三つ同時に
第80回 三つ同時に
目を覚ますと、最初に見えたのは岩の天井だった
一瞬だけ、どこにいるのか分からなかった
岩陰拠点より低くない
けれど、見慣れた岩でもない
灯り
荷物
壁際で座っているダリオ
少し離れたところで寝ているルッカ
そこでようやく思い出す
大迷宮中層
昨日見つけた休息地点だ
身体を起こす
肩
腕
脚
昨日の疲れは少し残っている
ただ、動くのに問題があるほどではない
《魔力探査》を狭く広げる
近くに大きな反応はない
周囲の魔力はやはり浅層より濃く感じる
昨日までと同じように、場所全体が同じ濃さではない
この休息地点は比較的分かりやすい方だ
「起きた?」
ダリオが小さく聞いた
「ああ、何かあった?」
「近くには来てない、遠くで二回音がした」
「魔物?」
「分からない、ルッカも起きて聞いてた」
ちょうど名前を出したところで、ルッカが布の上から顔を上げた
「石の音」
「何か崩れた?」
「たぶん」
中層では珍しい話じゃない
昨日までにも崩れた通路はいくつも見た
ただ、それが自然に崩れたのか、魔物が動かしたのかは分からない
「近い?」
「そんなに」
ルッカはそれだけ言って、もう一度目を閉じた
まだ眠いらしい
俺も水を少し飲む
昨日の研究を思い出す
火
風
一つの出口
一瞬だけ、一つに近い状態
そのあと再現失敗
寝る前まで考えていたのは、成功した条件より、失敗する時の自分の感覚だった
火を見る
風を見る
二つを近付ける
出口を見る
形を見る
どれか一つに意識を向けると、別のものが崩れる
《並列制御》があるから、二つなら扱える
火と風
魔法と魔法
土壁と風刃
水と土
そういう使い方はできてきた
でも昨日やろうとしたのは、二つを保つだけじゃない
火経路
風経路
接続する場所
共通の形
発動する位置
射出
いくつも同時に見なければならない
そこへ意識を向けすぎて眠れなくなる前に、昨日は考えるのをやめた
今日も研究できるかは分からない
まず探索だ
全員が起きる
食事
水
身体確認
エナがいつものように順番に聞く
「痛いところ」
「ない」
「頭」
「大丈夫」
「魔力」
「問題ない」
「昨日の研究の疲れ」
俺は少し考えた
「残ってないと思う」
「思う?」
「集中しても頭重くない」
「ならいい」
ルッカ
ミラ
ローデン
ダリオ
全員大きな問題はない
準備を終える
昨日までの記録を確認し、戻る経路も合わせる
今日はさらに少し先を見る
ただし、進めるだけ進むわけではない
地形
疲労
魔物
帰還経路
どれか一つでも悪ければ止める
ダリオが全員へ確認する
「昨日より奥へ行くが、時間は決める、帰りに余力を残す」
誰も反対しない
俺たちは休息地点を出た
最初の区間は昨日確認した道だ
細い通路
緩い下り
右側に水が染み出している壁
その先の分岐
左へ行けば昨日戦った場所
今日は右へ進む
ルッカが先に痕跡を見る
「多くない」
ローデンが床を見る
「少し割れてるが、今は通れる」
俺も探査する
近くに大きな反応なし
進む
右の道は徐々に狭くなった
肩が壁へ当たるほどではない
六人一列になる程度
天井は高い
床は少しずつ下っている
「帰り、ここ詰まったら嫌だな」
俺が言う
「だから見る」
ローデンが壁へ手を当てる
所々に亀裂がある
ただし、今すぐ崩れそうではないらしい
「この先広がる」
ルッカが言う
匂いか音で分かるのだろうか
少し進むと、本当に道が広がった
ただし、広がったのは横ではなく上下だった
床の一部が大きく沈んでいる
自然な窪みというより、何かが崩れ落ちて段差になったような形だ
「下りる?」
ミラが聞く
ローデンが先を見る
「下には道がある」
「戻れる?」
「こっち側なら」
段差の横に、比較的緩いところがある
そこを使えば戻れる
一人ずつ下りる
