一日目-3
一体何が起こっているのかどうしても理解出来ない。頭の整理すら付く筈もない。
俺の頭が悪いとかそういったことはない…はず。
誰もいない町。人っ子一人、虫けら一匹存在しなくなってしまった町。
宇宙人による大規模な連れ去りか、はたまた集団蒸発か?
もしくはここはパラレルワールドという名の異世界とでも言うのか。
ともかくこの町で自分は一人だということだ。
東へ西へ――
奔走し駆け巡る。
体力にはそれなりに自信はあった。なにせ陸上部なのだから。
しかし短距離ランナーであるから実は持久力にはそこまで誇れる自信はない…。持ち味は瞬発力だ!
とはいえ引退も間近、全国陸上選手権の予選も控えるが俺の実力ではよくて二回戦突破が限界といったところか。
インターハイに出る程の実力なんてなかった。
もしも出れるほどの実力があったなら、こんな名も知れない私立の高校などに居るはずがなかっただろう。
悔しいがそれが自分の限界だったということだ。
けどまだ終わったわけじゃない、それについては全力で立ち向かって行くつもりだ。
そして大学を目指すために厳しい受験戦争がこの後待ち受けている。
やることだらけで毎日が忙しいと感じる暇すらなかった。
高校生活最後の年。毎日が充実していると自分で感じている。
けれどこればかりはそのどの『忙しさ』とも違ったもの。
何を探し何を見つければゴールなのか。
走る競技にはゴールテープがあるが、今のこの状況にはそんなものはない。
例え自分以外の誰かが居たとしても、その人間が自分と同じ状況・境遇だったとしたら無意味でしかないのだ。
テレビや携帯、ネットやラジオですらも、今の生活に必須な電波がまるで役に立たなくなっている。
それ故に情報が皆無。
それでも俺は探さなくてはならない。
人でもいい、物でもいい。
この現状を理解するために必要なものを…だ。
もちろんそれがゴールテープのようなものなら尚の事好ましい。
悪い夢か悪い冗談ならば笑って済ませることも出来ただろう。
そういったものには寛大な自信がある。
けどどれだけ自分の頬をつねっても、返ってくるのは涙が出る程の痛みだけだった。
おかげで右の頬が赤くなってしまった。今でもまだ痛い。
人の多く見られる施設はあらかた回ってみたが手掛かりすら見つけることは出来なかった。
けれどこの足を止めるわけにはいかない。
俺はこんな気味の悪くなった町で一人ぼっちなんてのは耐えられないからだ。
必ず手掛かりを探し出して、真相を突き止める!
さすがに家族や恋人のさゆりの行方も心配でならないし…安否くらいは確かめなければこちらの身がもたない。
俺はもう一度学校へと戻ることにした。
手掛かりは見つからなかったが、見晴らしのいいこの場所が尤も詮索する拠点に向いていると思ったからだ。
もし町のほうで動きがあればこの場所からなら分かりやすい。
校門をすり抜けグラウンドを見渡しながら横切っていく。
用具なんてものも片付けられたままなのか何も置かれてさえいない。小さな面積ではあるが立派な地平線が見える。
トラックに引かれた白線は踏まれた形跡すらなく綺麗なものだ。
正面から校舎に入る。
しかし、そこで俺はとんでもないものを発見してしまう。
こんな状況になって初めてと言ってもいい、それくらいの『変化』だ。
思わず叫び、そして靴を脱ぐのも忘れ、土足のまま校内へと入った。
「ん…」
どのくらい眠ったのだろうか?視線が定まりきらないけれど、腕時計を見るために腕を上げる。
「痛っ!!」
手の痛みを忘れていたためか激痛で思わず声を上げてしまった。
痛みを緩和するために擦る。
そんなことをせずともここは学校の教室。黒板の上を見れば時計があったじゃないか。
僕は時間を見る。
針は十二時二十分を指していた。
「二時間くらいか…眠っていたのは」
天井を見あげほっと溜め息を吐く。
いや、そんなことはどうでもいいんだ。
僕はおかしな事に気付いて真正面を見据えた。
「何だ…音…音が聴こえる」
床下から微かに振動と共に僅かな音が響いているのだ。
僕は床に寝そべると、そっと耳を傾けた。
「まさかこれ、足音?」
どたどたと駆け回るような音。
家の中で子供が走り回っていると聞こえるアレ。
近所でそういった子供が居ると離れていても結構聞こえたりするものだ。
いや、そんなことは問題じゃない!誰かが下…一階に居るかもしれないということなのだ。
僕はすぐさま立ち上がった。
「誰かが…誰かがこの学校に居る!僕の他に人が!!」
扉を乱暴に開け放った音まで聞こえた。
これは間違いない。
確信したかのように僕は教室を飛び出した。
「一階…一階だ!そこに人が!」
もう無我夢中だった。
手の痛みも忘れ階段の手擦りを力強く掴んだまま、勢い良く滑り降りる。
一段一段悠長に踏んでなんていられるか、こんなもの段飛ばしでいい!
