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中層の空気

第76回 中層の空気


目を覚ました時、最初に感じたのは身体の重さではなく、空気だった


湿っている


冷たい


それは昨日までの浅層でも感じていた


けれど、何かが違う


目を開ける


灯りを落とした休息場所は薄暗く、少し離れたところでダリオが通路の先を見ていた


俺の警戒当番はもう終わっている


最後に交代してから、ちゃんと眠れたらしい


横ではルッカが丸くなったまま寝ている


エナとミラもまだ起きていない


ローデンだけが壁際に座り、昨日確認した天井の一部を眺めていた


俺は身体を起こす


「何かあった?」


声を抑えて聞くと、ダリオが振り返った


「近くには来てない」


「魔物?」


「遠くで動く音はあった、ルッカも一度起きたが、こっちへ来る気配はないと言ってた」


「そうか」


俺は軽く身体を動かす


昨日確認したLEVEL20


HPと筋力も上がっていた


一晩寝て急に身体が変わったような感覚はない


ただ、疲れの残り方は前より少ない気がする


気がするだけで、まだ断定はしない


エナに言えば、たぶん同じことを言われる


俺は水を少し飲み、《魔力探査》を広げた


その瞬間、昨日寝る前に感じた違和感の正体が少し分かった


「……あれ?」


周囲の魔力反応を探る


遠くに小さな反応がある


それは分かる


でも、その周りにも何かある


魔物とは違う


一点にまとまった反応ではない


空気の中というか、石の中というか、通路全体に薄く魔力が広がっているような感覚だった


浅層にも周囲の魔力はあった


森にもある


何もない場所なんてほとんどない


でも、ここは少し違う


濃い


そう表現するのが一番近かった


数で言えるものじゃない


昨日の場所と比べて何倍、なんてことも分からない


ただ、《魔力探査》を広げた時に、背景になる魔力が以前より強く感じられる


「セイジ?」


ローデンが俺を見た


「周りの魔力が、浅層より多い気がする」


「危険か?」


「そこまでは分からない」


すぐに答えを出さない


魔力が多いから危険


そんな決まりを俺は知らない


ただ、探査しにくい


そこは確かだった


いつもなら、周囲に広がる薄い魔力の中から、まとまって動く魔物の反応を拾う


でも今は、背景の方が少し強い


遠くの反応が、その中へ紛れる


「探すのが難しい?」


ローデンが聞く


「少しな」


俺は探査範囲を狭める


近いところだけなら分かりやすい


広げれば広げるほど、周囲の魔力と遠くの反応が重なる


「昨日は?」


「入口の辺りでも少し感じてたけど、今の方が分かりやすい」


ローデンは壁を見た


「石が違うからか?」


「分からない」


「そうか」


それ以上は聞かなかった


しばらくして全員が起きた


簡単に食事を済ませながら、俺は周囲の魔力について話した


「浅層より濃い?」


ミラが聞く


「ああ、そう感じる」


「場所全体?」


「たぶん、でも均一じゃない」


休息場所の奥側


昨日通ってきた方向


壁際


通路の中央


少しずつ感覚が違う


濃いところと薄いところがある


何が原因かは分からない


「資料に似た話は?」


俺が聞くと、ミラは少し考えた


「迷宮内部で魔力の偏りがあるって記録は見たことあるけど、今のこれが同じかは分からない」


「原因は?」


「書いてあったものもあるけど、場所によって違うし、古い記録だからそのまま当てはめない方がいいと思う」


「じゃあ記録だけ」


「うん」


ダリオは全員を見た


「今日は中層の中を見る、昨日より道が分からない、戻れるように進む」


ルッカが頷く


ローデンも荷物を持ち上げる


エナは全員の顔色を順番に確認している


「昨日の疲れ残ってる人は?」


誰も手を上げない


「セイジ」


「何で俺だけ聞くんだ」


「昨日LEVEL上がったばかりだから」


「大丈夫」


「頭は?」


「大丈夫」


「本当に?」


「今日はまだ研究してない」


「ならいい」


研究したら駄目という意味ではないと思う


たぶん


準備を終え、臨時休息地点を出る


昨日までは、先へ進む時にも後ろに知っている道があった


今も帰還経路はある


でも、前を見ると、ほとんど全部が未知だった


中層


名前としては知っている


入る許可もある


昨日、入口へ到達した


