大空洞の下
第86回 大空洞の下
次に大迷宮へ入ったとき、前の探索で引き返した場所まで来るのに、それほど時間はかからなかった
もちろん、距離そのものが縮んだわけじゃない
浅い場所から中層へ入り、さらに深い区域まで下りる道は長い
途中で魔物にも遭遇したし、休憩も取った
ただ、前の探索と違って、目的地がはっきりしていた
どこで曲がるか
どこで足場が悪くなるか
どこなら休めるか
どの辺りから周囲の魔力が濃くなり始めるか
それを六人とも分かっている
知っている道を進むのと、知らない道を探りながら進むのでは、同じ距離でも疲れ方が違う
前の探索から戻るときにローデンが言っていた通り、縄も増やした
それ以外にも、目印に使える布と、小さな杭のようなものをいくつか持ってきている
必要なものは俺の空間収納にも入れてあるが、全部ではない
ダリオも持っている
ローデンも持っている
エナの救護用品は、当然エナ自身が持つ
ミラの記録も同じだ
俺が便利だからといって、俺一人に集めない
前より面倒に見えて、たぶんこっちの方がずっと安全だ
「ここ」
ルッカが止まった
前の探索で、俺たちが引き返した場所だった
さらに下へ続く大きな経路
その横から続いている、大空間へ向かう道
見た目は前の探索で見た時とほとんど変わっていない
俺は《魔力探査》を広げた
近くに大きな反応はない
小さなものはいくつかあるが、かなり離れている
前の探索で遠くに感じた不明瞭な反応は、今日も奥にある
はっきりとは見えない
何かがそこにいるのか
周囲の魔力そのものが偏っているだけなのか
今の距離では判断できない
「変化は」
ダリオが聞く
「近くはない、奥は前と似てる」
「似てるだけか」
「同じとは言えない」
「それでいい」
ルッカは少し前へ出て、鼻を動かした
「匂い、ある」
「前の大きいやつか」
「大きいのはある、でも古いのも混ざってる」
「近くにいる感じは」
「ない」
俺には分からない
魔力なら俺
匂いならルッカ
その線引きは、深いところへ来るほど重要になる
俺の探査が強くなったからといって、匂いまで分かるようにはならない
「入る前に足場を見る」
ローデンが言った
「俺も行く」
「近づきすぎるな」
ダリオに言われた
「分かってる」
「前も聞いた」
最近、エナだけじゃなくダリオまでそれを言う
俺はそんなに信用がないのか
いや、たぶん逆か
俺が動けるから、先に出ようとするのを分かっているんだろう
ローデンと一緒に、大空間へ続く道の入口まで進む
入口付近は広い
二人どころか、六人並んでも余裕がある
その先は一度わずかに下り、それから急に視界が開けていた
持ってきた灯りを前へ出す
光が届く範囲だけでも、かなり広い
反対側の壁までは見えない
天井も高い
灯りだけでは、どれほど大きい空間なのか分からないほどだった
「広いな」
「広い」
ローデンは感想より先に足元を見ている
床は完全な平面じゃない
岩が盛り上がったところ
亀裂
低くなったところ
水が流れた跡のような溝
いくつもある
「崩れそうか」
「今いるところは大丈夫そう」
「奥は」
「見ないと分からない」
「だよな」
俺たちは一度戻った
ダリオが全員を集める
「中は広い、入るなら先に戻る道を決める」
「縄を使う」
ローデンが持ってきたものを出した
大空洞の入口付近に固定し、進む方向に応じて目印を作る
ずっと一本を引きずって歩くわけではない
そんなことをしたら途中で何かに引っかかる
一定の場所に目印を置き、戻る向きを見失わないようにする
俺は空間収納から布を出した
「これも使える」
ミラが受け取って確認する
「色が違う方を帰る側にする」
「分かりやすいな」
「暗いと色は見えにくい」
「じゃあ結び方を変える」
ルッカが布を持って、片方だけ二重に結んだ
「戻る方、二つ」
「それなら触っても分かる」
ミラが言った