俺
ルッカ
ミラ
エナ
ローデン
ダリオ
全員降りたところで、俺は上を見る
さっきの細い通路が少し高い位置に見える
「ここから先、また戻るの大変そうだな」
「大変と危険は違う」
ローデンが言う
「今は大変なだけ」
「それならまだいい」
先へ進む
この辺りは周囲の魔力が濃い
探査を広げると、背景が強くなる
俺は近距離優先に切り替える
昨日から意識してやっていることだ
遠くを全部見ようとしない
近いところを確実に見る
「前、反応一つ」
俺が言う
「近い?」
ダリオ
「まだ距離ある、動いてない」
ルッカも前を見る
「匂い薄い」
「寝てる?」
「分からない」
進む方向を少し変える
反応から距離を取る
この辺りで戦う理由はない
そのまま別の通路へ
今度は人工的に見える平らな壁が片側だけ続く
ローデンが時々確認する
「こっちは前より古そう」
「分かる?」
「欠け方が違う」
俺には分からない
ミラが記録する
俺たちはさらに進んだ
しばらくして、ルッカが急に止まる
「音」
全員が動きを止める
耳を澄ます
最初は何も聞こえない
次に、
ごり
と低い音
石が擦れる
前ではない
横
いや
上
ローデンがすぐ天井を見る
「待て」
その声が変わった
俺も上を見る
亀裂
細い
でも、一本だけじゃない
ローデンが手を上げる
「戻る」
言い終わる前に、音が大きくなった
ごっ
石が落ちる
小さい
次
もっと大きい
「走るな、左へ寄れ」
ローデンが叫ぶ
俺たちは壁際へ動く
天井の一部が崩れる
岩が落ちる
床へ当たる
砕ける
土煙
「ミラ、こっち」
エナがミラを引く
俺も後ろへ下がろうとする
その時、足元が揺れた
床の端が欠ける
「止まれ」
ローデンの声
俺の右足のすぐ先
ひび
その先が沈む
まずい
下がればルッカとぶつかる
前へ出れば崩れた場所
俺は反射的に魔力を出した
《土成形》
足元の土と石を動かす
完全に直すわけじゃない
動きを止める
沈みかけた部分を支える形につなぐ
「そこ踏むな」
ローデンが叫ぶ
「分かってる」
《土成形》を維持
亀裂が広がらないよう形を保つ
でも天井からまだ石が落ちる
一つがミラ側へ飛ぶ
「危ない」
《土壁》
低い壁を出す
石が当たる
壁の上部が欠ける
止まった
「セイジ、そのまま」
ローデンが俺の足元を見る
「今の場所は保てる?」
「少しなら」
「俺たちが先へ移る」
ルッカ
ミラ
エナ
順番に安全側へ動く
ダリオが最後尾に残る
俺は土の維持
足場
土壁
二つ
《並列制御》で保つ
まだできる
「次セイジ」
ダリオが言う
動こうとした時、
《魔力探査》の端に反応が入った
一つ
二つ
増える
「待って」
「何?」
「魔物」
崩落音に反応したのか
近付いてくる
どっちから
探査を広げる
その瞬間、
土壁の形が乱れた
「あ」
上部が崩れる
足場も少し緩む
「セイジ」
ローデンの声
俺はすぐ探査を切る
《土成形》
《土壁》
戻す
「二つなら大丈夫」
俺は自分でも分かるように言った
「三つ目で乱れる」
「何が来る」
ダリオが聞く
「前側、二つ以上」
「後ろは」
分からない
探査を止めたから見ていない
「今見た範囲では前」
ダリオが前へ出る
「俺が見る」
「でも反応」
「来たら見える」
正しい
全部を俺が見なくてもいい
前方はダリオとルッカがいる
足場の状態はローデンが見ている
エナはミラの位置を確認している
俺が全部確認しなくても、六人いる
「足場、どこまで?」
ローデンが聞く
「今の範囲なら保てる」
「ならそこだけやれ」
「でも上」
「壁は?」
「維持してる」
「それも必要か?」
俺は見る
落石は小さくなっている
土壁の向こうには破片
ただ、大きな石がすぐ落ちてくる様子はない
「一度消す?」
俺が聞く
ローデンは天井を見る
「まだ残せ」
二つ
