必要なものを、最初から
本日23時は2回投稿
第95回 必要なものを、最初から
岩陰拠点で目を覚ました時、最初に浮かんだのはノクスヴァルムの姿ではなかった
暗い紺から黒紫の鱗でもなく、巨大な翼でもなく、岩を削った濃密な魔力でもない
胸だった
正確には、胸から喉へ魔力が集まる直前にわずかに動いた鱗と、その奥側へ集中していた強い魔力反応
火と風を一つにした複合魔法を当てても、表面に浅い傷ができただけだった
《水槍》ではさらに浅い跡しか残らなかった
あの場所が弱点だとは、まだ言えない
ただ、他の場所とは違う変化がある
魔力を放つ前に同じ動作を繰り返し、同じ位置の鱗がわずかに動き、その奥側へ大きな魔力が集まる
狙う理由はある
問題は、狙えることと届くことが同じではないことだった
寝床の横ではルッカがまだ眠っている
俺は起こさないように身体を起こし、肩を動かした
昨日受けた傷は《治癒》のあとも少し違和感が残っていたが、動かせないほどではない
エナからも休めば問題ないと言われている
外へ出ると、森の空気が冷たかった
大迷宮深部とは違う
周囲の魔力も穏やかで、探査を使わなくても身体が楽なのが分かる
俺は岩陰拠点の前に座った
魔法を出すつもりはない
昨日の続きを考えるだけだ
一点へ通す
それが必要だと分かった
でも、そこから先がない
《火槍》をもっと強くする
《水槍》をもっと細くする
火と風の複合魔法へさらに魔力を詰める
考えればいくつも出る
ただ、どれも今ある魔法をどう強くするかという話だ
昨日までなら、それでもよかったかもしれない
必要な作用を考え、その作用に合う既存魔法を選び、使い方を変える
実際、それで多くの戦闘を乗り越えてきた
ノクスヴァルム相手にも、誘導や時間稼ぎには使えた
《土壁》で進路を選ばせ、《風圧》で向きをわずかにずらし、《土成形》で踏み込み位置を変えた
魔法が効かなかったわけじゃない
倒すための一撃だけが足りない
そこが違う
俺は手のひらを見ながら、昨日の火と風の複合魔法を頭の中で思い返した
一つの起動
一つの魔法構造
火と風を別々に動かすのではなく、同じ構造の中で役割を持たせる
火だけではない
風だけでもない
二つが一つとして動く
あれを作る時は、既存の魔法を組み直した
火と風、それぞれ分かっているものが先にあった
今回は違う
欲しいのは《火槍》でも《風刃》でもない
一点へ、深く、周囲を大きく壊さず、ノクスヴァルムの魔力圧を受けても崩れにくい攻撃
それが必要
だったら
「魔法を選ぶんじゃなくて」
声に出したところで、後ろから足音がした
「朝から何してる」
ルッカだった
「考えてた」
「知ってる」
「何で」
「顔」
また顔だ
「そんなに分かりやすいか」
「うん」
「嫌だな」
ルッカは俺の隣へ座る
まだ少し眠そうだ
「昨日の竜」
「うん」
「また行く」
「行くと思う」
「倒す」
「分からない」
ルッカがこちらを見る
俺は言葉を続ける
「次に行って、また攻撃されるなら戦うしかないと思う、でも最初から倒すためだけに行くわけじゃない」
「攻撃されたら」
「逃げられるなら逃げる」
「逃げられなかったら」
「戦う」
それは変わらない
ただ、戦うなら今のままでは足りない
「昨日、胸に当てたやつ」
「火と風」
「傷ついた」
「少しだけ」
「もっと強くする」
「それも考えた」
「違う」
ルッカが首を傾げる
「たぶん、それだけじゃ足りない」
「何がいる」
そこだ
俺にもまだ答えがない
「今日は皆と話す」
「魔法なのに」