けれど、中層がどんな場所なのかを俺たちはまだ知らない


最初の分岐で、いきなりそれを思い知らされた


道が三つある


右は上る


中央は緩く下る


左は途中から床が崩れ、さらに下へ続いている


「昨日より面倒だな」


俺が言う


ローデンは左の道を見下ろした


「ここは今行かない」


「崩れる?」


「降りるだけならできる、戻る方が危ない」


床が途中から崩れている


下には道らしいものが見えるが、高さがかなりある


飛び降りれば行けるかもしれない


でも、戻るには縄が必要になる


別の出口がある保証もない


ダリオがすぐ除外した


「右と中央は?」


ローデンが両方を見る


「今見える範囲なら通れる」


ルッカはしゃがみ、床を調べ始める


中央


右


また中央


匂いも確認する


「右、通ってる」


「何が?」


「大きくないのが何匹か」


「中央は?」


「少ない、でも古いのある」


俺も探査する


右側には遠くに反応


中央は今のところ大きなものを感じない


ただ、背景の魔力が昨日より強く、奥になるほど分かりにくい


「中央は近くに大きな反応なし」


ダリオが頷く


「中央から行く」


俺たちは下り道へ入った


しばらく進むと、通路が急に狭くなる


その先でまた広がる


壁は自然に割れたような形なのに、途中だけ妙に平らな面がある


ローデンが手を当てる


「削ったようにも見える」


ミラが灯りを近付ける


「文字とかは?」


「ない」


「何のために削ったんだろう」


俺が聞くと、ローデンは首を振った


「削ったかどうかも確定じゃない」


昨日からこんなことばかりだ


人工的に見える


でも人工物とは言い切れない


自然に見える


でも、本当に自然だけでできたのか分からない


迷宮の由来について、俺たちはほとんど知らない


知っているふりをして進むより、その方がいい


通路を抜ける


その先は、また下りだった


「中層って下に行く場所なの?」


ルッカが聞く


「今は下ってるな」


「ずっと?」


「分からない」


少し先で答えが出た


今度は急な上りになっていた


しかも自然な坂ではない


大きな岩の段差をいくつも越える必要がある


「ずっとじゃなかった」


俺が言うと、ルッカが上を見た


「こっちの方が嫌」


「俺もそう思う」


ローデンが先に上り、安全な場所を確認する


次にルッカ


ミラ


エナ


俺


最後にダリオ


一人ずつ上がる


俺の身体なら越えられる高さでも、全員が同じように動けるわけじゃない


荷物もある


足を滑らせれば怪我をする


魔物がいるから危険なのではない


歩くだけでも浅層より負担が大きい


上り切ったところで、ミラが息を整えた


「これがずっと続いたら嫌だな」


「戻りもあるぞ」


俺が言うと、


「今それ言わないで」


と言われた


さらに進む


分岐


狭い通路


広い空間


また分岐


一つの道は天井近くまで崩れていた


通れないわけではないが、ローデンが石を触ってすぐ止めた


「ここは使わない」


「危ない?」


「上が動いてる」


俺には動いているように見えない


でもローデンは細かな隙間や落ちた破片を見ている


「最近崩れた?」


ミラが聞く


「一部は新しいと思う」


「魔物が崩した?」


「それは分からない」


別の道へ回る


遠回りかもしれない


そもそもどこへつながるか分からないから、遠回りかどうかも不明だ


中層へ入ってから、進む速度は明らかに落ちていた


戦っていないのに時間が掛かる


道を選ぶ


足場を見る


戻れるか確認する


痕跡を見る


魔力反応を見る


それだけで浅層より手間が増えている


「止まって」


ルッカが小さく言った


全員が止まる


ルッカが壁際へ寄る


地面を見る


少し先の岩へ近付き、匂いを嗅ぐ


「ここ、何かいた」


「今?」


ダリオが聞く


「今はいない」


俺も探査する


近くにまとまった反応はない


「大きさは?」


「大きい」


地面には爪のような跡がある


壁には擦れた痕


少し離れた場所には、何かが長く留まっていたような跡が残っている


俺にも分かる


ここはただ通っただけの場所ではなさそうだ


「縄張り?」


ミラが聞く


ルッカが周囲を見る


「たぶん」


「主は?」


「いない」


「出かけてるだけじゃない?」


「分からない」


それは当然だ


魔物が縄張りに四六時中いるとは限らない