足場
壁
そのまま
魔物の足音が聞こえた
ルッカが先を見る
「来る」
ダリオが言う
「二体」
俺は魔法を維持したまま前を見る
姿が見えた
大きくはない
中層で何度か見た種類
崩落音に寄ってきたのか
縄張りに入った俺たちへ向かってきたのかは分からない
「セイジ、撃てる?」
俺は手を上げかける
《火槍》
作ろうとした瞬間、
足元の土が緩んだ
「駄目だ」
二つを維持しながら、三つ目
攻撃
意識を向けた瞬間、足場側が乱れた
《並列制御》で二つは見られる
足場
土壁
そこに火槍を加える
一つ落ちる
「こっちは俺たちで支える」
ローデンが叫んだ
「全部見るな」
「支えられる?」
「足場はお前が止めろ、壁は俺たちで使う」
ローデンとミラが土壁の後ろ側へ移る
俺が維持しているから壁そのものは残っている
でも、形を細かく見続ける必要はない
「崩れたら声掛ける」
「分かった」
ダリオも言う
「前の一体は俺が受ける」
「二体いる」
「ルッカ」
「見る」
「セイジは一体だけ狙え」
全部やるな
前
後ろ
足場
壁
魔物二体
仲間
探査
攻撃
考えれば考えるほど増える
でも、俺がやらなければならないものだけなら違う
足場の魔力維持
攻撃魔法
必要なら探査
土壁は、今は形を変えなくていい
出した状態を保つだけ
前の一体はダリオ
もう一体を俺
ルッカが動きを見る
ローデンが地形
エナが全体
ミラが声をつなぐ
俺は呼吸を整える
《土成形》
足場を維持
これは一つ
《火槍》
作る
二つ目
ここまではできる
火槍を作ると、足場の感覚が薄くなる
でも消えない
二つを並べる
「右のやつ来る」
ルッカ
俺は狙う
火槍
撃つ
命中
一体が倒れる
その瞬間、
別方向から魔力反応が入った
いや
今は《魔力探査》を使っていない
音
ルッカが振り返る
「後ろもいる」
まずい
「何体?」
分からない
見る必要がある
《魔力探査》
三つ目
広げる
足場が緩む
火槍はもう撃った
なら攻撃を切る
探査
足場
二つ
「後ろ一体、まだ距離ある」
「前はこっちでやる」
ダリオの声
彼とルッカが前の残り一体を止める
俺は後ろを見る
一体
大きくない
でも近付いている
「後ろ、俺がやる」
火槍を作る
その瞬間、探査が薄れる
足場も揺れる
「くそ」
三つ
足場
探査
攻撃
どれか二つなら安定する
三つ目を重ねると、どこかが落ちる
昨日と同じだ
火
風
接続
一つ増えると崩れる
「セイジ」
ミラが呼ぶ
「後ろ、まだ見える距離じゃない」
「分かってる」
「探査必要?」
必要
いや
ずっとは必要ない
一度場所を確認した
方向
距離
速度
そこまで分かったなら、次の数呼吸は攻撃へ切り替えられる
探査を切る
足場
火槍
二つ
火槍を作る
後ろの通路を見る
「来る」
エナが見えたらしい
姿が出る
撃つ
命中
一体
止まる
倒れない
もう一発
《火槍》
足場
二つ
撃つ
倒れる
「後ろ終わり」
俺が言う
前ではダリオとルッカが残り一体を処理していた
終わる
一瞬だけ静かになった
でも崩落は終わっていない
天井から小石が落ちる
床の亀裂も残っている
ローデンが壁を確認する
「このまま長くいられない」
「移動する?」
ダリオが聞く
「全員渡ってからセイジを動かす」
俺の位置が一番悪い
足場を維持しているのも俺
「俺が動いたら?」
「土を維持したままゆっくり来い」
「それならできる」
一歩
足場を見る
もう一歩
《土成形》を維持
ここまでは一つだけだから楽だ
と思った瞬間、
ルッカが叫ぶ
「また来る」
「どっち」
「前」
今度は二体以上
さっきの戦闘音まで加わったせいかもしれない
ダリオが位置を取る
「俺たちで止める」
でも場所が狭い
まだ全員が安全側へ抜け切っていない
ローデンとミラが壁側
エナもその近く
ルッカとダリオが前
