抜けないなら、もっと細く
第77回 抜けないなら、もっと細く
目を覚ました時、昨日より身体が軽かった
完全に疲れが抜けたわけではない
脚にはまだ少し重さが残っているし、硬い床で寝たせいか肩も張っている
それでも、昨日の終わりよりはずっといい
中層内で見つけた小さな窪み
入口が一つで、周囲を確認しやすく、短く休むには使える場所
ここで一晩を過ごした
交代で警戒していたから、岩陰拠点で眠る時ほど深くは休めない
それでも、今のところ夜の間に襲われることはなかった
俺は身体を起こし、最初に《魔力探査》を狭く広げた
近くに大きな反応はない
周囲の魔力は、昨日と同じように浅層より濃く感じる
少し慣れたとはいえ、広げすぎれば遠くの反応が背景へ紛れる
今日は最初から欲張らない
近くを見る
必要になれば少し広げる
それでいい
「起きた?」
エナが声を掛けてきた
「今」
「身体は?」
「少し脚が重いくらい」
「頭痛」
「ない」
「魔力」
「問題ない」
エナは俺の顔を少し見てから頷いた
昨日は長く歩いた
戦闘そのものより、道を選び、上り下りし、立ち止まり、戻り、また別の道を探す時間の方が長かった
中層では、それだけで体力を使う
「ルッカは?」
俺が聞くと、エナが入口側を指した
少し離れたところで、ルッカが地面を見ている
昨日から何度目だろう
休息場所の近くを使ったものがいないか確認しているらしい
俺が近付くと、ルッカは顔を上げた
「新しいのはない」
「夜の間は誰も通ってない?」
「近くは」
「ならよかった」
「でも遠いところは分からない」
「それは俺も同じだ」
探査があるから全部分かるわけじゃない
ルッカも、匂いや足跡だけで迷宮全体を見られるわけじゃない
できる範囲がある
そこを重ねる
それが今のやり方だ
全員が起きて食事を済ませたあと、ダリオが今日の動きを確認した
「昨日より奥へ少しだけ見る」
誰も口を挟まない
「ただし、戻りを優先する」
ミラが聞く
「今日帰る?」
「ああ、そのつもりだ」
「どこまで見る?」
「時間と状態次第だ、昨日みたいに道そのものに時間を使うなら早めに切る」
ローデンが、
「帰り道も確認し直す」
と続ける
昨日通れた場所が今日も同じとは限らない
崩落
落石
魔物
それだけで経路は変わる
ルッカも頷く
「昨日の足跡も見る」
奥から浅い側へ向かっていた複数の魔物
空いていた縄張り
俺も気になっている
ただ、追い掛けるわけじゃない
目的は理由を決めることではなく、見えるものを増やすことだ
準備を終え、俺たちは安全地点を出た
昨日進んだ道を少し戻り、途中の分岐から別方向へ入る
最初は比較的平らだった
けれど、しばらくすると床が傾き、片側だけ大きく落ち込んでいる場所へ出た
「右に寄るな」
ローデンがすぐ言う
俺たちは左側へ寄る
床の右端には細い亀裂がいくつも入っている
その下がどうなっているのかは暗くて見えない
石を落として確かめようとは思わない
余計に崩れたら困る
「ここ、帰りに使える?」
ダリオが聞く
ローデンは少し考えた
「今のままなら」
「今のままなら、か」
「崩れたら使わない」
当たり前だけど、大事だ
俺たちは一人ずつ通る
その先は少し広かった
天井も高い
左側に岩壁
右側に別の通路
正面は緩く下っている
ルッカが止まる
地面を見る
「何かある?」
俺が聞く
「大きい」
「足跡?」
「うん」
俺にも分かるくらい大きい
丸いというより横に広い
爪のような跡が前へ伸びている
一つではない
同じ個体が何度も通ったのか、別の個体なのかは分からない
ルッカは足跡から壁際へ移動した
