混ぜたら、壊れた
第78回 混ぜたら、壊れた
《晶殻巨蜥》を倒してから、数日が過ぎた
俺たちは無事に大迷宮を出て、ガルディアまで戻っている
ローデンの腕の傷も、ダリオの肩の擦り傷も大きな問題にはならなかった
エナが帰還後に改めて確認し、どちらも深い傷ではないと判断している
俺自身も、戦闘直後にあった頭の重さや手の震えはもうない
《高密度魔力圧縮》も、休んだあとに低出力で何度か試した
《晶殻巨蜥》を倒した時ほど極端に密度を上げなくても、
細くする
密度を上げる
その状態を崩さず保つ
というところまでは再現できた
一回だけの偶然ではなかったらしい
ただし、だからといって毎回限界まで圧縮していいわけではない
高密度にするほど制御の負担は増える
魔力消費も増える
使えるようになったことと、何度でも雑に使っていいことは別だ
その辺りはエナに言われる前に理解した
たぶん成長している
今日は朝から、ガルディア側へ中層探索の報告をしていた
中層へ入ったこと
中層入口付近から内部にかけて、奥側から浅い側へ向かう魔物の痕跡が複数あったこと
最近まで大型魔物が使っていた形跡があるのに、主がいない縄張りを確認したこと
浅層より周囲の魔力が濃く感じられる場所があったこと
《晶殻巨蜥》と遭遇し、討伐したこと
俺たちが見たものを、一つずつ分けて伝える
理由までは分からない
原因も分からない
特に魔力については、俺がそう感じただけで、何かを測ったわけではない
だから、
「奥側の魔力が増えて魔物が逃げている」
みたいな話にはしない
俺たちが確認したのは、
奥から浅い側へ向かう痕跡
空いている縄張り
場所によって濃く感じる魔力
それだけだ
ミラが記録を読み上げ、必要なところでは俺やルッカ、ローデンが補足した
《晶殻巨蜥》については、ガルディア側にも記録があった
中層で確認される大型魔物
硬い結晶質の外殻
その表面を覆う魔力
そこまでは俺たちが見たものと一致している
ただ、
「普通はどの位置にいるのか」
と聞くと、答えは曖昧だった
中層そのものの範囲が広く、個体差や移動もあるらしい
だから、俺たちが出会った場所が明らかに浅すぎるのかどうかまでは判断できなかった
結局、
「記録して、次も見る」
というところに落ち着いた
最近、そればかりだ
でも、それでいいと思う
分からないものを、早く答えにしようとすると間違える
魔法の研究で嫌というほど分かった
報告が終わったあと、俺たちを見る人間の目が以前より少し違っていることには気付いた
最初にガルディアへ来た頃ほど露骨に距離を取られることはない
俺がゴブリンだということを知っている者も増えている
中層まで入ったこと
《晶殻巨蜥》を倒して戻ったこと
そういう実績は、たぶん評価されている
ただし、それで突然普通の冒険者と同じ扱いになったわけではない
街を歩けば、知らない人間には見られる
近くを避ける者もいる
俺を知っている者と、知らない者では反応が違う
それも今までと大きく変わらない
「終わった?」
ガルディアの建物を出たところで、ルッカが聞いた
「報告はな」
「じゃあ帰る?」
「第二水場に寄ってから」
ミラが横から言う
「研究するんでしょ」
「少し」
「少し?」
「今日は本当に少し」
エナが俺を見る
その目が完全に信用していない
「休んでからなら」
「もう数日休んだぞ」
「大迷宮から帰って数日と、今日何時間研究していいかは別」
「分かってる」
「本当に?」
ルッカまで同じことを聞く
俺の信用はどこへ行った
でも、今日は無茶をするつもりはない
今回やりたいのは、高密度化の限界を試すことでも、新しい攻撃魔法を作ることでもない
もっと前から気になっていたことだ
火と風
二つの属性を、一つの魔法の中へ入れられるのか
これまでも二属性を同時に使ったことはある
水を動かしながら土を整える
《土壁》と《風刃》を別々に維持する
そういうことなら《並列制御》でできる
でも、それは二つの魔法を同時に使っているだけだ