俺は崩れた足場
このまま戦闘が長くなればまずい
「セイジ、先にこっちへ」
ローデンが言う
俺は移動する
《土成形》を維持したまま
一歩
二歩
足場の安全側へ入る
「もう維持切っていい?」
「待て」
ローデンが全員の位置を見る
「あと少し」
魔物が出てくる
三体
「多い」
ルッカが言う
ダリオが答える
「狭いから一度に来られない」
確かに通路が細い
それなら使える
《土壁》
新しく作る
ただし今度は敵側
通路の片側を狭める
進入幅をさらに減らす
足場の維持
土壁
二つ
「セイジ、足場もう切れる」
ローデンの声
「全員こっち?」
「いる」
《土成形》解除
一つ減る
土壁だけ
一気に楽になる
《火槍》
二つ
撃つ
先頭一体へ
命中
後ろが詰まる
ルッカが横へ回れない場所だから、無理に近付かない
ダリオも土壁の端を使って一体ずつ受ける
「セイジ、後ろから来ないか見る」
俺は《魔力探査》を広げる
土壁
火槍は撃ったあと消えている
探査
二つ
後方反応なし
前方に三体
さらに遠く一つ
「遠くにもう一つ、今すぐじゃない」
「目の前優先」
「分かった」
探査を狭める
《火槍》
土壁
探査
三つ
また壁が揺れる
探査の境界がぼやける
火槍の先端も少し膨らむ
「まだ駄目か」
昨日の研究と同じ
三つ目
どれかが崩れる
でも今は、一つずつ切り替えている時間がない
前の魔物を倒す
遠くから来る反応を見る
通路を狭めている壁を保つ
全部必要だ
「壁は俺が見てる」
ローデンが言う
「形が崩れたら言う」
「でも魔力は俺が維持しないと消える」
「維持だけしろ」
維持だけ
形の細かい調整まで見ない
壁を完璧にしようとしない
立っていればいい
探査も全部見ない
遠くの反応だけ
攻撃も、火槍の細かい改変はいらない
普通の《火槍》
必要な処理を細くする
壁
維持だけ
探査
一方向だけ
火槍
普通に作る
三つ
俺は目を閉じない
頭の中で分ける
一
土壁
魔力を流し続ける
形はローデンの声に任せる
二
火槍
作る
狙う
撃つ
三
探査
前方の遠い反応だけ
広げない
周囲全部は見ない
「来る」
探査の端で遠い一体が動く
同時に火槍を作る
土壁が少し欠ける
でも崩れない
「壁大丈夫」
ローデン
なら触らない
火槍
狙う
撃つ
先頭の魔物へ命中
倒れる
探査
遠い反応
まだ距離
土壁
維持
三つ
できている
「……あれ」
止まらない
前なら、どれかへ集中すると他が薄くなった
今は違う
三本の線を同時に持っているような感覚
一本にまとめない
それぞれ別
土
火
探査
別々の処理
でも全部消えない
「次来る」
ルッカ
二体目
ダリオが動きを止める
俺は《火槍》
土壁維持
探査維持
三つ
火槍を撃つ
外れる
魔物が避けた
もう一発
その間も壁を保つ
探査の遠い反応も見る
近付いている
「遠いのも来る、今の三体が終わる前に着くかもしれない」
ミラがすぐダリオへ伝える
「了解」
ダリオが言う
「前を急ぐ」
ルッカが二体目の横へ入り、向きを変える
俺の射線が空く
《火槍》
撃つ
命中
倒れる
三体目
土壁
まだ立っている
探査
遠い一体
接近
攻撃
火槍準備
三つ
何かが変わった
二つまで
という壁が薄くなっている
三つ目を無理に一つの意識へ押し込んでいない
それぞれを別のまま持つ
全部を細かく見る必要もない
必要なところだけ
土壁は維持
探査は一方向
火槍は発動と射出
それぞれ違う仕事
「セイジ」
エナが呼ぶ
「頭大丈夫?」
「今は」
答えながら魔法を保つ
これも四つ目か
いや
会話は魔力処理じゃない
でも集中は削られる
少し頭が重い
「無理するな」
「分かってる」
三体目が来る
《風刃》
火槍ではなく変更
土壁
探査
風刃
それでも三つ
作れる
撃つ
脚へ当たる
ダリオが仕留める
