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一日目-9




彼女は逃げる、僕から距離を取ろうと、僕から逃れようと。

それに負けじと僕はペースを上げた。

体力に自信もない、足だって遅い。

けどそれでも彼女との差はみるみる縮んでいた。

あまり足は速くないようだ。

僕は手を伸ばし彼女の腕を…掴んだ!


「待って!頼むから…!」


彼女が振り向いたと思った瞬間、僕の首はあらぬ方へ向いていた。


「放して…」


彼女の声が聞けたのは、鋭い平手打ちを食らったのを自分の耳が捉えた後だった。


「い…っつぅ…!」


それでも僕は掴んだ腕を放さなかった。

ここで逃げられたら何のために今まで捜し回っていたのか分からない。

折角見つけた仲間…絶対に放さない!


「近寄らないで…私に…触らないで」


僕は首を戻し彼女の顔を見た。

そこにはまるで世界の終わりでも見たのような悲しい表情が映し出されていた。それとは別に怨みでも抱いているかのような怒りも同時に含んでいるようにも見える。

とにかく彼女は僕を『敵』として認識しているような雰囲気だった。


「ゴメン」


僕は注意しながらもゆっくりと掴んでいた腕を放す。


「でも、僕は君と話をしたかっただけなんだ」


彼女は逃げなかった。

睨んではいるものの、腕を放してもそのまま僕の前で足を止めたまま。

何でこの娘はこんなにも敵意を顕にしてるんだろう…。


「あなたは…誰?どうしてここにいるの…」


「僕は…えっと柏木浩人。どうしてと言われてもこっちが聞きたいくらいなんだ」


「……………」


無言のまま彼女は視線を外さない。

僕も外すことが出来ない。

お互いにそのまま目線を交えたまま見つめ合う。


「その…驚かせちゃったのかな。それについては謝るよ。でも僕も何がなんだか分からないんだ…いきなりこんなことになって、気付いたら人が居なくなってて…」


彼女はまだ睨み続けている。

それでも僕は言葉を続けた。


「だから他の人が居ないのかずっと捜してた。そしたら君がここに居たんだ…。だから僕は聞きたいだけなんだ、何か知っているのなら教えて欲しい」


「私は…何も知らない」


そう返答がしたかと思うと、彼女はようやく視線を外して俯いた。

肩に入っていた力が抜けたのが見て取れる。

もういきなり逃げるようなことはしないだろう。

落ち着きを取り戻してくれたのか、僕は彼女に気付かれないように安堵した。


「あのさ、君も多分だけどいきなり人がいなくなって困惑…しちゃったんだよね?」


「……………」


彼女は答えない。

けど僕は続ける。今彼女と話をしておかないと駄目な気がしたから。


「何を思っていたかは知らないけど、僕だって巻き込まれただけなんだ。少なくとも君に危害を加えることもないし、どちらかと言えば同じ仲間だよ」


「なか…ま?」


「そう!仲間!いきなりこんなことに不安だったんだよね?でも大丈夫、僕の他にももう一人、凄く頼りになる人も居るんだ!だから安心していいよ」


彼女は仲間という単語に反応を見せた。

てっきりそれが喜びだと思っていたのだけれど、どうやらそれは勘違いだったことを思い知らされる。


「あなたの他にも…人が?」


「う、うん」


「何で…?何で居るの…?」


「え?えっと」


何やら様子がおかしいのだ。

ブツブツと独り言のようなものを吐き出し、その言葉は誰に向けられているのかさえ分からない。

意味の分からない事を永遠繰り返し呟いているようにも見える。

一体この娘はどうしちゃったんだろう。

あまりの怖さで錯乱しているのだろうか?


「今言ったはずだけど、僕らは今朝起きたらこんなことになってたんだ。町から誰も居なくなって…、だから他に人が居ないのか確かめるために僕は捜し回っていたんだ」


「捜す?人を…」


「そうだよ。君だって同じ境遇なんだろう?現に一人だったじゃないか」


「私は…」


再び顔を俯かせてしまう。

駄目だ、この娘が何を考えているのかさっぱり分からない。

落ち着いてくれたのは助かったけど、どこか僕らとは違った感じがしてならなかった。

話が噛み合わないのは困惑してるからなら話は別だけど、それもまた違った気がしている。


「あの…さ、少し座らない?」


同意を求めるよりも先に芝生の上に腰を下ろす。

僕はそのまま彼女を見上げ、表情の変わらない彼女に向けて笑って見せた。


「大丈夫だよ。僕は君と話がしたいだけだから」


「……………」


一瞬。ほんの一瞬だけど彼女の目尻が少しだけ下がったような気がした。

そしてゆっくりと腰を下ろす。


「ありがとう」


「…別に」


ぶっきらぼうな返事だったが、なんとか僕の意思は伝わったようだ。

どうやら敵意のようなものも今は消えたようで、少しだけ安心した。

けどこうやって座ってみたものの、何をどう切り出して話せばいいのか分からなくなる。

そんなことを考えながら僕は彼女の顔をいつの間にか見つめていた。

よくよく見れば凄く綺麗な顔立ち。

なんだかいつまでもこうして見ていたい気分になった。


「…私の顔に何か…付いてる?」


「あ…ああ、ゴメン。そういえば君の名前聞いてなかったね。良かったら教えて…くれないかな?」


「厚川…唯」


口調は変わらない無愛想ぶりだが、彼女厚川さんはすんなりと名前を教えてくれた。


「そっか、厚川さんって言うんだ。さっきも言ったと思うけど僕は柏木浩人。その…よろしく」


「浩…人」


「うん、浩人。僕は赤壁高の二年生なんだ。君はどこの高校に通っているの?」


「私は…どこにも行ってない」


「えっ?」


思わず声が出てしまった。学校に通って…ない?