そこには擦れた跡が残っている
昨日見た大型魔物の縄張り跡より、さらに高い位置まで傷がある
「最近?」
ダリオが聞く
ルッカが指で土を触る
「新しい」
俺は《魔力探査》を正面へ向けた
背景の魔力
石
その向こう
一つ、強い反応がある
「いる」
全員の動きが止まった
「近い?」
「昨日の遠いやつより近い」
「こっちへ来てる?」
探る
反応は大きい
まとまっている
周囲の魔力に紛れない
むしろ、その周辺だけ分かりやすいくらい強い
「動いてる」
「方向」
「……こっち寄り」
ルッカも耳を澄ませる
しばらくして、低い音が聞こえた
石を擦るような音
重いものが地面を踏む音
一歩
また一歩
「戻る?」
ミラが聞く
ダリオが後ろを見る
さっき通った亀裂のある細い足場
走って一気に戻れる場所ではない
「今戻る方が危ない」
ローデンも同意する
「一人ずつしか通れない」
なら、ここで見るしかない
戦うと決めたわけじゃない
相手がこちらへ来なければ、やり過ごせる可能性もある
俺たちは壁側へ寄った
俺は探査を維持する
反応が近付く
大きい
今まで中層で戦った魔物より明らかに強い
魔力のまとまりだけでも分かる
やがて、暗がりの先から何かが現れた
最初に見えたのは頭だった
低い
横に広い
その次に、光を反射する表面
「……硬そう」
俺は思わず呟いた
四本の脚
地面へ張り付くような低い身体
それでも、身体そのものが大きい
背中から側面まで、結晶のような硬いものに覆われている
普通の鱗ではない
厚い外殻
石にも見える
透明ではなく、濁った結晶質
灯りが当たると不規則に光を返す
そして、その表面には別の魔力が薄く広がっていた
身体から少し離れているわけではない
外殻へ沿うように張り付いている
「障壁?」
俺が言う
ミラが息を呑む
「あれ……記録で見たのと似てる」
「知ってる?」
「たぶん《晶殻巨蜥》」
「たぶん?」
「特徴は合う、大型の四足、結晶みたいな外殻、表面の魔力」
名前が分かったところで、安心できる要素は一つもなかった
《晶殻巨蜥》は頭を低くした
こちらを見ている
逃げる様子はない
むしろ、身体を少し持ち上げた
「来る」
ルッカが言った
ダリオの声が飛ぶ
「広がるな、右は使うな」
右側は足元が悪い
左には岩壁
中央で受けるしかない
《晶殻巨蜥》が走った
速い
昨日戦った魔物ほどではない
でも、大きさの割には十分速い
「セイジ」
「分かってる」
《火弾》
まず一発
正面へ撃つ
火が頭部へ当たった
薄い魔力の膜が揺れる
その奥の結晶殻へ火が広がる
それだけだった
止まらない
「効いてない?」
ルッカが声を上げる
「ほとんど」
俺は横へ動く
巨蜥の前脚が地面を叩く
重い音
ダリオが近付きすぎず、向きを変えさせる
ローデンが壁側へ退避する場所を示す
俺は次を作る
《火槍》
普通のもの
狙いを付ける
撃つ
障壁へ刺さる
今度は《火弾》より深い
薄い膜を押し込む
そのまま結晶殻へ当たる
火が弾けた
外殻の表面に黒い跡が残る
でも、貫いていない
「抜けない」
俺は次へ切り替える
《水槍》
一点へ当てる
水の槍が障壁へ衝突し、結晶表面へ強く当たった
外殻が少し揺れたように見える
それでも壊れない
《風刃》
側面へ
風の刃が魔力障壁を削るように走り、その奥の結晶へ当たる
細い傷
それだけ
「硬すぎるだろ」
《晶殻巨蜥》が身体を振る
尾が横へ走る
「下がれ」
ダリオの声
全員が離れる
尾の先が岩壁へ当たった
大きな音
石が砕ける
破片が飛んだ
ローデンが腕で顔を庇う
小さな破片が腕を切った
「ローデン」
