今は、戻るために
第90回 今は、戻るために
新しく確保した袋状の空間で休んだあと、俺たちはさらに下へ向かった
入口の狭い場所には、ローデンが付けた目印が残っている
戻る側から見た時だけ分かりやすい位置だ
その先には、昨日までに確認した道が続いていた
ここまで何度も目印を残してきたせいか、大迷宮の奥なのに少しだけ道らしく見える
実際には道なんてものじゃない
岩や亀裂、段差、自然にできた空洞
その中から、俺たちが通れる場所を選び続けただけだ
それでも、一度も歩いたことのない場所と、戻れることを確認した場所では全然違う
「近い」
ルッカが前を向いたまま言った
「何が」
「匂い」
「大きいやつ」
「いっぱいあるけど、その中で強いの」
俺も《魔力探査》を前へ伸ばす
あの反応はある
何度も遠くから感じてきた、大きな魔力の集まり
前より確実に近い
ただ、一つの身体としては見えない
周囲の魔力そのものが濃くなりすぎていて、その中にさらに強い場所がある
「俺の方も近い」
「同じものか」
ダリオが聞く
「そこまでは分からない」
匂いと魔力反応は同じ方向にある
だからといって同じものとは限らない
そこはもう何度も学んだ
ダリオが先へ進む
俺たちも続いた
道は緩やかに下っている
昨日までの区域と比べると、魔物の反応は少ない
いないわけではない
遠くに小さな反応が二つ、さらに右奥に一つあるが、こちらへ近づいてはこない
その代わり、周囲の魔力が濃い
俺は探査の範囲を狭くしていた
広げれば情報は増える
でも、ここでは増えすぎる
壁の中を流れる魔力、床下方向を通る細い流れ、奥へ向かうもの、奥から戻るもの
全部を一度に拾うと、必要なものまで見えにくくなる
「前、分かれる」
ダリオが止まった
通路が二つに分かれている
左は広く、右は狭い
ただし左側の床には細い亀裂が何本もある
ローデンがしゃがんだ
石を一つ拾い、左へ投げる
落ちる
何も起こらない
もう一つを少し奥へ投げた
今度は鈍い音がした
「下、空いてる」
ローデンが耳を澄ます
俺も床周辺へ探査を向ける
床下方向には魔力の流れがある
ただ、それだけで空洞の形までは分からない
「広いか」
ダリオが聞く
ローデンは亀裂と床を見比べる
「分からない、でも奥まで続いてる可能性ある」
「左はやめる」
ダリオがすぐ決めた
右は狭い
でも床は安定している
一人ずつ進める
ローデンが先に入り、壁と天井を確認する
「通れる」
俺たちは右へ入った
狭い場所は、戦闘になると面倒だ
その代わり、大型の魔物も入りにくい
俺は前後だけを探査する
近くに反応はない
しばらく進むと、狭い道が急に終わった
視界が開ける
前に大きな空間がある
最初に見つけた大空洞ほどではないが、それでも広い
中央が低く、周囲が少し高い
円形に近い
そして中央を横切るように、黒い岩の筋が走っている
「止まれ」
ローデンが言った
全員入口で止まる
「中央、割れてる」
よく見ると、黒い筋だと思ったものは亀裂だった
太い
その周囲にも細い亀裂が広がっている
「向こうへ行けるか」
ダリオが聞く
ローデンは左右を見る
「右から回る」
左側より右側の床の方が高く、亀裂も少ない
「中央には近づかない」
「分かった」
俺たちは右側の壁沿いへ進んだ
空間の中央へ近づくほど、この場所では魔力が強く感じられる
俺は足を止めかけた
「セイジ」
エナがすぐ気づく
「大丈夫」
「何」
「魔力が変わった」
「身体じゃない」
「今は」
今は、と付け加える
エナは一度俺の顔を見てからうなずいた
俺は探査を中央へ向けた
亀裂の周辺から、さらに下方向へ魔力が流れている
いや
下へ向かうだけじゃない
