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深淵の竜

第93回 深淵の竜


迷宮核を確認してから、次の探索まで少し間を空けた


間を空けたといっても、何日も休んだわけではない


身体の疲れを抜き、ガルディア側へ共有した内容を整理し、ミラが古い資料を調べ直すために必要な時間を取っただけだ


俺もその間に何か新しい魔法を作ろうとはしなかった


頭に残っているものは多い


迷宮核を通る魔力の流れ


複数に分かれ、合流し、外へ出て、また戻ってくる構造


そのさらに奥から広がっていた強大な魔力


必要な作用から考えるという最近の感覚


どれも気になる


けれど、今は研究より先に確認するものがある


迷宮核のさらに奥にある、巨大な生物らしい反応


あれが何なのか


大迷宮で起きている異変と、どこまで関わっているのか


そこを見ないまま別のことを始める気にはなれなかった


第二水場へ集まった時、ミラは前より多くの紙を持っていた


古い資料そのものではなく、読める範囲を書き写したものらしい


地面へ広げる前に、ミラが俺たち全員を見た


「似ている記録は見つかった」


「奥のやつ」


俺が聞くと、ミラはうなずく


「でも断定はできない」


「姿を見てないから」


「それもあるし、記述が古い」


紙を一枚出す


俺には文字を全部読めないが、図には大きな四足の生物らしい形が描かれている


翼のようなものもある


「竜」


ダリオが言った


「そう書かれてる」


ミラが指先で文字を追う


「深淵竜」


「名前まで」


「記録上は」


ミラは一度止まってから続けた


「ノクスヴァルム」


聞いたことのない名前だった


「それが奥にいる?」


ルッカが聞く


「まだ分からない」


ミラはすぐ否定する


「昔、この大迷宮の深部で確認された存在として記録があるだけ」


「今も同じやつか」


「分からない」


「同じ種類?」


「それも姿を見ないと」


慎重だ


でも、その慎重さでいい


「どんなやつ」


俺が聞く


ミラは紙を見る


「大きい」


「それはもう分かってる」


「かなり大きい」


「そこも」


「魔力も大きい」


「それも」


「資料として分かるのは、深部に棲む大型の竜種らしいこと、それと周囲の魔力環境へ強い影響を与える個体があるという記述」


「戦った記録は」


ダリオが聞く


「あるけど、全部同じ個体か分からない」


「倒した?」


「倒した記録は見つけてない」


その言葉で少し空気が変わった


倒せないという意味ではない


ただ、古い記録の中に討伐記録がない


それだけだ


「敵かどうかも分からない」


俺が言う


「うん」


ミラがうなずく


「深部にいるからって、人間を襲う目的があるとは書かれてない」


「なら見るだけ」


ダリオが言った


「できるなら」


その一言が一番大事だ


見るだけで済むなら、それがいい


俺たちは準備を確認した


いつもと同じではない


奥に何がいるか分からない段階から、巨大な竜の可能性が出た


だからといって荷物を増やしすぎない


逃げる邪魔になる


救護用品、縄、布、水、最低限の食料、目印、灯り


俺の空間収納にも予備を入れるが、全部を俺一人へ集めない


前と同じだ


何かあっても、一人の荷物が失われただけで全員が困らないようにする


ローデンは細い杭と短い縄を多めに持った


「射線を見るって言ってたな」


俺が聞くと、ローデンはうなずく


「戦わなくても、逃げる方向に必要」


「広いところなら」


「広いほど分からなくなる」


確かにそうだ


巨大な相手なら、広い空間だから安全とは限らない


むしろ、どこから攻撃が来るか分からない


ルッカはいつもより軽装だった


もともと荷物は少ないが、今日はさらに必要なものだけだ


「走る気満々だな」


「逃げるなら」


「正しいけど」


