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また、奥へ

第85回 また、奥へ


朝、目を覚ましたとき、最初に聞こえたのは水の音だった


岩陰拠点の奥、俺が寝床にしている場所からでも、外を流れる小さな水音はよく聞こえる


昔なら、目を覚ました直後にまず周囲の気配を探っていた


何かが近くにいないか


夜のうちに痕跡が増えていないか


入口の向こうに知らない匂いが混じっていないか


今でも確認はする


ただ、それより先に、今日の水はちゃんと流れているな、と考えるようになった


それだけの違いなのに、ずいぶん変わった気がする


横を見ると、ルッカはまだ丸くなっていた


寝床の端に寄っているせいで、俺の側には妙に広い空間ができている


最初の頃は、俺の方が小さかったはずなんだけどな


今では体格がかなり違う


岩陰拠点も何度か手を入れてもらっているから、寝返りを打って肩をぶつけることもなくなった


俺が起き上がると、布が擦れる音に反応したのか、ルッカの耳が動いた


目は開かない


でも耳だけは、しっかりこっちを向いている


「起きてるだろ」


返事はない


俺は立ち上がり、入口の方へ向かった


三歩


四歩


その後ろで、がさっと布が動く音がした


振り返ると、ルッカも起き上がっていた


「やっぱり起きてるじゃないか」


「今、起きた」


「耳は先に起きてたぞ」


「耳は別」


そんなことあるのか


少なくとも俺にはない


外へ出ると、朝の森は少し冷えていた


季節というものを正確に数えているわけじゃないけれど、森の空気にも少しずつ変化はある


朝晩の冷え方


葉の色


土の湿り方


虫の声


そういう小さなものが積み重なって、時間が流れていることだけは分かる


俺は入口近くで軽く身体を伸ばした


以前より動きやすい身体になったとはいえ、何もしなくても疲れないわけじゃない


むしろ、大迷宮に入るようになってからは、戻った後の疲労を意識することが増えた


身体の疲れだけなら、寝ればかなり戻る


面倒なのは魔力の方だ


深い場所へ行くほど、周囲の魔力が濃く感じられる場所が増え、場所によってその濃さに差がある


濃いだけならまだいい


流れが妙な場所がある


何かに引かれているように感じるところもあれば、逆に押し返されるようなところもある


前に大迷宮へ入ったとき、かなり深い場所まで進んだ


その先には、さらに下へ続く大きな経路と、大空洞らしい空間があった


俺たちは、そこへは入らずに戻った


無理をして進む必要はなかったからだ


見つけた


場所を覚えた


戻る道も確認した


それなら、一度帰る


昔なら、目の前に知らない道があれば、もう少しだけと考えていたかもしれない


でも今は、もう少しだけ、が危ないことを知っている


特に大迷宮では、その少しが長い


「セイジ」


ルッカが森の方を見ながら鼻を動かしていた


「何かいるか」


「いつもの」


俺も《魔力探査》を広げる


小さな反応


獣か、魔物か、そこまでは分からないが、こちらへ寄ってくる動きではない


少し離れた場所を横切っていく


「こっちには来ないな」


「うん」


朝の確認はそれで終わった


今日は大迷宮へ向かう


その前に、第二水場へ寄ることになっていた


準備自体は昨日までにほとんど終わっている


食料


水


布


縄


薬


小型の道具


簡単な補修用品


必要なものは、俺の空間収納にも分けて入れてある


これまで使ってきたのは、小物や携行品が中心だ


どこまで大きな物が入るのか、生き物を入れられるのか、中で時間がどう流れるのかは確認していない


それでも、持ち運べる荷物が増えたのは大きい


昔、岩陰拠点から第二水場へ何かを運ぶだけでも、何度も往復していた頃を思えば、かなり楽になった


ただし、便利になったからといって、全部俺が持つようにはしていない


何を誰が持っているか分からなくなるからだ


俺が倒れたら全部使えない、なんて状態にするのもよくない


