一つの魔法にする
第81回 一つの魔法にする
岩陰拠点へ戻ってから、何日かが過ぎた
大迷宮から戻った直後は、さすがに研究より休むことを優先した
崩落
魔物との連戦
《多重並列制御》への変化
身体に大きな傷はなくても、集中を使い切ったあとの疲れは残る
エナにも、
「頭が重くなくなってから」
と言われていた
その条件を守った
ちゃんと守った
自分から言うと少し怪しく聞こえるけれど、本当に守った
昨日までは低出力で《多重並列制御》の感覚を確認する程度にして、火と風をつなぐ実験には手を出していない
今日は朝から身体が軽い
頭痛もない
手の震えもない
魔力を動かしても違和感はない
だから、寝床の横に広げている紙を朝からずっと見ている
「ごはん」
ルッカの声がした
「今行く」
「さっきも言った」
「そうだっけ」
「言った」
顔を上げる
ルッカが呆れたように立っている
俺の前には何枚もの紙
火
風
線
丸
矢印
文字
ミラに書いてもらった資料の意味
俺が後から足した印
一見すると何かの地図にも見える
でも、全部魔法だ
「冷める」
「分かった」
紙を端へ寄せる
朝飯を食べる
ルッカは俺の顔を見ながら、
「今日はやる?」
と聞いた
「ああ」
「火と風?」
「ああ」
「壊す?」
「今日は壊さない予定」
「前も言ってた」
「今日は前より準備してる」
「壊れたら?」
「止める」
「エナ呼ぶ?」
「第二水場で会うと思う」
それを聞いてルッカは安心した顔をした
俺よりエナの方が信用されている気がする
まあ、研究を止める役としては俺よりずっと信用できる
食事を終える
荷物をまとめる
研究用の紙
水
布
必要な道具
魔法を撃つための的として使える小さな石片や木片
大きな物は持たない
必要なものだけ空間収納へ入れる
昨日まで整理していた紙のうち、半分以上は置いていく
「少ない」
ルッカが言った
「成長しただろ」
「前よりは」
褒められたことにする
岩陰拠点を出る
森の中を第二水場へ向かう
途中、ルッカは何度か立ち止まった
匂い
足跡
折れた枝
いつもの確認
俺も《魔力探査》を狭く使う
大迷宮の中よりずっと分かりやすい
周囲の魔力はある
でも、中層のように遠くの反応を覆うほどではない
「何か変わってる?」
俺が聞く
「大きいのはない」
「前に見てた移動跡は?」
ルッカは少し考える
「あるけど、今日だけじゃ分からない」
「そっか」
そこで終わり
今日は森の異変を調べる日ではない
第二水場へ着く
いつものように何人かいる
共有の棚
水辺
試験栽培
道具
使っている者
片付けている者
全部が前と同じではない
少しずつ変わっている
でも、急に何か大きなものになったわけでもない
俺たちがいない間も最低限の利用は続き、戻れば必要なところを各自が見る
それが今の形だ
エナは救護用品のところにいる
ローデンは排水路の一部を見ている
ダリオは棚に置かれている経路情報を確認している
ミラは少し離れた場所で紙を読んでいた
「来た」
ミラが俺を見る
「持ってきた?」
「必要な分だけ」
「本当に?」
「ルッカに確認された」
「なら大丈夫そう」
俺の自己申告だけでは信用されないらしい
「今日は前の続き?」
「その前に整理したい」
俺たちは第二水場の端へ座る
ルッカも近くにいる
ただし、俺たちの紙を見るより周囲を見ている時間の方が長い
ミラが前の記録を出す
火属性経路
風属性経路
一つの出口
偶然に近い一回
その後の失敗
さらに、大迷宮で《多重並列制御》へ変わった時の記録
「ここからだな」
俺は紙を指した
一回だけ、火と風が別々ではなくなったように感じた
あの時は、
火を完成させてから風を足したわけじゃない
風を完成させてから火を入れたわけでもない
