四日目-22
「いや!浩人まで…何で!?浩人もどこか…痛いの!?」
「…今のところまだ大丈夫。けど昨日から妙に身体が重たいと感じているし、近いうちにそうなる…と思う」
僕は取り繕う事無く全てを話す。
今の彼女に分かって貰うには、唯自身がこの世界の理屈を知る必要があるからだ。
「僕まで消えたら…君はどうするつもりなんだい?」
「…いや…いや…!」
「また、一人で居る気なのかい?」
「いや…いやっ!!」
「聞いてくれ唯。これは僕の想像だけど、君も近々同じようになる」
「なっ…なんで私まで…」
「多分現実世界の君は今でも病院で入院しているはずだ。今までこうやって何事もなく無事で居られたのは…君が他ならぬ『病院』に居たからだよ」
唯がこれだけ長い間この町に居続けられたのは、病院側で栄養も補給され治療も施されていたからだろう。
だから現実の肉体に異変はまず起こらなかった。
けど今は違う、僕らの世界で何かが起こったんだ。
同じ病院にいるはずの山下さんに救いの手は伸びなかった。
だからこれから唯もどうなるかは僕にも想像が…付かない。
「唯、ここは君が創った『町』なんだ。だから人も居ない、帰ってくるはずもない。…自分だって薄々気付いていたんじゃないのかい?」
「………………」
「認めたくないのは分かるよ。唯にとってここは落ち着ける場所なんだろうね。けど、もう逃げてばかりじゃいられないんだ」
彼女は押し黙ったまま目を伏せた。
「僕らがどうして君の創った世界に迷い込んでしまったかは分からないし、唯だって知らないんだろう。けどね、もう時間はそんなに残ってない」
「…分から…ないよ」
「唯は現実世界…そこで何か辛い事…あったのかい?」
僕は踏み込む。
彼女の聖域に。
僕だけがこの世界から抜け出たとしても意味はないんだ。
彼女も…一緒に行かなくては。
「正直さ、ここで永遠に居られるっていうのなら僕だってそれを望んでいたかもしれない」
「…え?」
「現実に帰っても不安だらけで悩みしかない。これから先の事、将来の事。そして人生の事…岐路ってのに立たされているんだろうね、こういうのさ」
「き…ろ?」
「うん。分岐点、別れ道って意味ね。僕も高校二年生だし、来年は受験やら就職やらで将来を決めなければいけない。けど今の僕にはその答えがまだ見つかっていないんだ。ただただ…不安なだけでさ、時々怖くもなったりする」
「……………」
「迫り来る時間の中で、毎日言い様のない不安だけがしこりになって残る。楽しい事もあるけど、すぐにそれはやってきて僕の心を蝕むんだ」
「わたし…は…」
「逃げる事が間違っているわけじゃない。…けどそれでも向き合って行かなくちゃ、僕をちゃんと見てくれている人に申し訳が立たないと…今では思えるようになった」
「私には…そんな人、誰もいない。私には…誰もいないの!誰も期待なんてしてない…誰も私のことをちゃんと見てなんてくれなかった!!」
「いるよ」
僕は即答した。
彼女にはそれが一瞬の事だったのか、唯は悲しい表情を崩す事なく固まっている。
「僕がいる。今唯の事を…僕は全部知りたいと思ってる。いや、知りたいんだ」
「ひろ…と」
唯は泣いた。
僕の腕にしがみ付き、小さく嗚咽を鳴らしながら。
何故感情が涙になったのかは分からない。
けど僕の想いはちゃんと伝わった…のだと思う。
「大丈夫…僕は唯の事…ちゃんと見てる。ほら、唯の目にだって僕が見えてるだろう?」
「…うん」
「話してくれるかい?この世界に来る…前の話を」
「いつか話す…そう言った。だから…浩人だけには…聞いて欲しい」
「ありがとう」
唯は本当に、本当にゆっくりとだけど話を始めてくれた。
本来は思い出したくない程の辛い記憶なのだろう。
語り始めたそれは、余りにも酷く痛い話だった――。