そういうところは、ダリオやエナにかなり言われた


最初は、持てるなら持てばいいだろ、と思っていた


今は分かる


冒険とか戦闘とか、そういうものは、一人が便利すぎると逆に危ない


「行くか」


「行く」


簡単に朝の食事を済ませ、俺たちは岩陰拠点を出た


入口を離れる前に、一度だけ振り返る


土と岩と木


見慣れた棚


調理場所


寝床


外から見れば、森の中の岩陰に少し手を加えただけの場所だ


立派な家ではない


でも、帰ってきたときに一番ほっとする


それで十分だった


第二水場へ向かう道は、もう迷うことがない


ルッカに先導してもらわなくても歩ける


とはいえ、今日はルッカが少し前を歩いている


時々止まって、地面を見たり、木の幹に鼻を近づけたりする


俺には同じに見える土でも、ルッカには違うらしい


誰が通ったか


どちらへ行ったか


急いでいたか


重い物を運んでいたか


そこまで分かることもある


「何か変か」


俺が聞くと、ルッカはしゃがみ込み、薄く残った足跡を指した


「二体、昨日」


「第二水場の方か」


「うん」


「知ってるやつ」


「たぶん」


たぶん、というのが大事だ


前なら、似た足跡を見つければ、前に会ったゴブリンだと思っていたかもしれない


でも森には他にもいる


同じような体格なら、足跡だって似る


何度か第二水場を使うようになったゴブリンたちもいるが、毎回来るわけではないし、ずっと一緒にいるわけでもない


好きなときに来て、水を飲んだり、少し休んだり、必要な情報があれば置いていく


俺たちの仲間という言い方も、少し違う


部下ではない


一緒に暮らしているわけでもない


でも、危ない場所を教え合う程度の関係にはなっている


そのくらいが、今はちょうどいい


第二水場へ着くと、先に声が聞こえた


「そっちじゃない、こっちだ」


ダリオだ


少し開けた場所で、木材を動かしているローデンに向かって何か言っている


「こっちだと邪魔になる」


「だから少しずらしてる」


「最初からそう言え」


「今言った」


朝からいつも通りだ


俺が近づくと、ローデンが手を止めた


「来たか」


「何してるんだ」


「これ」


ローデンが指したのは、道具小屋の近くに置かれた木材だった


前から置いてあったものだが、位置が少し変わっている


「邪魔だったのか」


「人が増えると通りにくい」


「人っていうか、ゴブリンもいるけどな」


「通るなら同じ」


その通りだ


第二水場は、いつの間にか物が増えた


棚


道具小屋


排水用の溝


治療に使う場所


試験的に育てている植物


乾燥させるための場所


水を汲みやすくするために整えた足場


どれも、一つずつ見れば大したものじゃない


でも積み重なると、人が動くための道が必要になる


ローデンはその辺りをよく見ている


「これでいい」


木材を寄せ終えたローデンが立ち上がった


「帰ったら続き」


「帰ってからもやるのか」


「崩れてなければ」


「縁起でもないこと言うなよ」


近くで荷物を確認していたエナが、俺たちを見た


「セイジ、昨日の傷は」


「もう大丈夫」


「見せて」


「本当に大丈夫だって」


「見せて」


二回言われた


こうなったら無理だ


俺は腕を出した


前に大迷宮でついた擦り傷だ


もうほとんど塞がっている


《治癒》を使うほどでもなかったから、洗って薬を塗ってそのままにしていた


エナは傷を見て、指で周りを軽く押した


「痛い」


「痛いか」


「押されたらな」


「なら大丈夫」


確認方法が雑に感じる


でも、エナは他の傷も見ると、納得したように手を離した


「無理しなければいい」


「分かった」


「前も聞いた」


「今回は本当に分かった」


「前も言った」


横でルッカが笑っている


助けてくれない


「エナ、薬は足りるか」


俺が話を変えると、エナは荷物の方を見た


「足りる、でも使いすぎたら足りない」


「それは何でもそうだろ」


「だから使いすぎないで」


俺が怪我をしないようにする話だったらしい