「前の三体終わり」
でも遠い一体が近付く
「あと一体、来る」
「距離」
「もうすぐ見える」
ダリオが構える
俺は魔法を準備
今度は《水槍》
土壁
探査
水槍
三つ
できる
相手が見える
撃つ
命中
止まる
もう一発
撃つ
倒れる
「終わった?」
ミラ
俺は探査を少し広げる
その瞬間、
土壁が揺れた
広げすぎた
集中が持っていかれる
「壁」
ローデン
俺は探査を狭める
土壁へ戻す
崩れない
「近くに追加なし」
「なら壁消せる?」
ダリオ
ローデンが周囲を見る
「もういい」
《土壁》解除
一つ減る
頭の中が急に静かになる
その瞬間、自分がかなり集中していたことに気付いた
息を吐く
頭が重い
軽い痛み
でも動ける
「セイジ座って」
エナ
「まだ崩落したところ」
「少し先へ移動してから」
ローデンが言う
「ここは長居しない」
全員で移動
崩れた区間から距離を取る
少し広い場所
天井に大きな亀裂なし
床も安定
ローデンが確認する
「ここなら休める」
俺はその場に座った
エナがすぐ来る
「頭」
「重い」
「痛い?」
「少し」
「吐き気」
「ない」
「手」
出す
少し震えている
《晶殻巨蜥》との戦いのあとほどではない
それでも普段より力が入っている
「今日は細かい研究禁止」
「まだ何も言ってない」
「顔に書いてる」
今日はよく顔を読まれる
俺は水を飲む
頭を壁に預ける
少し休む
さっき何をしたのか考える
三つ
土壁
攻撃
探査
同時
今までも複数魔法を使うことはあった
水と土
土壁と風刃
二つなら《並列制御》
それ以上になると、切り替えていた
探査しながら攻撃する時も、どちらかへ重点を置く
今日も最初はそうだった
三つ目を持った瞬間、どれかが崩れた
でも途中から違った
全部を同じ細かさで見るのをやめた
土壁は維持だけ
探査は方向限定
攻撃は発動と射出
役割を分けた
処理そのものを分けた
それぞれを別々に並行して保った
「昨日の研究と似てる」
俺が言う
ミラがすぐ紙を取る
「どこが?」
「火、風、出口」
「三つ?」
「ああ」
昨日は一瞬成功した時以外、三つ全部を持てなかった
火を見れば風が落ちる
風を見れば形が崩れる
出口を意識すればどちらかが消える
今日の戦闘では、
土壁
攻撃
探査
これを同時に持てた
種類は違う
でも、複数の処理を別々に落とさず保つという意味では近い
「じゃあ昨日よりできる?」
ルッカが聞く
「今は試さない」
エナが、
「よし」
と言った
「俺が言ったんだけど」
「覚えてたから」
「そこまで信用なかった?」
誰も答えない
悲しい
しばらく休む
ダリオが今日の進行について全員へ確認した
「この先を少しだけ見て、安全な場所があればそこで止める」
ローデンが崩落地点を振り返る
「帰りは別経路を探した方がいい」
「戻れない?」
「通れなくはない、ただ同じ場所がさらに崩れる可能性はある」
「なら別を優先」
ルッカが周囲の痕跡を見る
「こっち」
別方向に魔物の通行が少ない道がある
俺も探査
近くに大きな反応なし
休憩後、そこを進む
俺はまだ少し頭が重い
だから探査を常時広げない
必要な時だけ
エナもそれを見ている
「無理なら言って」
「ああ」
道は緩く上っている
さっきの崩落地点より足場はいい
ただ、途中から天井が低くなった
ローデンが壁と天井を確認しながら進む
崩れた直後だから全員少し敏感になっている
小石が落ちるだけで止まる
それくらいでいい
少し先に分岐
右
左
左は魔物の匂いが強い
右は少ない
右へ
さらに進むと、また空間が広がった
入口一つ
内側は六人で休める
奥に別通路が一本ある
「出口二つになる」
ダリオが言う
「警戒は増えるな」
俺は奥の通路へ探査を向ける
近くに反応なし
ルッカも見に行く
「新しい跡少ない」