最初から二つの経路を用意した
そして一つの出口へ向けた
そこまでは分かっている
問題は、その先だ
「前までは二つを見るので精一杯だった」
俺が言う
「火と風?」
「ああ、火を保つ、風を保つ、それだけでかなり意識を使ってた」
「今は?」
「火、風、それ以外も別に持てる」
《多重並列制御》
大迷宮で確認できたのは、
土壁
攻撃
探査
三つの魔力処理を別々に維持できること
数に固定された能力なのかは分からない
でも、少なくとも二つだけではない
「じゃあ、火と風と出口?」
ミラが言う
「まずはそれ」
「三つ」
「でも、それだけじゃ足りない」
俺は別の紙を出す
火と風を一つに近付ける時、必要なもの
火属性経路
風属性経路
発動点
形
流れ
射出方向
維持
解除
全部を一度に細かく考えれば、また頭が足りなくなる
だから分ける
全部を同じ重さで持たない
大迷宮で学んだことだ
ローデンが壁の形を見てくれたから、俺は土壁を維持するだけでよかった
ダリオが敵を受けたから、全部の魔物を見る必要はなかった
ルッカが接近方向を見たから、探査を全周へ広げなくてよかった
魔法も同じようにできないか
「火の役割を決める」
俺は紙に指を置く
「風の役割も」
「前にも言ってたね」
「あの時は言ってただけに近かった」
火の役割
何をするのか
中心
貫く
熱
高密度
なら、元にするのは《火槍》だ
普通の《火槍》ではなく、《晶殻巨蜥》を抜いた時に使った考え方も使う
ただし今日は低出力
高密度にしすぎない
《高密度魔力圧縮》は、
必要な密度を崩さず保つ
ために使う
「風は?」
ミラが聞く
「押すだけにしない」
《風圧》をそのまま付ければ、火槍と風圧の二魔法になる
《風刃》をそのまま巻けば、火槍と風刃になる
そうじゃない
その構造から必要な部分だけ使う
風の流れ
方向を作る部分
形を外から崩さないようにする部分
射出を助ける部分
「風で切らない?」
ルッカが聞いた
いつの間にか紙を見ている
「今日は切る役目はいらない」
「何で?」
「一つ増えるから」
風に切断までさせようとすれば、また調整するものが増える
まずは、
火を中心に通す
風をその周囲へ置く
両方を一つの方向へ送る
それだけ
「火の槍に風を巻く?」
ミラが聞く
「それだと、また後から足してる感じになる」
「じゃあ?」
「最初から一緒に作る」
俺は二本の線を描く
中央
火
その外側
風
でも二本の魔法ではない
一つの発動点から始める
そこから火と風へ分けるのではなく、
最初から一つの魔法構造の中に二つの経路を置く
言葉にすると難しい
自分でもまだ完全には分かっていない
でも、以前とは考え方が違う
《火槍》を作る
そのあと《風圧》を作る
それをやめる
最初から、
中心に火
外に風
という構造を作る
「発動する場所も一つ?」
ミラが聞く
「ああ」
「撃つ方向も?」
「一つ」
「止める時は?」
俺は少し考える
今までそこを別々にしていた
火が崩れたら火だけ消す
風が乱れたら風だけ消す
だから、最後まで二つだったのかもしれない
「解除も一緒にする」
「危なくない?」
「だから低出力」
「途中で風だけ変になったら?」
「その時は全部消す」
一部分だけ救おうとしない
一つの構造として扱うなら、どこかが崩れた時に全体を止める
それも必要なのかもしれない
ミラが書く
発動点
一つ
射出方向
一つ
解除
一緒
火と風の役割
別
「何か分かってきた」
ミラが言う
「俺も少し」
「できそう?」
ルッカ
「分からない」
「いつもそれ」
「できるって言って壊すよりいいだろ」
「うん」
そこへエナが来た
「今日はどこでやるの?」
「前に使った場所」
「水場から離れてるところ?」
