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三日目-13


僕は周囲を見渡した。

部屋の中は物が少なく寂しい雰囲気だ。

けどそれは別におかしな事はない。

家具の類なんかは僕が知るはずもないし、そんな引っ掛けのような事をこの人は言ったりしないだろう。

山下さんは所見な僕にも分かる何かがある、と言いたいのだ。

床の畳も天井を見上げて見ても特におかしな部分はない。

山下さんが寝ている布団にも、壁際の窓にも怪しいものもない。


「…分かりません」


「すまなかったの、回りくどすぎたようじゃ」


山下さんは寝たまま畳のへこんだ部分を指で拭って見せた。


「え?」


「埃がないんじゃよ。綺麗じゃろ?この部屋」


「そうか!」


「誰かが掃除をしてくれるはずもない。けど家の中は綺麗なままじゃった。三年の月日じゃぞ?家も放置していながら傷んだ様子もない。これが不思議な事の一つじゃ」


「なるほど…確かにこれもおかしな話ですね」


僕はこの家を見てきたわけじゃないから確かな事は言えないけれど、本人の山下さんが言っているのだから間違いはないだろう。

それに約三年間も手入れせずに放置された家。

この部屋だってとても放置されていたとは思えないくらい綺麗なのだ。


「町の人間が消える前に私の家を綺麗にしていってくれた。…なんて話なら美談にはなるのかもしれないがの」


山下さんは冗談半分で笑った。

けど考えてみれば、細かい部分なんかはおかしなところが幾つもある。

それはただ気付いていなかっただけなのかもしれないけど、気付いてみてからも明らかにおかしいのだ。

何かが狂っている。

それはこの町か?いや…この世界が?


「山下さんは…怖くないんですか?正直なところ、この状況が…」


山下さんは天井を見上げたまま、独り言のように呟いた。


「私は怖いと思った事はないのぅ…。むしろ感謝しかしておらんわい」


「…感謝?」


「そうじゃよ。動かなかった足が動く。愛しの妻の眠る先に自分の足で向かえた。そして今はこうして、家内と暮らしたこの家にも帰ってこれた。感謝こそすれ怖いなどと思った事はないの」


本当に晴れやかな顔で山下さんはそう言った。


「これがもし夢だったとしても、私は構わないの…。叶わないと思っていた現実が今ここに存在しておるんじゃ…」


「そう…ですか」


「一生あそこのベッドで寝たまま生涯を終える。あの病院に居た私はそんな暗い思想しか出来なかったからの」


「山下さん…」


「それにの、君らのような知り合いも出来た。こんな事が起こらなければ出会うこともなかっただろう」


「……………」


「身内のおらん私には、みんな大事な家族のような存在じゃよ」


「その…ありがとうございます」


「礼を言うのはこちらのほうじゃて。本当に今のこの状況…君らにとっては不謹慎かもしれないが、感謝しているんじゃ」


世の中には色々な考えがあって、そして人が居る。

僕はこの状況が好ましくないとずっと考えてきた。

けど山下さんは逆だったのだ。

この現状を拒否する者、その逆で望む者。

どちらが正しいのだろうか?


「けれど君は戻したいのじゃろう?人が溢れ、活気があるいつもの日常を」


「…はい」


「そうじゃな、君らはまだ若い。やりたい事も叶えたい夢もある。人生が一番楽しい時期じゃ」


「はい」


「私からも一つ聞いていいかの?」


「えっ!?はい、いいですけど…」


まさかの山下さんからの質問。

少しばかり僕は構えてしまう。


「君は唯ちゃんの事、どう思ってるんじゃ?」


「え…唯ですか!?何でそんな事を…」


「はっはっはっ!野暮な事を聞いとるのは重々承知よ。君は気付いとらん…いや、気付いてないフリをしてるだけかもしれんがの」


「何の…事です?」


「あの子は君にだけ特別な感情を抱いとる。それがどんな感情かは私にも分かりかねるが、端から見ていて私には分かるんじゃよ。あの子は…大事にしてやるんじゃぞ」


「そ…分かってます」


「お節介ですまぬの。ただ、君のような子は肝心なところで臆病風に吹かれそうじゃからの。はっはっはっ!」


「からかわないでくださいよー!」


山下さんはここだけ爽快に笑い飛ばしていた。

重苦しい雰囲気を吹き飛ばしてくれるかのように…。


「さて、そろそろ戻らなくても平気かの?」


「えっ?」


「仁君のことじゃよ。君の事だから彼の事も面倒を見る気じゃろう」


「はい、先輩も大事な人ですから当然です」


「素直な事は良い事じゃ。その言葉、いつかちゃんと唯ちゃんにも言ってあげるんじゃぞ」


「わ…分かってます」


「唯ちゃんの話になるとてんで駄目じゃのぅ君は。晩熟過ぎると釣れかかった魚が逃げてしまうぞい」


「もおお!唯の話はやめてくださいよー!」


「はっはっはっ!じゃあそろそろ行ってあげなさい。彼一人、あの場で沈ませておくのは可哀想じゃろう」


「そうですね。山下さん、今日はその…ありがとうございました」


「それは私が言う台詞じゃと言うのに」


「体…くれぐれも気を付けてください」


「ああ」


僕はそう言い残して腰を上げた。

顔色は変えないが額に若干汗が浮かんでいる。

痛みを誤魔化しているようにも感じたし、これ以上長居するのも悪い。


「ああ、そうだ浩人君」


「はい?」


「…何があっても、負けてはならんぞ。強くいきなさい」


「分かりました。ではこれで」


僕は部屋を出て襖を閉めた。

山下さん、最後はどういう意味だったんだろう?

迷っている僕に気付いて励ましてくれた…のかな。

そうだ、負けてなんかいられない。

僕は取り戻すんだ。みんなを…。

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