こういうところは、俺が考えるより早い
準備を終え、俺たちは大空洞へ入った
最初はダリオとローデン
少し後ろに俺とルッカ
その後ろにエナとミラ
広いからといって、ばらばらにはならない
むしろ広すぎる場所ほど、離れない方がいい
灯りが照らす範囲から外れれば、人間の目ではかなり見えにくくなる
俺も暗闇の中を完全に見通せるわけじゃない
《魔力探査》を広げる
近くに大きな反応がないことを確認する
灯りを動かしながら、見える範囲を確かめる
広い
思っていたよりずっと広い
床は中央へ向かって少しずつ下がっている
右側は大きく崩れている
左側は比較的安定している
向こう側や下の方は、まだ灯りが届かない
「この先、下がってる」
俺が言うと、ダリオが止まった
「見えるのか」
「近いところは床の傾きで分かる、先までは見えない」
ローデンが床を見る
「傾いてる」
「滑るか」
「まだ大丈夫、でも先は分からない」
ルッカがしゃがんだ
「跡、ある」
「新しい」
「いくつか」
灯りを寄せる
俺には薄い傷にしか見えない
ルッカはそこを指でなぞった
「大きいのが、こっち」
奥へ向かっている
別の小さな跡は、逆方向
「出てきた方もいるか」
「うん」
「最近」
「小さい方は新しい」
まただ
奥から浅い方へ移動している痕跡
ここまで深く来てもある
むしろ、ここまで来たからこそ意味があるのかもしれない
「記録する」
ミラが言った
場所を確認しながら紙へ書き込む
「方向も」
ルッカが示す
「こっちから、あっち」
「分かった」
俺はその間も周囲を探る
大きな反応はまだ遠い
近くにはいない
だからといって安全とは限らない
大空洞は広すぎる
壁の陰
段差の下
裂け目の奥
探査で拾いにくい場所はいくらでもある
進みながら、一定の間隔で目印を置く
最初の一つ
二つ
三つ
入口の灯りは、もう小さく見えるだけになった
「止まれ」
ダリオが手を上げた
全員止まる
前方の床に、大きな割れ目がある
近づくと、幅は俺が飛び越えられるくらいだった
ただし下が見えない
石を落とす
すぐには音がしない
しばらくして、遠くで小さな音がした
「深い」
ローデンが言う
「飛ぶのは」
「一人ずつならできる、でも戻る時に怪我人がいたら面倒」
ダリオもうなずいた
「迂回する」
飛び越えられるなら飛べばいい
昔の俺なら、そう考えたかもしれない
今はそれをしない
行けるかどうかだけじゃなく、帰れるかどうか
怪我をした状態でも帰れるか
そこまで考える
割れ目の左へ回る
少し距離は増えたが、幅の狭い場所が見つかった
ローデンがそこを調べる
「ここなら足場を作れる」
「頼む」
俺も手伝う
《土成形》
周囲の岩と土を動かし、踏める幅を少し広げる
大きく作り変える必要はない
足を置く場所が増えればいい
ローデンが石を置き、体重をかける
「これなら通れる」
一人ずつ渡る
ダリオ
ルッカ
ミラ
エナ
俺
最後にローデン
全員渡ったところで、戻る位置が分かるように目印を置いた
「こういうの増えそうだな」
俺が言う
「増える」
ローデンは嫌そうでもない
むしろ仕事がある方が落ち着く人だ
俺たちはさらに下った
周囲の魔力が、少しずつ変わっている
濃い
それだけなら前にもあった
今日は流れが分かりやすい
場所によって強くなったり弱くなったりする
一定方向に流れているように感じる場所もある
俺は歩きながら探査を細くしてみた
広く見るのではなく、周囲の魔力の流れだけを追う
右から左
上から下
いや、違う
単純な方向じゃない
複数の流れがある
その一部が、さらに深い側へ引かれているようにも感じる
「セイジ」
ミラの声で意識を戻した
「何か見つけた」
「見つけたってほどじゃない」
「何」
「魔力の流れが変だ」
「前と違う」
「前より分かりやすい」
ミラは記録を出した
「方向は」
俺は少し考える
「全部じゃないけど、下に向かってる流れがある」