俺たちは場所だけ記録し、無理に中へ入らなかった


少し迂回する


しばらく進むと、また似た場所があった


今度は大きさが違う


壁の低いところに引っかき傷


地面に糞


食べ残しらしいもの


ルッカはすぐに、


「こっちはいる」


と言った


ほぼ同時に俺の《魔力探査》にも反応が入る


「右奥、一つ」


ダリオが隊列を止める


「近付いてくる?」


「……まだ分からない」


背景の魔力が邪魔をする


反応そのものはある


でも距離を取ると境目がぼやける


俺は範囲を狭くする


少し待つ


「来る」


ルッカも同時に言った


暗がりから魔物が一体出てくる


中層入口でも見た種類に近い


こちらを見る


すぐに走った


「正面」


ダリオが一歩ずれる


ルッカも横へ


俺の射線が空く


《水槍》


水を細くまとめる


昨日まで研究した改変は使わない


普通に撃つ


一発目が身体へ当たる


止まり切らない


二発目


今度は《火槍》


倒れる


短い戦闘だった


「他は?」


ダリオが聞く


探査する


「近くにはいない」


「なら進む」


倒した魔物を必要以上に調べることはせず、先へ進む


中層だから全部の魔物が急に強くなるわけではないらしい


ただ、配置が読めない


道も読めない


環境そのものが探索を難しくしている


しばらくして、また魔力が濃く感じる場所へ入った


さっきより強い


俺は思わず足を止めた


「どうした?」


ダリオが振り返る


「ここ、さっきより周りの魔力が濃い」


「魔物?」


「違うと思う」


思う、としか言えない


俺は《魔力探査》を広げてみる


すぐに眉を寄せた


背景が強い


遠くに何かあるような感覚もする


でも、それが魔物なのか、周囲に偏っている魔力なのか判別しづらい


「奥に反応ある?」


ルッカが聞く


「あるようにも感じる」


「ようにも?」


「周りと重なって分かりにくい」


普段なら格好悪い答えだ


でも、分からないものを分かったと言う方が危ない


「近付けば?」


「たぶん分かる」


ダリオは少し考えた


「魔力だけで決めない、ルッカ」


「うん」


ルッカが痕跡を見る


ローデンは足場を確認する


結果、少し先までなら進めると判断した


俺は探査範囲を狭め、近距離を優先する


広く見ようとして全部曖昧になるくらいなら、その方がいい


歩きながら、《火槍》を一度だけ手元に作りかける


実際には撃たない


感覚を確認するだけだ


いつもの魔力経路


形


密度


維持


昨日までなら自分の中の魔力だけを見ていた


ここでは周囲の魔力が強く感じられるせいか、その境目へ余計な感覚が重なる


「……やりにくい」


ミラがすぐ反応する


「何が?」


「魔法の中を見るのが」


俺は魔力を消す


「使えない?」


「普通に使うなら問題ない、細かく分けて見る時に周りがうるさい感じ」


「周りの魔力が?」


「たぶん」


昨日まで研究していた魔力経路


一つの魔法の中で、どこへ魔力を通すか


どこを維持するか


それを細かく意識しようとすると、外にある魔力まで一緒に感じてしまう


だからといって、周囲の魔力を使えているわけじゃない


取り込んでいる感覚もない


ただ、感覚が複雑になる


「書いておく?」


ミラが聞く


「書いておいて、でも周りの魔力を使えるとかは書かないでくれ」


「言ってないでしょ」


「あとで俺が勘違いしないように」


「なら、濃い場所では魔力経路を分けて意識する時に感覚が複雑になる、くらい?」


「それでいい」


一つ、研究課題が増えた


今やることではない


ここは研究場所ではなく、まだ安全も分からない迷宮の中だ


俺たちは先へ進んだ


通路が二つに分かれる


右は緩い下り


左はほぼ平ら


ルッカが右側を見て、すぐに手を上げた


「こっち、多い」


「魔物?」


「跡」


足跡がいくつも重なっている


全部が同じ方向ではない


入っているもの


出ているもの


新しいもの


古いもの


俺には混ざって見える


ルッカは時間を掛けて見る


「何種類かいる」


ダリオが聞く


「通れる?」


「通れるけど、よく使ってる」


「左は?」


ルッカが左へ移動する


しばらくして、


「少ない」


と答えた


俺の探査でも左側に近い反応はない


ローデンも足場に問題なしと判断した


左へ行く


少し進んだところで、空間が急に広がった