廊下は走るな?知った事か、こんな一大事に規則なんて糞食らえだ!
折り返し地点、手擦りを軸にして体を遠心力だけで百八十度折り返す。
自分でも驚くくらい器用だ。
僕はそこから一気にジャンプして飛び降りた。
両足がジーンと痺れ、それが膝まで達する程の衝撃。
けれど僕の目はすぐに教室側へと向いていた。
すぐに駆け出し廊下側へと出ようとする。
「うわっ!!」
突然何かにぶつかったのか僕は跳ね飛ばされた。
咄嗟のことで受け身も取れず激しく頭を打ち付ける。
「う…つぅ…」
まるで頭の中で鐘が鳴っているようだった。
痺れたようなジーンという音が脳に響き、痛みのあまり頭を抱える。
「ばっかやろう!どこのどい…あーーーーっ!!!」
罵声が飛んできたかと思えば、けたたましい叫び声が廊下に響き渡った。
痛みのせいで目が開けない。
けれどそれは間違いなく人の声だったのだ。
「おま…おま!!」
「うう…つぅ…頭が痛い」
「おい、大丈夫か!?今の衝撃で頭打ったのか!」
僕の様子を見て心配してくれたのか、その声の人物は背中を抱えて起き上がらせてくれた。
その頃になってようやく目を開くことが出来た。
「あ…ああ…人…人だ!僕以外の人が居た!!」
「それはこっちのセリフだ!うお!」
僕は何故こんなことをしてしまったのか分からない。
けれどどうしても嬉しさを抑え切れなくて、その人に抱きついてしまった。
それが見知らぬ男の人だというのにいきなりのハグ。
「そりゃそうだよな。正直男に抱かれても嬉しくはないが、今は…今だけは許そう!」
「あ…その、すいません。僕嬉しくて嬉しくて…」
「いや、いいさ。その気持ちは表現の仕方こそ違うが俺だって同じかそれ以上なんだ」
僕はそそくさと体を放し、恥ずかしさのあまり頭を掻いた。
顔を見れば同じ制服を着ている。
けれどネクタイの色が違っていた。これは三年生の印であるグリーンだ。
一つ上の先輩…ということなのだろう。
先輩は目線に気付いたのか嬉しそうな顔を隠そうともせず笑った。
「ああ、俺はせのうえ…瀬上仁だ。この学校の三年。お前は二年だな」
「は…はい、僕は柏木浩人って言います。瀬上…先輩、よろしくお願いします!」
「はははっ!何を言ってるんだ。なかなか面白いやつだな」
なんだかよくわからないけれど、瀬上先輩は笑っていた。
緊張して何か変な事でも言ってしまったのだろうか?
いや、そんなことは問題じゃない。
こうしてようやく人に会うことが出来たんだ。まずは色々聞かなければならないことがある。
「あの…先輩!」
「分かってる。お互い聞かなきゃならないことが山ほどあるし、話さなきゃならないことだらけだもんな。けどこんな場所では落ち着かないし場所を変えないか?」
言われて気付く。
無人とはいえ確かにこんな廊下で話すことでもない。
先輩は立ち上がるなり笑みを零すと、手招きをして歩き出した。
「あ、はい!」
僕は言われるがまま背後に付いて行く。
どこに向かうのかと思ったら職員室だった。
「何故職員室?」
「ん?ああ、ここだと飲み物があるからな。教職用のインスタントコーヒーだとか」
「ああ!なるほど」
「どうせ俺たち以外居ないようなものだし、勝手に飲んだって構わないだろ?」
「確かにそうですね。そういえば僕喉カラカラだった…」
「ははは、そりゃ良かったな。待っててくれ今淹れる」
先輩は後輩であろう僕のことなど構わず自分で淹れに行こうとする。
「あ、僕がやりますよ!」
「お前はさっき頭を打ったんだろ?いいから適当に座っててくれ。こんなことくらい気にしなくていい」
「あ…すみません」
この瀬上先輩という人は優しい人なのかもしれない。
普通先輩というのは後輩をコキ使うものだと思っていたのに、その気遣いが嬉しくて僕は言われるがまま一番近い席に着いた。