「魔法だから俺だけで考えればいいってわけでもない」
必要な一点を撃てても、その一点が見えなければ意味がない
ノクスヴァルムを止める時間
胸をこちらへ向けさせる位置
鱗が動く瞬間
退路
射線
全部必要だ
それは俺一人では作れない
朝食を済ませ、俺たちは第二水場へ向かった
ダリオたちはすでに来ていた
エナが最初に俺の肩を見る
「痛い」
「少し」
「昨日より」
「軽い」
動かす
上
横
後ろ
「問題なさそう」
「行ける」
「まだ行くとは言ってない」
「顔が」
俺はルッカを見る
ルッカは知らないふりをした
「皆それ言うのやめないか」
「分かりやすいんだろ」
ダリオまで言う
反論を諦める
ミラは昨日の記録と古い資料を並べていた
ローデンは大迷宮深部の簡単な経路図を見ている
「先に整理する」
ダリオが言った
俺たちは集まった
昨日の戦闘で何が分かったか
まずそこから
ルッカがノクスヴァルムの動きを話す
「魔力を吐く前、頭が上がることが多かった、胸のところも動く、その少し前に首が止まる」
「毎回」
ダリオが聞く
「見た三回は」
「尾」
「頭を追ってると遅れる、身体が回ったあとに来る」
「爪」
「近い時は速い、でも踏み込む前に肩が沈む」
ダリオがうなずく
俺が見ていなかったものもある
俺は魔力ばかり見ていた
ルッカは身体を見ていた
次にローデン
「戦った場所は、右側の方がまだ使える、左奥は亀裂が多い、迷宮核側へ押し戻すのは避けたい」
「崩れる」
「可能性がある、それだけじゃなく、迷宮核の近くで大きい魔法を使うのも避けたい」
「俺もそう思う」
昨日は広範囲を吹き飛ばすような攻撃を使っていない
それでもノクスヴァルムの魔力放出だけで岩が削れた
こちらまで大きく壊せば、退路がなくなる
エナ
「昨日の負傷は全員軽い、でも同じ距離で続けたら次も軽いとは限らない」
「時間」
ダリオ
「長く戦わない方がいい」
「うん」
「セイジの魔力」
エナが俺を見る
「昨日くらいならまだ余裕はあった」
「新しいことを試す余裕」
「分からない」
正直に答える
「魔力の量より、ノクスヴァルムの圧で構造が乱される方が怖い」
ミラが記録を見る
「資料でも、近くで魔法を維持しにくいという記述がある」
「昨日、自分でも確認した」
「なら、長く作る魔法は危ない」
「そう」
そこが問題だ
新しい魔法を作るとしても、戦闘中に何度も失敗できない
ダリオが俺を見る
「で、何を考えてる」
「一点へ通す魔法」
「昨日言ってたやつ」
「うん」
「今ある魔法を強くするんじゃなくて」
ミラが先に気づいた
「新しく作るつもり」
俺は少し黙る
その言葉にすると重い
新しく作る
今までやってきたのは、既存の魔法を分析し、分解し、変え、組み直すことだった
火と風の複合魔法も、その延長にある
今回は
「まだ作るってところまで行ってない」
俺は言った
「でも、今ある魔法を選んでから考えるのはやめようと思ってる」
「じゃあ何から」
ミラ
「必要なもの」
俺は昨日の戦闘を思い出す
「まず、あの胸の一点へ届くこと」
「一点」
「広く壊さない」
ローデンがうなずく
「それから、ノクスヴァルムの魔力圧で崩れにくいこと」
ミラが書く
「撃つまで維持できること」
「うん」
「速さ」
ルッカが言う
「必要」
「鱗が動く時間、短い」
それも重要だ
胸部の鱗が動く時間は長くない
魔力が胸から喉へ集まり、放出するまで
狙える時間は限られる
「撃つ位置も」
ダリオが言う
「正面に近くないと胸が見えない」
