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二日目-4




僕らは駅前から少し離れた公園に居た。

すぐに町を離れる気にもなれなくて、僕らは近場にあったここで休む事にしたんだ。

ベンチに腰を下ろし、遊具で遊ぶまみこちゃんの姿を二人して眺めている。


「しかし浩人は凄いよな」


「えっ、何がです?」


「お前はあの人のことですら分かろうとしてた。俺にはあの人の考えてたことなんてこれっぽっちも理解出来なかったよ」


「いえ、僕だってそれは同じですよ。けど水仙寺さんは水仙寺さんでちゃんと自分の考えってものを持っていたし、あの人の言ってる事だって間違いじゃないって思えたんです」


「そうやって自分が否定している人の気持ちでも理解しようとする。俺にはとてもじゃないけど真似は出来ないさ」


「そんな事言ったら先輩のほうが凄いですよ!」


「俺が…かぁ?」


「だって思ってる事…考えてる事がちゃんと口に出せるんですから。僕にはそういった事が出来ないですし…」


「ははっ。それは俺がまだ子供なだけなのかもしれんな。あの人にも言われた気がするけどさ」


「そんな事ないですって!先輩は立派ですよ!」


「そんなに持ち上げるなって。けど、やっぱ色んな人が居るもんだな。正直あんな事考えてる人が居たなんて想像すらしなかったよ」


「ですね。こんな状況だし、一人で居たら不安になるのが当たり前だって決め付けてました」


水仙寺さんは強い人だった。それも女性でありながら。

身勝手で頑固な人ってのが出会ってすぐの印象だったけど、話をする内にそれだけで片付けることは出来なかった。


「けどさ、あの人。本当の一人になるってことがどれだけ危険なことなのか、それが分かってなかった気がした。だから俺はそれが許せなかったんだ」


「というと…?」


「お前は食べ物の話をしたけど、実際それだけじゃない。病気になったら…どこかで迷ってしまったら。仲間が居なかったらどうにか出来るとでも思うか?」


「あ…」


「俺は一人暮らししてるんだが、病気のとき本気で辛いぞ。下手をすりゃ死んじまうことだってあるかもしれん」


「今のこの状況、医者だって居ないし確かにそれは問題かも…」


「仲間が居れば助けも呼べる。俺の場合はその…いつも彼女がなんとかしてれくれたからな。そういうとき人の助けって本気で嬉しいし助かるものなんだ」


「やっぱり…先輩って優しいですね。結局あんな事言われてても水仙寺さんの身の上を案じていたんですし」


「馬鹿!違うっての!あんな人の事俺は知らん。ただ俺の言い分を身勝手だの自分を棚に上げて、どっちが子供なんだよって」


不貞腐れた顔をしているけど、やっぱり先輩は凄い人だ。

そこまで考えていたなんて僕も分からなかった。


「こんな状況だってのに助け合わなくちゃ駄目だってのに…まったく自分勝手すぎる人だったよ」


「ははは…確かにそうですよね。折角会えたってのに…今頃はもう町の外なんだろうなぁ」


険悪なまま別れなかっただけ良かったと、僕は仲間に加えられなかった残念な気持ちを抑えて喜ぶことにした。


「けどあの人、最後は凄く優しい感じでしたよ。吹っ切れた人ってあんな顔するんですね」


「…ま、人に迷惑掛けるわけでもないだろうし、好きにやってくれればいいさ」


先輩は僕の顔を見ず、こちらを見ているまみこちゃんに手を振り返した。


「そろそろお昼ですね。僕らも何か食べましょうか?」


「そうだな。俺も腹減ってきたよ」


僕は顔を上げたままベンチから腰を上げた。


「…!」


「お…おい浩人?」


「だ、大丈夫です!」


一瞬よろめいた僕に先輩は不安そうな顔を覘かせた。

なんだろうこれ、目眩?