上がってくる流れもある
「ここ、かなり流れてる」
ミラが近づく
「どっちへ」
「両方」
「両方?」
「下へ行くのもある、下から来るのもある」
俺はさらに集中する
中央の亀裂付近を通る魔力は強い
でも、そのまま行って戻るだけではない
途中で枝分かれし、壁側へ流れ、また別の流れと混ざる
「前に言ってた循環に近い」
ミラが言った
「そう見える部分はある」
「ここでは?」
「前より分かりやすい」
俺は周囲を見る
亀裂は自然にできたように見える
魔力を流すための溝にも見えない
でも結果として、ここを通る流れが多い
「原因は」
ダリオが聞く
「分からない」
「なら先」
「うん」
俺たちは止まりすぎずに進んだ
調べたい気持ちはある
でも中央へ降りてまで見る必要はない
今の目的はもっと奥だ
向こう側へ着いたところで、ルッカがしゃがんだ
床に深く長い傷が二本ある
「爪」
「大きい」
「かなり」
俺の手どころか、腕より長い
一歩分の間隔も広い
「新しい?」
ダリオが聞く
「古くはない」
「向きは」
ルッカが追う
空間の奥から、俺たちが来た側へ
浅い方向だ
「また外向き」
ミラが記録する
ルッカは別の跡も見つけた
少し小さい
それも同じ方向だ
「二種類?」
「たぶん」
「一緒に通った?」
「分からない」
そこは決めない
ただ、大型のものがここを浅い方向へ通った
それだけ残す
その先の通路は急に下っていた
まっすぐではない
大きく曲がりながら下へ続く
床は安定している
ローデンの確認でも、すぐ崩れそうな場所はない
「ここ、歩きやすいな」
俺が言うと、ローデンが壁を見る
「崩れた跡が少ない」
「魔物が通ってるから?」
「それは分からない」
今日はよく言われる
でも、その方がいい
俺たちは下った
この場所では、少し進むにつれて魔力がさらに濃く感じられる
ただ、前に大きな変動を受けた場所ほど乱れてはいない
強く流れているが、比較的まとまっている
そのせいで、奥の大きな反応が逆に分かりやすくなった
「近い」
俺は小さく言った
ダリオが止まる
「どのくらい」
「距離は分からない、でも前よりはっきりしてる」
「形」
「まだ」
「動き」
「ほとんどない」
ルッカも前を見る
「匂いも強い」
「一体?」
「大きいのは一つっぽい、でも他も混ざってる」
一つっぽい
そこまでだ
俺たちは速度を落とした
ここから先は、今まで以上に慎重に行く
少し進んだところで、道の脇に広い岩棚があった
地面より一段高く、奥が壁で入口側が開いている
「使える」
ローデンがすぐ見に行く
床、天井、壁を一通り確認する
「ここなら休める」
ダリオも見る
「先に一度止まる」
反対する理由はない
俺たちは岩棚へ上がった
入口から奥の通路が見える
何か来れば気づきやすい
エナが順番に状態を確認する
俺も手を出した
「震えなし」
「魔力は」
「まだかなりある」
「疲れ」
「少し」
「頭」
「平気」
「続けられる」
「うん」
ダリオを見る
エナがうなずく
全員問題ない
そこで短く休むことになった
水を飲み、少し食べる
ルッカは座らず、入口近くで奥を見ている
「落ち着かないか」
「匂いが近い」
「怖い?」
ルッカは少し考えた
「分からない」
「分からないのか」
「大きすぎる」
匂いの大きさなんて俺には分からない
でもルッカがこういう言い方をするのは珍しい
「近づきたくない感じ」
「ある」
「それは大事だな」
ルッカの危険察知は、俺の魔力探査とは別のものだ
理屈にできない時でも無視しない
ダリオにも伝える
「次は短く行く」
ダリオが決めた
「休める場所をもう一つ見つけるか、危険が増えたら戻る」
「分かった」
休息後、再び進んだ