ローデンが構造を見る
「壁は大丈夫そう、床も今のところ問題ない」
「ここにする?」
ミラが聞く
ダリオは少し考えた
「今日はここまで」
決まった
新しい安全地点
恒久的な拠点ではない
休むためだけの場所
荷物を置く
入口と奥側通路の両方へ警戒を置けるよう位置を決める
俺は座ったまま、もう一度水を飲んだ
頭の重さはかなり減っている
エナが確認する
「まだ痛い?」
「ほぼない」
「手」
震えも小さくなった
「今日はもう魔法研究なし」
「分かってる」
「聞き分けいいね」
「俺は元から聞き分けいい」
ルッカが笑う
否定された気がする
少し落ち着いたところで、ダリオが言った
「状態見るなら今だ」
「STATUS?」
「ああ、さっきの戦闘もある」
確かに
昨日確認した時はLEVEL24
器用B+
今日は戦闘
それに、さっきの制御
俺はSTATUSを開く
NAME
セイジ
RACE
ハイホブゴブリンメイジ
LEVEL
25
HP B-
MP A-
筋力 C
耐久 C+
敏捷 B-
器用 B+
精神 B
魔力 A-
SKILL
《魔力探査》
《精密魔力制御》
《高密度魔力圧縮》
《多重並列制御》
TITLE
なし
「……25」
ルッカが寄ってくる
「上がった?」
「一つ」
昨日は24
今は25
能力を見る
精神
B-からB
他は変わっていない
そしてSKILL
《並列制御》がない
代わりに、
《多重並列制御》
「変わってる」
ミラも気付く
「並列?」
「ああ、《多重並列制御》になってる」
「前のは?」
「ない」
旧《並列制御》は消えている
《魔力圧縮》が《高密度魔力圧縮》へ変わった時と同じだ
「何ができる?」
ルッカが聞く
「たぶん、さっきの」
「三つ?」
「三つだけとは限らない」
そこは慎重に考える
STATUSには、
三つまで
とも、
何個でも
とも書いていない
俺が実際にできたのは、
土壁の維持
攻撃魔法
魔力探査
三つの独立した魔力処理を並行して保つこと
そこまで
「じゃあ四つは?」
「分からない」
「五つ」
「分からない」
「いっぱい」
「もっと分からない」
ルッカは少し残念そうだ
「三つでも負担は大きかったんだからね」
エナが先に言う
「分かってる」
実際、三つでも負担は大きかった
頭が重くなった
手も少し震えた
MPも精神も集中力も使う
《多重並列制御》になったからといって、何でも同時にできるわけじゃない
「精神も上がった」
ミラが言う
「Bになってる」
「そのせいで多く扱える?」
「関係あるかもしれないけど、断定はしない」
いつ上がったのかも分からない
SKILLが先か
能力が先か
戦闘の途中か
事故対応の途中か
確認していない以上、分からない
「でも三つはできた」
ルッカ
「ああ」
それだけは実際にやった
俺はSTATUSを閉じる
LEVEL25
精神B
《多重並列制御》
かなり大きな変化だ
ただ、一番先に思い浮かんだのは戦闘ではなかった
火
風
発動する場所
三つ
昨日、一瞬だけ一つに近付いた時に必要だったもの
火属性経路
風属性経路
一つの出口
さらに形
維持
射出
全部ある
今日のSKILLで急に複合魔法が完成するわけじゃない
でも、少なくとも、
火を見ると風が落ちる
風を見ると出口が崩れる
そんな状態からは一歩進めるかもしれない
「考えてる」
ルッカが俺を見る
「分かる?」
「顔」
まただ
「火と風?」
「ああ」
エナがすぐ、
「今日は駄目」
と言った
「分かってるって」
「言う前に止める」
「明日」
「朝の状態見てから」
「分かった」
許可制が完全に定着している
ミラが今日の戦闘記録を書いている
「さっきの制御、順番どうだった?」
「最初は二つまで」
俺は思い出す
足場
土壁
探査
攻撃
最初は全部を見ようとして崩れた
