四日目-35
「え…構わないけど」
「じゃあ」
唯は指を指した。
目の前に広がる大きな池を。
「池?」
「…うん。あの池は私の世界が始まった場所。だったら終えるのにも…いい」
「そっか、確かにそうかもね」
唯は自らを戒めるように、始まりの場所を選択した。
そこは彼女が一度は自ら命を絶とうとした場所。
けど今度は違う。
そこからやり直すんだ。
もう一度。
絶望から希望へ――。
池の底なんて僕らが知るはずもない。
あの空間はちゃんとあるはずだ。
僕らはゆっくりと足を踏み出した。
「大きな池だよね、ここ」
「うん。私はこの水面がキラキラ光ってるのが…大好き」
「綺麗な物が好きだってのはやっぱり女の子だね」
僕だってあの闇に飛び込むのは怖いはずなのに、不思議と笑いが込み上げてきた。
好きな人と一緒に居るってのは、こんなにも心に余裕が出来るものなんだって思った。
唯の顔を覗き見ると、彼女は池を眺めたまま神妙な面持ちをしていた。
「私…最初浩人たちはみんな作り物だったんじゃないかって思った」
「えっ?」
「一人がいい、だなんていつも思ってたけど…やっぱりどこかで寂しかったんだと思う…。だから私の願いが届いて生まれたんじゃないかって」
「そうだったのか…最初驚いてたのもそういったものもあったからなんだね」
「うん。あれだけ町の中を歩き回ったけど四年間、自分以外誰も見つからなかった。そんな中でいきなり人が現れたんだし、怖かったってのが一番だった」
「唯は話しててもどこか距離を取ろうとしていた。けど僕だけにはちゃんと目を見て話してくれていたね」
「浩人は…私の話をちゃんと聞いてくれた人だから…。まるで私が望んで出てきたのかって思うくらい、想像してた人物に似てたの…」
「はは…そうだったのか。何か…照れちゃうな」
「だから最初は私の願いから生まれたんじゃないかって思えた。けど他の人は違ったから…まともに話をするのが怖かった」
「僕以外のみんなと距離を置いていたのはそういう事だったのか」
「みんなはどこかで私との距離を取ろうとしていたのに、浩人だけは私を見てくれていた」
長い事人の顔色を窺って生きてきたからなのか、気付けばそういったものに長けていたらしい。
そうしなければ今までやってこれなかったんだ。
それは彼女自身が望んで得たものではなく、生きていく上で必要な事だった。
表面上ではみんなとも仲良さげに見えてはいたけど、内心はずっと怯えていたに違いない。
「これから時間をかけていけば、きっと…他の人たちとも馴染んでいけるようになるよ」
「そう…だといいね」
唯は手を繋いできた。
心なしか震えているように思える。
「やっぱり…怖いかい?」
「うん。浩人こそ…大丈夫?」
「はは…僕もやっぱり怖いよ。けど、唯がいるから頑張れる」
そうだ。
これから僕らは得体の知れないものに飛び込む。
僕は推測だけでああは言ったものの、必ず還れるという確証を得た訳じゃなかった。
けど今はもうなりふり構ってはいられない。
柵を越え池の前に立つ。
覗き込んだ底は真っ黒で何も見えない。
透き通った綺麗な水ではあるが、案外深いようにも思えた。
「じゃあ…行こうか」
「うん。手を…放さないでね」
「もちろんだよ。絶対放さない!そして二人で…還るんだ」
僕らは互いに深呼吸をすると、揃って池へと飛び込んだ。