入口は狭い


中は大きい


天井も高い


俺はすぐ《魔力探査》を広げた


「待って」


全員が止まる


反応


一つ


いや、違う


周囲の魔力の偏り


その奥にもう一つ


「奥に何かいるかもしれない」


「かもしれない?」


ダリオが聞く


「遠いと分けにくい」


ルッカが先を見る


「音はない」


慎重に少しだけ進む


そこで分かった


魔物ではない


奥の壁付近だけ、周囲の魔力が少し強い


動かない


俺たちが位置を変えても同じ場所にある


「魔物じゃないと思う」


「何?」


「分からない、ただ魔力が濃い場所」


ローデンが壁を見る


「石?」


「それも分からない」


ミラが記録する


また分からないが増えた


でも、魔物ではないものを魔物だと思い込むよりましだ


広い空間を横切る


途中、地面に大きな跡があった


ルッカが止まった


「ここも縄張り」


さっきより明らかだった


地面が何度も踏み固められている


壁の高い位置に擦れた跡


大きな爪痕


食べられた何かの骨


乾ききっていない汚れ


「大きいな」


俺でも分かる


ルッカは跡を追う


広い空間の端


一段高くなった場所


そこには、身体を横たえていたような跡が残っていた


「最近までいた」


ルッカが言う


「今はいない?」


「いない」


俺も探査する


この空間にはいない


近い通路にも大きな反応はない


「出かけてるだけかも」


ミラが言う


「かもしれない」


「縄張りを捨てたとはまだ言えない?」


ダリオがルッカへ聞く


ルッカは周囲を見回した


少し考える


「……変」


「何が?」


「匂いが薄くなってる」


俺には分からない


「戻ってきてない?」


「たぶん」


「どれくらい?」


「そこまでは分からない」


ルッカが入口の方へ戻り、別の痕跡を見る


「ここから出てる」


「どっちへ?」


奥へ続く道ではない


俺たちが来た方向とも少し違う


浅い側へつながる別の経路へ向かっているようだった


ただ、この一つだけでは判断できない


「記録する」


ダリオが言う


「ここで待たない、戻ってくる可能性もある」


全員が同意する


広い場所を抜け、さらに進む


途中で二回戦闘があった


最初は二体


狭い通路だった


ダリオが前を抑え、ルッカが一体の動きを読んだ


俺は《土壁》を片側へ出し、一体の進路を狭める


同時に別方向へ《風刃》を放つ


二つは別の魔法だ


一つに混ざってはいない


《並列制御》で、それぞれを別々に維持する


風の刃が一体へ当たり、動きを止める


土壁で道を制限されたもう一体をダリオたちが処理する


俺は最後に《火槍》で倒した


二回目は少し広い場所で三体


今度は《水槍》と《火槍》を使い分けた


長い戦闘にはならない


ただ、一戦ごとの負担より、歩き続ける方がきつかった


上る


下る


狭い


広い


止まる


戻る


別の道を探す


浅層では魔物との戦闘が一番の危険に感じることもあった


中層では、それ以外の負担が大きい


「少し休もう」


エナが言った


誰も反対しなかった


壁際の比較的平らな場所を選ぶ


ローデンが上を見る


壁を見る


「短い休憩なら大丈夫」


俺たちは座った


ミラがすぐ足を伸ばす


「思ったより疲れる」


「戦闘より歩いてる方が長いからな」


俺も水を飲む


脚に疲れが溜まっている


LEVELが上がり、筋力も上がった


それでも疲れる


強くなったから何時間でも歩けるわけではない


ルッカも水を飲んでいる


普段の森では俺たちよりずっと軽く動くルッカでも、今日は何度も足元を見ながら進んでいる


エナが順番に確認する


「足、痛いところない?」


「ない」


「頭痛」


「ない」


「魔力は?」


「余裕ある」


「探査ずっと使ってるでしょ」


「狭くしたり切ったりしてる」


「ならいい」


ダリオも座ったまま、通ってきた方向を見ている


「まだ進めるが、今日は欲張らない」


「戻る?」


ミラが聞く


「今すぐじゃない、休んで、もう少しだけ周辺を見る、安全に止まれる場所を見つけたらそこで終わり」


「奥まで行かない?」


ルッカが聞く


「奥がどこかも分からない」


確かにそうだ


中層へ入ったばかりで、奥という言葉自体が曖昧だ


今いる場所が中層全体のどの辺りなのかも分からない


深く行っている感覚はある