「ああ」
「出力」
「低い」
「回数」
「休みながら」
「頭痛」
「出たら止める」
「手が震えたら」
「止める」
エナが頷いた
試験開始前の確認として完全に定着している
ローデンも設備確認を終えたらしく来る
「場所、もう一回見る」
「前と同じだぞ」
「前と今日で同じとは限らない」
これも大迷宮で何度も聞いた考え方だ
正しい
俺たちは第二水場から少し離れた安全な魔法試験場所へ向かった
燃えやすい物が少ない
周囲に人もいない
地面は土と石
射線の先にも設備はない
ローデンが地面と周囲を見る
「問題ない」
ダリオも来ていた
「今日は戦闘じゃないんだろ」
「研究」
「なら俺はいらないか?」
「危なくなったら止めて」
「エナがいる」
「二人いた方が止まる確率が上がる」
「お前、止まらない前提なのか」
冗談のつもりだったのに真顔で返された
実験を始める
ミラが少し離れたところで記録
ルッカは周辺確認
エナは俺を見る
ローデンは試験場所
ダリオは全体
俺は手を前へ出した
まず普通の《火槍》
ただし低出力
短く
弱く
撃たない
「これが元」
次に消す
《風圧》
弱く
正面へ流す
消す
《風刃》
薄い
小さい
消す
三つとも知っている
俺が何度も使ってきた魔法だ
今からやるのは、これらをそのまま重ねることではない
必要な部分だけ使う
一回目
発動点を一つ決める
手の少し先
そこへ魔力を集める
《多重並列制御》
中央へ火属性経路
外側へ風属性経路
同時
火
風
別々に維持
その二つを一つの発動点へ固定する
ここまではできる
「次」
形
中央は細い
火
外側は風
流れを前へ
同じ方向
発動
風だけ先に出た
火が残る
「失敗」
全部解除
ミラが書く
「風先行」
「ああ」
「理由?」
「分からない、たぶん風側の流れを早く作りすぎた」
二回目
発動点
一つ
火
風
同時
今度は火を少し早める
風を抑える
形
流れ
発動
火が一気に強くなる
風経路が外へ弾かれた
赤い細い火だけが残る
「火が強すぎ」
解除
「今の火槍?」
ルッカが聞く
「近いけど、普通の火槍とも少し違う」
でも欲しいものではない
三回目
火と風の量をさらに落とす
発動点
共通
中心火
外側風
流れ
同じ方向
今回は二つとも残る
発動
「お」
前へ出る
火と風
一緒
でも途中で分かれた
火は正面
風は少し右
地面に二つの跡
「途中で別れた」
ミラ
「ああ」
最初だけ近かった
でも射出経路が別になった
一つではない
四回目
射出方向を強く共通化する
正面一点
発動点
火
風
形
射出方向
《多重並列制御》で別々に保つ
頭の中が忙しい
でも、以前ほどではない
火を見ても風が消えない
風を見ても発動点を忘れない
発動
二つが前へ
今度は分かれない
「行った」
ルッカ
俺もそう思った
だが、途中で軌道が曲がった
左へ
地面へ刺さる
「曲がった」
「風が強かった?」
ミラ
「たぶん」
火は中心にいた
風も外側にいた
でも左右の流れが均等じゃなかった
一つに近い
でも狙った方向へ行かないなら使えない
「休む?」
エナ
「まだ四回」
「だから聞いた」
頭を確認する
重くない
手も平気
「もう少し」
五回目
風の左右差を減らす
細かい
かなり細かい
ここで《精密魔力制御》が必要になる
発動点
火経路
風経路
射出方向
四つ
《多重並列制御》で並行
それぞれを《精密魔力制御》で調整
さらに火の密度を一定にする
《高密度魔力圧縮》
負荷が増える
まだ低出力なのに、頭の中は大迷宮の戦闘時に近い
「……多いな」
「何が?」
ミラ
「見るもの」
でも前とは違う
崩れてはいない
それぞれが別々に残っている
そこから一つの形へ近付ける
細い
中心
