない。

それでも本来なら驚くべき事柄だったのかもしれないが、不思議とこの現実を冷静に受け止めている自分が居る。


「まさかアンタが!?お前さん…まさか神様とでも言うのか…」


「いや俺じゃありませんって!とにかく原因は分かりませんが、動かない足が動く、と」


「うむ。しかし何故いきなりこんな事が起こったのだ…ありえん」


原因は分からない。けれど思い当たる節はあった。

それはこの老人も俺たちと同じ状況に巻き込まれた被害者だということ。

無理矢理結び付けるのは軽率かもしれないが、それしか他に考えられなかった。


「理屈は分かりません。けど今は動く、それでいいじゃないですか」


「そんな程度で済ませていいものなのか…。う~む…しかし信じられん。下半身麻痺じゃぞ?一生治ることがないはずの怪我が、治療もせずに動くようになるとは…」


「多分ですけど、今朝から動かせたんじゃないですかね。感覚を失っていたから動かすという概念がなくなっていただけで、今の今まで気が付かなかった…と」


「今朝から…じゃと?お前さんさっきから何かおかしなことばかり言っとるが、何者なんじゃ?」


「…話をする前に確かめさせてください」


俺は老人が横たわるベッドへと近づいた。

そして手を伸ばす。


「うん?」


「本当に怪我が治って歩けるのか試してみましょう。話はそれからでも遅くはないはずですよ」


「う…うむ」


恐る恐る手を掴み、老人は足を床に突けた。

後は立ち上がるだけだ。


「怖いかもしれませんが、ゆっくり…」


「分かっとる」


腰部分に体重が掛かり始める。

足は震えているが、これは本当に立てるかという不安によるものだろう。

手の平に力が加わっていき、やがて老人は立った。

俺の手を握ったままだが、完全なる自立だ。


「大丈夫…だ。立てる!そして歩けるぞ!」


動きこそまだ危ういものの、老人は立ったばかりかその足でゆっくりと室内を歩き回った。

嬉しくて仕方がないのか俺の手を放し、そっちのけで歩き回っている。

俺はさすがに無粋なことと、嬉しそうな老人の気の済むまでそれを見守っていた。


「ふぅ…本当に夢みたいなことじゃて…」


気が済んだのかベッドに腰を下ろして休憩。

俺は向かいのベッドに同じように座った。


「お前さんには感謝せねばな」


「俺は何もしてませんよ」


「いや、お前さんが居なければ例え動くという事実を知ったところで、怖くてベッドから起きる事すら出来なかったろうよ」


「…はは、そういうことなら喜んで感謝の言葉、貰っておきますよ」


「本当に感謝してもし足りない。…私の名は山下康三と言う。まだお前さんの名を聞いていなかったな、教えてくれるかの?」


「俺は瀬上仁。赤壁高校の三年です」


「仁君か…ありがとう。君のお陰で、こんな奇跡が体験出来た」


「その奇跡に立ち会えたんですから、俺の方こそ礼を言わなければいけないのかもしれませんね」


親父と教師以外、老齢な人とこうして面と向かって話すなんてのは初めての経験だった。

けど悪い気はしていない。

それに歳は離れていたとしても、この人は俺たちの仲間になる。

このおかしな状況を共に過ごす仲間に…。


「山下さん、これからお話することは紛れもない真実です。解釈の仕方は任せます、けれどどうか落ち着いて聞いてください」


「む…?」

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