いや、頭というか意識もハッキリしているのが分かるし、体にもおかしな感じはなかったはずなんだけど…。


「えっ…!」


顔を上げた僕は思わず声を張り上げてしまった。

血の気が引き、体中に鳥肌が立つのが自分でもよく分かる。


「先輩!あ…あれ…」


僕は震えた右手でそれを指し示す。

左手は無意識ながらに何度も目を擦っていた。


「どうしたって言うんだ…って!」


「先輩も…見えます!?どう…なってるんだこれ」


僕らは視た。

その異様な光景を。

公園が…いや、公園を取り巻く全ての景色が歪んでいる。

ゆらゆらと、まるで蜃気楼のように。


「おい、何だよコレ。目の錯覚…って訳じゃなさそうだな」


「おかしい…変ですよこれ。何で…何で景色が歪んでいるんだ…」


それは公園だけではない。

建ち並ぶ全ての建物が揺らめいているのだ。

何度目を擦ってもそれは止まる事がない。先輩が言ったように錯覚ではないのだ。

消えようでまた現れ、そしてまた消えかける。

不気味な光景だ。

頭を下げれば自分が立っている地面すら揺れているようにも見える。

危険だ。本能がそう告げているような気がした。

まゆこちゃんは特に気にした様子もなく、砂場で何かを作っている。


「まみこちゃんは…この異変に気付いていないのか?」


「浩人…こいつは何か嫌な予感がする。出よう、この町を!」


「わ…分かりました!急ぎましょう!」


先輩はまみこちゃんの元に走ると、その体を抱き抱える。


「お兄…ちゃん?慌ててどうしたの?」


「ゴメンね。急ぎで悪いんだけど、俺たちの町に帰ろう!」


同意を聞くまでもなく、先輩はまみこちゃんを後部座席に座らせた。

この子は気付いて…ない?

僕はもう自転車に跨っている。

今見える風景にまだ変化はない。揺らめいたままだ。

怖い。

何が起こっているのか…そんな事を考える余地すらない。


「浩人!走るぞ!まみこちゃん、しっかり掴まっててくれよ!」


「う…うん」


「行きましょう先輩!」


僕らは大急ぎで町を離れるために自転車を漕ぎ出した。

自転車に乗っている揺れ、しかしそれとは明らかに違うものが未だに見えている。

僕らは渡ってきた橋を目指す。

景色を眺めていると気分が悪くなりそうだった。

3D酔いとでも言うのだろうか。それに似た吐き気を覚えそうだった。


「あれ…?ここ…さっき空き地だったっけ?」


周囲に気を配る余裕なんてなかったはずなのに、その余りの違和感に思わず言葉が漏れる。


「どうした浩人!何かあったのか!」


「いえ!何でもないです!」


背後から先輩の声。

僕はそう答えてすぐにペダルを漕ぐ作業に集中した。

移り変わっていく景色。

もう眺めている余裕はない。僕はそれを見ないようにした。


何がどうなっているのだとか理屈なんてどうでもいい。

この後どうなるだとかそんな事は知らない。

けど、頭の中で警笛が鳴っているのが僕たちには分かった。

無心で走る。僕たちの町へ帰るために。


やがて橋に差し掛かる。

その手前で僕らは一旦自転車を止めた。


「もう…大丈夫みたいですね」


「ああ。しかし…これは一体…」


僕らは振り返って町の様子を改めて見た。

その姿はさっきまでよりは酷くないけれど、まだ揺らめいている。

けど橋周辺はもう大丈夫と言わんばかりに変わりない。ここはもう平常だ。


「映画の…スクリーンの中に居るような感覚でした」


「的を得ているような表現だな。確かにそんな言葉が当て嵌まった感じだよ」


「けどどうやら僕らの町は無事のようですね。…良かった」


僕は振り返って自分の町の様子を見た。

そこには来る前となんら変わりのない情景がそこにある。


「気味が悪いな…あの日を境にどんどんおかしな事が起こりやがる…」


「……………」


本当に恐ろしい体験だった。

どうしてあんな事になったのか説明なんてしようがないけれど、あのままあの場に居残っていたら、僕らはきっとどうにかなっていたに違いない。

その『どうかなっていた』部分は分からないけど、今はあの場の判断で町を離れて正解だったと思っている。


「先輩、戻りましょう。正直もうあの町には行きたくない…」


「俺もだ。他のみんなにも今日あったことは伝えておこう。この町には近寄るな…ってな」


僕らは隣町を背に再び自転車を漕ぎ出した。

まゆこちゃんには悪いけど、当分この町には近付きたくない…。

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