外側
同じ方向
発動
今度は真っすぐ飛ぶ
短い距離
地面へ当たる
火が小さく弾ける
その周囲で風が土を削る
「成功?」
ルッカが聞く
俺はすぐ答えなかった
感覚を思い出す
発動時
火と風
別々には感じていた
途中から距離が近くなった
射出時
ほぼ一つ
でも、命中直前に風側が少し遅れた
「近い」
「成功じゃない?」
「まだ」
「何が駄目?」
「最後にずれた」
ミラが記録する
「維持?」
「射出後の維持かもしれない」
「属性の量?」
「それもある」
また一つ増える
火と風の比率
今までは低出力だから大きく考えていなかった
でも、火が強すぎれば風を弾く
風が強すぎれば軌道が曲がる
近付けるだけでは駄目だ
「休む」
今度は自分から言った
エナが満足そうに頷く
水を飲む
座る
ミラの記録を見る
一回目
風先行
二回目
火過多
三回目
射出後分離
四回目
一体に近いが軌道左偏向
五回目
ほぼ一体状態、命中直前に風遅延
「失敗ばっかり」
ルッカが言う
「前よりいい失敗だ」
「いい失敗?」
「何が悪いか少し分かる」
前は、
混ぜたら壊れた
だった
今は違う
風が早い
火が強い
射出経路が分かれる
軌道が曲がる
維持が最後までそろわない
修正する場所が見える
「一つずつ直せる?」
ルッカ
「ああ」
「全部直したら?」
「たぶん、かなり近い」
言い切らない
まだ実戦でもない
動く標的もない
周囲の魔力が濃いわけでもない
安全な場所で、止まって、狙って、低出力
条件が良すぎる
ここでできても、大迷宮で同じようにできるとは限らない
休憩後、再開
六回目
まず役割を再確認
火
中心
高密度
貫く部分
風
外側
形を安定させる
進行方向をそろえる
射出を補助する
風で攻撃しようとしない
火を押しつぶさない
発動点
一つ
射出方向
一つ
解除
一つ
これを守る
発動
真っすぐ
途中で少し風が強くなる
火の中心が細くなる
解除
七回目
風を弱める
今度は形が途中で膨らむ
火側の密度が下がった
解除
八回目
《高密度魔力圧縮》を少し強く
火の中心を保つ
風は外側
発動
前へ
真っすぐ
二つの感覚がかなり近付く
命中
土が小さく抉れる
「今のは?」
ミラ
「かなり近い」
「前の一回と同じ?」
俺は首を振る
「あの時より分かる」
偶然ではない
何をしたか追えている
火
風
発動点
射出方向
全部覚えている
「もう一回」
九回目
同じ手順
発動点
火
風
比率
形
射出
一瞬、風が先に出そうになる
抑える
発動
真っすぐ
命中
今度も近い
「二回」
ルッカが言う
「そうだな」
でも、二回目は起動時に調整した
最初から同じだったわけではない
十回目
同じ
発動
今度は火が少し強い
風が外へ膨らむ
射出前に解除
「駄目」
「二回できたのに」
「毎回同じじゃない」
そこが問題だ
手順はかなり固まってきた
でも、同じように始めても微妙に違う
魔力の量
属性比率
立ち上がる順番
維持
射出
どこかがずれる
「これ、何回までやる?」
エナ
「あと少し」
「頭」
確認
少し重い
「少し」
「じゃあ休憩長め」
「分かった」
二回目の休憩
今度は食事も取る
午後
第二水場の方から時々声が聞こえる
誰かが水を使っている
道具を戻す音
ローデンは一度水場へ戻って設備を見ている
ダリオも経路情報の確認へ戻った
エナは残っている
ミラも
ルッカは試験場所の周りを歩いている
俺たちが研究していても、第二水場の利用は止まらない
誰かが来る
使う
戻す
交換する
試験栽培を見る
俺はその全部を指示していない
それでも続く
それを横目で見ながら、俺は紙を見る
一つの魔法
それを考えている
でも、
一つ
というのは、
全部同じにする