「でも真正面だと魔力放出を受ける」
「だから位置を作る」
戦闘の形が少しずつ見える
俺が魔法を作るだけでは駄目だ
撃つ位置が必要
ノクスヴァルムの向き
距離
時間
全員が作る
「魔法の方は」
ミラが聞く
「まだ何もない」
俺は水場を見る
「今日、考える」
「ここで」
「試し撃ちはしない」
エナの視線が来たので先に言う
「考えるだけ」
「本当に」
「本当に」
俺たちはその日は大迷宮へ行かなかった
昨日戦ったばかりだ
身体も完全ではない
それに、次に行くなら準備なしでは駄目だ
第二水場の端
他の利用者の邪魔にならないところへ座る
ミラが紙を持ってくる
俺は文字を書くのが得意ではないので、形や線はミラに頼む
「何から」
「目的」
「一点突破」
「それだけ」
「まずそれ」
紙の中央へ書かれる
一点突破
「次」
「周囲を壊しすぎない」
「範囲を絞る」
「うん」
「ノクスヴァルムの魔力圧の中でも構造を保つ」
「維持」
「放つまで」
「射出後も」
そこは考える
射出したあと崩れたら意味がない
「命中まで」
「じゃあ維持はそこまで」
「たぶん」
まだ確定じゃない
必要条件として書く
「速度」
ルッカが横から言う
いつの間にか来ていた
「速い」
「必要だな」
「曲がる」
「曲げる」
「ノクスヴァルム動く」
「軌道修正か」
そこまでできれば便利だ
でも複雑になる
「まず真っすぐでいい」
ダリオが後ろから言った
皆いる
「こっちで向きを作る」
「その方が構造を単純にできる」
俺も同意する
複雑にすれば強くなるわけじゃない
必要なことだけ
一点へ
真っすぐ
速く
崩れず
深く
「火」
俺は最初に思い浮かべた
火
突破する力
《火槍》でも使っている
でも火だけでは昨日足りなかった
「風」
ミラ
「加速」
「それも」
火+風複合魔法で使っている
方向を整え
速度を上げる
ただ、それだけでも足りなかった
「じゃあ何が足りない」
ルッカ
俺は少し考える
火と風の複合魔法が胸に当たった時
表面までは傷つけた
でもそこで力が散った
鱗
外側の高密度魔力
その両方へぶつかり、構造も削られたような感覚があった
「散らしたくない」
「魔力を」
ミラ
「うん、当たった瞬間に外へ逃げる分を減らしたい」
「閉じ込める」
その言葉で闇を思い出す
《暗幕》
闇属性を使う時、魔力を広げて視界を遮る
今回は逆
広げない
外へ逃がさない
「闇を外側に使えるかもしれない」
「暗くする」
ルッカ
「違う」
「じゃあ何」
「魔力を外へ逃がさないための役割」
ミラが線を書く
「闇で封じる」
「そういう形ができるか試してない」
ここは重要だ
闇属性に普遍的にそういう性質があると決まったわけじゃない
今回の構造の中で、俺がそういう役割を持たせられるかどうか
それだけ
「火、風、闇」
ミラが並べる
俺は三つを見る
足りない
速くする
突破する
散らさない
でもノクスヴァルムの魔力圧を受けた時、構造そのものが乱れる
「形を保つもの」
ローデンが言った
「土」
俺は答える
《土壁》
《土成形》
《土締め》
土は形や支えを作る時に使ってきた
魔法そのものに土の役割をどう入れるか
「外枠」
ミラ
「軸でもいい」
「火と風が暴れないように」
「それと闇も」
「うん」
四つ
まだある
「水」
ルッカが言った
「全部使う気か」
ダリオが少し呆れたように聞く
「分からない」
俺は紙を見る
火
風
闇
土
水
光
六属性
俺には全部使える
でも使えるから入れるんじゃない
必要なら使う