エナがすぐ近付く
「浅い」
ローデンが答える
「動かせる?」
「ああ」
エナが短く傷を見る
血は出ているが深くない
「今は止血だけ、腕は使える、でも次は当たらないで」
「分かった」
長く治療している余裕はない
エナは布を巻き、すぐ離れる
その間、ダリオとルッカが巨蜥の注意をこちらから逸らしている
俺は魔力を集める
普通の《火槍》で抜けない
なら強くする
《魔力圧縮》
魔力を押し込む
いつもより多く
もっと
炎が強くなる
槍の形が太くなる
「……違う」
撃つ前に分かる
太い
魔力は増えている
火力も高いはずだ
でも、今欲しいのはこれじゃない
俺は一度消した
「セイジ?」
ミラが俺を見る
「太くなりすぎる」
「強い方がいいんじゃない?」
「表面全体を焼いても抜けない」
障壁
その下の結晶殻
広く当てる意味がない
必要なのは、同じ場所へ全部を通すことだ
《晶殻巨蜥》がもう一度突進する
ダリオが避ける
直前まで正面に残り、相手の向きを固定する
「ダリオ、近い」
エナの声
「まだ行ける」
巨蜥が頭を振る
ダリオが飛び退く
爪が服の端を裂いた
直接深くは入っていない
それでも危ない
「一度下がって」
エナが言う
「動ける」
「動けるうちに位置変えて」
ダリオはすぐ従った
無理をするのが勇気ではない
戦いを続けるなら、動ける状態を保つ必要がある
俺はもう一度魔力を集める
《火槍》
細く
昨日まで、魔法を分けて見てきた
形
密度
流れ
維持
発動
放出
今日は、その全部が必要になる
太くしたくない
でも密度は上げたい
魔力量を増やしても、形へ逃がさない
狭い場所へ押し込む
《魔力圧縮》
細い形へ魔力を集める
いつもの《火槍》より細い
その中へさらに押し込む
火が激しく揺れた
「崩れる」
維持を強める
今度は先端が膨らむ
太くなる
駄目だ
撃てる形ではない
消す
「まだ?」
ルッカが叫ぶ
「もう少し」
「長い」
「分かってる」
研究なら何度でも失敗できる
今は違う
相手は待ってくれない
だから仲間が時間を作っている
巨蜥がローデン側へ向く
ローデンは壁際へ移動しながら叫ぶ
「正面の床は使える、左奥は駄目だ」
俺は周囲を見る
左奥の床には砕けた石が増えている
尾が壁へ当たったせいで足場が悪くなった
「射線は?」
ダリオが聞く
ローデンが位置を変え、俺と巨蜥の間を見る
「ここから中央なら通る」
「セイジ、そこへ」
俺は指定された場所へ動く
ダリオが巨蜥の正面へ回る
「ルッカ、何か見えるか」
ルッカは戦いながらずっと相手を見ていた
外殻
脚
首
身体を曲げるたび、結晶が重なる
「動くと、ずれる」
「どこ」
ルッカが巨蜥の前脚の付け根を見る
「そこ、脚の上」
「ずっと?」
「動いた時だけ」
結晶殻は身体を完全に一枚で覆っているわけではない
動くためには継ぎ目がある
前脚を大きく出す瞬間
身体を捻る瞬間
重なっていた外殻が少しずれる
その内側
狭い
一瞬
「あそこなら?」
俺が聞く
「他より薄いと思う」
「思う?」
「見える」
それで十分だ
ダリオがすぐ指示する
「右前脚を出させる」
どうやって、とは聞かない
ダリオとルッカに任せる
俺は魔法を作る
《火槍》
細くする
普通の《火槍》より細く
それでも形を崩さない
《魔力圧縮》
押し込む
また揺れる
維持
形
密度
全部を見る
高くしすぎると火が外へ逃げる
抑えすぎれば密度が落ちる
細さを保とうとすると、圧縮した魔力が先端へ偏る
「違う」
消す
魔力が無駄になる
でも撃って外すよりいい
《晶殻巨蜥》の突進
ダリオが誘う
直前で横へ
巨蜥の身体が回る