そのあと役割を分けた
ローデンへ地形判断を任せた
ダリオへ前方戦闘を任せた
ルッカへ接近方向を見てもらった
エナは負傷と疲労
ミラは情報伝達
俺は自分にしかできない魔力処理へ絞った
「俺一人で全部やろうとしたら無理だった」
「でもセイジが魔法三つやったんでしょ?」
ルッカが言う
「魔法三つじゃない」
「違う?」
「土壁、攻撃、探査」
「三つ」
「処理としては三つだな」
全部が攻撃魔法ではない
一つは維持
一つは攻撃
一つは探査
用途も違う
それを同時に持てた
「俺が全部見なくてよかったからできたんだと思う」
ミラが顔を上げる
「どういうこと?」
「壁の形まで俺が見なくてよかった、ローデンが見てくれた」
維持だけすればいい
「敵全部も見なくてよかった、ダリオとルッカが見てた」
俺は攻撃する一体を選ぶだけ
「探査も全部じゃなくて、来る方向だけでよかった」
仕事を減らした
その結果、自分に必要な三つへ集中できた
「増やしたのに減らした?」
ルッカが聞く
「そうなるな」
「変なの」
俺もそう思う
でも、たぶん大事だ
何でも自分でやろうとすれば、処理は増え続ける
魔力探査
足場
敵
仲間
魔法
安全
全部
それでは《多重並列制御》になっても追いつかない
人に任せられるところは任せる
自分にしかできない処理だけを持つ
その方が多く扱える
「今日の崩落、異変と関係ある?」
ミラが聞いた
ダリオが首を振る
「今の情報じゃ分からない」
ローデンも答える
「中層なら普通に崩れる場所はある、今回のだけで特別とは言えない」
俺も同じ考えだ
魔物が浅い方へ動いている
空いた縄張り
魔力の濃い場所
そういうものを見てきた
でも、今日の崩落まで全部そこへ結び付ける必要はない
ただの地形事故かもしれない
「崩落は崩落として記録」
ミラが言う
「それでいい」
「魔物が音に反応して集まった可能性は?」
ルッカが少し考える
「ある」
「元から近くにいた可能性は?」
「ある」
「じゃあ、それも決めない」
また分からない
でも、それでいい
食事を済ませる
今日は戦闘で動いた分、いつもより腹が減っている
空間収納から必要な分だけ出す
食べる
水
少し休む
警戒の順番を決める
新しい安全地点には入口が二つある
一つは来た道
もう一つは奥へ続く細い通路
だから警戒も少し増やす
俺の番になる前、ルッカと一緒に奥側を少しだけ見る
遠くへは行かない
入口付近だけ
「足跡」
ルッカが地面を見る
「多い?」
「少ない」
「新しい?」
「古いの多い」
俺は探査を広げる
近くに大きな反応なし
遠くには何かいる
でも、この辺りは周囲の魔力も強い
細かくは見えない
「奥、まだ続くな」
「行きたい?」
「明日な」
「今日は?」
「行かない」
ルッカが満足そうに頷いた
そんなに信用なかったのか
休息場所へ戻る
俺は壁際に座り、手を見る
《多重並列制御》
言葉だけなら、
いっぱい同時にできそう
に見える
でも実際は違う
さっき三つを維持しただけで疲れた
魔力を使う
精神も使う
集中も使う
処理の一つ一つが複雑なら、もっと負担は増えるはずだ
火槍を撃つ
水球を出す
探査する
それぞれ単純なら複数持てるかもしれない
でも、
高密度火槍を維持
風経路を接続
形を共有
一つの発動点へまとめる
そんなことを同時にやれば、同じ三つでも負担は違う
数だけで考えない方がいい
「何個できるか試したい?」
ミラが横から聞いた
「少し」
「エナ」
「言うな」
ミラが笑う
「明日以降にして」
「分かってる」
本当に分かっている
今ここで四つ五つと試して頭を潰しても意味がない
固定の上限を知ることより、必要な処理を安定して持てる方が大事だ
それに、
三つ同時
という感覚自体を、まだ完全に理解したわけではない
「昨日の一回、再現できそう?」