必要じゃないなら入れない
「水は」
ミラが聞く
俺は《水球》《水槍》を思い出す
流れ
形
衝撃
火と混ぜれば相性が悪そうに見える
でも、以前に温水を作る時は火と水を近いところで扱った
同時制御
短い時間
狭い範囲
あれは複合魔法ではない
それでも、水があることで熱を直接広げずに済んだ
「緩衝」
俺は言った
「何を」
「中の流れ」
火
風
土
闇
全部を一つへ入れる
強すぎれば互いにぶつかる
水を間に入れ、流れの急な変化を受ける場所として使えないか
「安定させる」
ミラが書く
「できるかは分からない」
「今は役割候補」
「そう」
最後
光
《治癒》
これまで攻撃へ使ったことはない
だから無理に入れる必要はない
「光は」
ルッカが聞く
「今のところ要らないかも」
そう言って紙を見る
五属性
十分複雑だ
これ以上増やせば維持が難しくなる
でも、ノクスヴァルムの魔力圧
前に《魔力探査》が乱された時の感覚
構造全体が壊れたというより、内部の流れが少しずつずれた
外から押され
予定していた位置から外れる
火と風の複合魔法でも、もし同じことが起きれば統合が崩れる
「ずれを戻すもの」
俺が小さく言う
「何」
ミラ
「内部の流れが乱れた時、補正するものがいる」
「光」
「使えるかもしれない」
治癒でやっていることとは違う
でも光属性の魔力を細い経路にして、他の流れを支えるように置けないか
修復
ではない
傷を治すわけでもない
この魔法構造の中で、乱れを検知した時に通す補助線
「光で直す」
ルッカ
「直すっていうより、ずれを戻す」
「同じ」
「違う」
「似てる」
「まあ似てるけど」
ミラが笑いながら書く
六つ
火
突破時の主な力
水
内部の流れを受け、急な乱れを抑える
風
方向を固定し、加速する
土
外枠と軸
光
内部のずれを補正する補助
闇
外へ散る魔力を抑え、一点へ留める
書き終えた紙を全員で見る
「多い」
ダリオ
「多い」
俺も思う
「できる」
ルッカ
「分からない」
即答
六属性を同時に使ったことはない
異属性同時制御でも、こんな数はない
火+風は一つの複合魔法として成立している
でも六属性
しかも全部に別の役割
「全部同じ強さじゃなくていい」
ミラが言う
「役割が違うから」
「そうだな」
火が主
風は加速
土は枠
水は緩衝
光は補正
闇は封じ
同じ量を入れる必要はない
むしろ同じにしたらおかしい
「魔力経路」
ミラ
ここからが難しい
一つの起動
一つの構造
一つの射出
火+風複合魔法で分かったこと
別々に作って後から重ねるだけでは駄目
最初から一つとして組む
「中心」
俺は紙の真ん中を指す
「火」
一本の芯
そこを風が外側から押す形ではなく、火と同じ方向へ流れる
土はさらに外
形を保つ
闇はその外側
外へ逃げるものを抑える
水は火と土の間
急激な変化を受ける
光は一本ではなく
「細いのを何本か」
「どこ」
「火の近くと、風の近く、それから土の内側」
「全部つなぐ」
「つなぐけど、主流にはしない」
ミラが図にする
線が増える
「これ、魔法というより編み物だな」
俺が言う
「編み物知らない」
ルッカ
「糸を編むやつ」
「縄」
「近い」
「じゃあ縄」
ローデンが紙を見る
「外側が壊れたら中もばらける」
「だから土と闇は外側」
「土だけで形を保つ」
「それだと魔力圧に押された時にずれるかもしれない」
「闇で締める」
「そう」
言葉にすると簡単
実際に組むのは別
まだ一度も起動していない
頭の中と紙の上だけ
「形」
