二日目-3
僕はすぐにスーパーへと向かった。
駅前から数分、急ぐ必要もないくらい近くにそれはあった。
僕はすぐに建物に入る。
あまり大きい店舗じゃないけど、色んな食材が置いてある。
コンビニとは違ってさすがに種類が多い。
僕はカレーのレトルトコーナーに行き、ちゃんと甘口を手に取る。
最近は米とセットになったレトルトカレーも作られているので凄く便利だ。
レンジで温める手軽なものだけど、味は全然問題ないはず。
運良く惣菜の弁当コーナーにレンジが置いてあったので温める。
その間僕は飲み物を何本か調達した後、すぐに二人の元に戻った。
温めたカレーと飲み物を自転車の籠に入れ、いざ発進!
と――
「車の…エンジン音?」
背後で自動車らしきエンジン音が聞こえた。
三日ぶりくらいの音。
こちらに向けて走ってくるのかと思いきや、どこかで停止したようだ。
エンジンを切った様子もなく、稼動音は未だに聞こえる。
「先輩に知らせないと…!」
僕は急いで駅前へと戻った。
「先輩!」
「お、戻ったのか。随分早いな」
僕は先輩たちが座るベンチの前まで走り、そこで急ターン。
砂煙でも巻き上がるんじゃないかと思えるほどの華麗さだった。
「どうしたんだ?何かあったのか、その顔…」
「今あっちで車のエンジン音が聞こえたんです!あっちにもまだ人が居るみたいですよ!」
「何だって!?」
「今どこかで停車しているみたいです。急いで行けばまだ間に合うかも」
「…行くしかないな。まみこちゃんスマン、カレーは向こうで食べよう」
「うん?どこかにいくの?」
きょとんと呆けるまみこちゃん。
先輩はその小さな体を持ち上げると自分の自転車の後部座席に座らせた。
「ちょっと急がなきゃならなくてな。しっかり掴まってるんだぞ」
「うん、わかった」
「よし浩人、案内してくれ」
「分かりました。付いて来てください!」
僕らは急いで自動車が停車したと思われる場所へ向かった。
さっきのスーパーに戻るとまだエンジン音は消えてはいなかった。
間違いなく近くに人がいる。
僕らは音を頼りに自転車を走らせた。
そしてそれはすぐに見つかる。
赤い高級そうなスポーツカーが道端に止まっていた。
エンジンは切っていないので、マフラーが力強く揺れている。
その車はオープンカー。助手席にたくさんの荷物が置いてあったけど、肝心の人は運転席に乗っていなかった。
「浩人、あそこだ」
先輩が指差したところにその人は居た。
店の中で何かを物色している女性の姿がある。
衣服も豪華で高価なアクセサリーで身を固めている。その姿はまるでセレブのようだ。
「ジュエリーショップ?」
「出てくるようだぞ、行ってみよう。まみこちゃんはここで待っていてくれ」
「うん」
「あ、これカレーと飲み物。ゴメンね、先に食べてていいから」
僕はまみこちゃんにカレーを渡し、車の持ち主に駆け寄った。
「あの!」
女性は僕らに気付くと驚いたというよりも何故だか邪険にした表情になった。
ただそれは一瞬のことだったけれど。
「あら、まだ他に人が居たのね」
「えっと…」
あまりにも素っ気ない返事。
僕は何を言えばいいのか忘れてしまう。
「あんたはこの町の人?」
「そうよ。何か問題でもある?」
僕の様子に気付いたのかすぐさま先輩が続いた。
いつもの先輩らしい柔らかい表情じゃなく、女性に釣られたように険しい顔つき。
「俺たちは他に人が居ないかずっと捜していた。けどあんたはこんな状況になっても何も動じてないんだな」
「動じる?そんな必要ないでしょ」
女性は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに笑った。
どこか嘲笑気味にも見える。
妙に落ち着いているし僕らがおかしいとでも思っているかのよう。
「えっと…自己紹介が遅れました。僕は柏木浩人。こっちは瀬上仁先輩です。失礼ですけどあなたは…」
「ふ~ん、まあ名乗るくらいはいいか。アタシは水仙寺晴香。どう、これでいい?」