一つではない
大迷宮へ入る前に読んでいたマギアコードの資料には、
魔法を一つの構造として捉える
という考え方があった
属性
魔力経路
形
密度
流れ
維持
発動
放出
それを分けて考える
少し前からずっとやってきたことだ
一つの魔法でもこれだけある
なら、その中に二つの属性を置くならどうなるのか
そこが気になっていた
第二水場へ着くと、見慣れた光景があった
水辺
共同で使っている棚
道具
試験栽培の区画
俺たちが大迷宮へ行っている間も、完全に止まっていたわけではない
育っている株には水をやった跡がある
使われた容器は戻されている
棚には前になかった小さな物が増え、別の物が減っている
簡単な交換があったのだろう
少し離れたところでは、前にも見たようなゴブリンたちがいる
同じ個体かどうかは分からない
今日も二体が水場を使っていて、もう一体は少し離れたところで何かを見ていた
俺を見ると、一体が軽く手を上げる
俺も返す
それだけだ
ここは俺の村でも店でもない
使いたいやつが来て、使ったものを戻しながら使う
それくらいが今はちょうどいい
「先に見る」
エナが救護用品の置き場へ向かう
「私も」
ローデンは設備の方へ
ルッカは森側
大迷宮から戻ったあと、一度確認している
それでも数日経てばまた変わる
専門のところは、専門のやつが見る
ダリオも安全経路について、置かれている共有情報を確認し始めた
俺とミラは残った
「研究は全員揃ってから?」
ミラが聞く
「最初の確認だけなら」
「危ないことは?」
「しない」
「前も似たこと言ってなかった?」
「今日は低出力」
「それなら記録だけ先に準備する」
ミラが紙を出す
俺も資料を空間収納から取り出した
全部ではない
マギアコードに関係しそうな部分と、俺たちがこれまで書いた記録だけだ
地面に座り、紙を並べる
まず見るのは《火槍》
火属性
一本の魔力経路
細長い形
一定の密度
前へ向かう流れ
形を保つ維持
自分の前で発動
前方へ放出
次は《風刃》
風属性
薄い刃の形
火槍とは違う流れ
切るための薄さ
それを保つ維持
前方へ放出
《風圧》はもっと単純だ
風を押し出す
広がりがある
形を細く固定する必要は少ない
「似てる?」
ミラが聞く
「何が?」
「火槍と風刃」
「魔法として分ける項目は似てる」
「中身は?」
「かなり違う」
同じ形にすれば一緒になる、なんて簡単な話ではなさそうだ
俺は手を前へ出す
まず《火槍》を低出力で作る
研究用
撃たない
大きさも抑える
火の細い槍が浮かぶ
次に《並列制御》
もう一つ魔力経路を作る
風
《風圧》
火槍の周囲を包むように、弱い風を置く
できる
火が揺れる
風が流れる
でも、両方とも安定している
「できた」
ミラが言う
「これは前からできる」
「火と風、一緒にあるよ」
「一緒にあるだけ」
俺は火槍を少し動かす
風もそれに合わせる
二つを同時に維持する
《並列制御》があるから難しくない
火槍
風圧
別々の魔法
同時に使っている
「これを撃ったら?」
「たぶん火槍と風圧が同時に飛ぶ」
「一つにはならない?」
「ならないと思う」
試す
安全な方向へ向ける
低出力の火槍を放つ
同時に風圧を前へ送る
火槍が飛ぶ
その周囲を風が押す
結果だけ見れば、風に押された火が少し勢いよく飛んだようにも見える
でも感覚は明確だった
火は火
風は風
魔力経路も別
発動も別
維持も別
「二つだな」
「見た目だけなら一つっぽいけど」
「俺の中では完全に別」
「じゃあ失敗?」
「いや、確認」
これで、
火の周りに風を置く
というだけでは一つの魔法にならないことが分かった
次
火槍を作る
風を作る
今度は周囲ではなく、火槍の内部へ近付ける
「危なくない?」
ミラが聞く
「出力かなり落としてる」
「何か変だったらすぐ消して」
「分かってる」
火の魔力経路
風の魔力経路
二本
今までは距離を取って維持していた
それを近付ける
まず並べる
火
風
触れそうなところまで
何も起きない