ダリオ
一点へ撃つなら槍
そう思う
でも《火槍》《水槍》と同じでは意味がない
「細長い」
「槍」
「近いけど、先端だけ細くしたい」
「後ろは」
「魔力を押し続ける部分」
「長い」
「たぶん」
ミラが描く
先端
細い
後ろへ少し太い本体
さらに起動位置
俺の前
近すぎると自分が魔力圧の影響を受ける
遠すぎると構造を作る途中で乱される
「手元から少し前」
「いつもの火槍くらい」
「最初はそれくらい」
ただし放つ前に長く維持する必要がある
その間、俺は動きにくくなる
「時間」
ダリオが言った
「どのくらい」
「分からない」
「一呼吸」
「無理」
「二」
「たぶん無理」
「どれくらい」
「組んだことないから分からない」
ダリオが腕を組む
「なら俺たちが作る」
「時間を」
「うん」
ここで戦闘側の話になる
ノクスヴァルムの胸をこちらへ向ける
魔力集中を始めさせる
鱗が動く
その瞬間まで、俺が魔法を組む
でも相手がいつ魔力を集めるか分からない
「誘える」
ルッカ
「何を」
「魔力吐くの」
「どうやって」
「近づく」
「危ないだろ」
「昨日、近いと使った」
確かに
ノクスヴァルムは距離がある時だけ魔力を放ったわけではない
ただ、行動の条件はまだ分からない
「誘うって決めつけない」
ダリオが言う
「でも、あの動作を始めたら全員で時間を作る」
「それなら」
俺も同意する
「俺が構造を作ってる間は動けないかもしれない」
「その前提」
ローデン
「射線」
「迷宮核側には向けない」
「右側の広いところ」
「昨日戦った場所」
「そこなら退路もある」
戦闘の形が少しずつ固まる
でも、魔法そのものはまだ紙だけ
「放出」
ミラが言う
「どうやって離す」
俺は止まった
起動
構造
維持
射出
ここまで考えて
最後
放す
《火槍》なら作って放つ
火+風複合魔法も一つの構造として射出する
今回
六属性
外枠
封じ
補正
緩衝
全部がつながったまま飛ばなければ意味がない
「根元を切る」
俺は言った
「どこ」
「俺から魔力を送る部分」
「切ったら崩れない」
「崩れないように、射出前に内部だけで短時間維持できる状態にする」
言ってから、自分でも難しいと思う
俺から切り離したあとも
命中まで
構造維持
それが必要
「できる」
ミラ
「分からない」
「火+風は」
「できてる」
「なら」
「二属性と六属性は違う」
でも、完全に初めてではない
一つの構造を切り離し、飛ばす
その経験はある
「必要なのは、切り離したあとも内部で流れが続くこと」
迷宮核を思い出す
入る
分かれる
合流する
出る
戻る
もちろん、迷宮核の物理構造は分からない
真似するつもりもない
でも、魔力が一方向に流れて終わるだけではなく、内部で流れを維持する考え方
それは使える
「一部を戻す」
俺は紙に指を置く
「何を」
「水と光」
火を戻したら危ない
風も
主力じゃない部分
水で乱れを受け
光で補正
その一部を後ろへ戻し、また前へ
短い循環
「土と闇は」
「外枠だから流れを大きく動かさない」
「火は」
「前へ」
「風も」
「前へ」
ミラが描く
本体の中で、小さい戻り
完全な循環ではない
命中までの短時間
構造を保つためだけ
「これなら」
言いかけて止める
まだできるとは言えない
「理屈としては」
言い直す
「維持しやすくなるかもしれない」
エナがずっと黙っていた
「どのくらい魔力使う」
「かなり」
「かなりって」
「今までで一番になるかもしれない」
「何回」
「多分、一回」
「多分」