でも、それを地図上で示せるわけではない


休憩を終える


次の分岐は二つ


右は細い


左は広い


俺の探査では、どちらにも近く大きな反応はない


ルッカが右側へ行き、しゃがんだ


しばらく動かない


「どうした?」


俺が聞く


ルッカが地面を指す


足跡


複数


さっきまで見てきたものより新しい


「こっちから来てる」


ルッカは右奥を指した


次に俺たちの後ろ側


「向こうへ行ってる」


「浅い方?」


ダリオが聞く


「たぶん」


昨日、中層入口でも同じ向きの痕跡を見た


奥から浅い方へ


今度は入口付近だけではない


中層へ入ってある程度進んだ場所でも、同じ方向の足跡がある


「何体?」


「いくつか」


「種類は?」


ルッカは一つずつ見る


「同じのも、違うのもあると思う」


「一つの群れじゃない?」


「たぶん違う」


ミラが記録する手を止めた


「昨日の入口の痕跡と、同じことが中でも起きてる?」


誰もすぐ答えなかった


同じこと、と言えるかどうかはまだ分からない


でも、奥から浅い側へ向かう痕跡が一か所だけではない


それは事実だ


「少なくとも、入口だけじゃない」


俺が言う


ダリオが頷く


「理由は?」


ルッカが首を振る


「分からない」


「追う?」


「今日はやめる」


ダリオの判断は早かった


右の細い道は痕跡が多い


何がいるか分からない


疲労も出ている


ここで追跡を始める理由はない


「左を確認して、休める場所があれば止める」


進路を変える


左の道は少し広く、足場も比較的安定していた


ただ、途中にまた縄張り跡があった


今度は小さめ


こちらには魔物がいる


俺の探査でも一体の反応がある


俺たちが近付く前に、向こうが警戒した


低い唸り声が響く


ダリオが止める


「避けられる?」


ルッカが周囲を見る


「戻って別の道なら」


「戦う必要は?」


「ない」


「戻る」


戦わず引く


前なら、倒せるなら倒して進んだかもしれない


でも、今日の目的は討伐ではない


中層の状況を見ることだ


疲れた状態で、必要のない戦闘を増やす意味はない


少し戻り、別の分岐を選ぶ


そこからさらに進んだところで、ようやく休めそうな場所を見つけた


通路の脇に浅く窪んだ空間がある


入口は一つ


奥に別の穴はない


床も比較的平ら


天井も低すぎない


ローデンが時間を掛けて確認する


壁を叩く


床を見る


天井の割れを見る


「今のところ問題ない」


ルッカも周囲を確認する


「ここ自体はあまり通ってない」


俺は探査を広げる


背景の魔力はある


さっきの濃い場所ほどではない


近くに大きな反応なし


ダリオが決めた


「今日はここまで」


エナがすぐ頷く


「賛成」


ミラは何も言わず、その場に座った


一番分かりやすい賛成だった


簡単に荷物を置く


昨日と同じく恒久的な場所にはしない


一晩休めるようにするだけだ


俺は水を飲み、壁に背を預けた


疲れている


それでも、昨日より中層のことは少し分かった


道が複雑


高低差が大きい


崩れた通路もある


自然な洞窟に見える場所と、人工的に見える壁が混じる


周囲の魔力は浅層より濃く感じる場所がある


濃さは一定ではない


そのせいで、《魔力探査》がいつも通りには使えない場面もある


魔物の縄張りもある


使われているもの


主がいるもの


そして、最近まで大型の魔物がいた形跡があるのに、今は空いている場所


奥側から浅い側へ向かった複数の痕跡


昨日一つだったものが、今日は増えた


でも、理由はまだ分からない


俺はSTATUSを開く


戦闘は何度かあった


自分でも討伐している


昨日LEVEL20になったばかりだが、確認だけしておく


NAME

セイジ


RACE

ハイホブゴブリンメイジ


LEVEL

21


HP B-

MP B+

筋力 C

耐久 C+

敏捷 B-

器用 B

精神 B-

魔力 B+


SKILL

《魔力探査》

《精密魔力制御》

《魔力圧縮》

《並列制御》


TITLE

なし


「21」


隣にいたルッカがすぐ反応した


「また上がった?」


「ああ」


昨日20だった


今は21


いつ上がったのかは分からない


途中で確認していない


能力を見る


昨日と同じ


HP B-


MP B+


筋力 C


耐久 C+


敏捷 B-


器用 B


精神 B-