「今、そこ」
ルッカの声
前脚の付け根
結晶がずれる
俺は普通の《火槍》を撃った
狙いは合った
隙間へ入る
だが、浅い
障壁が隙間にも沿っている
その奥にも小さな結晶が重なっている
火槍が弾ける
巨蜥が吠えた
効いていないわけではない
でも決定打には遠い
「場所は合ってる」
ルッカが叫ぶ
「抜けてない」
なら、あそこだ
場所ではなく、魔法の方が足りない
抜けないなら
もっと強く
いや
違う
もっと細く
俺は魔力を集めた
前にも似たことを考えた
広げるより一点へ
狭く
細く
必要なところだけへ
そこから《魔力圧縮》を使えるようになった
でも今のやり方では足りない
押し込むだけでは、増やした魔力が外へ逃げる
形が太くなる
密度を上げた瞬間だけなら作れる
でも、狙いが決まるまで保てない
今必要なのは、作ることだけじゃない
保つこと
細いまま
高い密度のまま
崩さない
照準が決まるまで
「セイジ、来る」
ミラの声
俺は魔法を消して横へ跳ぶ
巨蜥が突っ込んできた
床が揺れる
近い
結晶殻が目の前を通る
薄い魔力障壁が表面を覆っている
動きが止まった瞬間、俺は《風圧》を当てる
倒すためじゃない
向きを少しずらす
ほんの一瞬だけ止まった
その間に距離を取る
「まだ作れる?」
エナが聞く
「作れる」
「魔力は?」
「減ってるけど、まだある」
何度も失敗している
普通の戦闘より消費が大きい
エナが俺を見る
「無理だと思ったら言って」
「分かった」
言えるかどうかは別として、とは考えない
今回は言う
今ここで魔力を使い切れば、倒したあと帰れない
それでは意味がない
ダリオが俺のところへ戻る
肩の服が裂けている
皮膚にも浅い擦り傷がある
「次で行けるか?」
「次とは言えない」
「何回必要だ」
「分からない」
ダリオは一瞬だけ俺を見る
「なら、作れるまで持たせる」
「無茶するなよ」
「お前もな」
言い返せない
ダリオは戻った
ルッカが反対側へ動く
巨蜥の視線が揺れる
ローデンが安全な場所を確認し続ける
エナは全員の動きを見ている
ミラが俺と他の四人の間で声をつなぐ
俺は《火槍》を作る
今度は最初から魔力量を増やさない
普通の量
細い形
安定
そこから少しずつ密度を上げる
《魔力圧縮》
押す
違う
押し込めば外へ逃げる
もっと狭い箱へ無理に詰める感覚では駄目だ
箱そのものを保つ
細さ
流れ
維持
この形を固定する
その中で密度だけを上げる
昨日までの研究
変えるのは一つ
他は元の働きを維持する
密度を上げる
形を変えない
流れを崩さない
維持を乱さない
ただし、そのために必要な制御は変える
魔力が集まる
細い
まだ細い
密度が上がる
火が白く見えるほど強くなる、というような派手な変化ではない
見た目はむしろ小さい
でも中身が違う
重い
そう感じる
「できた?」
ミラが聞く
「まだ」
まだ揺れている
数呼吸保つ
先端が広がる
「駄目だ」
消す
悔しい
今のは近かった
でも、狙いが決まる前に崩れた
もう一度
普通の《火槍》
細く
密度
維持
今度は魔力の流れそのものを早くしすぎない
高い密度にしたからといって、全部を前へ押し出す必要はない
撃つまでの間は、その場で保てばいい
魔力が動きたがる
火が外へ広がろうとする
それを抑える
押しつぶすのではなく、形を決める
細い場所に詰め込むのではなく
細い状態そのものを保つ
「あ」
感覚が変わった
今までの《魔力圧縮》とは少し違う
圧縮して終わりではない
高密度になった魔力を、そのままの状態で維持している
細い
崩れない
少しだけ時間が経っても形が変わらない