「実際に組んでないから」
エナは少し嫌そうな顔をする
「一回撃ったあと」
「かなり減ると思う」
「動ける」
「そこも分からない」
「なら撃つ時は帰る準備も必要」
ダリオがうなずく
「外したら」
誰も言わない
俺が言う
「外したら、もう一回は期待しない方がいい」
それくらいの前提でいた方がいい
「当てる」
ルッカ
「簡単に言うな」
「当てる場所見る」
「頼む」
ルッカなら、胸の鱗が動く瞬間を俺より早く拾えるかもしれない
俺は魔力構造を作る方へ集中する
狙う瞬間はルッカ
射線と時間はダリオ
足場と位置はローデン
身体状態はエナ
資料と観測整理はミラ
俺は作って撃つ
六人
ようやく形が見える
その日は紙の上で何度も構造を組み直した
実際の魔法は出さない
魔力もほとんど使わない
線を増やしすぎると、維持が難しい
減らしすぎると役割が消える
火の主経路は一本
先端へ集中
風は二本
左右からではなく、螺旋に近い流れで火の周囲を前へ押す
ただし螺旋という物理形状ではない
魔力の流れとして、中心へ寄りながら前へ進ませる
土は外枠
先端だけ少し細く
後部は厚め
闇はさらに外側へ薄く重ね、外へ散る魔力を抑える役割
水は中心と外枠の間
強い変化を受ける緩衝
光は細い補助経路を複数
水と組み合わせ、内部の乱れを戻す
そして水と光の一部だけが後方へ戻り、短く循環する
「多重並列」
ミラが言う
「使うことになる」
「今のSKILL」
「うん」
《多重並列制御》
複数の魔力処理を同時に維持する
これがなければ、考えるだけでも無理だったと思う
《精密魔力制御》
細い経路
役割ごとの比率
《高密度魔力圧縮》
一点へ集める
《魔力探査》
ノクスヴァルムの魔力集中を確認する
今まで得たもの全部を使うことになる
でも新しいSKILLが生まれたわけじゃない
今あるものを使って
今までやったことのない構造を作ろうとしている
夕方近くになり、エナに止められた
「終わり」
「あと一つ」
「終わり」
「放出部分だけ」
「明日」
「頭の中だけ」
「それも明日」
厳しい
でも俺も疲れていた
魔力をほとんど使っていないのに、頭が重い
「分かった」
紙を片づける
ルッカが覗く
「できた」
「できてない」
「いっぱい書いた」
「書いただけ」
「でも明日撃つ」
「まだ撃たない」
「何で」
「起動できるかすら分からない」
ルッカが紙を見る
「じゃあ起動」
「それも大迷宮でいきなりやるのは怖い」
俺はそこで考える
安全な場所で一度試す
でも正式に起動できたら
それはどこまで成立扱いになる
そんな制作側みたいな考え方はもちろん俺にはない
ただ、実際の問題として、こんな魔法を第二水場や岩陰拠点の近くで撃つわけにはいかない
「試す場所がない」
俺が言う
ローデンが聞く
「外で」
「失敗した時にどこへ飛ぶか分からない」
「大迷宮」
「ノクスヴァルムの近くじゃなくて、途中の広い場所」
ダリオが考える
「そこまで行って試して、魔力減った状態でさらに奥へ行くのは危険」
それもそうだ
一回でかなり使う可能性がある
「なら実戦で初めて」
ミラ
「怖いな」
「でも構造だけなら」
「頭の中と紙で詰めるしかない」
結局そうなる
正式に起動しない
放たない
でも設計はできるだけ詰める
翌日も休息と準備に使った
肩の違和感はほとんど消えた
エナの確認でも問題なし
俺は第二水場で、昨日の紙をもう一度見る
火
水
風
土
光
闇
六属性
役割
経路
形
密度
流れ
維持
発動位置
射出
まだ一つ足りない