魔力 B+


SKILLも変わっていない


「今回はLEVELだけだな」


「強くなった?」


「数字はな」


「身体は?」


エナが聞いてきた


いつの間にか聞いている


「昨日とそんなに変わらない」


「なら、それでいい」


「確認しないの?」


「疲れてる時にわざわざ力比べしない」


「それもそうか」


STATUSを閉じる


LEVEL21


中層へ入って、また一つ上がった


でも、不思議と昨日ほど数字に意識が向かなかった


今日見たものの方が気になる


空の縄張り


浅い側へ向かう足跡


周囲の魔力


「なあ」


俺は全員が近くにいるのを確認してから言った


「昨日の入口だけじゃなかったな」


ダリオが頷く


「浅い方へ向かう痕跡か」


「ああ」


ミラが今日の記録を広げる


「今日だけでも二か所、昨日を入れれば三か所?」


「壁の擦れまで入れるなら、もっとあるかもしれない」


ルッカが首を振った


「擦れは向き分からないのもある」


「じゃあ確実なものだけでいい」


ミラが書き直す


ローデンが広い空間で見た縄張りについて話す


「大きいやつがいた場所も空いてた」


「出かけてるだけかもしれない」


俺が言う


「ああ」


誰も縄張り放棄と決めつけない


ただ、最近まで使っていた形跡がある


主が今はいない


さらに別の場所では、浅い側へ向かう足跡がある


「何かから逃げてる?」


ミラが言う


「可能性はある」


ダリオが答える


「でも、まだそれだけだ」


「追うものがいる可能性も?」


「ある」


「餌を追ってるだけかも」


俺も言う


ルッカは少し考えて、


「縄張りから出るのは、何か理由ある」


と言った


「普通は?」


俺が聞く


「餌、水、相手、危ないの、いろいろ」


「じゃあまだ分からないな」


「うん」


分からない


でも、昨日より一つ進んだ


中層入口だけで魔物が浅い方へ動いていたのではない


中層の内部にも、同じ方向への移動を示す痕跡がある


空いた縄張りもある


異変と呼んでいいのか


そこまではまだ迷う


ただ、浅層だけで起きていることではない


それは言えそうだった


「森の痕跡もある」


ルッカが言った


第二水場へ向かう道で見つけた、小さな生き物の動き


それも普段と少し違っていた


「つながってると思う?」


俺が聞く


ルッカは首を振った


「まだ分からない」


「だよな」


森


浅層


中層


全部で生き物の動きに何か違和感がある


でも、それを一つの原因で結ぶには早い


俺は壁にもたれたまま、《魔力探査》を狭く広げる


ここでは近距離なら十分使える


遠くを見る時は、背景の魔力が邪魔になる


それも今日分かった


万能じゃない


俺が強くなっても、SKILLが上位になっても、何でも分かるわけではない


むしろ、奥へ進むほど分からないものが増えている気がする


「セイジ」


ミラが呼ぶ


「さっき言ってた魔力のこと、もう一回」


「周りの?」


「うん、魔法を使う時にも違うって話」


俺は少し考える


「普通に撃つだけなら、大きな問題はなかった」


今日の戦闘でも魔法は使えた


《火槍》


《水槍》


《風刃》


《土壁》


いつも通り発動している


「でも、経路を分けて細かく見ると、外の魔力まで感じる」


「混ざる?」


「魔法そのものに混ざってる感じじゃない」


そこは重要だ


「俺が使ってる魔力と、周りの魔力が一つになるわけじゃない、ただ、近くにいっぱいあると感覚が複雑になる」


「じゃあ外の魔力を使ってるわけでもない?」


「少なくとも、俺にはそんな感覚ない」


ミラが書く


「濃い環境では、魔力経路の細かな認識が難しくなる場合がある」


「それくらいで」


「マギアコードの研究にも関係しそう?」


「するかもしれない」


魔力を構造として分ける


経路を一つずつ見る


それをやる時、周囲の魔力が強ければ感覚が複雑になる


なら、場所が変わっても同じように魔法を扱うには、もっと精密に自分の魔力を見分ける必要があるのかもしれない


でも、今日はそこまでだ


「帰ったら試す?」


ルッカが聞く


「帰ってからな」


「ここでは?」


「やらない」


エナが聞いていたらしく、


「よろしい」


と言った


「何でエナが安心するんだ」


「昨日のセイジなら、今から試したと思う」


反論できない


昨日の俺なら、たぶん少しくらい試していた