分かりやすい


ミラは少し離れたところで紙を広げていた


前に大迷宮で記録した経路や、魔力の変化を書き込んだものだ


人間の文字で書かれている部分は俺にはまだ全部読めない


簡単なものなら分かるようになってきたが、ミラの記録は細かい


「どうだ」


俺が横から覗くと、ミラが紙の端を押さえた


「これまでの情報は整理した」


「何か分かったか」


「新しいことはない」


「そっか」


「でも、重ねると少し見える」


ミラがいくつかの印を指した


俺たちが周囲の魔力が濃いと感じた場所


大型魔物の痕跡が消えていた場所


魔物の移動が多かった場所


前に大きな魔力反応を感じた時の方向


そして、その後に起きた一時的な大きな魔力変動


完全に重なるわけではない


でも、奥へ向かうほど印が増える


「やっぱり、深い方か」


「可能性は高い」


ミラはそう言ってから、すぐに付け加えた


「でも、まだ原因は分からない」


「分かってる」


そこは決めつけない


俺たちが知っているのは、普段と違う変化が複数起きていること


浅い側でもその変化が確認されていること


そして、深い側へ進むほど気になる情報が増えていること


それだけだ


大迷宮の奥に何があるかなんて、俺たちはまだ見ていない


「セイジ」


ダリオが呼んだ


「今日はどこまで行く」


「前に見つけたところまで」


「その先は」


「着いてから決める」


ダリオは一度考え、うなずいた


「それでいい」


「反対されると思った」


「お前が、着く前からその先まで行くって言ったら反対する」


「信用ないな」


「あるから言ってる」


よく分からない


でもダリオらしい


最終確認を終えると、俺たちは第二水場を出た


セイジ


ルッカ


エナ


ダリオ


ローデン


ミラ


六人


前なら、この人数で大迷宮の深いところまで行くなんて考えもしなかった


というより、そもそも人間と並んで歩くこと自体がなかった


ダリオとローデンは前


俺とルッカが中ほど


エナとミラが少し後ろ


場所によって順番は変えるが、森の中ではだいたいこの形になることが多い


俺が魔力を探り


ルッカが痕跡を見る


ダリオが進む道を判断し


ローデンが足場を見る


エナは全員の状態を見て


ミラは記録する


俺が強くなれば全部できるようになる、なんてことはなかった


魔力が分かっても足跡は読めない


魔法が使えても薬の知識は増えない


岩を壊せても、どの岩を壊したら天井が落ちるかまでは分からない


前に進めても、戻るべき時をいつも正しく判断できるとは限らない


だから六人いる


大迷宮の入口が見えてくると、自然に会話が減った


入る前に一度休む


水を飲み、装備を確認する


俺も空間収納の中を確認した


布


縄


水


簡単な食料


予備の道具


問題ない


「魔力は」


エナに聞かれた


「十分」


「疲れは」


「ない」


「眠い」


「それはルッカ」


俺が言うと、ルッカが睨んだ


「眠くない」


「朝、起きてなかっただろ」


「起きてた」


「耳だけな」


「耳が起きたら起きてる」


まだ言うのか


ダリオが呆れた顔をしている


ローデンは聞いていない


ミラは紙に何か書いていた


まさか今の会話じゃないだろうな


「行くぞ」


ダリオの一言で、空気が変わった


俺たちは大迷宮へ入った


入口近くは、もう何度も通っている


壁の形


道の幅


分岐


天井の高さ


危険な段差


覚えている場所が増えた


それでも油断はできない


迷宮は森と違って、見える範囲が狭い


曲がり角の先


岩の陰


上下につながる穴


魔力探査を広げれば、ある程度は分かる


でも、それだけに頼らない


「右、古い」


ルッカが壁際の痕跡を見た


爪で削られた跡


何か大型の魔物が通った痕跡だが、新しくはないらしい


「どのくらい」


「何日か」


「戻ってきてる感じは」


「ない」


俺も魔力を探る