少し歩いたところで、最初の魔物を見つけた
正確には、向こうが先に俺たちを見つけた
中型の四足
背中に長い毛があり、頭には曲がった角がある
通路の中央にいた
俺たちを見る
止まる
逃げない
襲ってもこない
「通れるか」
俺が小声で聞く
「向こう次第」
ダリオは武器を抜かない
ルッカが少し横へ動く
魔物の耳が動く
こちらを警戒している
俺たちも止まる
しばらくして、魔物が横道へ入った
「行った」
ルッカが言う
「追わない」
当然だ
先へ進む
さらに小型を二体見つけた
今度は俺たちを見るとすぐ逃げた
浅い側ではなく、横へ
全部が浅い側へ逃げているわけじゃない
その事実も残る
異変があるからといって、すべての魔物が同じ行動をするわけではない
少し安心した
何でも一つの理由で動いているわけじゃない
その方が自然だ
通路はまた広がった
今度は細長い空洞で、奥まで見えない
左側に大きな岩、右側に低い段差があり、中央には何かを引きずった跡がある
ルッカが確認する
「古い」
「大きい?」
「うん」
「外向き?」
「こっち」
また浅い側だ
俺は奥へ探査を伸ばす
その瞬間、反応が入った
一つ
近い
中型
こちらへ向かっている
「来る」
ダリオが前へ出る
「一体?」
「速い?」
「普通」
「さっき逃げてたやつほどじゃない」
足音が近づく
岩の向こうから姿が見えた
六本脚で低い身体
口が横に広い
見たことがない
「そのまま来る」
魔物は俺たちを見る
速度を落とさない
「迎える」
ダリオが構える
俺は必要なものを考える
速すぎない
狭くもない
まず向きを固定したい
「ルッカ、右へ回せる?」
「できる」
ルッカが動く
魔物の頭がそちらへ向く
ダリオは左
俺は正面後方
三方向
魔物が迷い、動きが鈍る
今だ
《土成形》
六本脚のうち前側二本が踏み込む位置を小さく崩し、動ける幅を狭める
魔物が止まる
完全には拘束できない
でも向きが固定された
「左」
ルッカが言う
腹側に外皮の薄い場所が見える
ダリオが踏み込む
剣が入る
魔物が暴れ、崩した地面を蹴って抜ける
こっちへ来る
必要なのは距離
《風圧》
正面から押す
魔物が半歩下がる
その半歩で十分だった
ダリオがもう一度入る
倒れる
短い戦闘だった
俺は探査を広げる
「他はいない」
「確認」
エナが前へ来る
誰も怪我なし
魔力も問題ない
進める
俺は倒れた魔物を一度見てから、先へ向いた
さっきもそうだった
使ったのは《土成形》と《風圧》
強い魔法ではない
でも必要だった
止める
離す
それだけでダリオが倒せる
昨日考えたことが、もう自然に出ている
魔法を決めてから戦うんじゃない
何が足りないかを見る
俺が全部倒す必要もない
その方が魔力も減らない
「考え方変わった」
ミラが俺を見ていた
「分かる?」
「前より使う魔法が小さい」
「必要なら大きいのも使うよ」
「でも最初に使わない」
「そうだな」
自分でもそう思う
大きい火力は便利だ
でも、便利だから使うものではない
必要なら使う
それだけだ
「古い資料のこと考えてる?」
「少し」
「何か分かった?」
「まだ」
正直に答える
考え方が似ているだけだ
それ以上は何も成立していない
俺たちはさらに奥へ進む
しばらく戦闘はなかった
その代わり、魔力の流れがまた変わった
左右から来るもの、下から上がるものが、奥方向へ向かっている
「集まってる」
俺は今度はそう言った
ミラがすぐ聞く
「確か?」
「今いる場所では」
俺は探査を細くして確認する
右から奥へ
左から奥へ
床下方向から上がって、一度上へ出てから奥へ
全部同じ一点ではない
でも大きな方向は同じだ
「ここから先へ寄っていく」