「セイジも走る」


「俺もか」


「遅かったら置く」


「ひどい」


ルッカは笑わない


たぶん半分本気だ


俺も笑えなかった


大迷宮へ入る


浅い層から中層を抜け、深部へ


同じ道を進む


何度も通った場所が増えた


最初は未知だった場所に目印があり、足場があり、休めるところがある


それでも油断はしない


魔物が動けば、昨日安全だった場所が今日も安全とは限らない


実際、前に何もいなかった通路で中型の魔物を一体見つけた


俺たちを見る


向こうも止まる


ルッカが少し前へ出て匂いを取る


「奥から来た」


「新しい?」


「うん」


「怪我は」


「ない」


魔物はしばらくこちらを見たあと、横道へ入った


追わない


そのまま進む


深い側へ進むにつれ、濃く感じる場所や強い魔力流が増えてくる


ただ、今日は奥へ向かう流れが少し強く感じる


同じ場所で比べられるから分かる


「前より強い?」


ミラが聞く


「少し」


「全部?」


「この辺だけなら」


記録する


大きな変動の前触れかどうかは分からない


そういう決めつけはしない


袋状の安全確保地点は問題なし


さらに奥へ進み、裂け目状通路へ入る


前に弱っていた大型魔物がいた場所は、今日は空いていた


「いない」


ルッカが床を見る


新しい痕跡がある


「浅い側へ」


「自分で移動した?」


「たぶん」


血の跡は少しあるが、途中で薄くなっている


死体を引きずられた感じではないらしい


「まだ生きてるかもな」


「分からない」


「そうだった」


最近、俺は何度この言葉を言っているんだろう


でも大事だ


分からないものを分かったことにしない


それが深部へ来てから特に増えた


迷宮核のある大空間へ着く


淡い魔力光と中央の構造


前と同じ場所だ


でも流れは少し違っていた


俺は入口で立ち止まり、《魔力探査》を迷宮核へ向ける


流入と流出、分岐と合流


複数の流れが重なっている


「前より奥向きが強い」


ミラが俺の横へ来る


「迷宮核から奥へ出る方?」


「うん」


「戻る流れは」


「ある、でも少ない」


「奥の反応は」


俺は探査を先へ伸ばす


すぐ分かる


大きい


近い


前より強い


「ある」


ルッカもほぼ同時に言った


「匂いも」


「動いてる?」


俺は反応を見る


前まではほとんど動かなかった


今日は違う


大きなまとまりの内部で魔力がゆっくり移動している


身体が動いているのか、内部だけなのか


そこまでは分からない


でも静止してはいない


「近づく前に確認」


ダリオが全員を見る


エナが俺から順番に確認する


問題なし


ローデンが右奥の経路を見る


前に通った道は崩れていない


目印も残っている


「行ける」


ダリオがうなずく


迷宮核を右側から回る


近づくと、また皮膚がざわつく


魔力そのものの圧だ


それでも今日は探査を広げすぎない


前に乱された


同じことを繰り返す必要はない


迷宮核の反対側へ出る


そこから先は奥へ向かう下り道


巨大な反応がかなり近い


「匂い、強い」


ルッカが言う


「同じ?」


「前と」


「うん」


「竜っぽい匂いって分かる?」


「竜の匂い知らない」


「だよな」


ルッカも困った顔をする


俺たちはさらに進んだ


道は広く、左右に岩壁があり、天井は高い


途中から床の形が変わる


大きく深い傷があり、一直線ではなく曲がっている


ルッカがしゃがむ


「爪」


「大きい」


「前に見たやつより?」


「もっと」


俺の腕より長い傷が一本


その横にもう一本


さらに離れて別の傷


「歩いた跡?」


「たぶん」


ルッカが間隔を見る


「四足」


「分かる?」


「たぶん」


そこへ巨大な翼まで付いているなら、かなり大きい


ミラが資料の図と見比べる


「似てる」


「まだ決めない」