「これなら」
巨蜥を見る
まだ動いている
狙いが変わる
魔法を保持したまま視線を追う
以前なら、この時点で形が崩れていた
今は保てる
「セイジ」
ルッカが叫ぶ
「右前、また開く」
「分かった」
ダリオが巨蜥の正面へ出る
「こっちだ」
巨蜥がダリオへ向く
頭を下げる
突進
ダリオがぎりぎりまで残る
「まだ」
ルッカが見る
「まだ」
巨蜥が前脚を大きく踏み込む
身体が沈む
結晶殻がずれる
「今」
ダリオが横へ飛ぶ
ルッカの声が重なる
「そこ」
ローデンが叫ぶ
「射線通る」
俺は撃った
細い《火槍》
高密度のまま
放出する瞬間に形を崩さない
一筋の火が走る
薄い障壁へ当たる
一瞬止まったように見えた
でも散らない
障壁を抜く
その奥
ずれた結晶殻の間
狭い隙間へ入る
さらに奥へ
火が消えた
いや
入った
《晶殻巨蜥》の身体が大きく揺れた
吠える
前脚が崩れる
まだ倒れない
「入った」
俺はもう一発作ろうとする
エナが叫ぶ
「待って、動き見る」
巨蜥が身体を持ち上げようとする
一度
二度
結晶殻が床を擦る
尾が動く
ダリオたちは距離を取る
巨蜥がこちらを見る
立つ
まだ来るのか
俺は魔力を集める
さっきの感覚
細く
密度
維持
今度は前より早く形になる
完全に同じではない
それでも、作れる
巨蜥が一歩出る
身体が傾く
もう一歩
そこで力が抜けた
大きな身体が横へ倒れる
床が震えた
誰もすぐ近付かなかった
俺も《魔力探査》を向ける
反応は残っている
弱い
さらに待つ
動かない
少しずつ薄くなる
「終わった?」
ミラが聞く
「待って」
ダリオが止める
ルッカが距離を保ったまま観察する
尾
脚
呼吸
しばらくして首を振った
「動かない」
俺も探査する
まとまった魔力反応は消えていた
「……倒した」
身体から力が抜けた
その場に座りそうになる
でも、先に周囲を確認する
他の魔物が来ていないか
近くにはいない
ダリオも同じことを考えていたらしく、
「長居しない」
と言った
「先へは行かない、戻る」
誰も反対しなかった
今日はもう十分だ
《晶殻巨蜥》一体で、思っていた以上に消耗した
エナがすぐローデンの腕を見る
布を外す
傷を洗う
「深くない、これなら大丈夫」
次にダリオ
肩の擦り傷を見る
「こっちも浅い」
「動く」
「動くのは分かってる、腫れたら言って」
「分かった」
俺のところにも来る
「セイジ」
「怪我はしてない」
「魔力」
「かなり使った」
「頭痛」
「少し」
「手」
見せる
わずかに震えている
「休む」
「戻るんだろ?」
「休んでから戻る」
ダリオも、
「そうする」
と答えた
「急いで動いて足を滑らせたら意味がない」
倒した直後に動く方が危ないらしい
俺たちは《晶殻巨蜥》から少し離れた、見通しのいい場所へ移った
ローデンが床を確認する
ルッカが周囲を見る
俺も探査を続ける
そこで短い休憩を取る
ミラは戦闘中に全部書く余裕はなかったらしく、覚えていることを急いで紙へ書き始めた
「最後の魔法」
ミラが聞く
「何したの?」
俺は水を飲んでから答える
「圧縮した」
「いつもの?」
「違う……と思う」
自分でもまだ整理できていない
《魔力圧縮》は今までも使ってきた
魔力を狭く集める
押し込む
密度を上げる
そこまではできていた
今日やったのは、その先だ
「圧縮した状態を保った」
「それまでは?」
「高くすればするほど崩れてた」
「今日は崩れなかった」
「ああ」
細く
高密度
そのまま
照準が決まるまで
さらに撃ち出す時も崩さない
「もう一回できる?」
ルッカが聞く
「今はやらない」