「戻ってくる流れは」
「ある、でも弱い」
「前の区域と違う」
「うん」
ミラが記録する
俺はその先を見る
大きな反応
近い
魔力の流れが、その周辺へ集まっているように見える
そう言い切っていいのか迷う
探査できる範囲しか見えていない
もっと別の場所へ抜けている可能性もある
「大きな反応の方向と重なる」
俺はそこまでにした
「関係は」
「まだ分からない」
ダリオが前を見る
「でも行く方向は同じ」
「そう」
それで十分だ
先へ進む
道が下る
その先で、俺たちは広い空間へ出た
足を踏み入れる前に止まる
大きい
天井が高く、左右も広い
奥側は暗くて見えない
ただ、今までの空洞と違う
床に痕跡がほとんどない
魔物が通った跡、爪、糞、食べ残し
俺に分かる範囲でも少ない
ルッカはしばらく入口を調べた
「少ない」
「最近通ってない?」
「うん」
「大きいのも?」
「匂いは奥にある、でもここは薄い」
変だ
これだけ広いなら、何かが使っていてもよさそうなのに
俺は探査を広げる
近くには反応がない
奥
もっと奥には大きな魔力反応がある
今までで一番はっきりする
でも形はまだ取れない
「ここ、空いてる」
ダリオが言った
「魔物がいない」
「近くには」
「奥は」
「分からない」
ローデンが床を確認する
「安定してる」
「壁」
「今見えるところは」
「天井」
「高すぎて全部は見えない」
無理に全部見る必要はない
入口付近だけなら安全そうだ
俺たちは少し中へ入った
足音が響く
静かだ
大迷宮でこんなに静かな場所は珍しい
ルッカも落ち着かないのか、何度も周囲を見る
「嫌」
「何が」
「静かすぎる」
俺も同じだった
魔物の反応が少ない
でも魔力は濃い
その流れが奥へ向かう
「進む?」
ダリオが俺たち全員を見る
エナは、
「状態は問題ない」
ローデンは、
「入口付近は安定」
ルッカは、
「近くに強い匂いはない、奥はある」
ミラは、
「戻る時間は確保できてる」
最後に俺
「近くに大きな魔力反応はない、奥にはある」
「なら短く」
進む
俺たちは大空間の右側を使った
中央を突っ切らない
壁から離れすぎない
戻る場所が分かるように目印を置く
少し進む
何もいない
さらに進むと魔力が強くなる
また進んだところで、俺の探査に別の反応が入った
大きい
かなり大きい
奥のぼやけた反応とは別だ
もっと近い
そして動いている
「止まって」
全員が止まる
「来る」
「数」
「一体」
「大きさ」
「かなり大きい」
ルッカが匂いを取る
「さっきの強い匂い」
「近い?」
「うん」
足音
遠い
でも重い
一歩
また一歩
大空間全体に響く
「戻るか」
俺が聞く
ダリオは周囲を見る
「入口までは距離がある」
ローデンが右側を指す
「岩の陰、広い」
巨大な岩塊
その後ろに空間がある
「隠れる」
戦う必要はない
まず見る
俺たちは岩の後ろへ移動する
灯りを抑える
完全な暗闇
俺は探査だけを使う
反応が近づく
大きい
動きからすると四足のようにも感じる
でも輪郭は粗い
「右から来る」
小声で伝える
足音が大きくなる
岩の隙間から影が見えた
巨大な魔物
前に逃げてきたものとは違う
背が高く、太い脚と長い首を持ち、身体の表面には硬そうな突起がある
動きは遅い
でも一歩が大きい
俺たちには気づいていない
そのまま通る
俺は息を抑える
ルッカも動かない
魔物は空間の中央へ出る
一度止まり、奥を見る
低く鳴く
その声に警戒が混じっているように聞こえた
次に身体の向きを変える
浅い側へ歩き始める
「また外向き」
俺がほとんど息だけで言った
ルッカがうなずく
魔物は俺たちが来た方向とは少し違う経路へ入った
足音が遠ざかる