「分かってる」


少し進むと、床に黒っぽいものが落ちていた


石ではない


ローデンが近づきすぎる前にルッカが止める


「匂いある」


「何」


「身体」


俺も見る


薄い板のような曲面


表面は黒に近いが、光が当たると青みがある


端には紫っぽい色も見える


「鱗」


ミラが言う


「竜の?」


「可能性」


俺は魔力を探る


ごく弱く残っている


周囲より少し濃い


「魔力残ってる」


「古い」


ルッカが言う


「新しくない」


「持っていく?」


俺が聞くと、ダリオが首を振る


「帰り」


正しい


今持って動く必要はない


位置だけ覚える


さらに奥へ


空気が重い


比喩じゃない


この区域では魔力がさらに濃く感じられ、俺の魔力感覚に常に何かが触れている


少し集中すると、それが一方向から強く来ているのが分かる


奥


巨大な反応


「圧ある?」


エナが聞く


「身体に?」


「まだない、魔力の方」


「魔法使える?」


「使えると思う」


「思う?」


「今は使ってないから」


エナが少し睨む


「必要になる前に言う」


「分かった」


大きな曲がり角


その先で、ルッカが急に腕を上げた


全員止まる


「いる」


声が小さい


俺も探査で分かる


近い


今までで一番近い


曲がり角の向こうに巨大な魔力の塊がある


でも今度は形が分かる


頭、胴、四肢、長く伸びる部分


そして翼らしい大きな広がり


「見えるところまで」


ダリオが言う


「近づきすぎない」


ローデンが周囲を見る


右側に岩の張り出し


左は広い


「右」


俺たちは岩陰へ入り、そこから少しずつ前へ出る


最初に見えたのは尾だった


長い


太い


床に沿って伸びている


表面は暗い青から黒に近く、場所によって紫が混じる


鱗一枚が大きい


次に後脚


太い


でも鈍重な印象ではない


筋肉の塊というより、巨大な身体を支えるための強さがある


その先に胴と翼


翼は折り畳まれている


大きい


岩壁の一部かと思うほどだ


「竜」


ルッカがほとんど息だけで言った


俺もそう思う


さらに頭


長い首


後ろへ流れる角が左右にある


頭は一つ


伏せている


目は閉じているように見える


呼吸している


ゆっくりと一度


間を置いて、もう一度


「生きてる」


誰も返さない


分かっている


ミラが資料を少しだけ出して比べる


手が震えている


恐怖か興奮か


両方かもしれない


「色」


俺が小声で聞く


「記録と近い」


「角」


「近い」


「翼」


「近い」


「名前」


ミラが竜を見る


しばらく確かめ、それから口を開く


「深淵竜ノクスヴァルム」


今度は「可能性」とは言わなかった


「断定していい?」


俺が聞く


「記録の特徴と一致する」


ミラは一つずつ確かめるように言う


「暗い紺から黒紫の鱗、大型の翼、長い尾、後方へ流れる角、一つの頭、深部に棲む巨大な竜種」


「同じ個体?」


「そこまでは分からない」


「種類として?」


「ノクスヴァルムと記録されている存在」


それで十分だ


目の前の竜


深淵竜ノクスヴァルム


「起きてる」


ルッカが言った


「目閉じてるぞ」


「寝てない」


「何で分かる」


「匂いじゃない」


ルッカは竜の前脚を見る


指先と爪が少し動いている


尾の先もわずかに動く


俺も探査を絞る


内部の魔力がゆっくりと動いている


でも規模は大きい


全身を巡っている


「魔力が回ってる?」


ミラが聞く


「身体の中」


「うん」


血みたいに、と言いそうになって止める


構造は分からない


ただ、魔力が全身を循環している


しかも濃い


「周りにもある」


俺はさらに見る


身体の表面、鱗の外側を覆う魔力


薄い層に見えたが、密度はかなり高い