さらに近付ける
魔力の感覚が重なる
その瞬間、
風が消えた
「あれ?」
火だけ残る
「風消えた」
「見れば分かる」
「何で?」
「分からない」
もう一度
火槍
風
近付ける
今度は風を少し強く保つ
接触
火槍の形が歪んだ
先端が横へ曲がる
「うわ」
俺はすぐ消す
「火が壊れた?」
「風に押された……だけじゃない気がする」
「じゃあ何?」
「分からない」
ミラが書く
一回目
風側消失
二回目
火側変形
「三回目やる?」
「やる」
「出力もっと落とした方がいいんじゃない?」
「そうする」
最初から小さくする
掌の先に出るくらい
火槍と呼ぶにはかなり短い
風も同じ
魔力量を落とす
火と風
二本の経路
近付ける
今回は一気に触れさせず、少しずつ重なる位置へ動かす
火が揺れる
風が乱れる
両方維持
《精密魔力制御》
《並列制御》
二つを別に保つならできる
そこから距離をなくす
重ねる
「……来る」
何が、とは説明できなかった
二本の魔力が互いに押し合うような感覚
次の瞬間、
両方が崩れた
小さく火が散る
風が弾ける
俺は反射的に解除した
「今のは?」
ミラが聞く
「両方壊れた」
「爆発?」
「そこまでじゃない」
火の粉が少し散っただけだ
出力を落としていてよかった
「でも危ないな」
火だけなら、崩れても消せる
風だけでも同じ
二つが重なってから崩れると、どちら側を直せばいいのか分かりにくい
「一回休もう」
ミラが言う
「まだ三回」
「だから」
「魔力は減ってない」
「魔力じゃなくて、今の分からないまま続けるのが危ない」
その言い方に、俺は手を下ろした
正しい
何が起きたか分かっていないのに、回数だけ増やしても意味がない
俺たちは紙を見る
火の周囲に風
成功
ただし別魔法
火と風を近付ける
風消失
別条件
火変形
さらに別条件
両方崩壊
「混ぜたら壊れた」
俺が言うと、ミラが紙にそのまま書いた
「それでいいのか?」
「分かりやすい」
「研究記録として雑じゃない?」
「じゃあ下に細かく書く」
一番上には、
混ぜたら壊れた
と残った
しばらく資料を見直していると、ルッカが戻ってきた
「何してる?」
「失敗」
俺が答えると、
「今日も?」
と言われた
「今日は最初から失敗する予定じゃない」
「でも失敗した?」
「した」
ルッカが紙を見る
読めるわけではない
ただ、火と風の印はもう覚えているらしい
「火と風?」
「ああ」
「一緒にする?」
「したい」
「できた?」
「壊れた」
「じゃあできてない」
非常に正しい
「ルッカ、森は?」
ミラが聞く
「大きいの来てない、前の跡も見た」
「変化は?」
「少しあるけど、まだ分からない」
大迷宮へ行く前から見ている生き物の移動痕跡
完全に消えたわけではないらしい
でも、それ以上のことはまだ言えない
ダリオたちも戻ってくる
エナは救護用品
ローデンは設備
ダリオは経路情報
大きな問題はない
俺たちが大迷宮へ行っている間にも最低限の利用は続き、戻ってから必要な専門確認をした
それだけだ
「何か爆発した?」
エナが俺の前の焦げ跡を見る
「爆発ってほどじゃない」
「何したの?」
「火と風を近付けた」
「何で?」
「一つにするため」
エナが少し黙った
「今度から先に言って」
「低出力だぞ」
「低出力でも何が起きるか分かってないんでしょ」
それを言われると弱い
「分かった」
「本当に?」
今日は何回目だろう、この確認
ダリオが研究場所を見る
「実戦で使う予定?」
「今はない」
「なら急ぐ必要ないな」
「ああ」
「分からないなら安全なところでやれ」
「ここも安全確認してる」
「もっと離れろ」
ローデンが横から言った
「水場からも、棚からも」
正しい
午後からは研究場所を少し移した
第二水場の設備から十分離れ、周囲に燃えやすい物が少ない場所
ローデンにも地面を見てもらい、火や風が散っても大きな問題になりにくい場所を選ぶ
エナは、
「何かあったらすぐやめる」
を条件にした
俺は、
「何もないようにする」