大きな反応はない


小型の魔物が二つ


かなり離れている


進行方向とは重ならない


「行ける」


ダリオが先へ進む


浅い層を抜け、中へ


そこからさらに下へ


これまでに安全を確認した経路を使う


もちろん、安全というのは、何も出ないという意味じゃない


途中、一度だけ足を止めた


「前」


俺が言うより少し早く、ルッカが止まっていた


魔力反応は三つ


大きくない


動きが速い


「来る」


ダリオが剣を抜く


暗がりの向こうから、低い音がした


四足


灰色に近い身体


細長い口


前にも何度か見た魔物だ


名前は知らない


向こうもこちらを見つけた


一体が走る


二体が少し遅れて広がる


「左を止める」


ダリオが言う


俺は手を前に出した


《土締め》


足元の土と岩の隙間を狭める


完全には止まらない


でも、一体の前脚が沈み、動きが鈍る


その横を別の一体が抜けた


ダリオが正面へ出る


剣が振られ、魔物が飛び退く


そこへルッカが横から入り、短く注意を引く


俺は空いた線を見る


《風刃》


風が走った


一体の肩口を切り、体勢が崩れる


ダリオが仕留める


残った二体のうち、土に足を取られていた一体が抜けようとする


《火弾》


火が直撃する


それで終わり


最後の一体は、仲間が倒れたのを見ると逃げた


ダリオは追わなかった


俺も撃たない


「行かせるか」


「追う必要はない」


「同じ意見」


ルッカが鼻を動かす


「戻ってこない」


「ならいい」


戦闘は短かった


昔なら、一体相手でもかなり緊張した


今は三体でも、役割を分ければ問題なく処理できる


それでも、何も感じなくなったわけではない


魔物が動けば見る


魔力を使えば減る


足場が悪ければ転ぶ


怪我をすれば痛い


強くなったから危険がなくなったわけじゃない


できることが増えただけだ


倒した魔物から必要なものだけ確認し、俺たちは先へ進んだ


時間が経つにつれ、周囲の魔力が少しずつ濃くなる


《魔力探査》を広げたまま歩いていると、その差がよく分かる


「また濃い」


俺が言うと、ミラが足を止めた


「場所は」


「前に記録したところより少し手前」


「同じ方向」


「たぶん」


ミラが記録する


ローデンは壁に手を当てた


「ここは変わってない」


「何が」


「割れ方」


壁の細い亀裂を指す


「前からある」


「広がってない」


「少なくとも見た感じは」


それだけ聞くと、俺は少し安心した


魔力の変化と、迷宮そのものの崩れが同時に起きているわけではなさそうだ


もちろん、これだけで全部を判断できるわけじゃない


先へ進む


以前、少し苦労した大型魔物の縄張り跡にも着いた


そこは今も空いていた


新しい糞


爪痕


食べ残し


そういうものがない


ルッカはかなり時間をかけて周囲を調べた


「戻ってない」


「別のやつも来てないか」


「大きいのは来てない」


「小さいのは」


「通っただけ」


ダリオが周囲を見回す


「これだけの場所が、ずっと空いたままか」


「前からおかしいよな」


「大型なら、使いやすそうなのに」


俺には魔物の縄張りの良し悪しは分からない


でも、水分があり


通路も広く


小型の魔物もいる


大型の魔物が使っていたなら、別の大型が入ってきてもおかしくない


なのに空いている


それも一か所だけではない


「奥から何か来てるから、空けた」


俺が言うと、ルッカが首を振った


「分からない」


「仮にだ」


「なら、あるかも」


この辺りも、まだ仮の話だ


魔物が移動している


奥側から浅い側へ


そこまでは、かなり確かだと思う


でもなぜ移動したのかは分からない


怖いものがいたからか


食べ物が減ったからか


魔力が変わったからか


他に理由があるのか


前に感じた大きな魔力反応


その次に起きた、一時的な大きな魔力変動


あれも関係しているように思える


でも思えるだけだ


「進もう」