「何」


ダリオが聞く


「身体の外に魔力がまとわりついてる」


「防御?」


「そう見える」


試していない


攻撃していない


だから防御だと断定はできない


でも身体を覆うように流れている


「資料」


ミラが紙を探す


「ある」


「何て」


「ノクスヴァルムは自身の魔力を全身へ巡らせ、外皮と重ねて防ぐ」


「やっぱり」


「ただし記述が戦闘記録だから、今の状態で同じとは」


「少なくとも魔力は回ってる」


そこまでだ


ローデンが俺の肩に触れた


「足元」


床を見る


細い亀裂の中を魔力が流れている


迷宮核側から、こちらへ


ノクスヴァルムの方向へ向かっている


「ここまで来てる」


俺は探査する


迷宮核から出た流れがこの空間へ入り、一部がノクスヴァルムの周囲へ向かっている


でも吸収されているようには見えない


竜の周囲に広がる魔力とぶつかり、流れが曲がり、戻り、横へ逃げる


「これだ」


前に遠くから見たもの


二つの魔力が重なって乱れる


近くで見ると、もっとはっきりする


迷宮核側の流れ


ノクスヴァルムの魔力


互いに押し合っている


「竜が迷宮核を壊してる?」


ダリオが聞く


「壊してるとは言えない」


「影響は」


「ある」


これは言える


「迷宮核から来る魔力がここで乱れてる、竜の魔力も迷宮核側へ押し返されてる」


「両方?」


「うん」


ミラが記録する


「相互」


「そう見える」


その時、ノクスヴァルムの胸が大きく動いた


呼吸


ただの呼吸かもしれない


でも魔力が集まる


胸から喉、頭の近くへ


俺は反射的に探査を切った


「下がる」


声を低くする


ダリオもすぐ判断した


俺たちは岩陰からゆっくり離れる


走らない


刺激しない


でも遅すぎない


数歩


十歩


そこまで来た時、背後から圧が来た


音はない


魔力が一気に広がる


俺の身体の周りに組んでいた探査の薄い構造が崩れた


「っ」


思わず声が出る


「セイジ」


エナ


「探査が切れた」


「身体は」


「平気」


本当に身体は平気だ


でも魔法の形が崩れた


出していたのは探査だけ


それが一瞬で乱された


「魔法が」


ミラが聞く


「周りの魔力に押された」


ノクスヴァルムはまだ動いていない


攻撃したわけでもない


ただ魔力が広がっただけ


それでこれだ


「戻る」


ダリオが言う


迷いなし


俺たちはさらに距離を取る


角を曲がり、ノクスヴァルムが見えなくなる


そこで初めて少し速度を上げる


「追ってくる?」


ルッカが後ろを見る


「匂い動いてない」


俺も探査を使おうとして止める


「まだ使わない」


自分に言う


さっき崩された


距離が離れてからだ


さらに戻り、床の傷と落ちていた鱗の場所まで来た


ダリオが止まる


「拾うか」


鱗を見る


「今は」


ミラが言う


「必要」


資料と比較できる


でも大きい


持てる大きさだ


「空間収納に入るか試す」


俺は慎重に近づく


ルッカが匂いを確認する


問題なし


手袋代わりの布を使って触れる


硬い


石みたいだ


でも少ししなる


「入れる」


空間収納へ


入った


この鱗一枚は収納できる


それだけ確認する


「戻る」


さらに離れる


巨大な反応の圧が弱くなったところで、俺は《魔力探査》を小さく再開した


問題なく構築できる


「戻った?」


エナが聞く


「うん」


「さっきは」


「ノクスヴァルムの魔力が広がった瞬間に、探査の構造が乱れた」


「壊された?」


「そう」


「攻撃?」


「分からない」


そこは大事だ


向こうが俺たちを狙ったとは限らない


呼吸や身体の動き、魔力循環の一部かもしれない


「狙ってないのに崩れるなら」


ダリオが言う


「戦ったらもっと厳しい」


「たぶん」