十分離れてから、俺たちは岩陰を出た
「今のも逃げてた?」
俺が聞く
ルッカは少し考えた
「走ってない」
「警戒してた?」
「奥を」
「うん」
「移動は浅い側?」
「うん」
逃走とまでは言わない
でも、奥を警戒しながら浅い側へ移動した
また一つ増えた
「ここに魔物が少ない理由と関係ある」
ミラが言う
「可能性はある」
俺は答えた
「大型まで出ていってるなら」
「でも一体だけ」
「そう」
決めない
まだ一体
ただ、前にも巨大な魔物が逃げている
合わせれば複数だ
それでも、この空間全体が空いている理由まで確定できない
「先どうする」
ダリオが聞く
俺は奥を探る
大きな反応は近い
でも、その手前の魔物反応は少ない
魔力はさらに濃く、流れも強い
「行けると思う」
エナを見る
俺の状態をもう一度確認する
「今なら」
ローデンは、
「床は大丈夫」
ルッカは、
「匂いは奥」
ミラは、
「時間もまだある」
ダリオがうなずく
「もう少し」
進む
大空間の奥側には、大きな裂け目のような通路があった
俺たちが並んで歩けるほど広い
その入口へ近づいたところで、周囲の魔力がまた揺れた
小さい
前ほどではない
俺は止まる
「来た」
「大きい?」
エナが聞く
「小さい、でも変わった」
手は震えない
呼吸も平気
周囲の魔力が一度強まり、そのあと少し弱くなる
「奥から?」
ミラが聞く
「そう見える」
ルッカが通路の奥を見る
「匂いも濃い」
ダリオはすぐ進まなかった
「今日はここを確認して終わりにする」
「中に入らない?」
「入口だけ」
正しい
大空間を越えただけでも距離がある
帰路も長い
俺たちは裂け目状の通路の入口だけ調べる
ローデンは、
「床は安定」
ルッカは、
「新しい痕跡少ない」
俺は、
「奥の魔力反応がかなり強い」
ミラが記録する
ダリオが目印位置を決める
ここまで
戻る
そう決まった
俺は少しだけ奥を見た
暗い
何も見えない
でも《魔力探査》では、強い反応がある
今までより近い
次に来れば、もっと分かるかもしれない
その時、ふと思い出した
STATUS
最近は深部探索に意識を取られ、確認していなかった
前に見た時はLEVEL29だった
戦闘も重ねた
安全に戻る前に見る必要はないとも思ったが、今は戦闘が終わり、周囲も確認済みだ
「少し待って」
「何」
エナがすぐ聞く
「STATUS見る」
「今?」
「今なら落ち着いてる」
ダリオが周囲を見る
「短く」
「分かった」
俺は意識を向けた
表示が浮かぶ
NAME セイジ
RACE ハイホブゴブリンメイジ
LEVEL 30
HP B
MP A
筋力 C
耐久 B
敏捷 B+
器用 A-
精神 A-
魔力 A
SKILL
《魔力探査》
《精密魔力制御》
《高密度魔力圧縮》
《多重並列制御》
TITLE なし
「30」
思わず声が出た
ルッカが覗く
もちろん見えていない
「上がった」
「上がった?」
前より身体の感覚が軽い気がする
魔力も、探査も
急に別物になったわけではない
でも、いくつかの項目が変わっている
俺は表示を見て、その下にいつもとは違うものがあることに気づいた
進化可能
一瞬、息が止まった
「何」
ルッカが聞く
「進化できる」
「今?」
「候補が出てる」
意識を向ける
表示された名前は一つ
《アークホブゴブリンメイジ》
俺はしばらく見た
三回目
いや、転生した直後から数えれば、これまで二度進化してきた
最初はゴブリンメイジ
次にホブゴブリンメイジ
今はハイホブゴブリンメイジ
そして次
《アークホブゴブリンメイジ》
「する?」
ルッカが聞いた
俺は反射的に、はい、と言いそうになった
進化できる
強くなれるかもしれない