と答えたら、
「そういう意味じゃない」
と言われた
研究再開
今度は最初から低出力
火槍
風圧
風刃
三つを一つずつ作り、構造を見る
ミラが資料を横で読む
「この部分」
「何て書いてある?」
「昨日まで見てたところと同じ系統だと思うけど……複数の流れを一つにする時、ただ重ねるんじゃなくて……位置?」
「位置?」
「配置、かな」
ミラが言葉を探す
「あと、順序みたいな意味もある」
「どっちが先とか?」
「たぶん」
「役割は?」
「少し後ろに、それっぽい言葉がある」
資料を見ても俺には読めない
ミラが一つずつ説明する
完全な翻訳ではない
古い魔法理論の文章だから、普通の言葉へ置き換えると意味がずれるところがある
それでも、
複数の経路
配置
順序
役割
という言葉が並んでいるらしい
「接触させればいいんじゃない?」
俺が聞く
「今やって壊れたでしょ」
「そうなんだけど」
「資料にも、単純に触れさせろとは書いてない」
「じゃあ、火の中に風を入れるんじゃない?」
「それを私に聞かれても」
もっともだ
俺は紙へ簡単な線を描く
一本目
火
二本目
風
今までは並列だった
二本の線が横に並んでいる
それを近付けた
ぶつかった
壊れた
なら、
最初から同じ場所を通せばいいのか
試す
発動する前から、火と風の二つを同じ位置へ作ろうとする
魔力を出す
火属性へ寄せる経路
風属性へ寄せる経路
同時に作る
「……無理だな」
出す前から分かる
二つが同じ場所を取り合う
どちらかへ寄る
火を強くすれば風が薄れる
風を保てば火が不安定になる
「順番変える」
まず火
小さな火槍
安定
そのあと風
火槍の外周に沿わせる
ここまではできる
それから風の経路を少し内側へ
火に触れる
風が消えかける
戻す
消えない
「境目はある」
俺が言う
「どこ?」
「ここから入れると風が負ける」
「負ける?」
「火側の構造に飲まれる感じ」
「本当に飲まれてる?」
「感覚の話」
ミラがそのまま記録する
次は逆
風を先に作る
今回は《風刃》ではなく、細い風の流れだけ
そこへ火槍を作る
火が生まれる
風が乱れる
今度は風の方が形を変える
火は残る
「結局火が強い?」
ルッカが見ながら聞く
「今の出力だとそう見える」
「風強くしたら?」
「やってみる」
風を強める
火を同じ
接触
火が揺れる
風も揺れる
両方を維持
《並列制御》
さらに近付ける
一瞬だけ、
二つが同じ場所にあるように感じた
「……あ」
次の瞬間、
魔力が跳ねた
右手の先で火と風が一緒に膨らむ
「消す」
俺は反射的に両方を切った
熱い風が顔へ当たる
大きな爆発ではない
少し強い火が弾けた程度
それでも、全員が一歩下がった
「今の危ない」
エナの声
「分かってる」
「続ける?」
俺は手を見る
火傷はない
でも、今の跳ね方は予想できなかった
「出力もっと下げる」
「やめるじゃないの?」
「一回整理してから」
エナは少し考える
「低出力、それ以上上げない」
「分かった」
「何か変なの感じたら解除」
「分かった」
条件付きで続行
俺たちは一度座った
「今の、一つになった?」
ルッカが聞く
「分からない」
「一緒に膨らんだ」
「それだけじゃ駄目なんだと思う」
一緒に壊れたから、一つになった
それでは意味がない
一体化と崩壊は違う
安定していなければ魔法として使えない
発動できても、
維持できない
狙えない
撃てない
同じ結果をもう一度出せない
それでは完成したとは言えない
むしろ今のは失敗だ
「混ぜるって何なんだろうな」
俺が言うと、ダリオが聞いた
「火と風を同時に撃つのとは違うのか」
「違う」
「何が違う?」
説明しようとして止まる
俺自身、完全には分かっていない
「二本の槍を一緒に持つのと、一つの槍を作るのが違う……みたいな」
「今は二本?」
「火と風を同時に出すだけなら二本」
「一つにしたい?」
「ああ」
「何のために?」
良い質問だ
強くするため
だけではない
今の《火槍》を高密度化すれば、かなり強い