ローデンが前を見る


「広い場所でやるしかない」


「戦う前提にするな」


俺が言うと、ローデンは首を振る


「戦うならの話」


「それなら」


戦いたくない


正直に言えばそうだ


大きすぎる


魔力も身体も


しかも周囲へ広がる魔力だけで、俺の探査構造を乱す


《火槍》や《水槍》が通るのか


《風刃》が届くのか


考えたくなる


でも今は考えない


戦うと決まっていない


安全確保地点まで戻る


エナが全員を見る


新規負傷なし


俺の手も震えなし


頭痛なし


魔力に問題があるとまでは言えないが、ただ疲れている


「探査の再構築はできた」


「他の魔法は」


「試してない」


「試さない」


「分かってる」


ミラが紙を広げる


「整理する」


誰も反対しない


「ノクスヴァルム」


ダリオが言う


「確認」


ミラがうなずく


「記録上の特徴と一致」


「巨大な竜」


「うん」


「敵意」


「未確認」


「攻撃」


「未確認」


「周囲の魔力」


俺が答える


「全身から広がってる、身体の内側でも魔力が循環してる」


「外側にも」


「ある」


「防御」


「資料には防御として使う記述がある、今も同じ構造に見える」


「硬さ」


ローデンが聞く


俺は収納へ入れた鱗を出して床へ置く


叩かない


見るだけ


「これ」


ローデンが近くで見る


「硬い」


「曲がる?」


「少し」


ミラも見る


「資料にも鱗の防御が高い記述」


「物理も魔法も?」


「両方」


「つまり硬い上に魔力でも守ってる可能性が高い」


俺が言う


ミラはうなずく


「記録では」


面倒な相手だ


それでもまだ敵じゃない


「迷宮核との関係」


俺が話を戻す


「迷宮核から奥へ流れる魔力と、ノクスヴァルムから外へ広がる魔力がぶつかって乱れてる」


「どっちかが止まれば」


ルッカが言う


「分からない」


俺は首を振る


「迷宮核を止めるなんてできるかも分からないし、止めていいかも分からない」


「竜を動かす?」


「それもできるか分からない」


「起きたら」


「もっと動くかもしれない」


今は伏せている


完全に眠ってはいない


それでも大きく移動してはいない


「起きかけ?」


ミラが資料を見る


「そういう記述」


「ある?」


「深淵竜が長く休眠する例」


「ある」


「目覚める時に魔力が増える?」


ミラは少し考えた


「似た記述はある」


「今のやつがそう?」


「断定できない」


「でも可能性」


「ある」


また一つ


ノクスヴァルムが目覚めかけている可能性


その巨大な魔力が周囲へ広がる


迷宮核の流れとぶつかる


迷宮核周辺も不安定になる


「前の大きな魔力変動」


俺が言う


「これと同じかもしれない」


「どれ」


「遠くで何度も感じたやつ」


最初に深部へ近づく前から感じていた大きな反応


その後の一時的な強い変動


方向はずっと同じ


「ノクスヴァルムの魔力が強くなった時の感じと似てる」


「同じ?」


ミラが聞く


「同じとはまだ言えない、でもかなり近い」


ルッカも言う


「匂いの方向もずっと同じ」


「なら」


ダリオが考える


「今まで追ってきた大きな反応は、あれである可能性が高い」


「うん」


そこまでは言える


「魔物が外へ出てるのも」


ルッカが聞く


「深部の魔力があれだけ乱れてたら、離れるやつはいると思う」


「全部じゃない」


「全部じゃない」


奥へ向かう魔物も見た


その事実は残る


「大きな縄張りが空いてた」


ダリオ


「深部から大型が浅い側へ動いた」


ミラ


「森でも配置が変わってた」


ルッカ


一つずつ、ここまでの情報がつながり始める


迷宮核だけでは説明できなかった


ノクスヴァルムだけでもまだ足りない


でも両者の魔力がぶつかっている