「奥側」
「そう見える」
「断定できる」
「できない」
「なら、そのまま書く」
ミラは余計な言葉を足さない
俺が分からないと言えば、分からないまま記録する
ありがたい
しばらく進んだところで、ルッカが急に止まった
耳が立つ
鼻を動かす
「来る」
同時に、俺の《魔力探査》にも反応が入った
一つ
いや、二つ
奥から速い
「距離」
ダリオが聞く
「近い、二体」
「大きさ」
「中くらい、前より強い」
俺が言い終わる前に、暗闇の向こうで石が転がる音がした
ローデンが周囲を見る
「ここは狭い」
大空洞の中でも、俺たちがいる場所は両側に大きな岩がせり出している
広く動けない
「後ろへ戻る」
ダリオが即座に決めた
さっき通ったところまでなら少し広い
全員が下がる
俺は後ろ向きになりながら探査を続ける
来る
速い
「もう見える」
ルッカが言った
灯りの端に影が入る
一体目
四本脚
前に見た獣型とは違う
身体が低い
背中に岩のような突起がある
二体目も同じ
俺たちを見つけた瞬間、さらに速度を上げた
「止める」
俺が手を向ける
《土成形》
地面を盛り上げ、壁を作る
完全に塞ぐのではなく、進路を狭める
一体目が横へ避けた
二体目は壁へ体当たりした
重い音
土壁の一部が割れる
「硬いな」
ダリオが前へ出る
「一体ずつにする」
壁を避けた一体が来る
ダリオが受ける
剣と爪がぶつかった
一撃で押し切れない
相手の方が重い
ダリオが半歩下がる
「右」
ルッカが叫ぶ
魔物が身体をひねる
尾
長くはないが、太い
横から振られる
ダリオが避ける
「背中硬い」
ルッカが動きを見ながら言う
俺は《火弾》を撃つ
背中へ直撃
火が散る
倒れない
外側に硬い部分がある
「下は」
ルッカが低く回り込む
魔物が追う
その瞬間、腹側が見えた
「そこ」
《風刃》
斜め下から入れる
魔物の腹側が切れた
声を上げ、体勢が崩れる
ダリオが一気に距離を詰める
剣が入った
一体目が倒れる
同時に、土壁がさらに崩れた
二体目が抜けてくる
速い
狭い場所で避ける余裕は少ない
俺は前へ出ようとした
「セイジ、左」
ローデンの声
見る
岩壁の近く
少し高い場所
足場として使える
すぐに分かった
俺はそちらへ移動する
二体目がダリオへ向かう
エナとミラは後方へ下がっている
ルッカが横から注意を引く
俺は高い位置を取った
「腹を向けさせる」
ダリオが言う
「分かった」
魔物が突進する
ダリオは正面から受けない
直前で横へ
魔物が方向を変える
そこへルッカが反対側から入る
魔物がさらに身体をひねる
腹側が見えた
今度は一瞬だ
《水槍》
細く
真っ直ぐ
腹側へ突き刺さる
一体目より深く入った
魔物が暴れる
「まだ」
ダリオが叫ぶ
倒れない
俺は次を撃とうとして止めた
ルッカが近い
今撃てば巻き込む
「ルッカ、離れろ」
すぐに飛び退く
魔物の頭がこちらへ向いた
狙いが俺へ変わった
来る
高い足場にいるから逃げ道は少ない
俺は飛び降りず、手を前に出す
《風圧》
正面ではなく、少し横から
魔物の頭が振られる
突進方向がずれ、岩へ肩からぶつかった
その瞬間、ダリオが入る
剣が腹側の傷へ入った
二体目も動きを止めた
「終わり」
ルッカが近づいて確認する
俺は魔力探査を広げた
「他はいない」
「すぐ確認する」
ダリオは周囲を見たまま言う
エナが前へ来た
最初にダリオを見る
腕
肩
脇腹
「怪我は」
「ない」
「押された」
「少し」
「見せて」
「後で」
「今」
また始まった
ダリオでも逃げられない
俺は少し安心した
エナがダリオの肩を確認している間、ローデンは崩れた土壁を見ていた
「壊されたな」
「俺が作ったやつだからな」
「もっと厚くすれば止まった」
「魔力使うぞ」
「ならあれでいい」
結局いいのか
ミラは倒れた魔物を記録している
「前に見た」
「俺は覚えてない」