「え、は…はい」
どうにもペースが掴めない。大人の余裕ってわけじゃないけど、本当に僕らに興味がないかのような受け答え。
「水仙寺さんか。あんた、何をしていたんだ?」
「見て分からない?宝石頂いてたのよ」
水仙寺さんは持っていた紙袋をこれ見よがしに掲げて見せた。
きっとその中に詰まっているのだろう。見た目よりも重そうだ。
見ればその指にも幾つか宝石がはめ込まれている。
「なるほど、火事場泥棒ってわけですか」
「人聞きが悪い子ね。誰も居なくなって放置されてるんだから構わないでしょ?」
「まあそれは俺としても同じようなものだし、別に責めるつもりはないですよ」
「あらそう?そんなことを聞くからさぞかし立派な正義感持ってると思ってたけど、意外だったわよ」
「そりゃどうも。俺らだって食べるものがなきゃどうにもならないし、それをとやかく言う気もないです。ただ俺が気になったのは何であんた今こんなことしてるのかってことですよ」
先輩の言いたいことは分かった。
水仙寺さんの行動は意味のないもの。
人ではなく無意味、無価値に等しい物を求めているから。
この人は危機感を感じていないんだ。
「何で?何でってアタシが欲しいからしてるに決まってるじゃない。それ以外に何があるっていうの?」
「何が…って!あんたこの状況分かってて言ってるのか?」
「ええ、分かってるわよ?町の人間が突然居なくなった。ただそれだけ。正直アタシ一人しか居ないと思ってたけど、あんたたちみたいにまだ複数人存在していた事。そこは少し驚いているわ」
「俺たちはこの町の人間じゃない。隣町の人間だ。他に人が居ないのか捜してここまで来たんだ」
「あら、そゆこと。頑張っているのね」
かわしているのでもない、単純に話に興味がない。
水仙寺さんの口調からはそんな意図が読み取れた。
「あんたはそんなことして満足なのか?他に人が…人間が居なくなって寂しくなったり心配したりはしないのか?」
「満足してるに決まってるじゃないの。あなたたちこそこの状況…夢みたいだとは思わないの?」
水仙寺さんは仁王立ちのようなポーズで僕らに向き直った。
自分の主張は間違っていない。そんなことを分からせるためか胸を張る。
「何でも欲しいものがただで手に入る。全部自分の物にしてもいいのよ?欲しかったけど諦めてたあれもこれも…好きなだけ手に入れられる」
「…確かにそうかもしれない。けどそんな物は無意味だ」
「無意味?あんたたちにはそうかもしれないわね。けどアタシにとっては全部大切なものよ」
「金だってもう今では何の役にも立たない。そんな物だって何にも意味はない。今一番必要なのは生きていくためにどうしたらいいか…じゃないのか?」
「はぁ…青臭いわねぇ。アタシにとって他人なんてすでにどうでもいいのよ。あの糞社長や課長、あいつら散々アタシを扱き使うわ馬鹿にするわ…居なくなって清々よ!給料だって安いのなんのって!」
彼女の表情は憎しみに変わる。
本心からそう思って口にしているようだった。
「あんな腐りきって息苦しい世の中、今では何だったのかって思うわ。けど今は違う。アタシが望むものが手に入って誰にも文句は言われない状況。これのどこに不満を感じればいいわけ?アタシだけの世界になった今ね」
「水仙寺さん、あんた…」
「アタシは欲しいものを好きなだけ手に入れて好きなように生きる。そう決めたの。他の人間が戻ってこようがこまいがもう関係はないわ」
先輩は何か言いたげだったけど、必死で堪えているようだ。
僕だって言い返したい。けどこの人には何を言っても無駄なような気がした。
「ただ男が居ないってのは…少し寂しいかもね」
そう言うと彼女は目を細めて先輩に近づく。
「あなたが良いならアタシ付き合ってあげてもいいわよ?」
「遠慮します。俺には彼女居るんで」
「あら即答。残念ね。けどその彼女ってのも消えちゃったんじゃないの?」
先輩は必死で耐えている。