そこから深部の環境が乱れ、魔物が中層や浅層、森側へ動いている可能性がある


「全部つながってる」


ルッカが言った


俺はすぐにはうなずかなかった


「たぶん」


「まだ?」


「直接見てないところもある」


「でも近い」


「うん」


かなり近い


原因が一つというより、迷宮核の不安定さとノクスヴァルムの巨大な魔力が互いに影響し、その結果が周囲へ広がっている


そんな形に見える


「どっちをどうする」


ダリオが聞く


誰もすぐ答えない


俺も答えられない


迷宮核を壊せるかどうかも分からないし、壊す理由もない


ノクスヴァルムも、ただそこにいるだけなら倒す理由はない


でもこのまま魔力が強くなれば、深部の乱れは続くかもしれない


もっと大きくなるかもしれない


「まず、起きた時の様子を見る必要がある」


俺は言った


「もっと近づく?」


エナが嫌そうな顔をする


「近づきたいわけじゃない」


「でも行く?」


「たぶん」


「危険」


「うん」


「なら準備」


ダリオが言う


「次は観察だけじゃ済まない可能性を考える」


「戦う?」


ルッカ


「可能性」


俺は自分の手を見る


今ある魔法


《火弾》《火槍》《水球》《水槍》《風圧》《風刃》《土締め》《土成形》《土壁》《暗幕》《治癒》


そして火と風の複合魔法


今まで大抵の相手にはこれで足りた


使い方を変えるだけでも対応できた


必要な作用を選ぶ


止める


逸らす


崩す


狙う


でもノクスヴァルム


あの鱗


その上に魔力の防御


しかも周囲の魔力圧だけで、俺の魔法構造そのものが乱れる


「攻撃通ると思う?」


ダリオが聞いた


「分からない」


「資料では」


ミラが答える


「高い物理防御と魔法防御を持つ記録がある」


「弱点」


「記述はあるけど、確実じゃない」


「何」


「身体全体が同じ硬さとは限らない」


「当然だろ」


「そういう意味じゃなくて」


ミラが資料を見直す


「魔力を全身へ巡らせて防ぐなら、流れの偏りが出る瞬間があるかもしれない、という記録」


「瞬間?」


俺が聞く


「攻撃前」


「どういう」


「濃い魔力を吐き出す前に、胸から喉へ魔力が集中する」


その言葉に俺は反応した


さっき見た


胸から喉へ魔力が集まった


その直後、周囲へ強い魔力が広がった


「見た」


「何」


「胸から喉へ集まってた」


ミラの顔が変わる


「資料と同じ」


「その後、圧が来た」


「攻撃だった?」


「分からない、俺たちを狙ってはいない」


「でも動作は」


「似てる」


ローデンが鱗を見る


「その時、守りが薄くなる?」


「資料には、循環が一部偏る可能性があるとしか」


ミラは言い切らない


「そこが弱点とは書いてない」


「でも観察する価値はある」


ダリオが言う


そうだ


次に見るべき場所が増えた


ノクスヴァルムが魔力を集める時


胸、喉、鱗、外側の魔力循環


どう変わるか


「近づく理由ができたな」


俺が言うと、エナがため息をついた


「嬉しそうに言わない」


「嬉しくない」


「顔」


「また顔か」


ルッカが少し笑う


ダリオもわずかに口元を緩める


でもすぐ戻る


「次は撤退前提」


「分かった」


「見えたからって攻撃するな」


「しない」


「向こうが動いたら」


「退く」


「退けないなら」


その時は戦う


言葉にしなくても分かる


俺たちは休息後、浅い側へ戻った


帰路では戦闘なし


ただし、深部で三つの魔物反応が外向きに動いているのを確認した


一つは小型、二つは中型


俺たちと接触せず、そのまま浅い側へ向かった


さらに一つ、奥へ向かう反応もあった


全部が同じではない


それでも外向きが多い傾向は続いている


迷宮核を通る魔力は、戻る時も不安定だった


特にノクスヴァルム側からの流れが強まると、迷宮核周辺の一部が押し返されるように動く


