三日目-7
自転車に乗り込んだ僕はすぐに辺りを捜索し始めた。
山下さんは徒歩だ。もし出歩いているのならそんなに遠くに行ってはいない。
昨日墓参りに行ったと言っていた。けれど場所は正確には聞いていないけど山奥とのこと。
まさか二日続けて行っている可能性は低いけど、山奥だと言うのなら武治の家方面ということになる。
この辺りで『山』はあそこしかない。
墓地があの辺りにあるというのは知らなかったけど、道なりに行けば絶対見つかるはず。
向かっているのなら道中で出会える可能性は高い。
僕は山道へと続く道を駆け抜けた。
「早く…早く見つけないと」
ついさっき考えていたことだ。
こんな事になるのならみんなの自宅の場所を聞いておくべきだったと後悔した。
後悔後先に立たず。こんなことわざ、誰が作ったんだよ。
不吉でしかない言葉。
僕はそれを振り払う。
「山下さん…お願いですから見つかってください」
俺は自転車を限界の力で漕いでいる。
乳酸が足に溜まり、今それを開放してやればどんなに気持ちが良い事だろう。
けどこんなもの苦しい陸上競技で何度も耐え抜いてきたじゃないか。
今は人の命が懸かっている。
俺の足がその役に立てるというのなら、意地でも走りきってみせる。
背中に感じる軽い重み。
今その子は必死で戦っているんだ。
そんな子供を見殺しになんて俺には到底出来ない。
自分の背中からは走りながらだが、しっかりと呼吸をしているという起伏が感じ取れている。
頑張れ、まみこちゃん。絶対、絶対に助けてやるからな!
交差点を曲がると山下さんが入院していた総合病院が見えてきた。
入り口付近に到達すると、自転車を投げるように捨てて飛び降りる。
まみこちゃんを背中から下ろし、抱くようにして病院内に駆け込んだ。
「どこだ…どこにある」
探すべきは人工呼吸器。
呼吸不全な患者に良く使われている、尤も一般的で目にする機会も多い医療器具。
実際に使ったことや見たことがないが、テレビやドラマなんかでもそういったシーンは多くあり、無知な人間でも知っているものだろう。
呼吸器の本体は大きいはず。
管とマスク以外見られる機会は少ないが、どんな形状をしているかくらい俺にだって分かる。
ただ問題はそれがどこにあるのか、だ。
まみこちゃんの病状は分からないが、少なくとも呼吸器さえあれば最悪の事態は回避出来るものだと信じている。
俺は診察室や検査室などの扉を手当たり次第に開けて探した。
だが見つからない。
「ちっ…どうなってんだ!何でこの病院、機材が全然ないんだよ!本当に総合病院なのか!?」
類似した機材がどうとかいう話じゃない。機械自体が置いてないのだ。
病院、ましてやこの町一番の総合病院だというのにおかしな話だ。
空っぽの部屋さえある。手術室にも手術台すらなかったりと、意味が分からない。
俺の焦りは増すばかりだ。
まみこちゃんはまだかろうじて息をしているものの、徐々にそれは弱々しいものに変わっている。
時間がない。顔色も見るだけで限界だというのが分かってしまう。
「どこだよ…どこにあるんだよ呼吸器!」
見つからない機材。
俺は病室まで足を伸ばす。
入院中の患者が使っていた可能性も高いからだ。
だが開ける部屋開ける部屋ベッドしか置いてない。
「まみこちゃん…頑張れ…頑張れよ!」
小さいがまだ呼吸はしている。
大部屋じゃ意味がない。
個室だ!
酸素マスクを付けなければならないほどの患者なら相部屋にいるはずなんてない。
何でこんなことに気付かないんだ、俺の馬鹿野郎!
俺はすぐに三階へと走った。
「…俺たちは無知だ。そして一番恐れていた事が…こうやって浮き彫りになっちまった」
病気をしたとき、俺たちはそれを治す手立ても知らない。そして症状も薬も正確には把握出来ない。
俺たちは医者ではないんだ。ただの一般的なそれも高校生。
それが風邪程度なら問題はない。けど今回のような病状を把握出来ない事態が起きてしまったら、俺たちのような無知な人間はどうすることも出来ない。
病院という人を救うための施設に居ながら、何も出来ないんだ!
「表札が1つ…このフロアか」
個室が集まるフロア。プレートには名前が記されていないが関係ない。一つ一つ見ていくだけだ。
まみこちゃんを抱えたままドアをいちいち捻って開けるのも時間の無駄だ。
強烈な蹴りでドアをぶち破って行く。
「ない…ここもない!」
一向に見つからない医療器具。
この場所にはあって当たり前の機材。
それがどうしても見つからない!
「ふざけてんのかよ!ここは病院だろ!?何で置いてねーんだよっ!ベッドすら置いてない個室とか、意味あんのかよ!!」
まるで持ち出されてしまったのかと疑ってしまうほど、病院内には物が少なかった。
けれど諦めるわけには行かない。
この子は折角見つかった大切な仲間だ。
両親にだってまだ会えてない。
それが叶う前に死なせるわけには行くもんか!
けれど、俺は足を止めた。
見つけるまでは絶対にこの足だけは止めるものかと誓ったはずだったのに。
それでも俺は自分の意思で足を止めてしまったんだ。
静まり返る病院内の廊下。
自分の荒い息遣いだけがその空間を支配していた。
「はあ…はぁ…」
そう、自分の息遣いだけしか『聴こえない』のだ。
「…はぁ、…はぁ」
俺はゆっくりと視線を下ろした。
その小さな命はもう息をしていなかった。
ぐったりと脱力し、ただの抜け殻のように自分の体に寄りかかっているだけだ…。
「う…うわああああああああああああ!!」
俺は一番近いベッドのある病室に駆け込む。
そしてまみこちゃんを寝かせた。
「ふ…ふざけるなよ…み…認めねえ…俺は認めねえぞ!!」
考えろ、考えるんだ!
動かなくなった小さな体。
それを再び再生するには…。
「AED!そうだあれだ!」
自動体外式除細動器。
今は多くの施設に置いてあるであろう心臓にショックを与えて蘇生するための装置。
最近では学校でさえ設置が義務付けてられているもの。
勿論病院なのだから当然置いてないわけがない。
そしてそれは一階の待ち受け室で見かけた。
「…まだだ!まだ望みはある!!」
俺はすぐに廊下へと飛び出した。
諦めたらそこで終わる…そうだよな!?浩人!