「似た記録はある、でも同じ種類かは分からない」
「じゃあ決めない方がいいな」
「そうする」
ルッカは匂いを確認していた
「奥から来た」
「確実か」
「跡もある」
さっきの二体が来た方向を見る
奥
まただ
深い側から浅い側へ
「こいつらも移動してたのか」
「たぶん」
「俺たちに気づいて襲ってきた可能性は」
「ある」
それなら、奥から逃げていたとは限らない
ただ移動中に俺たちを見つけただけかもしれない
そこを混ぜないようにする
休憩を取ることになった
戦闘自体は長くない
でも魔力を使った
ダリオも身体をかなり使っている
エナが全員を確認する
俺の番が来た
「疲れ」
「少し」
「魔力は」
「まだ余裕ある」
「手」
出す
震えはない
「大丈夫」
「なら進める」
ダリオが聞く
エナは周囲を見た
「今なら」
今なら
その言い方が大事だ
先も大丈夫とは言わない
今の状態なら進める
俺たちは少し食べ、水を飲んだ
休憩の間、俺は倒した魔物のことを考える
前より強い
硬い
動きも速い
でも倒せた
一人でじゃない
俺の魔法だけでもない
ルッカが動きを見て
ダリオが向きを変え
ローデンが足場を示し
エナが継続できる状態を判断する
ミラは直接戦わなくても、ここまでの情報を残している
戦うだけなら、俺一人でもできることは増えた
でも、深く進むことは違う
戦って勝つだけじゃ足りない
進んで
調べて
戻る
全部できて初めて探索だ
少し休んだ後、俺はふと思った
「そういえば、確認してないな」
「何を」
ミラが聞く
「STATUS」
前に確認してから、それなりに戦っている
大迷宮へ入る回数も増えた
いつ上がるかは分からないが、確認しない限り分からない
安全な休憩中なら見る余裕はある
俺は意識を向けた
見慣れた表示が浮かぶ
NAME セイジ
RACE ハイホブゴブリンメイジ
LEVEL 29
HP B
MP A
筋力 C
耐久 B
敏捷 B
器用 B+
精神 B+
魔力 A-
SKILL
《魔力探査》
《精密魔力制御》
《高密度魔力圧縮》
《多重並列制御》
TITLE なし
「上がってる」
「LEVEL」
ルッカが覗こうとする
見えないはずなのに、毎回やる
「29」
「ひとつ」
「ひとつだな」
HP
MP
耐久
少し変わっている
数字じゃないから、どれくらい違うかを正確に説明するのは難しい
ただ、感覚としては分かる
大迷宮へ入り始めた頃より、長く動ける
魔力も増えている
同じ魔法を使った時の余裕も違う
「何か新しいのは」
ミラが聞く
「ない、SKILLも同じ」
「身体は」
エナが聞く
「今のところ変な感じはない」
「ならいい」
LEVELが上がったからといって、急に身体が変わるわけじゃない
進化とは違う
でも積み重なっている
最初の頃、LEVELが一つ上がるだけで喜んでいたことを思い出した
今でも嬉しくないわけじゃない
ただ、昔ほどそれだけを見なくなった
強くなった
だから奥へ行ける
でも強くなったから、どこまでも行っていいわけじゃない
そこは別だ
STATUSを消し、立ち上がる
「行ける」
ダリオが聞く
「問題ない」
「なら進む」
倒した魔物のところを離れ、さらに大空洞の下へ向かう
進むほど床の傾斜が強くなる
何度かローデンが止めた
「そこ踏むな」
「割れてる」
「右から」
言われるままに進む
俺の身体能力なら飛び越せる場所もある
でもミラやエナが同じようにできるとは限らない
逆に、ローデンに見えて俺には見えない危険もある
全員が通れる道を作る
それが必要だ
やがて、傾斜の先に大きな段差が現れた
下までかなりある
壁沿いに、自然にできた細い道が続いている
「ここを下りるのか」
俺が聞く
ローデンはしばらく見た
壁を触る
床を叩く
亀裂を見る
「行ける、でも一人ずつ」
「縄は」
「使う」
上に固定する場所を探す
太い岩の柱のような場所がある