前より因果が見える


でも最初がどちらかは分からない


迷宮核が先に不安定になり、ノクスヴァルムの休眠を乱したのか


ノクスヴァルムが目覚めかけ、その魔力で迷宮核を乱したのか


両方が少しずつ影響し合い、今の状態になったのか


「最後のが一番ありそう」


俺が独り言のように言うと、ミラが聞いていた


「相互?」


「うん」


「私もそう見える」


「確定は」


「まだ」


二人で同じ言葉を言う


それでも、かなり近い


ガルディアへ戻った後、今回は前より報告が長くなった


深淵竜ノクスヴァルムを確認したこと


古い資料にある特徴と現物が一致したこと


非常に大きな身体


暗い紺から黒紫の鱗


大型の翼、長い尾、後方へ流れる角、一つの頭


体内外を巡る高密度の魔力


周囲へ広がる魔力圧


俺の《魔力探査》の構造が、その魔力圧によって一時的に乱されたこと


迷宮核側の魔力流とノクスヴァルム側の魔力が重なり、乱れていること


深部の魔物移動との関係が強く疑われること


ただし、ノクスヴァルムに敵意があるとは確認していない


人間社会を襲う意思も確認していない


この部分は何度でも言う必要がある


大きい


強い


竜


だから悪い


ではない


俺たちが勝手に奥まで来た側でもある


「それでも次は危険になる」


ダリオが言う


「うん」


「見つかったら」


「分からない」


「逃げる」


「できれば」


エナが見る


「できればじゃない」


「逃げる」


「それでいい」


報告を終えたあと、俺たちは第二水場へ戻った


今日も水の音がある


誰かが使った道具が棚へ戻されている


排水の溝に葉が詰まりかけていて、近くにいた誰かが取っている


試験栽培の区画は変わらない


大迷宮の奥で巨大な竜を見てきた直後なのに、ここはいつも通りだった


それが妙にありがたい


「竜いた」


ルッカが言う


「いたな」


「大きかった」


「大きかったな」


「セイジより」


「比べる意味あるか」


「いっぱい」


「知ってる」


俺は水を汲んで手を洗う


冷たい


普通の水だ


魔力光もない


迷宮核もない


竜もいない


「怖かった」


ルッカがぽつりと言う


俺は手を止めた


「俺も」


「本当?」


「何で疑うんだよ」


「セイジ、見てた」


「怖くても見る」


「変」


「お前も見てた」


「匂いだから」


「目も開いてただろ」


「開ける」


当たり前だ


少し笑う


でも、怖かったのは本当だ


あれと戦うことになったら、今までとは違う


強い魔物というだけじゃない


周囲の魔力そのものが障害になる


魔法を出す前に構造が乱れる可能性がある


鱗は硬く、資料どおりなら物理も魔法も通りにくい可能性が高い


それでも、まだ戦うと決まっていない


今日はそこまでだ


岩陰拠点へ戻る


入口、寝床、棚


いつもの場所


俺は空間収納から鱗を出さなかった


今日はもう十分見た


進化もしない


STATUSも見ない


《アークホブゴブリンメイジ》のことは頭の片隅にある


でも今変わる理由はない


次はノクスヴァルムの動きを見る


胸から喉へ魔力が集まる時、防御がどう変わるか


攻撃前動作なのか


こちらを認識した時どう動くのか


そこまで確認する


もし戦わずに済むなら、それが一番いい


もし戦うしかないなら、その時初めてどう戦うかを考える


俺は横になる


ルッカも近くへ


外から森の夜の音が聞こえる


目を閉じる直前、暗い紺と黒紫の鱗が頭に浮かぶ


巨大な翼


長い尾


後ろへ流れる角


そして、胸から喉へ集まった魔力


深淵竜ノクスヴァルム


次に会った時、あいつがただそこにいるだけで済むのか


それとも俺たちを見るのか


今はまだ分からない

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