「エナ見るよ」
「それもある」
エナが聞こえていたらしく、こっちを見た
正解らしい
「感覚は覚えてる」
俺は自分の手を見る
今なら、さっきより少ない試行で再現できる気がする
ただ、ここで確かめる必要はない
帰ってからでいい
戦闘の話を整理していると、ルッカが倒れた巨蜥の方を見ていた
「どうした?」
「これ、ここにいた?」
「今いたな」
「そうじゃなくて」
ルッカは立ち上がり、少しだけ痕跡を見に行く
俺とダリオも付く
巨蜥が来た方向
足跡
壁の擦れ
少し先まで続いている
ルッカは昨日まで見てきた痕跡と比べているらしい
「奥から来てる」
「ここが縄張りじゃない?」
ルッカは周囲を見る
「分からない、でもずっとここにいた感じじゃない」
「もっと奥側?」
「たぶん」
また、たぶんだ
ミラも近付く
「この種類が普通どこにいるか、記録にあった?」
俺が聞く
「中層にいるっていう記録はある、どの辺りまでって細かいところは覚えてない」
「じゃあ入口側へ動いてるとは言えないな」
「今の情報だけなら断定できない」
そういうことだ
俺たちは今、中層にいる
それも入口からある程度進んだ場所
この個体が本来もっと奥にいるものなのか
ここまで普通に来るものなのか
分からない
ただ、ルッカが見る限り、長くこの辺りを縄張りにしていた感じは薄い
その程度に留める
「記録だけ」
ダリオが言った
「戻って情報と照らす」
それが一番いい
休息を終え、帰還を始めた
来た道をそのまま全部戻るわけではない
昨日確認した経路のうち、状態がいい方を使う
ローデンが前を確認する
ルッカが痕跡を見る
俺は近距離の《魔力探査》
戦闘後だからこそ、全員が慎重だった
しばらく歩いたところで、俺はさっきの感覚を何度も頭の中で再現していた
細さ
密度
維持
一つの魔法の中に、別々の役割がある
昨日までの研究で分けて見られるようになったからこそ、今日の最後にできた
もし前の俺なら、単純にもっと魔力を込めていたと思う
もっと大きく
もっと強く
それで抜けなければ、さらに増やす
でも今日、必要だったのは逆だった
大きくするのではなく、細くする
広げない
逃がさない
そして、細い形を高密度のまま保つ
魔法を強くする方法は一つじゃない
前に研究していたことが、今になって戦闘の中で答えになった
「セイジ」
前を歩くルッカが振り返る
「考えてる?」
「分かる?」
「顔」
最近よく言われる
「さっきの魔法」
「また研究?」
「帰ってからな」
「本当に?」
「本当に」
「じゃあいい」
信用が回復するまで時間が掛かりそうだ
帰還経路の途中で、一度小さな魔物の反応を見つけた
こちらへ近付いてきたが、ルッカが別の通路へ入ったのを確認し、俺たちは戦わず進んだ
追う必要はない
俺たちは討伐に来たわけじゃない
今日の目的はもう終わっている
帰ること
それが今一番大事だ
何度か休憩を挟みながら、入口方向へ進む
途中でダリオが振り返った
「状態確認しておけ」
「今?」
「戦闘のあと見てないだろ」
確かにそうだ
《晶殻巨蜥》との戦闘は、今までの通常戦とは明らかに違った
俺はSTATUSを開く
NAME
セイジ
RACE
ハイホブゴブリンメイジ
LEVEL
23
HP B-
MP A-
筋力 C
耐久 C+
敏捷 B-
器用 B
精神 B-
魔力 A-
SKILL
《魔力探査》
《精密魔力制御》
《高密度魔力圧縮》
《並列制御》
TITLE
なし
「……23」
「また二つ?」
ルッカがすぐ覗き込んでくる
「前は21だった」
途中で22になった瞬間は見ていない