「学校って通わなきゃ駄目…なの?」


「えっと…義務教育は中学までだし別に構わないんじゃないかな、行かなくたって。うん、大丈夫」


「…そう」


言葉を一つ交わすにも何故か気が抜けない。

警戒心は解いてくれているようだけど、こんなタイプの人と話したことなんてなかったからどうしていいか分からない。

それでも彼女は僕の言うとおりに座ってもくれた。

なんとかしてでも分かり合わなくちゃ…。


「えっと失礼だとは思うけど、厚川さんって今何歳…なのかな」


「……………」


何か間違った質問をしたのだろうか。

彼女は指を折りながら数を数えている模様。


「…多分、十五歳」


「十五か~それなら高校一年ってところだね」


「そう…みたい」


か…会話が続かない。

しどろもどろであたふためいていると、意外なことに今度は彼女から話を切り出してきた。


「浩人…あなたはどうやってここに来た…の?」


「え、僕!?あっと…ここまでは自転車に乗ってきたんだ」


「…違う。この町に来た理由」


「ん?」


いまいち質問の意味が分からない。


「どういうこと?」


「…さっき今朝がどうとか…言ってたから」


「ああ!そうなんだ!今朝目が覚めたら町の人たちが居なくなっててさ、驚いちゃったよ…まるで消えてしまったかのように、みんな忽然と姿を消したんだ」


「そう…」


「驚かないんだね。君だってそうなんじゃないの?」


「…そう…だね」


煮え切らないけどようやく肯定した返事が返ってきた。

どこか変だと思っていたけど、気のせい…だったのかな?でもやっぱり彼女も同じだったんだ。


「浩人は…この町が…好き?嫌い?」


「う~ん…僕は、好きだよ。やっぱり生まれ育った町だし、僕にとっては故郷にもなるんだしさ」


「そっか…浩人はここが…好き」


「う、うん。好き」


目線を合わせてくれなかったけれど、その好きという言葉を伝えた瞬間、彼女は僕の目を凝視してきた。

その視線に少しばかりどきっとする。


「私も…この町が好き」


「そっか、僕と同じだね」


「うん」


ちょっとは打ち解けてきた…のかな?

受け答えもやんわりとしたものに変化している気がした。


「厚川…さんはさ、町のみんながどこへ行ったのか知らない…かな?」


「…私は知らない」


「そ、そっか。僕たちだって知らないんだもの、分からないよね」


「浩人は会いたいの…?町の…人たちに」


「そりゃあ会いたいよ。だって急にみんな居なくなっちゃったし、無事でいるかだって分からないんだ…心配だよ」


「……………」


「あの、どうしたの厚川さん?」


「唯…でいい」


「え?」


「唯。私の…名前」


「ああ、うん。大丈夫ちゃんと覚えているからさ」


「唯でいい…から」


「……………」


これはひょっとして名前で呼んでいいってことなのか?

いまいち分かりにくかったけど、どうやらそれで間違いないらしい。


「…唯、でいい」


「わ…分かった!じゃあ、ゆ…唯って呼ばせてもらうね」


「うん」


彼女は満足したようで初めてそこで笑った…気がした。口元に変化はないけど、やはり目尻が少しだけ下がったように見えたからだ。

笑ったという表現はすでに語弊があるかもしれないけど、どことなく嬉しそうに見えるのだからいいか。

話してみても唯は本当に変わっている。


「でもさ、ゆ…唯は一人で居る間不安じゃなかった?怖くなかった?」


「…そんなこと、ない。浩人は…怖かったの?」


「唯は強いんだね…。僕は…怖かった。不安でたまらなかったよ。けど僕の他にもう一人、学校の先輩も居たんだ。あの人が居てくれたから僕は今でも大丈夫なんだと思う」


「先輩?」


「そう、瀬上先輩って言うんだけど、物凄く頼りになる人なんだ」


「…その人、怖い?」


「ううん!全然!むしろ優しいくらいだよ。唯も話したら絶対そう思う」


「そう…」


話の流れが良い方向に向かってきた。

切り出すなら今しかない!


「それでさ、唯も…良かったら一緒に来ないか?僕たちは仲間なんだ」


「私…も?」


「そうだよ。唯は僕の大切な友達」


っ…幾ら懐柔のためとはいえ、僕はなんて恥ずかしい事を女の子に向かって言ってるんだ。

顔に血の気がたぎっているのが自分でも分かってしまう。


「一人で居るより絶対みんなで居るほうが楽しいよ」


「みんな…」


唯は真剣に悩んでいるというよりは考え込んでいる模様。

普通の人と違って反応も考え方も違う気がしてならなかった。

こんなもの悩むまでもないと僕は思うのだけれど…。


「だったらとりあえずはさ、一度来てから考えればいい。もちろん僕は唯と一緒のほうがその…嬉しいけど」


「…分かった。浩人がそう言うなら…付いていく」


了承確認。

一時はどうなるかと思ったけど、なんとか唯は同意してくれた。

腕時計で時間を確認するともう六時を回りそうだった。


「いけない!これじゃ集合時間に間に合わない!唯、自転車の後ろに乗れるかい?」


「…うし…ろ?」


「ちょっと待ってて!」


唯の返答を待つよりも先に、僕は走って自転車を取りに行く。

あの時自転車を放り捨てていったけど、どこも壊れてないようで一安心。

すぐに乗って唯の元で走った。


「さあ乗って」


「う…うん」


躊躇いがちな唯を何とか後部座席に座らせ、僕は集合場所のコンビニへと快速を飛ばした。

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