水仙寺さんにそれが伝わっているのかは分からないけど、彼女は態度も様子も変わらない。
「…絶対無事で居る。俺は諦めませんよ、あんたとは違う」
「居なくなった人間のこと考えるよりも、今の現実を見たほうが良いと思うけどねぇ。ま、無理強いしちゃ駄目よね」
どんな意図が含まれているのか僕には分からなかったけど、水仙寺さんはウインクをしたあと先輩に背を向けた。
「人生もっと気楽に好きなように生きるのも悪くはないわよ。こんな状況だからこそ、言えることだけれどね」
「それには反論しません。けどあなたこそ、もっと現実見たほうがいいかもしれませんね」
先輩は敵意を露にしている。
怒る気持ちは分からなくもない。けれど、水仙寺さんの言い分だって間違ってはいないのかもしれない。
「あんたたちは若いし社会の厳しさってもの味わったことないから言えるのよ。大人になるとね、本当に辛いことだらけの日々よ」
「……………」
先輩は口を開かない。
僕だってこれに関しては口なんて挟めるわけがない。
だって僕らはまだ子供なのだから。
「アタシはね、現実を見たから今こうしているの。人が消えた現実から目を背けて正論掲げているうちは、まだまだ子供よ」
「く…」
「アタシは目を背けないわよ?これを現実として受け止めているから好きなことをしているの。悪いこととはこれっぽっちも思っていない。現実を見てない…見ようとしてないのはどっちかしらね?」
「けどっ!あなた自身は寂しくないのか!?そんな生き方で…きっと後悔する」
「ふっ…後悔なんてもうすでにたくさんしてるわよ。数え切れないくらいにね。だからもう悔いのないように生きるだけ」
なんだろう。僕は急に水仙寺さんのことを嫌悪する気になれなくなった。
確かに僕らからしてみたら間違ったことをしているようにも見えるかもしれない。
けど水仙寺さんだってちゃんと考えてはいるんだ。
後悔したくないから自分の思ったように動く。
やっていることはともかく、それって人としては間違ってないんだと思う。
僕はまだ突っかかろうとしている先輩の肩に手を置いた。
「もうやめましょう先輩」
「浩人…」
「水仙寺さん、すみません。いきなり僕らが失礼なこと言って」
「あら、そっちの子は随分物分りが良い子だったのね。関心したわ」
「浩人!お前…」
「先輩、一度落ち着きましょう。僕らが何をどう言い合ったところで何にもなりませんよ。それこそ『無駄』なことです」
「く…!」
僕の言いたかった意味を汲んでくれたのか、先輩は俯いて口を閉ざした。
けど握った拳には力がこもったままだ。
「けど水仙寺さん、あなたはこれからどうするつもりなんですか?このままってわけにも行かないでしょう」
「そうね。けどアタシはアタシの思ったように動くだけ。先のことまで考えてはいられないわ」
「本当に無鉄砲なんだな」
「先輩!」
「ふふふ、別に気にしてないからいいわよ」
水仙寺さんは気を良くしてくれたのか、もう邪険に扱うような態度ではなかった。
どこか吹っ切れたような感じがする。
性根は悪戯好きな人なんだろうか?そんなことを思わせるような無邪気な表情をしていた。
「けど本気でどうする気です?先のことが考えられないとは言っても、さすがにそれだけでは無謀でしょう」
「そうね、実は私他の町に行ってみようと思ってるの」
「えっ?」
「こんな田舎町じゃ大したものはないし、どうせなら都会まで行ってみたほうが楽しそうじゃない」
「都会って…」
僕はちらりと視線を移す。
そこにあるのはスポーツカー。
そうだ、水仙寺さんは車が使える。遠くにだって行くことも不可能じゃないんだ。
「他の町がどうなってるかは知らないけど、こんな何もない町で燻ってるよりかはマシだろうからね。良い就職口とお金さえあったら、こんなことろに居なかったし」
「水仙寺さんは、この町を…離れる気ってことですか。でも、ここって故郷とかなんじゃ」