《晶殻巨蜥》も抜けた
そこへ風を足したからといって、必ず強くなる保証はない
「できるか知りたい」
俺は答えた
「それだけ?」
「今は」
魔法を構造として見始めた
一部を変えられるようになった
高密度の状態も保てるようになった
なら、別の属性経路を同じ構造へ入れられるのか
知りたい
それができれば、単に覚えた魔法を使うのとは違う
既存の魔法を材料にして、別のものへ組み替えることになる
まだ白紙から魔法を作れるわけじゃない
《火槍》という元がある
風の魔法という元もある
その二つをどうつなぐか
そこまでだ
でも、今の俺にはそれが十分に新しい
「なら、安全にできるところまで」
ダリオが言う
「今日は大迷宮じゃない、逃げる必要もない」
「分かってる」
「失敗したら止めて考えろ」
「それ、ミラにも言われた」
「なら二人に言われたんだから守れ」
三人目はエナだ
俺は完全に包囲されている
午後の後半は、出力をさらに落とした
実戦では使えないくらい小さな火と風
これなら崩れても危険が小さい
まず火を安定させる
次に風
接触させない
距離を測るように近付ける
どこで干渉が始まるかを見る
風側が乱れる位置
火側が歪む位置
両方が揺れる位置
そこを何度も確認する
不思議なことに、毎回完全に同じではない
俺の制御
魔力量
火の形
風の流れ
少し違うだけで結果が変わる
だから余計に難しい
「役割か」
俺は資料の言葉を思い出す
火は何をする
風は何をする
今の俺は、
火と風を一緒にする
としか考えていない
それでは曖昧すぎるのかもしれない
「《火槍》の役割は?」
ミラが聞く
「燃やす、貫く」
「風は?」
「押す、切る」
「全部入れる?」
「……多いな」
火槍の中に、
燃焼
貫通
風圧
切断
全部入れようとしているなら、そりゃ壊れるのかもしれない
「どれか一個だけ?」
ルッカが言う
「たぶん、そういう考えもある」
《火槍》は残す
その周りへ風を置く
ここまでは並列
なら風の役割を一つにする
例えば、
火槍の形を保つ
加速させる
軌道を安定させる
何か一つ
でも、それを決めるには、風経路をどこへ通すかも決めないといけない
「順番もある」
ミラが言う
「火を作ってから風?」
「資料では、必ずそうとは書いてないと思う」
「風から火?」
「それも試して失敗した」
「同時?」
「それも不安定」
全部失敗だ
でも、朝よりは少し分かってきた
失敗の種類が違う
最初は、
混ぜた
壊れた
それだけだった
今は、
風が消える
火が歪む
両方が崩れる
魔力が跳ねる
という違いがある
何をした時に、どの失敗が起きやすいか
そこを記録できる
「今日はここまでにする」
俺が言うと、全員が一瞬黙った
「何だよ」
「セイジが自分から言った」
エナが言う
「俺だって止める時は止める」
「前より早い」
「成長した」
「LEVEL23だから?」
ルッカが聞く
「それは関係ない」
たぶん
研究場所を片付ける
焦げた土を軽く整える
火が残っていないことを確認する
風で飛ばした小石や紙片も回収する
俺たちは第二水場へ戻った
夕方になり、利用していた者たちも少しずつ離れていく
残ったものを戻す
簡単に片付ける
試験栽培へ水をやる者もいる
俺たちが大迷宮へ行っていた間も続いていたこと
大きな発展があったわけではない
村になったわけでもない
誰かが管理者になったわけでもない
それでも、止まってはいない
俺はそれを見て、少し安心した
何日かいなくても、全部が消えるわけじゃない
俺がここにいなくても、できることをする者がいる
「帰る?」
ルッカが聞く
「ああ」
ミラに今日の記録の一部を写してもらい、俺は必要な紙だけ持つ
俺たち六人はここで別れる
ローデンとダリオの傷も、もう大きな問題はない
エナが最後にもう一度確認していた
「明日は研究する?」
帰る前にエナが聞く
「たぶん」
「低出力」
「分かってる」
「一人でやらない」
「ミラに来てもらう」
「それなら」
