四日目-17
「い…いたいっ!」
「泣いてる場合じゃねえんだよ!俺たちがここから出る方法…それだけを教えればいい」
「だからっ…私は知らない…先輩が…何を言っているのか…分からない」
「そうか。お前は…俺たちを追い詰め、殺す為に最後まで道化を演じる気なんだな…?」
俺の中で何かが切れた。
不安と焦燥。
抑え切れない感情がとめどなく全身の血管を駆け巡る。
理性というタガが外れた気がした。
俺は…死にたくない。
空いた右手をゆっくりと厚川の首筋にばす。
「…ぎ…っ!」
「この世界を創ったのがお前なら…お前が消えれば…世界もろとも消え、俺たちは還れる」
迷う必要なんてなかったんだ。
これが一番手っ取り早い。
いつの間にか片方の手も彼女の手首を放し、首に添えられていた。
両手に力が籠められて行く。
それは自分でも信じられない力だ。
この感情が自分の意思なのかさえ分からない。
ただ目の前に居るこいつが…憎い。
こいつさえ居なければ…こいつさえ…。
「ぐ…た……ひろ…と…!」
世界ごと消えてしまえ。
創った張本人が消えれば、俺たちをここに留めて置くことすら叶うまい。
そうすれば…俺は、元の世界に還る事が出来る!
厚川の顔色は青白く染まっていた。
大丈夫、こいつは…人間なんかじゃねえ…。
俺たちを誑かす…ヒトでない『何か』だ。
もうすぐ全部終わる。
これが終われば…全部夢だったと…笑って目覚める事だろう。
あいつにもやっと逢える。
心配かけたなって…笑って答えてやれる。
いつもの日常に戻れるんだ!
「う…あ………ぁ」
まだ声を出す余裕があるのか?
俺は両方の親指を突き立て、喉にも力を加えた。
顎が上がり厚川の顔が天を仰ぐ。
「消えろ…早く消えろよ!!消えちまえっ!!」
「止めてください先輩!!」
背後から浩人の声がした。
追って…来ていたのか…?
「何を…何をやっているんですかあなたはっ!!何をしようとしているんですか!!」
俺は答えない。
振り向けるはずがない。
こんな真っ黒な顔をしている俺が…今更あいつに顔を向ける事なんて出来ようか。
「唯を…唯から手を放してください!冷静になってください…先輩っ!!」
浩人の足音がこちらに向かってきた。
もちろん止める気なんだろう。
俺は…俺は今どんな顔をしている?
僅かな躊躇いが生じた。
その瞬間、腕に籠もっていた力が抜け緩んだ。
刹那――
「…っああああああああッ!!」
悲鳴と共に激しく胸を痛打された感覚。
俺の体は突き飛ばされ、もつれた足はよろよろと行き場を失い、背後にあったであろうフェンスにぶつかった。
だが、すぐにその『感覚』が消え失せる。
「せ…先輩!!」
ふわりと体が浮いた気がした。
この一瞬はまるで本当に夢の中に居るような心地だった。
(ここって崖があった場所だよな…)
気が抜けたからか余りにも自然にそんな事を思い浮かべた。
ガードレールを基点に腰が浮き、俺の体は天秤のような形になった。
けどそれは一瞬の出来事。
今の俺は自分の『足』を見上げている。
重心が上半身に傾いた。ただ、そんな理屈だけが思い浮かぶ。
「せんぱーい!!!」
無意識に手を伸ばす。
だがその手を掴めるはずもなく、俺は小さくなってゆく浩人の姿を、ただただ…見ている事しか出来なかった。




