四日目-18
「せん…ぱい…」
僕は放心状態となってその場から動く事が出来ないでいた。
これはどういう…事だ?
人一人分、そこだけ削り取られたようにぽっかり空いた、厳重だった『はず』のフェンス。
先輩はその先に落ちていった。崖下に…。
見下ろす『そこ』は雑木林になっている。
ここから見える高いはずの木々は小さかった。
それはとても…とても。
「かっ…う…うわ…ぁぁ…はぁ」
背後から唯の咽び泣く声が聴こえる。
それでようやく僕は振り返る事が出来た。
唯は地べたに座り込み、咳を交えながらアスファルトにたくさんの涙を染みさせている。
「唯…」
「げほっ…げほっ…!」
僕が見えていないと思ってしまうくらい、唯は夢中で咳を繰り返している。
だが…唯は無事だ。
そうだよ、今は…先輩を。
「…唯、ごめん。すぐに戻るから」
声は聴こえていないのかもしれない。
けど僕は唯一人を残し、坂道を下って行った。
崖下に広がる雑木林。
僕はそこに足を踏み入れる。
先輩は…きっと生きてる。無事なはずだ。
絶望とも呼べる時間。
茂みを掻き分け奥へと進んで行く。
そこは昼間だというのに凄まじく薄暗かった。
まるで暗幕でも掛けられているかのよう。
「……………」
僕は足を止めた。
いや、止めざるを得なかった。
それはあの時訪れた…民家と、同じだったから。
「…そん…な…」
目の前に広がる光景。
そこには無限とも言える『闇』だけが支配した空間だった。
何も無い。
無。
暗いはずだ。
あんなものが、ここにもあったのだから。
当然だ。
こんな場所に、僕は来たことがないのだから――。
「…こんな…事って」
僕は力が抜けたように膝から崩れ落ちた。
もう何も見えない。進めない。知る事も出来ない。
彼は…呑まれてしまったのだ。
この『無』が『夢』であってくれ、と、僕は願った。
けれど、無常にもその無は闇となって僕の意識をゆっくりと蝕んでいった。