俺たちは空いた縄張りを抜けた


さらに深くなる


ここから先は、明かりが必要になる場所が増える


火を使う方法もあるが、場所によっては煙や空気のことを考える必要がある


今回は持ってきた灯りを使う


魔法を使わずに済むところは、使わない


俺が大迷宮で覚えたことの一つだ


何でも魔法でやれば早い


でも魔力は、必要なときのために残した方がいい


特に深い場所では


途中、俺たちは休憩を挟んだ


壁際の、前に安全を確認した場所


俺は座って水を飲む


ルッカは食べ物をかじっている


ダリオは地図を見る


ローデンは天井を見上げている


エナは順番に顔を見ている


ミラはまた記録を広げている


全員、やっていることが違う


「セイジ」


エナが来た


「何だ」


「手」


「今度は何もないぞ」


「震えてないか見る」


俺は手を出した


魔力を長く使った後、細かく震えることがある


今日はない


「大丈夫」


エナが言う


「俺もそう思う」


「自分では分からない時がある」


「それはそうだけど」


「だから見る」


正しい


正しいけど、最近俺はずっと確認されている気がする


「ルッカは」


俺が言うと、エナは横を向いた


「さっき見た」


ルッカが食べながらうなずいている


逃げられなかったらしい


「ダリオは」


「後」


「ローデンは」


「その後」


「ミラは」


「さっき」


全員だった


ならいい


俺だけじゃない


少し休んでから、また進んだ


大迷宮の中では、時間の感覚が狂いやすい


空が見えない


光も変わらない


だから休む時間は決めてある


奥へ行くほど、戻る時間も長くなる


そこを忘れると危ない


前に見つけた目印が見えた


岩壁の一部が妙に白い場所


ここまで来れば、前の探索での到達地点は近い


「匂い、少し違う」


ルッカが言った


「何の」


「分からない」


俺は《魔力探査》を広げる


すぐには何も感じない


さらに広げる


壁


通路


下方


空間


いつものように魔力が満ちている


ただ、奥


かなり先


前に感じたのと同じ方向に、薄い違和感がある


反応というほどはっきりしたものじゃない


巨大な何かがそこにいる、と言えるほどでもない


でも周囲の魔力の流れが、完全に均一ではない


「俺も少し変だ」


「前と同じか」


ダリオが聞く


「似てるけど、同じかは分からない」


「なら同じ扱いはしない」


「分かった」


こういう時、ダリオは早い


似ている


だから同じ


そう決めて進まない


前と同じ危険なら対処できる、と思った瞬間が一番危ないからだ


やがて通路が広がった


前に俺たちが止まった場所


さらに下へ向かう大きな経路が見える


その向こうは暗い


灯りが届かないほど遠くまで続いている


そして少し横


前の探索で、完全には入らなかった大きな空間へつながる道


「着いたな」


俺が言うと、ダリオがうなずいた


「ここまで予定通り」


ローデンはすぐに周囲を調べ始める


床


壁


天井


前の探索で来た時と変わっていないか


俺は魔力探査を広げる


ルッカは奥の匂いを取る


エナは俺たちの状態を確認


ミラは以前の記録と今の状態を比べる


誰も、すぐに先へ行こうとは言わない


俺も言わない


以前なら、ここまで来たんだから少し見よう、と考えたかもしれない


今はまず、ここまで無事に来られたことを確認する


戻るための道を確保する


それから先だ


「壁は大丈夫」


ローデンが戻ってきた


「前より崩れてるところはない」


「床は」


「大きな変化なし、でも奥は分からない」


「分かった」


「匂い」


ルッカも戻る


「新しいのがある」


全員の視線が集まった


「何の」


「大きい」


ルッカは少し考えた


「でも、ここを通った感じじゃない」


「奥から来てる」


「うん」


風


ほんのわずかな空気の動きに乗って、奥から匂いが届いているらしい


「魔物か」