ミラが聞く
火と風
一瞬だけ一つになったやつ
「前よりは」
「どこが?」
「火と風と出口を別々に見られそう」
昨日はそれだけでいっぱいだった
今なら三つを独立して維持できる可能性がある
そこから形を合わせる
流れを合わせる
射出を合わせる
まだ先は長い
「じゃあ複合魔法できる?」
ルッカが聞く
「まだ」
「何で?」
「今日できたのは、三つを別々に持つこと」
「一つにするのは?」
「別の話」
むしろ今のSKILLは、
別々のものを別々のまま保つ
ための力に近い
複合魔法で欲しいのは、最終的には一つ
そこへ行くために、途中の複数処理を落とさない
その土台にはなる
でも、土台ができただけで家が建ったことにはならない
「明日できるかな」
ルッカ
「できなくてもおかしくない」
「一瞬は?」
「それなら可能性ある」
「二回は?」
「やってみないと」
「三回」
「増やすな」
ルッカが笑う
俺も少し笑った
大迷宮の中
今日、足元が崩れた
魔物も来た
一時はかなり危なかった
それでも今は六人そろって休めている
ローデンの判断がなければ、崩れた足場へ踏み込んでいたかもしれない
ダリオが前を引き受けなければ、俺は魔法を作る余裕がなかった
ルッカが方向を教えなければ、来る敵を全部探査しようとしていた
エナが状態を見てくれるから、どこで止めるか分かる
ミラが声をつないだから、俺は必要な情報だけ受け取れた
俺が三つ同時にできるようになったのは、俺が全部やったからじゃない
逆だ
全部やるのをやめたからだ
必要な三つに絞れた
それが一番大きかった気がする
警戒の時間になる
俺は入口側へ座る
《魔力探査》
狭く
一方向
必要な範囲だけ
以前なら広く見ようとしていた
今はしない
遠くの全部を知る必要はない
近付くものが分かればいい
探査を維持したまま、手元にほんの小さな《水球》を作る
試験ではない
感覚確認だけ
探査
水球
二つ
安定
そこへ小さな《土成形》
目の前の砂粒程度を少し寄せる
三つ
探査
水
土
一瞬だけ維持
できる
すぐ解除
「何してる?」
後ろからエナの声
俺は振り返る
寝ていたと思った
「確認だけ」
「研究禁止って言ったよね」
「研究じゃなくて確認」
「同じ」
「もう終わった」
「頭は?」
「大丈夫」
エナはしばらく俺を見る
「次やったら警戒交代」
「分かった」
怒られた
でも感覚は確認できた
戦闘中だけの偶然ではない
三つの独立処理
低負荷なら維持できる
ただし、これ以上はしない
俺は探査だけに戻す
静かだ
遠くに反応
こちらへ向かってはいない
仲間の寝息
灯り
冷たい石
中層の濃い魔力
今日もここは帰る場所ではない
一晩だけ借りる場所
明日になればまた進むか、状況によっては戻る
そしていずれ、岩陰拠点へ帰る
帰ったら火と風を試す
安全な場所で
低出力
一つずつ
いや
今度は三つ同時だ
火経路
風経路
発動点
それを別々に落とさず持つ
そこから、一つへ近付ける
《多重並列制御》
名前は変わった
でも、何でもできるようになったわけじゃない
できることが一段増えた
その増えた一段を、どう使うかは俺次第だ
俺は探査の範囲を狭く保ちながら、奥の暗い通路を見た
今日の崩落も
魔物も
SKILLの変化も
全部予定通りではなかった
でも、一つだけ分かった
二つで足りないなら、三つを見る
三つを全部自分で抱えきれないなら、仲間に任せられるものを渡す
そうすれば、自分に必要な三つを持てる
魔法も同じかもしれない
全部を一気に完成させる必要はない
火
風
発動点
まず三つ
そこから先は、帰ってから考えればいい
俺は余計な魔法を作りたくなる気持ちを抑え、警戒だけに集中した
今やるべきことを一つだけ残して
次の交代まで、中層の静かな通路を見続けた