いつ上がったのかも分からない
今確認できるのは23
それだけだ
能力も変わっている
MP
B+からA-
魔力
B+からA-
二つ
それ以上に目についたものがある
SKILL
《魔力圧縮》がない
代わりに、
《高密度魔力圧縮》
「変わってる」
ミラが横から見る
「圧縮?」
「ああ」
「さっきの?」
「たぶん」
名前を見る限り、そう考えるのが自然だ
でも、SKILL名だけで全部の仕様が分かるわけではない
俺が今日実際にできたのは、
高い密度まで魔力を圧縮する
細い形を維持する
崩さず必要な時間保つ
その状態で魔法の一部として使う
そこまでだ
「前の《魔力圧縮》は?」
ミラが聞く
「表示されてない」
「変わったってこと?」
「そうみたいだな」
《高密度魔力圧縮》
上位になった、と考えていいのだろう
少なくとも、以前の名前はSTATUSから消えている
「これなら、もっと強いの撃てる?」
ルッカが聞く
「たぶん撃てるけど、それだけじゃない」
「違う?」
「今日できたのは、細いまま保つことだった」
魔力を大量に込めて爆発させる能力ではない
高密度にして
崩さず
必要な場所へ使う
それが重要だった
「MPも上がってるね」
ミラが言う
「ああ」
「魔力も」
「A-」
今までB+だった
一段上がった
数字を見ると大きな変化に感じる
でも身体の見た目が急に変わったわけじゃない
「今すぐ試さないでね」
エナが言った
「何で先に言うんだ」
「試したそうだから」
「帰ってからにする」
「帰ってすぐも駄目」
「休んでから」
「それならいい」
条件が増えた
STATUSを閉じる
LEVEL23
MP A-
魔力 A-
《高密度魔力圧縮》
かなり大きく変わった
でも、複合魔法が使えるようになったわけでもない
まったく新しい魔法を一から作れるようになったわけでもない
今日できたのは、あくまで《火槍》の中の一部分
密度
形
維持
そこを今までより高い段階で扱えるようになった
ただ、これまでの研究を考えると、その意味は小さくない気がした
魔法の構造を分ける
一部を変える
変えた状態を保つ
保てなければ、次のものを重ねることはできない
今までは一つ変えただけでも崩れていた
今日、初めて高密度にした状態を、狙いが決まるまで保てた
「ミラ」
「何?」
「帰ったら、今日の記録見せて」
「自分でやったことでしょ」
「戦ってる最中は全部覚えてない」
「私も全部は書けてない」
「なら一緒に整理しよう」
ミラが頷く
「ガルディアでも報告必要だしね」
《晶殻巨蜥》を倒した
中層で大型魔物と遭遇した
その個体がどこから来た可能性があるのか
俺たちだけで決めず、人間側にある記録とも照らした方がいい
中層の魔物が浅い側へ移動している痕跡もある
空いた縄張りもある
一つずつ情報を重ねる
昼を過ぎた頃には、中層入口方向へかなり戻っていた
完全に入口まで戻ったわけではない
まだ中層の中だ
でも、来た時より道の選び方に迷わない
ローデンが危険箇所を覚えている
ルッカが通行痕を覚えている
ミラが分岐を記録している
俺も魔力の濃淡を覚えている
同じ道でも、二回目は少し違って見える
「休む」
ダリオが言った
平らな場所を見つけ、短く座る
エナがローデンの傷をもう一度確認する
出血は止まっている
ダリオの肩も大きく腫れていない
「二人とも、帰ったらちゃんと見る」
「分かった」
今度は二人とも素直だ
俺も頭痛はほとんど消えている
魔力は使ったが、歩けないほどではない
休息中、ルッカが《晶殻巨蜥》の動きを真似するように手を動かした