「確かにここは私の生まれ育った町。けどもう両親も居ないし恋人だって居やしない。今更思い残すこともないし、離れるには絶好の機会ね」
「そう…ですか」
「心配しなくたって悲観なんてしてないわよ。今更過去のことなんて考えないようにしただけ。やっとアタシは自由ってものを手に入れたんだから」
「逃避してるだけじゃねーか」
「先輩!しばらく黙っててください」
「わ…分かったよ」
まさか僕が怒るとは思っていなかったのか、先輩はまた黙る。
僕らしくもない剣幕で先輩を押し込めたけど、自分でも少しビックリしている。
けど今は水仙寺さんとちゃんと話をしておきたいんだ。
「もっともっと色んな物手に入れて、ゴージャスに暮らすわよ!今までの人生やり直してみせる」
「あの…でも他の町にも同じように人が居なかったら…どうする気なんですか?食べ物とか…」
「そのときはそのときよ」
「だって現に助け…というか誰も現れない。こんなことになっているのに誰も様子を窺いに来ない。きっと他の町だって…」
「例えそうだったとしても関係ないわね。食べるものなんて何とでもなるでしょ。レトルトや缶詰ばかりはそりゃイヤだけど、それが尽きるまでにはなんとかしてるわよ、きっとね」
本当に向こう見ずな人だ。
この人がここまで割り切れているのも自分が間違っていないという強い表れなのかもしれない。
「こんなアタシのことでも心配してくれてんでしょ?まったく…君は優しい子ね」
「いえ、僕は…」
「大丈夫よ。アタシの心配よりもあっちで放ってる子供の心配したほうがいいんじゃない?」
彼女はそう言ってまみこちゃんを指差す。
まみこちゃんはいつの間にか路上で座り込んでカレーを食べている。
「とにかくアタシなら平気だし、一人でだって生きていってみせるわ。他人の心配するくらいなら自分らの心配しなさいよ」
「確かにそうだな」
「先輩?」
「ここはあんたの言う通りだ。人の心配してる場合じゃないわな」
「そういうこと。やっと君とも少しは話が出来た気がするわ。アタシはこうやって言っている以上、責任は全部自分一人で持つつもり。誰かに助けを請うつもりもないわ」
「…そこまで言うのなら俺はもう何も言わないよ。好きにしたらいい」
先輩はそう言うとまみこちゃんの元へ歩き出した。
「話が終わったら来てくれ。それまでまみこちゃんと待ってる」
「はい…すみません先輩」
僕は先輩の姿を見送ると水仙寺さんを再び見る。
彼女は仕方がないと言わんばかりに腰に手を当てて呆れた様子だった。
「あの…」
「若いっていいわね」
「え?」
「自分の主張だけが全て正しいって思える…アタシだって若い頃はあんな感じだったからね。世界は自分を中心に回っている…そんな感じさえしてた」
「そう…なんですか」
「大人になって世間の波に飲まれるにつれ自分を押し殺して生きていくしかなかったけど、今ではそのアタシもやっとその頃の自分に戻れた気がするわ。もう一度素直な自分のまま生きてみたい。それが例え汚い生き方、子供のようだと罵られようとも…ね」
「素直な自分ですか」
「そうよ。あなたって今時珍しいわね?その歳で人の顔色ばかり窺ってばかりじゃ良い大人にはなれないわよ」
「えっと…僕ってそうなのかな」
「ま、こんな馬鹿な生き方を選択出来るようになったってのもこの状況のおかげだし。お互い悔いのないようにしましょう」
どこか清々しい表情で彼女は先輩の後ろ姿を眺めていた。
「…さて、アタシはそろそろ行くわ」
「分かりました」
「もう会うこともないだろうけど、君も元気でね」
水仙寺さんは手を少しだけ上げると、車のほうに足を向けた。
「あのっ…水仙寺さん!」
「何?」
「あなたもお元気で」
「ふふ、ありがとう。それじゃあね」
最後は大人の対応だったのだろう。
けれどそれもまた水仙寺さん自身の言葉だった気がする。
彼女は車に乗り込むとサングラスを掛けシフトレバーを倒す。
けたたましい音を置き土産に、彼女は走り去っていった。