「たぶん」


ルッカは断定しない


その方がいい


俺はさらに深く魔力を伸ばした


範囲を広げすぎると、細かいものが分かりにくくなる


だから少しずつ


遠く


下


さらに奥


何かがいる


そう感じた瞬間、俺は探査を止めた


「どうした」


ミラが聞く


「遠くに反応がある」


「大きい」


「分からない」


前にも、大きな反応を感じた


ただ、あの時と同じものかどうかは分からない


距離も遠い


壁や空間の形も影響する


周囲の魔力そのものが濃いから、探査が乱される


「今の俺じゃ、ここからは正確に見えない」


「近づけば」


ダリオが言う


「分かると思う」


「近づかないと分からないか」


「たぶん」


ダリオは奥を見た


俺も見る


暗い


ただの暗闇だ


そこに何があるかは見えない


前の探索では、ここで戻った


今日はここまで来ることが目的だった


ここまでは問題ない


魔力にも余裕がある


身体も動く


全員、怪我はない


戻る時間も確保できている


なら、少し先へ進める


そう考えたところで、ダリオが口を開いた


「今日はここで終わりだ」


「え」


思わず声が出た


「先に行かないのか」


「行かない」


「状態は悪くないぞ」


「悪くないから戻る」


俺は少し考えた


反論しようとして、やめた


ダリオの言いたいことが分かったからだ


ここから先は新しい場所


どれだけ時間がかかるか分からない


どんな道かも分からない


入ったら、少しだけで戻れる保証もない


今の状態がいいなら、その状態のまま帰れる


それが一番いい


「次にするか」


「そういうことだ」


ルッカも何も言わない


エナもうなずいている


ローデンは奥を見たまま言った


「次は縄、増やす」


「必要か」


「広いところなら」


「分かった」


ミラは記録に何かを書き足した


「今日の変化は少ない」


「いいことじゃないか」


「たぶん」


「そこは、いい、でいいだろ」


ミラが少し笑った


「じゃあ、いい」


俺たちはその場で、もう一度だけ周囲を確認した


大きな経路


さらに奥の大空間


遠くの魔力反応


奥から届く、大型らしい何かの匂い


でも正体は分からない


原因も分からない


分からないことばかりだ


それでも、前より近づいた


最初は森の中で起きていた変化を追っていただけだった


魔物の動きが変わった


見慣れない場所で見慣れない痕跡が増えた


それを追って、人間たちと関わり


大迷宮へ入り


少しずつ奥へ来た


ここまで来ても、まだ答えは見えない


でも、次に調べる方向は見えている


奥だ


もっと深いところ


少なくとも、今分かっている情報を増やすなら、そちらを確かめる必要がある


俺は暗い経路の先を見た


昔の俺なら、怖いと思ったかもしれない


今も怖くないわけじゃない


でも、それだけじゃない


知りたい


何が起きているのか


森で見た変化と大迷宮の奥に関係があるのか


この大迷宮の奥で、何が起きているのか


そして危険の原因が見つかれば、必要な対応を考える


俺一人で、じゃない


隣を見る


ルッカがいる


少し後ろにエナがいる


ダリオがいる


ローデンがいる


ミラがいる


ここまで来たのは、俺が強くなったからだけじゃない


六人で、戻れるように進んできたからだ


「帰るぞ」


ダリオが言った


「分かった」


俺は奥に背を向けた


不思議と、惜しいとは思わなかった


また来ればいい


帰って


休んで


準備して


それからまた来る


俺には、そうできる場所がある


奥へ進むために、帰る場所を捨てる必要はない


むしろ逆だ


帰れるから、先へ行ける


大迷宮の暗い道を戻りながら、俺は一度だけ振り返った


遠くの闇は、何も答えない


当然だ


まだ、そこまで行っていない


なら次だ


また、奥へ

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