という意味ではないらしい
火には火の役割
風には風の役割
別々の働きを持ちながら、一つの構造の中へいる
第二水場と少し似ている、なんて考える
全員が同じことをしているわけじゃない
でも、ばらばらでもない
「何笑ってる?」
ルッカが戻ってきた
「別に」
「変」
「魔法のこと考えてた」
「それで笑う?」
「ちょっとな」
説明すると長くなるからやめた
午後の実験
十一回目
今度は発動までの順番を固定する
一
発動点を決める
二
火と風の経路を同時に置く
三
火の密度を固定
四
風で外側の形と方向を作る
五
一つの射出方向へ合わせる
六
発動
崩れたら全解除
順番にする
ただし、火と風は同時維持
《多重並列制御》
始める
一
二
三
四
五
六
射出
真っすぐ
命中
近い
かなり近い
でも途中で火の中心が一度揺れた
「成功?」
「維持が少し乱れた」
十二回目
同じ順番
射出
今度は火と風が途中でわずかに分かれた
十三回目
射出前に風が強くなりすぎる
解除
十四回目
真っすぐ
最後まで一つに近い
命中
ただし、前より火が弱い
「今度は?」
「形はいい、火が弱い」
「弱くても一つならいいんじゃない?」
ルッカの疑問は正しい
研究としては近い
でも、属性比率が毎回変わるなら、同じ魔法とは言いにくい
同じ手順で、
ある時は火が強い
ある時は風が強い
ある時は曲がる
ある時は分かれる
それでは安定しているとは言えない
十五回目
同じ
火の密度を少しだけ上げる
風を前の試行と同じ
発動
真っすぐ
一つに近い
命中
土が抉れる
「これ」
俺は手を止める
感覚を忘れないようにする
火
風
発動
維持
射出
最後まで大きく分かれなかった
比率も狙った範囲
軌道も真っすぐ
「できた?」
ミラが聞く
「今のは、かなりいい」
「もう一回?」
「ああ」
十六回目
同じ手順
発動点
火
風
密度
形
方向
発動
一瞬、火が遅れる
風だけ先に出そうになる
修正
そのまま発動
射出
真っすぐ
命中
「今のも?」
「近い」
ただし起動時に修正した
十七回目
同じ
今度は最初からきれいに立ち上がる
射出
途中で軌道が少し右へずれる
命中地点がずれる
「惜しい」
ルッカ
「軌道」
十八回目
風の左右を細かく調整
発動
射出
真っすぐ
一つに近い
命中
「またできた」
ミラが言う
俺も頷く
前に一度だけ重なった時とは違う
偶然に一瞬重なっただけではない
手順がある
同じ構造に近い状態を、何度も作れている
でも、
同じ結果を何度でも出せる
ところまでは行っていない
起動でずれる
維持でずれる
火と風の強さがずれる
撃つ時に分かれる
軌道が曲がる
どこかが毎回少し違う
「複合魔法できた?」
ルッカが聞いた
俺は紙を見る
地面の跡を見る
自分の手を見る
「まだ」
「何回も一緒になったよ」
「近いところまでは何回もできた」
「じゃあ何が足りない?」
「同じにできない」
ルッカが首を傾げる
「同じ?」
「同じ条件で、同じように起動して、同じように飛ばす」
今は、
一つに近い構造を作れる
そこまでは来た
でも、
いつでも安定して一つの魔法として起動できる
とは言えない
「大迷宮で使える?」
ダリオが戻ってきて聞いた
「今は使わない」
「ならまだ完成じゃないな」
短い答え
俺も同意する
試験場所
低出力
止まった標的
十分な準備時間
仲間が周囲を見ている
この条件だからできている
実戦では、
敵が動く
俺も動く
方向が変わる
距離も変わる
周囲の魔力も違う
探査も必要
仲間の位置も見る
その中で同じ構造を作れなければ意味がない
「今日はもう止める?」
エナ
頭を確認する
重い
かなり集中した
「止める」
「自分から言えた」
「毎回それ言うな」