今日は疲れている


中層


周囲に魔物


安全が完全に確保されたわけでもない


研究する条件ではない


「成長したな、俺」


「LEVELも上がったしね」


ミラが言う


「そっちじゃない」


少し笑いが起きる


迷宮の中で笑えるくらいには、余裕が残っている


それは悪くない


食事を取り、警戒の順番を決める


エナが今日は昨日より長めに休むよう言った


「明日進むとしても、今日より疲れた状態で始めたら意味ないから」


ダリオも同意する


「次からは休憩を早めに入れる」


「戻る時も同じ道だしな」


俺が言う


「全部同じ道とは限らない」


ローデンが言った


「崩れたら使えない場所もある」


「嫌なこと言うな」


「だから確認する」


本当に一人では無理だと思う


俺なら魔物の反応は見られる


戦える


魔法も使える


でも、帰り道が崩れる可能性まで常に考えられるかと言われれば怪しい


ルッカは痕跡


エナは身体


ダリオは進退


ローデンは構造


ミラは情報と記録


俺は魔力と魔法


誰か一人が強いから進めるのではない


それぞれ違うものを見ているから、奥へ行ける


俺の警戒当番になる少し前、ルッカが入口近くで座ったまま奥の通路を見ていた


「眠くない?」


俺が聞く


「まだ」


「何かいる?」


「音はない」


俺も隣へ座る


通路の先は暗い


灯りが届かない


《魔力探査》を広げる


近くに反応なし


もう少し広げる


背景の魔力


その中に何か動いているような感覚


かなり遠い


「遠くには何かいるかも」


「こっち来る?」


「分からない」


「また分からない」


「今日はそればっかりだな」


ルッカが少し笑う


「昨日も」


「そうだったか?」


「ずっと」


分からないことが多い


でも、一つずつ増えている


昨日は中層入口まで


今日は中層の中


浅層とは違う環境


濃く感じる魔力


複雑な道


空いた縄張り


浅い側への足跡


まだ答えはない


それでも、最初に森で痕跡を見た時より、情報は増えた


「セイジ」


「ん?」


「奥、行きたい?」


ルッカが暗い先を指した


「行きたいな」


「怖くない?」


「怖い」


すぐ答える


怖くないわけがない


何がいるか分からない


道も分からない


探査だって使いにくくなる場所がある


「でも、行けるところまでは行きたい」


「帰れるところまで?」


「ああ」


「ならいい」


ルッカはそれだけ言って立ち上がった


「寝る」


「おやすみ」


ルッカが奥へ戻る


俺は一人で入口に残った


警戒の時間


《魔力探査》を必要な範囲へ広げる


濃い


やっぱり浅層とは違う


でも、少しずつ慣れてきた


背景にあるもの


動くもの


自分の魔力


完全ではないけど、分けて感じようとする


魔法をほどく時に覚えた見方と同じだ


一つの塊として見ない


混ざって見えるなら、分ける


分からなければ近くを見る


確実なところから拾う


迷宮の異変も、たぶん同じだ


森で何かが動いた


浅層へ向かう痕跡がある


中層の縄張りが空いている


中層内部でも浅い方へ向かう足跡がある


周囲の魔力が浅層より濃く感じられる場所もある


全部がつながっているように見える


でも、本当につながっているかはまだ分からない


魔力が原因だとも言えない


何かが奥にいるとも言えない


ただ、中層でも変化は起きている


そこまでは、今日見たものから言える


俺は暗い通路の奥を見た


まだ先がある


どこまで続いているかは知らない


次に何が出てくるかも知らない


LEVEL21になった


昨日より少し数字は上がった


それでも、この暗闇の向こうが見えるようになったわけじゃない


だから六人で見る


分かるところまで進む


危なくなったら戻る


戻ったら、また考える


その繰り返しでいい


俺は探査範囲の端にある曖昧な反応を追いすぎないよう意識を戻した


近く


入口


通路


仲間


今見るべきものだけを見る


中層の空気は、浅層より重く感じる


本当に空気が違うのか、それとも周囲の魔力や緊張のせいなのかは分からない


それでも、ここが昨日までとは違う場所だということだけは、もう十分に分かっていた


俺は次の交代まで、静かな迷宮の中でその違いを確かめ続けた

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