「脚出した時、ここ開いた」
「よく見えたな」
「ずっと見てた」
「俺は殻しか見えてなかった」
「セイジ、火ばっかり見てた」
「否定できない」
俺が火を作る
ルッカが隙間を見る
ダリオが向きを作る
ローデンが撃てる位置を作る
エナが続けられるか見る
ミラが情報をつなぐ
俺一人なら、たぶん倒せなかった
火力だけなら最後は俺だった
でも、当てる場所がなければ意味がない
撃つ時間がなければ意味がない
立つ場所がなければ撃てない
魔力が残っていても、身体が動かなければ戦えない
誰かが勝つための条件を作ってくれたから、最後の一発を通せた
「また同じの出たら?」
ルッカが聞く
「できれば会いたくない」
「魔法は?」
「今日よりは早く撃てると思う」
「じゃあ楽?」
「相手が同じ動きするならな」
同じ種類でも、同じ戦いになる保証はない
場所も違う
数が違うかもしれない
他の魔物が一緒にいるかもしれない
一度勝ったから簡単になった、とは考えない方がいい
「それに、今日のやり方もまだ一回だ」
最後の高密度《火槍》
撃破に使ったのは一回
途中で近い状態は作れたが、安定して何度でも同じように使えるかは帰って確認しなければならない
SKILLが変わったからといって、俺自身の扱いまで完璧になるわけじゃない
「一回できたなら、できるんじゃない?」
ルッカが聞く
「できると思う」
「じゃあ?」
「同じようにできるかは別」
ルッカは少し考えた
「難しい」
「俺もそう思う」
休憩を終え、再び歩く
周囲の魔力は場所によって濃さが違う
昨日より浅い方向へ戻るにつれて、少しだけ探査しやすくなる場所もあった
それが本当に奥ほど濃いということなのかは、まだ分からない
通った経路が違う
高さも違う
石質も違う
比べる条件がそろっていない
だから今は、
中層には浅層より濃く感じる場所がある
奥寄りの経路でそう感じることが多かった
その程度だ
俺は前を歩く五人を見る
帰っている
探索は進むだけじゃない
戻る時間も同じくらい大事だ
今日は新しいSKILLを得た
LEVELも上がった
強い魔物も倒した
それでも一番大事なのは、六人で帰ることだ
俺たちは中層入口方面へ続く通路を進んだ
完全に安全な場所へ出たわけではない
まだ警戒は必要だ
でも、方向は帰還側
ダリオも今日はもう進路を変えない
「このまま戻る」
「うん」
ルッカが答える
俺も頷く
暗い迷宮の先ではなく、今度は来た方向を見る
不思議なものだ
奥へ向かっている時は、向こうに何があるかばかり考える
帰りになると、岩陰拠点のことを思い出す
第二水場
棚
水
試験栽培
いつもの森
岩陰拠点の寝床
ルッカと食べる飯
全部、大迷宮にはない
だから帰る
戻ったあとで、今日の魔法をもう一度ほどけばいい
どうして高密度のまま保てたのか
何が今までと違ったのか
《高密度魔力圧縮》になったことで、どこまで同じことができるのか
分からないことは多い
でも、一つだけはっきりしている
抜けない壁があったから、魔法を大きくした
それで駄目だった
だから細くした
もっと細く
その細さを崩さず
必要なところへ通した
強くするとは、ただ大きくすることじゃない
そのことを、今日は嫌というほど分かった
俺は手を開いて、閉じた
STATUSを見なくても、さっきの感覚は残っている
狭く
高密度
崩さない
保つ
そして必要な場所へ
次に使う時、今日より上手くできるかはまだ分からない
それでも、もう昨日までと同じ《魔力圧縮》ではない
俺自身がそう感じていた
俺たちは足を止めず、中層入口方面への帰還経路を進み続けた