ローデンが確かめ、縄を回す
「これで落ちても止まる」
「落ちる前提なのか」
「落ちないため」
似ているようで違う
ダリオが最初に下りる
次にルッカ
ミラ
エナ
俺
ローデン
俺は下りながら周囲を探る
さっきより奥の反応が近い
それでも正体までは分からない
大きい
たぶん
でも、これも何か一体の魔物なのか、それとも魔力が集まっている場所なのか判断できない
それとは別に、小さな反応がいくつも散っている
下を見ると、少し広い場所が見える
「下、少し広がってる」
「また空洞か」
ダリオが聞く
「今のところより狭いけど、道が分かれてる」
下まで降りる
そこは大空洞の底ではなかった
さらに一段下の場所
上の大空洞につながる、低い空間だった
天井はまだ高いが、上ほどではない
ここから三方向へ道がある
左
正面
右
全部奥へ続いている
「面倒だな」
ダリオが言った
「全部見るか」
「今日は見ない」
即答だった
「一つだけ」
「どれ」
「情報が多い方」
全員が俺を見る
「俺か」
「魔力」
「ああ」
俺は三方向を探る
左
魔力は比較的薄い
小型の反応が一つ
正面
周囲魔力が濃い
奥に不明瞭な大きい反応
右
魔力は中くらい
ただ、流れが強い
「正面が一番濃い、でも右は流れが強い」
「大型の反応は」
「正面の先」
ルッカはそれぞれの入口を嗅いでいる
左
首を振る
右
少し考える
正面
長く嗅ぐ
「大きい匂い、こっち」
正面だ
俺と一致した
「痕跡は」
「ある」
床を見る
大型らしいもの
それだけじゃない
小型
中型
いくつか混じっている
方向も一つじゃない
奥へ向かうもの
外へ向かうもの
交差している
「ここは通り道か」
俺が言う
「そうかも」
ルッカは奥を見る
「でも、最近は外向きが多い」
ミラがすぐに記録した
ダリオが腕を組む
「今日は正面へ少しだけ」
ローデンが先を見る
「入口は大丈夫」
エナが聞く
「戻る時間は」
ミラが記録を確認する
「まだ余裕はある」
「全員の状態も問題ない」
エナが言う
条件がそろう
「進もう」
正面の道へ入った
さっきまでの大空洞とは違い、今度は幅が狭い
それでも六人が歩けるくらいはある
天井も十分高い
ただ、圧迫感がある
壁から感じる魔力が強い
俺は手を近づけた
「触るな」
ローデンに止められた
「崩れる」
「いや、魔力が気になって」
「なら先に言え」
「悪い」
俺は触らずに探る
壁の中を魔力が流れているように感じる
もちろん、本当に壁の中だけを流れているかは分からない
周囲の空間も濃い
でも、ある場所だけ妙に強い
線のように続いている
「ミラ」
「何」
「ここの魔力、少し変だ」
「濃い」
「濃いし、流れがある」
「方向は」
「奥」
ミラが書く
「さっきの右側の流れとは」
「同じか分からない」
「分かった」
進む
しばらくすると、ルッカがまた止まった
今度は戦闘の合図ではない
床を見ている
「これ」
巨大な爪痕のようなものがある
一つ
二つ
三つ
幅が大きい
俺の手よりずっと大きい
「前の二体じゃないな」
「違う」
「古い」
「少し」
新しくはない
でも消えかけてもいない
ダリオがしゃがむ
「どっち向きだ」
ルッカが少し歩く
「奥から、こっち」
浅い方へ
またか
俺たちは顔を見合わせる
「大きいのも出てきてる」
俺が言う
「可能性はある」
ミラが慎重に言う
「でも、この痕跡だけで今も移動しているとは決められない」
「分かってる」
一つずつ
確定できるものだけ
奥から浅い側へ向かう大型の古い痕跡がある
それだけだ
さらに少し進んだ
魔力が強くなる
探査を使っているだけなのに、周囲から押されるような感覚がある
嫌な感じではない
ただ、濃い
魔法を発動していないのに、自分の周りへ魔力がまとわりつくような感覚
「ここ、前よりきつい」
俺が言うと、エナがすぐに見る
「身体」
「平気」