でも、もう十分だ
今日の目的は達成した
完成ではない
でも手順はかなり見えた
片付ける前に、ミラと今日の結果をまとめる
火槍を完成させてから風を足す
やめる
風魔法を完成させてから火を入れる
やめる
最初から一つの構造として組む
中心
火属性経路
外側
風属性経路
共通
発動点
射出方向
解除
火の役割
高密度の中心
貫く部分
風の役割
形の安定
方向の補助
射出の補助
「これが今の形」
俺が言う
ミラが頷く
「前は二つの魔法をくっつけようとしてた」
「ああ」
「今は一つの魔法の中に、火と風を置こうとしてる」
「そういう感じ」
これがマギアコードの資料にある、
複数の経路を一つの構造へ配置する
という意味なのかもしれない
完全には分からない
資料全部を理解したわけではない
でも、少なくとも、
火槍と風圧を同時に撃つ
こととは違う
二つの完成品を重ねるのではない
それぞれの構造を分ける
必要な部分を取り出す
役割を決める
一つの構造の中へ置く
そこまでなら、かなり分かってきた
「新しい魔法?」
ミラが聞く
「まだそう呼びたくない」
「何で?」
「完成してないから」
それに、俺は白紙から作っているわけじゃない
《火槍》
《風圧》
《風刃》
《高密度魔力圧縮》
今まで使ってきたもの
知っている構造
そこから部品を取って組み替えている
何もないところから、
何属性にする
どんな効果にする
どんな経路にする
どう発動する
全部を一から決めているわけではない
今の俺ができるのは、既存のものをほどいて、組み直すこと
それでも前よりずっと先へ進んだ
「名前は?」
ルッカが聞いた
「ない」
「つけない?」
「まだ」
「できたら?」
「その時考える」
今つけたら完成した気になりそうだ
それは嫌だ
今日できたものは、
一つに近い
何度か同じ形まで持っていけた
でも毎回どこかがずれる
まだそれだけ
試験場所を片付ける
焦げ跡
土の穴
飛んだ小石
紙
全部確認する
火が残っていないことも見る
第二水場へ戻ると、夕方が近かった
エナは救護用品をもう一度確認する
ローデンは排水路
ダリオは今日増えた経路情報を整理
ルッカは森側を見る
俺とミラは研究記録
いつもの役割
正式に決めたわけではない
誰かが命令したわけでもない
必要だから、それぞれが見る
「今日はSTATUS見ないの?」
ルッカが聞く
「見ない」
「LEVEL上がってない?」
「戦ってないしな」
魔法研究だけで何か変わっている可能性が絶対ないとは言えない
でも、確認する必要を感じない
前に確認した時はLEVEL25
SKILLも分かっている
今日、新しいSKILLが生まれたような感覚もない
重要なのは表示じゃない
手順だ
「明日も研究?」
「明日は休むかも」
エナがすぐ、
「休む」
と言った
「かもって言っただけ」
「今日かなり使った」
「分かった」
明日は休む
その次をどうするかは、体調を見て決める
帰る頃には、空が少し暗くなっていた
ルッカと二人で森を歩く
「一つになった?」
また聞かれる
「近い」
「何回も?」
「ああ」
「でもできてない?」
「ああ」
「難しい」
「難しいな」
「一回だけの時よりはいい?」
「ずっといい」
あの時は偶然だった
何をしたのか追い切れなかった
今日は違う
何を組んだか分かる
何が失敗したかも分かる
同じ状態に近付く手順もある
「じゃあ次できる?」
「たぶん」
「大迷宮でも?」
そこは答えが変わる
「分からない」
ルッカが笑う
「またそれ」
「そこが一番大事なんだよ」
安全な場所でできる
それと、戦いの中でできる
違う
《晶殻巨蜥》の時にも分かった
研究で作れる形と、敵が動いている中で必要な瞬間に使える形は別だ