「放出」
俺は呟く
魔法を俺から切り離す瞬間
そこが弱い
今の設計では、外側の土と闇まで同時に切れば、一瞬だけ全体が緩む
ノクスヴァルムの魔力圧の中でその一瞬があれば、壊れるかもしれない
「先に先端を動かす」
ミラが聞く
「そう」
全部を一度に放すんじゃない
火と風を先に前へ
土と闇の外枠はほんの一瞬だけ後ろを残す
水と光の循環を切るのは最後
まるで長いものを押し出すように
前から射出
後ろを閉じる
その後で俺との接続を切る
「順番」
ミラが書く
一
先端側の火と風を前進
二
土と闇の外枠を追従
三
水と光の補助循環を内部側へ閉じる
四
俺からの供給を切断
五
全体を独立した構造として射出
「これなら」
また言いかけて止める
「崩れにくいかもしれない」
「まだかもしれない」
ルッカ
「大事なんだよ」
「長い」
「でも大事」
ルッカは分かっているのかいないのか、紙をじっと見ている
「名前」
「まだない」
「長いから名前つけた方がいい」
「成立してない魔法に名前つける気はない」
「じゃあ六個のやつ」
「それでいい」
今は呼び名すら必要ない
作れるか分からない
撃てるか分からない
当たるか分からない
通るかも分からない
ただ、設計はかなり詰まった
問題は実戦
俺たちは次の探索を決めた
休息
装備
救護
退路
全部確認する
今回の目的はもう観察だけではない
ノクスヴァルムが再び攻撃してきた場合、戦闘へ入る
その中で胸部の変化を再確認し、攻撃機会を作る
そして俺は
まだ一度も起動していない構造を
実戦で作る
怖い
普通に怖い
失敗したら
魔力だけ減るかもしれない
構造が崩れるかもしれない
暴発するかもしれない
何も出ないかもしれない
だからこそ、放つ前に止める判断も必要になる
「崩れたら撃たない」
俺は全員に言った
「どれくらいなら中止」
ダリオが聞く
「属性のどれか一つでも役割から外れたら」
「火が強すぎる」
「中止」
「風がずれる」
「中止」
「外枠が崩れる」
「中止」
「水と光の戻りが止まる」
「中止」
「闇が散る」
「中止」
「全部」
「全部必要だから入れてる」
一つ欠けても同じ魔法にはならない
それなら撃たない
「時間切れ」
ルッカ
「それも中止」
「ノクスヴァルム来る」
「中止して逃げる」
「分かった」
エナが俺を見る
「魔力減りすぎたら」
「止める」
「私が止めても」
「止める」
「返事だけじゃなく」
「本当に」
それで全員が納得した
大迷宮へ入る
同じ六人
でも前とは違う
俺の頭の中に
まだ存在しない魔法の設計がある
浅い区域
中層
深部
進む
途中の魔力環境は、場所によって違っていた
薄い場所
強い場所
奥へ流れるところ
浅い側へ戻るところ
前より横向きの流れが目立つ区間もある
俺は必要以上に意味をつけない
今日の目的は別だ
迷宮核の大空間
そこで一度止まる
魔力流
不安定
前と似ている部分もある
違う部分もある
「奥の反応」
ダリオ
俺は探査を細く伸ばす
ある
大きい
動いている
「いる」
ルッカも言う
「匂い強い」
「行く」
ダリオ
迷宮核を回り込む
奥へ
爪痕
戦った場所
壊れた《土壁》の跡
ノクスヴァルムが削った岩
前の戦闘がそのまま残っている
ローデンが床を見る
「前より崩れてるところある」
「使える」
「右側はまだ」
「左」
「行かない方がいい」
ダリオが位置を決める
前とほぼ同じ
ただし退路は少し右へ
「来る」
ルッカが言った
まだ姿は見えない
足音
重い
一歩
また一歩