「頭は」
「痛くない」
「気分」
「悪くない」
「なら何がきつい」
「魔力が濃い」
エナには分からない部分だ
でも確認はする
俺が魔力の違和感を身体の不調と勘違いしていないか
その逆もある
「セイジ」
ミラが前を見た
「記録に似たものがある」
「何の」
「古い資料、大迷宮の深い区域ほど魔力が濃いことはある」
「普通なのか」
「そこまでは書いてない」
「じゃあ今のが普通か分からない」
「そう」
役に立たないようで、役に立つ
深いから濃いという現象自体は、あり得る
でも今の状態が正常かどうかは分からない
異変だから濃いと決めつけるのも違う
さらに奥へ行くと、道が少し広くなった
その先で、俺は止まった
「待って」
全員止まる
探査の先
さっきから感じていた大きな反応
少しだけ輪郭が見えた
近づいたからだ
それでも完全には分からない
大きい
かなり大きい
でも動いている感じがしない
「いるか」
ダリオが小声で聞く
「分からない」
「魔物じゃない」
「それも分からない」
俺は集中する
《魔力探査》
範囲を狭く
奥だけ
魔力が集まっている
それは分かる
ただ、一つの身体の形として拾えない
広がっている
場所そのものが強いようにも見える
「前に感じた反応と似てる」
「同じか」
「まだ言えない」
「距離は」
「前より近い」
ルッカが匂いを取る
しばらくして首を振った
「大きい匂いはある、でもここから先、いっぱい混ざってる」
「一体じゃない」
「分からない」
また分からない
それでいい
無理に答えを作らない
ダリオが先を見た
「今日はここまでだ」
今回は俺も反論しなかった
理由が分かる
前の探索より先へ来た
大空洞へ入った
さらに下へ降りた
複数の道を確認した
深い側から浅い側へ向かう痕跡をいくつも確認した
魔力の流れも見た
そして、遠くにあった反応へ少し近づいた
十分だ
「目印を残す」
ローデンが言う
「分かりやすいやつにしよう」
布を使う
二重の結び目
帰る側
さらに壁際に小さな石積み
ここから先が未確認だと分かるようにする
「記録した」
ミラが言った
「戻ろう」
帰路につく
来た道を戻る
狭い経路
三叉路
段差
縄
大空洞
割れ目
目印があるだけで、ずいぶん違う
ルッカは帰りも痕跡を見る
ダリオは前後を確認する
ローデンは作った足場が崩れていないか見る
エナは全員の歩き方まで見ている
ミラは必要な場所で記録を追加する
俺は魔力反応を見る
大きな戦闘はもうなかった
途中で小型の魔物を一体見つけたが、向こうが逃げた
追わない
帰る時に余計な戦闘を増やす必要はない
大空洞を出る前、俺は一度だけ振り返った
暗い
どこまでも奥があるように見える
実際、まだ下へ続いている
今日分かったことは多い
それでも、答えには届いていない
大型魔物の縄張りが空いている
深部から浅い側へ痕跡が向かっている
魔力が場所によって濃い
流れも偏っている
奥には大きな魔力反応がある
全部つながっているように見える
でも、まだ線にはできない
「セイジ」
ルッカが呼んだ
「行くよ」
「ああ」
俺は暗闇に背を向けた
帰る
次に来るために
今日、LEVELが29になっていた
強くなっている
少なくとも、前より深くまで進めるだけの力はある
でも、深く行ける理由はそれだけじゃない
戻る道を作るローデンがいる
先に進むか止めるかを決めるダリオがいる
匂いと痕跡を追うルッカがいる
身体の限界を見るエナがいる
散らばった情報を残すミラがいる
俺は魔力を見る
それぞれ見えるものが違う
だから、俺一人では見えなかったものが少しずつ形になる
まだ答えじゃない
輪郭だけだ
それでいい
今は、それを一つずつ追えばいい
大空洞のさらに下
そこから続く正面の道
そして、そのもっと奥
前には見えなかったものが、今日は少し近くなった
次は、もう少しだけ近づける