今の火と風は、準備すればかなり近いところまで行く
でも、戦闘ではまだ使わない
使えない
岩陰拠点へ戻る
入口をくぐる
荷物を置く
今日使った紙の一部だけ取り出す
寝床の近くへ並べる
ルッカは先に座っている
俺も横へ座る
一枚目
火と風が別々
二枚目
一つの出口
三枚目
中心火
外側風
四枚目
共通発動点
共通射出方向
共通解除
だいぶ形になってきた
「これが一つ?」
ルッカが最後の紙を指す
「一つにするための形」
「まだ違う?」
「紙の上ではな」
実際には、魔力が毎回同じように動かない
俺の制御も完全じゃない
「何が一番難しい?」
少し考える
「全部を同じタイミングで同じ状態にすること」
火だけならできる
風だけならできる
火と風を同時に持つこともできる
一つの発動点へ置くこともできる
一つの方向へ撃つこともできる
でも、
全部を同時に
同じ比率で
同じ形にして
同じタイミングで起動して
最後まで分かれず
狙ったところへ飛ばす
そこがまだ揺れる
「いっぱいある」
「だから難しい」
《多重並列制御》がなければ、ここまで来られなかったと思う
火経路
風経路
発動点
方向
複数の処理を落とさず持てる
それでも負荷はある
《精密魔力制御》で細かく合わせる
《高密度魔力圧縮》で火の中心を保つ
今あるSKILLを全部使って、やっとここだ
「でも、できそう」
ルッカが言った
「そう見える?」
「前は壊れてた」
確かに
混ぜたら壊れた
一瞬だけ一つになった
三つ同時に持てるようになった
今日は何度か一つに近い状態を作れた
進んではいる
かなり
「次は?」
ルッカ
「実戦じゃないところでもう少し……」
そこで止まる
いや
安全な場所で完璧になるまで繰り返す
それも一つだ
でも、今の問題は安全な場所だから隠れているものもある
起動まで時間を掛けられる
姿勢も一定
狙いも動かない
魔力環境も安定
それでは、最後の不安定さがどこから来るのか分かりにくい
「大迷宮行く?」
ルッカが俺の顔を見て言った
「顔で分かった?」
「うん」
最近、隠す意味がない
「すぐじゃない」
「休んでから?」
「ああ」
「みんなで?」
「ああ」
一人で行く理由はない
探索も
戦闘も
魔法の確認も
六人でやる
大迷宮の中で、火と風を試せる状況があるかもしれない
もちろん、研究のために危険な戦闘を作るつもりはない
通常魔法で十分なら通常魔法を使う
無理なら試さない
ただ、
動く相手
変わる距離
変わる角度
濃い周囲魔力
そういう条件の中でも、
一つの起動
一つの構造
一つの射出
として保てるのか
そこを確認しなければ、完成とは呼べない気がする
俺は紙を重ねた
今日はここまで
名前もつけない
新しい魔法だとも言わない
火と風の複合魔法ができたとも言わない
できたのは、
一つの構造へ近付ける手順
それを複数回作れるところまで来たこと
ただし毎回、
起動
維持
火と風の比率
射出
軌道
どこかが少しずつずれる
まだ安定しない
それが今の答えだ
「寝る?」
ルッカが聞く
「その前に飯」
「今日は忘れてない」
「朝言われたからな」
「明日は?」
「忘れない」
「本当?」
「たぶん」
「分からない?」
「そこは分かるって言わせろ」
ルッカが笑った
俺も立ち上がる
魔法のことは一度頭から外す
少なくとも今日は
一つにする方法は見えてきた
次に必要なのは、
見えている方法が、本当にどこでも使えるものなのか確かめること
その結果が駄目なら、またほどけばいい
何がずれたのか見て、
一つずつ直す
今までと同じだ
俺は紙を棚へ置き、食事の準備へ向かった
完成にはまだ届いていない
でも、もう偶然だけを追っているわけでもなかった