完全な許可制度みたいになってきた
岩陰拠点へ戻る道で、ルッカが前を歩く
森は迷宮より明るい
夕方でも、空の色が見える
木々の間を風が通る
迷宮の中で感じた風とは違う
自然に流れている
俺はふと手を出した
「何してる?」
ルッカが振り返る
「風」
「あるよ」
「そうだな」
魔法の風
自然の風
同じ風という言葉でも違う
《風圧》
《風刃》
それぞれも違う
火も同じだ
《火弾》
《火槍》
属性が同じでも、構造が違う
そこへ別の属性を入れる
単純に混ぜればいいと思っていたわけではない
でも、どこかでは、
二つを近付ければ何か起きる
くらいに考えていたのかもしれない
実際に起きた
壊れた
「混ぜるだけじゃ駄目か」
俺が呟く
「壊れたから?」
「ああ」
「じゃあ明日は壊れないようにする?」
「簡単に言うな」
「違うの?」
「いや、合ってる」
ルッカは笑って、また前を向いた
岩陰拠点へ着く頃には暗くなっていた
入口をくぐる
荷物を置く
それだけで身体の力が抜ける
ガルディア
第二水場
大迷宮
どこへ行っても、ここへ戻ると一番落ち着く
食事を済ませたあと、俺は今日の紙を広げた
ルッカは寝床の近くで、俺が書いた印を見ている
火
風
二本の線
並んでいる
少し離してある
次の紙では近付いている
その次は途中で線が崩れている
自分で描いたのに、かなり分かりやすい
「これ失敗?」
ルッカが崩れた線を指す
「ああ」
「これは?」
二本が並んでいる線
「成功だけど、欲しい成功じゃない」
「成功なのに?」
「二つを同時に使うことには成功」
「一つにするのは?」
「失敗」
「難しいね」
「難しい」
一つの魔法構造の中に、二つの属性経路を入れる
口で言うだけなら短い
でも実際には、
どちらを先に作るか
どこを通すか
何をさせるか
どのくらいの強さにするか
どちらが形を決めるか
維持は一つなのか二つなのか
発動は同時なのか
放出はどうするのか
何も決まっていない
全部を一気に試したから壊れた
前に学んだことを思い出す
変えるのは一つだけ
火と風でも同じだ
一気に完成させようとしない
まず役割を決める
次に順番
その次に位置
一つずつ
「でもさ」
俺は紙を見る
「これ、かなり先長いな」
「やめる?」
ルッカが聞く
「やめない」
即答した
難しい
失敗ばかり
危ない
それでも、少し面白い
最初に《火弾》を使えた時とは違う
あの時は、できたことが嬉しかった
今は、できないことの形が見え始めている
何が分からないのか
どこで壊れるのか
何を決めないといけないのか
そこが少しずつ見えている
今日、火と風は一つにならなかった
一瞬の一体化と呼べるようなものもなかった
同時使用ならできた
近付ければ崩れた
接触させればどちらかが消えたり、両方壊れたりした
魔力が跳ねることもあった
つまり今の俺には、
二つを安定して同じ構造へ入れる方法がない
それが今日分かったことだ
俺は資料の端にある印を見る
役割
順序
配置
たぶん、この辺りが次だ
正しいかどうかはまだ分からない
資料の解釈自体が完全ではない
でも、次に試すものはある
それで十分だ
STATUSは今日は見ない
戦っていない
今日の研究でSTATUSに何か変化があったかは確認していない
今日分かったのは、失敗したこと
それが成果だった
俺は紙を畳む
「寝る?」
ルッカが聞く
「ああ」
「明日また壊す?」
「壊さないようにする」
「でも壊れる?」
「たぶん」
「じゃあまた失敗?」
「たぶんな」
「楽しそう」
そう見えたらしい
否定できない
俺は寝床へ入る
目を閉じる前、頭の中に二本の魔力経路を思い浮かべた
火
風
離れていれば安定する
近付ければ壊れる
なら、必要なのは混ぜることじゃない
つなぐことなのかもしれない
ただ触れさせるのではなく、
役割を決めて
順番を決めて
一つの構造の中に置く
そこまで考えたところで止めた
まだ答えにするには早い
今日は、
混ぜたら壊れた
それで十分だった