ノクスヴァルムの巨大な頭が岩陰の向こうから見える
目は開いている
こちらへ
迷いなく向く
「認識されてる」
ダリオ
ノクスヴァルムが前へ出る
翼は閉じたまま
尾が後ろ
胸部
今は鱗に変化なし
「最初は逃げる」
ダリオが指示する
戦うために来たからといって、いきなり攻撃はしない
俺たちは距離を取る
ノクスヴァルムが追う
一歩
二歩
頭が上がる
「胸」
ルッカ
魔力が集まり始める
同じ動作
「右へ」
ダリオ
全員が動く
ノクスヴァルムの胸部の鱗がわずかに浮く
奥側の魔力反応
強い
「同じ」
俺が言う
「確認」
ミラ
濃密な魔力が放たれる
俺たちは岩陰へ
轟音
攻撃
前と同じ種類に見える
「戦闘」
ダリオが決める
俺はまだ新しい構造を作らない
まず位置
ダリオとルッカが左右へ
ローデンが足場を見る
エナは後方
ミラも退路近く
俺は中央寄り
ノクスヴァルムが向きを変える
尾
ルッカが先に叫ぶ
避ける
爪
ダリオがかわす
俺は《風圧》で首を少しずらす
「右へ寄せる」
ローデン
《土壁》
低め
進路の左側
ノクスヴァルムが広い右を選ぶ
そこへ誘導
昨日と同じ
効く
倒すためじゃない
位置を作るため
数度の攻防
誰も大きな傷なし
ノクスヴァルムの胸にまた魔力が集まる
「まだ」
俺は自分に言う
今じゃない
構造を作り始めるには、射線が悪い
胸が斜め
ダリオも分かっている
「正面作る」
ルッカが左へ
ダリオが右へ
ノクスヴァルムの頭がルッカを追う
身体が回る
胸がこちらへ
「次」
ダリオが叫ぶ
俺は一歩下がる
ここ
ローデンが前を見てうなずく
「射線、今なら迷宮核側じゃない」
「足場」
「大丈夫」
「エナ」
「セイジ、今は問題なし」
「ミラ」
「胸部の動き見る」
「ルッカ」
「見る」
「ダリオ」
「時間作る」
揃う
俺は息を吸った
まだ起動しない
頭の中で順番を確認する
目的
一点突破
火
主力
水
緩衝
風
方向と加速
土
外枠と軸
光
内部の乱れ補正
闇
外への拡散抑制
発動位置
俺の前
形
細長い
先端を最も細く
後部で押す
水と光
短い循環
放出
前から
後ろを閉じる
接続を切る
全部
まだ頭の中
ノクスヴァルムが吠える
ダリオが走る
「次の集中まで持たせる」
俺はうなずく
魔力を動かさない
まだ
設計を頭の中でなぞる
一つでも曖昧なら起動しない
ノクスヴァルムの尾が岩を砕く
ルッカが避ける
ダリオが爪をかわす
ローデンが移動方向を叫ぶ
エナが全員を見る
ミラが胸を見ている
俺だけが
まだ存在しない魔法を
頭の中で組んでいる
そして
初めて分かった
俺が今やろうとしているのは
既存の魔法を変えることじゃない
火槍を強くすることでも
水槍を細くすることでも
火と風の複合魔法へ属性を足すことでもない
必要な結果を先に決め
そのために必要な役割を選び
魔力の流れを置き
形を決め
維持方法を決め
放ち方まで
最初から作っている
白紙から
魔法式を
でも
まだ魔法じゃない
起動していない
維持できるかも分からない
放てるかも分からない
当たっていない
まして
あの硬い一点を抜いてもいない
設計図があるだけ
「胸」
ルッカの声が飛ぶ
ノクスヴァルムの魔力が動く
胸から喉へ
鱗がわずかに開く
同じ位置
その奥
強い魔力反応
「来るぞ」
ダリオが叫ぶ
俺は設計を頭の中で閉じた
今はまだ撃たない
今日ここで
初めて組む
そのための一瞬を
六人で作る
ノクスヴァルムの喉に濃い魔力が集まり
空間の魔力が大きく揺れ始めた