今より上へ行ける可能性がある
昔なら迷わなかったかもしれない
でも、すぐに大迷宮の奥を見た
ここはどこだ
森じゃない
第二水場でもない
岩陰拠点でもない
大迷宮のかなり深い場所だ
これまでの進化ではLEVELが1へ戻った
今回も同じなら、進化後にLEVELが下がる可能性がある
身体も変わるかもしれない
大きさ、感覚、動き方、魔力の扱い
これまでの進化では、慣れるまで少し時間が必要だった
もし今ここで進化して、今回も同じような変化が起きれば、その状態でこの深部を戻ることになる
俺一人の問題じゃない
五人もいる
「しない」
俺は言った
「今は?」
ルッカが聞く
「今は」
ダリオが近づく
「理由」
「これまでと同じなら、進化した後にLEVELが下がる可能性がある」
「前も?」
「うん、それに身体が変わるかもしれない」
俺は手を見る
「魔法の感覚も、今と同じか分からない」
ミラがうなずく
「ここで確認する必要はない」
「そう思う」
エナも言った
「帰ってからでいい」
「うん、帰ってからまた確認する」
ローデンは奥と帰路を見比べる
「今の身体で帰れる道を作った」
短い言葉だった
でも分かりやすい
俺たちは今の俺を前提に、ここまで来た
今の身体、今の魔力、今の動き
それを途中で変える必要はない
「保留する」
俺は進化を選ばず、表示を閉じた
不思議と惜しくなかった
進化候補が表示されたこと自体は嬉しい
でも、今ここで選ぶ必要はない
安全な場所へ戻ってから、改めて確認すればいい
急ぐ理由はない
「戻るぞ」
ダリオが言った
「うん」
俺たちは来た道へ向き直った
大空間、岩陰、細長い通路、曲がり道、目印
一つずつ戻る
帰路の途中、小型の魔物を一体見つけたが、向こうが先に離れた
追わない
もう戦う理由はない
少し歩いたところで、ミラが俺の横へ来た
「進化、気にならない?」
「気になるよ」
「なら何で普通」
「今ここで選ぶ必要はないから」
「あとで?」
「帰ってから、もう一度確認する」
「そう」
それだけだ
今表示されているからといって、ここで急いで選ぶ必要はない
昔の俺なら、強くなることそのものが目的に近かった時期もある
森で生きるには力が必要だった
水を出すにも、火を使うにも、魔物から逃げるにも、怪我を治すにも
できることが増えるのは、そのまま生きやすさにつながった
今もそれは同じだ
でも、強くなることと無理をすることは違う
LEVEL30になった
進化候補も出た
それでも今日は帰る
その判断の方が大事だと思えた
途中の安全確保地点へ戻る
ローデンが目印を確認する
問題なし
エナが全員を見る
疲労はある
でも継続困難な者はいない
短く休み、水を飲む
俺は壁際に座った
ルッカが隣に来る
「アーク、何とか」
「アークホブゴブリンメイジ」
「長い」
「今もハイホブゴブリンメイジだぞ」
「それも長い」
「ゴブリンでいいって言うなよ」
「セイジでいい」
一瞬、言葉が出なかった
ルッカは特に深い意味もなさそうに水を飲んでいる
俺は少し笑った
「そうだな」
進化しても
名前まで変わるわけじゃない
俺は俺だ
少なくとも今は、それでいい
休憩を終え、また歩く
帰る道は長い
でも、行きより気持ちは軽かった
一つ先へ進んだ
大きな魔力反応にも近づいた
魔力が深い側へ集まる傾向も、前よりはっきりした
そしてLEVEL30になった
進化候補も確認した
今日だけで十分すぎる
奥の答えは、まだ取っておく
今必要なのは、もっと強くなることじゃない
まず、六人でここから帰ること
そのために、今の俺のままでいる
俺たちは目印を一つずつたどりながら、深部から浅い側へ向かって歩き始めた




